悪魔への賛歌
初めて執筆いたします。至らないとこだらけですがこの作品を通して自分とは何かを伝えられたらと思います。
―プロローグ―
「後はここだけか・・」
少年は6階建ての建物の屋上から人気のなさそうに見える民間の倉庫を見下ろす。人気が無いというのは見た目だけで倉庫はある組織の隠れ家として稼動している。彼の存在を確認した見張り役が下へ報告し少年の下には銃を構えた男たちが群がっている。
「我、歴史を守りし悪魔の使い、汝、その歴史を犯すもの、よってここに悪魔の鉄槌を下すものとする」
そう言って少年はパチンと指を鳴らした。凄まじい轟音とともに火柱が立つ。倉庫は一瞬で姿を消しさっきまでは強気を装っていた男たちが雨の中の蟻のごとく逃げ惑っている。倉庫の中にいた者のどれくらいが死んだだろうか。少年はそれも仕方の無いものとして頭の中で片付ける。
「こっちはもう片付いたわ」
少年の後ろで短めの黒髪をなびかせながら少女が言った。少年は彼女に微笑みかけながら言った。
「うん。帰ろうか」
―オーステンの街―
「まったく、俺たちに逆らうからそういうことになるんだよ」
3人の軍人のうちの一人が地面に伏せている一人の青年に言った。どう見ても軍人側に非がある状況だが異議を唱えるものも、青年を守ろうとする者もいない。ここでは軍に逆らうことは自らに不幸を招くことそのものになるのである。何も言わずに事の成り行きを見ている群衆に一人の軍人が低い声で言った。
「何だ貴様ら、見せもんじゃねーんだぞ!」
騒がしくなる街の広場に息を弾ませて二人の少年が現れた。
「やってる、やってる」
紫がかった白い髪に金色の瞳、背丈は170cmくらいだろうか。15歳の少年リュウディガー=ヴィレが言った。
「今日もがっぽり稼ぐぞ!」
黒髪をなびかせながらリュウディガーよりも2つ上の17歳のクリスティアン=イグレスが言う。深緑の彼の目は正面の群衆を捉えていた。
「よし、いって来い」
クリスが言うのとほぼ同時にリュウは群衆の中に飛び込んでいった。人ごみを掻き分ける。
「軍人さん。お取り込み中悪いんですが、ちょっとお話を聞いていただいてもよろしいですか?」
一人の軍人が応える。
「なんだ。」
「そこの彼俺の友達なんだよね。もし俺が貴方とケンカで勝負して勝ったら彼のことを許してやってくれない?」
倒れている青年はリュウの友達どころか知り合いでもない。軍人にケンカを売る理由は別にあるのだ。リュウの発言に3人の軍人は笑い、その中の大柄な男が出てきて言った。
「いい度胸だ、気に入ったぞ小僧。俺が相手してやるどっからでもかかってきな」
「(よしよし話に乗ったぞ。)」
クリスは心の奥で小さく笑った。
「お願いします!」
リュウが軍人に頭を下げると周りがざわついた、他者と手合わせするときのリュウの癖である。顔を上げたリュウはにっと笑い姿勢を低くして一直線に相手をめがけて走った。
「何だこいつ」
軍人が口を閉じる前にリュウは顔に蹴りを入れた。姿勢を立て直そうとする相手に容赦なく彼の右足が入った。秒殺。鈍い痺れの残る右足を下ろし、のびて地面にひれ伏す軍人に向かってリュウは言った。
「どう?まだやる?」
身の危険を感じたのか軍人たちは悲鳴を上げながら逃げていった。歓喜の声があがる。群衆の中には彼らにものを投げつける者もいた。
「大丈夫ですか?」
クリスは起き上がろうとしている青年に声をかけた。
「あぁ。おかげで助かったよ。それにしても君たちは一体・・・」
クリスが言う。
「別に、どこにでもいるただのガキンチョさ」
クリスが視線を上げるとにっと笑ったリュウが目の前に立っていた。
「バッジは?」
「ほら、ちゃんととってるよ」
リュウが握った手を開くと金の星型をしたバッジがあった。さっきの軍人の軍服についていたものである。金は高価な金属。換金所へ持っていけばそれなりの現金と交換してもらえるのだ。彼らの本当の目的はここにある。ことの収集をつけて二人が家路についたころにはもう日は傾きかけていた。
「いや~今日も結構儲かったな?」
クリスはリュウの顔を覗き込みながら言った。
「そうだね。これもクリスのおかげかな。ほら、今日の取り分」
小銭を握った手をリュウは差し出して言った。
「いらねーよ今日で目標達成だろ?今までの分で十分だよ」
「クリス・・・」
「それにしても、お前は優しすぎるよ」
夕日を見つめながらクリスはぼそりと言った。
「あっ?」
リュウは聞き返した。
「軍にはみんな頭きてんだ。さっきだってあんな理不尽なふるまいをして・・・」
「あぁ。でも俺がやっつけたのでちゃらかなと思ってさ」
そのやさしさがいつか自分を苦しめることになるんじゃないかと、クリスはいつも思っていた。他人に情けをかけていられるほど今の世の中は甘くない。
現在世界は大きく5つのブロックに分けられている。その中でもここアンファング国が属するブロックは治安が良いほうではないのである。軍事国家がひしめき合い、己の繁栄のために領土を奪い合い紛争が絶えない。加えて世界では頻繁に謎の大量殺人事件が発生していた。謎というのは誰一人として殺人現場を見ていないということだ。
「おかえりなさい」
二人が家に帰るとクリスの母カリナ=イグレスが夕飯の支度をしてくれているところで、二人は席について台所にいるカリナを交えて今日の出来事を話すのだった。
「やっぱり、帰るのか?」
クリスが質問するのと同時にカリナが二人のほうを振り向いてきた。食卓は台所と隣接していてカウンター式になっている。
「やっぱり自分の家に戻りたい気持ちはあるかな。いつまでも世話になるわけにも行かないしね家賃もとりあえずは出来たことだし」
「金稼ぐために覚えた組み手だもんな」
冗談交じりに言うクリスにリュウが答える。
「おいおい。それはちがうだろ」
「そうよ。リュウにケンカであんたに勝ってもらうために私が指導したんだから」
クリスの母カリナは武道の達人で二人の間ではこの世の怒らせてはならないものの一つに数えられるのである。自分の息子を倒させるためにリュウを鍛える。そんな変わった人であった。夕飯を済ませた二人は風呂の前にいつも組み手をすることが日課でそれを終えると交互に風呂へ入り午後11時くらいに寝る。
夜も更けてあたりがしんとしたころかばんを片手にカリナのいる居間へリュウがでてきた。
「やっぱり行っちゃうの?」
カリナの質問にリュウが答える。
「はい、今までありがとうございました。向こうへついたら連絡します。」
玄関のドアを開けて家を出ようとするリュウの背中にカリナが言う。
「またいつでも帰っておいでね」
リュウが靴を履き終えるころ不意に後ろから声がした。
「もう帰ってくんなよ」
背後からの声に二人は思わず振り向くとそこにはクリスが立っていた。
「次来たときには俺に勝てるよう練習しとけよ」
リュウがドアノブに手をかける。
「うるせえ」
二人とも強気な発言をして自分の心の奥の気持ちを逸らそうとしているのをカリナは感じ取った。ドアが閉まったあとカリナはクリスの頭をなでながら言った。
「ほら、男の子は泣かない!」
「ないてねぇよ」カリナを背に自室へ戻るクリスは心の奥で何か引っかかるものを感じていた。
「(なんだかもうあいつとは・・・・)」
後ろ髪を引かれるとはこのことを言うのだろうか。イグレス家を後にしたリュウは汽車に乗るため駅へ来ていた。今すぐにでもあそこへ戻りたい気持ちを抑えて汽車に乗り込んだ。
東部オーステンから西部ヴェステンの街までの5時間の移動時間をリュウは睡眠時間にあて、午前6:00にヴェステンの街へ着いた。薄暗い朝の街並みを雨雲と雨がさらに暗くしていた。
「(こっちは雨か)」
リュウは心の中で呟き駅を後にした。雨を肩に受けながら街を歩いていると、道脇でびしょ濡れになりながら地面に伏せている犬が目に留まった。うつろな目をした犬はぬれた毛を震わせている。
「こういうの、ほっとけないんだよなぁ」
普段はなんにでも立ち向かっていくような強気な性格の彼だが、クリスが心配するようにどこか優しすぎるところがあるのだった。リュウは独り言を言って犬に駆け寄った。
「狭いけど我慢してくれよ」
中の荷物がぬれるのを覚悟でリュウは犬をかばんへ押し込み再び歩き出し、心の中で言った。
「(俺もこんな感じだったのかな)」
7年前彼の父エリク=ヴィレはリュウの目の前でなぞの死を遂げた。いや、この世界から消えたといったほうが正しいだろうか。リュウの目の前でエリクは闇に消えたのだ。
まだ8歳だったリュウはひとりで生活していけず家賃を払えず家を追い出され、ある日の夜道端に倒れているところをクリスの母カリナに拾われたのだった。
そんなことを思い出しながら歩いていると父と暮らしていた4階建ての古びたレンガ造りのアパートはもう目の前に迫っていた。一階にある管理人の部屋のドアをノックすると、ひげを伸ばした小太りの男性が出てきた。
「誰だこんな朝早く・・・き、君は!」
驚いてドアを全開にした管理人にリュウは言った。
「お久しぶりです」
「リュウ君じゃないか。大きくなったね。」
上から下へ視線を動かす彼にかばんから包みを出してリュウはうれしそうに笑いながら言った。
「これ、家賃です。一年分くらいはあるはずです」
「すまなかったね。あの時私にもう少し力があれば・・」
あの時とはリュウが家を追い出されるときのことである。気のいい管理人の彼は家賃は払えなくてもリュウを住まわせていてくれたが、人間とは醜いものだ、同じアパートの住民たちはリュウのことを知り自分たちも家賃を払わないと言い出したのだ。自分が迷惑をかけていることを知ったリュウは逃げるように出て行ったのだった。
階段を上っている管理人にリュウは質問した。
「部屋はどうなっていますか?」
管理人が答える。
「君たちが暮らしていたときのままとってあるよ」
彼が答え終わるころには4階の廊下へ来ていた。管理人は部屋のドアを開け鍵をリュウに渡すと困ったことがあれば私に言ってくれ。と言い残し去っていった。
部屋に入り窓を開けると朝日が顔を出していた。いつの間にか雨はやんでいた。
「やっと戻ってこられた」
独り言を言って部屋を見やるとそこにはまだ生活の後が残っていた。足下のせわしく動くかばんを開けてやると犬は元気よく飛び出し部屋の真ん中で身を震わせて全身の水滴を払った。汚れた部屋を見てリュウは
「掃除、するかな」
とぼそりと独り言を言って掃除を始めた。
丸一日かけて部屋をかたずけると夕飯を買いに街へ出た。アパートから少しいったところにあるポストにクリス宛の手紙を出すとリュウは市場へ向かった。
買い物を済ませて家に帰ると犬は部屋の隅に丸くなっていたがリュウがテーブルに置いた袋から出たトマトを見るなりトマトに飛びついて食べ始めた。よほど空腹だったのだろう。
暖炉に火を入れ明るくなった室内の横にあるドアを開けリュウは父の部屋へ入っていった。棚からは本が飛び出し机には埃が積もっている。2,3歩歩くと部屋の中心から不気味な紫色の光が床から勢いよく出てきた。
「なんだ!」
光の中から人影が現れると光は止まった。
「よぉ!」
居間からもれる光で男の容姿を見て取ることが出来た。茶色のくせ毛に紫の瞳、顎のひげを生やし背丈はリュウより5cm高いくらいで歳は30代後半くらいだろうか、男は歩み寄ってきて続けた。
「お前がリュウディガー=ヴィレか」
「!?・・・」
リュウは困惑して何と言っていいか分からなかった。
「やっぱりそうか。噂どうりの上玉だな」
「お前は一体・・」
「俺か?俺の名はライヒアルト。お前を迎えに来た下僕悪魔|《 トイフェルディーナー》の一人だ。あぁ、「下僕悪魔」ってのはな・・」
ライヒが続けようとするところにリュウが口を挟んだ。
「俺を迎えにだと?」
「まぁ待て、先に俺に話さ・・・」
話を途中できったライヒアルトは居間にいる犬に目を留める。歩み寄ってしゃがんで犬の額を中指でトンとついた。すると犬から魔方陣のようなものが現れそれが崩れると同時に少女の姿が現れた。青い瞳に黒の髪背丈は160cmも無いくらいだろうか。まとっている白の布には血の滲んだような汚れが見受けられる。
「やっぱりな。お前、魔界からの逃亡者だろ?」
「魔界?」
驚きのなか更なる疑問がリュウの頭を混乱させる。
「わっ、私は!」
少女がそこまで言いかけると外から悲鳴と建物の壊れる重たい音がした。
「ちっ、間の悪いことで、おい坊主話は後だ。おっといけねぇ、これを食いな」
そういってライヒはリュウに黒く丸い塊を投げ渡した。
「食えって言われても・・大体お前を信じてもいいのか?」
「大丈夫だ食っても死にはしねぇよ。どちらかといえば食わなきゃ死ぬかな」
この少ない会話を交わす中でも地響きは明らかに近くなっていった。
「疑ってても始まんないよな」
そういってリュウは黒く丸い塊を口に入れた噛んだ瞬間気が飛びそうになったが、次には背中を熱いものが走り、頬には紫の模様ができ爪が伸び背中からは黒く大きな翼が現れた。それはまるで「悪魔」のような姿であった。部屋を出たライヒに続きリュウも少女の手を引いて部屋を出た。
「ちょっと!」
青く澄んだ瞳を向け問いかけてくる少女にリュウは少し笑いながら答えた。
「君も話は後回しだね。」
階段を駆け下り外へ出ると高さは20mもあるだろうか、巨大な黒い人の影のようなものがこちらへ近づいてきていた。
影のようなものは逃げ惑う人に触れるなり人の命でも吸い取っているのだろうか、触れられた人は次々と倒れて動かなくなっていく。
「目の前には悪者、人々は餌食になっていく。自分にそれを止める力があるなら君はどうする?」
リュウが振り向くと胡坐をかいて座っているライヒが居た。
「なんで座ってるんだよ!もっとこう、あれを止めるとかしろよ」
「いいから言うこと聞け!その体があれば十分戦える。じゃないとみんな死んじまうぞ」
向き直ってリュウが呟いた。
「何なんだよもう!」
「早く行け!」
その言葉に背中を押されるようにリュウは影に向かって走り出した。影の足下を狙って拳を打ったが手ごたえは無くすり抜けてバランスを崩してしまった。
「なんだ?」
「目だ!目を狙え!」
遠方からのライヒの言葉に反論する暇も無くリュウは翼を上手に使って飛び上がった。
黄色く丸い目をリュウの拳が捉えた。直後、影はこの世のものとは思えないうなり声を上げながら消えていった。
「何がどうなってんだ、さっきから夢みたいなことばかりだ」
街の人々が影が消えたのを知り引き返して来る道にリュウは降り立った。
「さ~て、後始末が肝心だよな」
そういうとライヒは立ち上がり右手に集めた黒い光を地面にぶつけ、あたり一体に波動のようなものを走らせた。少し間があっただろうか人々は再び動き出し口々に
「あれ何をやってるんだ俺」
「夕飯の支度が!」
などと言ってきた道を引き返していく。
「何をしたの」
少女が言うとライヒが少し笑いながら言った。
「さっきのことをみんなの記憶から消してあげたのさ」
彼は自慢げに言った。ライヒが言い終わるのとほぼ同時にリュウが歩み寄ってきて言った。
「全部説明してくれないか?」
得体の知れないライヒに警戒気味の視線を向けるリュウに向けてライヒが言う。
「あぁ。最初からそのつもりだ、ここではなんだし続きは部屋で」
三人はリュウの部屋に戻っていった。
最後に入室したリュウがドアを閉め終えると、ライヒは出窓に腰掛けて話し出した。
「じゃあまず俺のことから話そう。・・ん~まぁ単刀直入にいうと俺は・・・そう!『悪魔』だ」
突拍子も無い発言に一瞬時間が止まったように感じられたが、それを聞いても少女は表情一つ変えなかった。が、リュウはお決まりの反応をとった。
「悪魔だと?そんなのがいるわけ・・・」
窓に映る自分の姿を見て押し黙ったリュウに続けてライヒが言う。
「そう、これでわかっただろう?悪魔は存在するんだ。」
ライヒは出窓を下りリュウに歩み寄ってトンと額を突いた。するとリュウの体から黒い影が出てきてライヒから受け取ったときの黒い球体に形を戻していった。その直径3cmほどの球体を拾い上げながらライヒが言った。
「これ、俺たちは『種』と呼んでいるがこれを食えば擬似的に悪魔になれる」
「悪魔になれるって・・」
リュウは問いかけるように言った。
「ん~まずは『悪魔』について少し説明しといたほうがよさそうだな。悪魔ってのはな、それこそみんなに「悪者だ」とか「不幸を運んでくる」だとか言われてるが、実際のとこはそうじゃない。俺たちが世界の秩序を維持しているからこうして世界が成り立っているわけなんだよ。それなのにまったく・・・」
ぶつぶつと文句を言うライヒはやっとのことでリュウの質問に答えた。
「お前は俺たちの主、魔皇に選ばれた貴重な存在だ。俺の任務はお前を主である魔皇のもとへ連れて行くことだ」
身に覚えも無いようなことを言われ一瞬思考をめぐらせようとして右上に視線を向けると壁に寄りかかって夜空を見つめる彼女が目に入ったがリュウは向き直ってライヒに言った。
「残念だけどそんなことに付き合ってる暇は俺には無いね。生きてる保障は無いけど、俺はこれから消えた自分の父親を探すために世界を旅しなきゃならないんだ」
リュウは自慢げな顔をする。
「『エリク=ヴィレ』のことか?」
ライヒの放ったその言葉は聞き捨てならないものだった。
「なんで、お前が父の名を知ってるんだ!?」
上ずった声で聞き返すリュウにライヒは平然と答えた。
「ある理由でお前の親父は魔界で働いててな。俺もそれなりに面識がある。俺の言うとおり、一緒に来てくれるなら会わせてやるよ」
それを聞いてリュウはうれしく思ったが得体の知れないやつにすきは見せれないと、表には出さなかった。自分で闇雲に探すよりは手がかりを持っていそうなこいつに賭けてみようと思いリュウは魔界へ行くことに同意した。
「わかった。お前の言うとおりにしよう」
「そう構えんなって。誰もお前を拉致るとは言ってないんだ。じゃそろそろ君にも話を聞こうか。逃亡者さん?」
ライヒが少女のほうに視線を送ると少女はむっとして答えた。
「勝手に逃亡者扱いされるのはやめてほしいわ。私も戻れるものなら魔界へ帰りたいの」
「と、いうと?」
「私はラボの出身。だがお前たち悪魔が私たちを実験動物のように扱い、自分の都合で殺したりするからマザーは魔皇にそれらをやめるよう持ちかけたが無駄だったの。これ以上犠牲を出さぬようマザーは私たちをこちらの世界に逃がそうとしたわ。みんなこちらへこられたはずなんだけど到着点がずれたのか無事こちらへこられたのは私だけのようなの」
ラボとは魔界に存在する悪魔の育成施設である。マザーとは主に施設の長のことをさす。
「私はあの後ラボがどうなったのか気になる。それにマザーや仲間たちの行方も」
一通りのことを話し終えた少女にライヒが答えるより早くリュウが質問した。
「ねぇ、君名前は?」
「何で答えなきゃいけないの?」
その返事にリュウは面食らった。
「ラボってのはな坊主、こっちの世界から適任者、例えば、何らかの理由で世間から離れたとこにいる者戦災孤児なんかがそうだ。そいつらを連れてきて悪魔になるよう育て再起を図るとこなんだ。そうだろ嬢ちゃん?」
ライヒに問いかけられた少女は小さくうなずいた。
「私はバラバラになった同胞たちを探さねばならない。魔法を解いてくれたことは感謝するわ」
そういうと少女は出窓に足をかけ窓を開け放った。部屋には寒い夜風が吹き込んでくる。
「あっ、ちょっと・・・」
立ち上がって窓の外へ出ようとする少女を止めようとしたがライヒがリュウの手をつかんで抑止した。
少女は横目で後ろを見ると瞼を半分閉じた少し寂しそうな目でリュウと目を合わせるなり外へ飛び出していった。
「あの嬢ちゃんには自分のやることがあるんだ。ほっとけ。お前にもしなきゃならないことがあるんだろ?」
暖炉の前に立ち瞳に火の映ったライヒは続けた。
「俺たち下僕悪魔以外は悪魔の法『魔法』が使えないから通常の移動で魔界へ行かなければならない。ちなみに魔界は、別の世界なんかじゃなくこの世界に完全に独立して存在する。ここから北西へ行ったとこのフェアシュタント大陸の高地がそうだ。まずは港へ行くのが先決だな。国外へ出るためにはまず首都セヴェンタのセントラルステーションに行かなければなんねぇ。ノルデンの街経由でまずはセヴェンタを目指す。なんか文句あるか?」
首都セヴェンタは東西南を大きな山に囲まれた特殊な地形の中に存在する。北部のみ切り立った山が少なく交通が可能で正面からの街の姿は砦に囲まれた城のようでもあった。
ライヒの発言にリュウが答える。
「朝一の汽車に乗れば乗り継いでも早ければ二日でセヴェンタへつけるはずだ。それより・・・」
そこまで言うとリュウはあくびをして後を続けられなかった。
「聞きたいことがあるなら明日だ。とりあえず今日は寝ろ。早く親父に会いたいんだろ?」
そういうとライヒは戸口のほうへ歩いていった。
「俺は屋根上にいる。明日の朝また呼びに来る」
そういってライヒは部屋を出た。リュウは、また少し散らかった部屋のソファーに横になって火の影の映る天井を見つめ今日一日のことを思い出していた。人生の分岐点となったであろう一日のことを。あの少女の寂しそうな青い瞳を忘れられないままリュウは眠りについた。