敵討ちの決戦
俺がカリムさんの拠点に帰ると、ちょうど玄関にユウナがいた。
「おかえり」
「ただいま」
彼女の顔をこの目で確認する。
「どう?なんとかなりそうだった?」
「ああ、押上派と鴨川派の二つに働きかけてきた。こっちの味方をしてくれるらしい」
「朝からお疲れ」
「いや、ぜんぜん。大丈夫」
異能局に入れる基準が『犯罪者でない』というものならばユウナも匿える。
俺は彼女の顔を眺めながら、彼女だけでもこの騒動から遠ざけた方が良いのだろうかと、考えていた。
(いや、それはダメだ)
どうも、俺は妹を保護対象として見すぎているのかもしれない。
まだ相手は信用できないのだから、彼らに預けさせるという考えは愚かなものの筈だ。
「なに、どしたの?」
「アー、ウー、なんでもない」
「いや、なんかあんでしょ」
彼女は俺の何かを察したのか問い詰める。こう来られるとはぐらかすことは難しい。
「お前はなにがなんでも守ってみせるよ。命に代えて」
目を逸らして慣れないセリフを言った。
「調子乗んないで。それに、らしくないことはしない」
「ククク、そうだな」
靴を脱いで玄関に上がる。
「ありがとね。ほんと」
二人横並びになって階段を登り、あてがわれた部屋を目指す。
「あ、そう、お兄って、無理してると途端に胡散臭くなるよね。胡散臭い力五百くらい」
「それって高いの…か?」
「高くない。無理してるの、ごまかせてないし」
階段を登り切り、部屋の扉に手を掛ける。
「真性の胡散臭さ、純粋な胡散臭い人には勝てないよ」
「何言ってんの。てか、胡散臭さで勝ってたまるか」
「それじゃあ善良な良い胡散臭い人になろうか」
「胡散臭い時点で良いとか悪いとかある⁉」
俺の問いに、彼女は少し考えてから答える。
「…ないわ」
「のらりくらりで会話すんな」
部屋に戻ってからベッドに座りやるべきことを整理する。この事件に関わる組織が多い以上、俯瞰的で冷静に場を見ることができなければ足元を掬われてしまう。
今の俺の最優先事項は家族を守ることだ。親父は俺より強いから安心していいだろう。俺が守るべきなのは妹。これ以上、家族を失う訳にはいかない。
異能局から誘いが来ているがそれに応じる必要はない。応じる代わりに何かできそうな雰囲気であったが、それに頼る必要もない。こちらにはカリムさんの未来視が付いている。
「考え事?」
「ん。まぁね」
「ちょっといいかな」
会議が終わり、俺が帰ってきていたことを知ったカリムさんが、ノックしてから部屋に入ってきた。
「協力は得られたようだね。どんな話をしてきたんだい??」
彼は俺の話を知っている風に軽く確認する要領で聞いた。俺たちの会話の内容を知っているのは未来予知の恩恵だろうか。
ただ、異能局の人々と会ったことを、この場では言うべきではないと判断した。
今は隣に妹がいる。下手な情報を与えて彼女を混乱させたくなかった。
「…こんな話をしてきました。彼らは色々協力してくれるそうです。そっちの会議はどうでしたか?」
「押上、鴨川の二つの派閥が味方をしてくれたから、なんとか不利から拮抗状態まで持っていけたかな。それにしても良かった。彼らの協力を得られるなら、すぐに騒動を終わらせることもできる」
彼の目は朝にはない決意でみなぎっている。
「あと一回、あと一回だ。今夜最後の襲撃がある。それを凌げれば僕たちの勝ちだ」
「本当ですか?」
「ああ、奴らは杜若派への攻撃は諦めるだろう。彼らにも協力してもらった方が良い。連絡してくれないか?」
「出来ると思いますけど、急ですね?」
「ああ、できるだけ戦力が欲しい。あちらの派閥全勢力が攻めてくる可能性の未来も見えた」
「メッセージ送っときます」
すぐに携帯を起動してアプリを開いた。
「あの、私はどうすればいいですか?」
「ユウナちゃんはここでお留守番だ。話があるから後で私の部屋に来てくれ。私は部下と一緒にこの家を守る」
そう言うと、メッセージを送信し終わった俺を「リツト」と呼んで気を引かせた。
「君たち親子と幼馴染組はとある場所で奴を誘い込んで袋叩きにして欲しい。場所は東京湾近くの人気のない臨海公園だ。そこなら人に見られずに戦うことができる」
彼はそう言って部屋にあったホログラムのマップで場所を示した。
「こことちょっと遠くないですか?」
「そうだね。でも、理由は二つある」
カリムさんは二本の指を挙げて答えた。
「一つ目は戦う時、屋内だとこちら側が不利だという理由だ。奴は様々な場所から植物を生やせるんだろう?壁からも木の根だとかを生やせるはずだ。なら、生やせる場所を地面だけに限定した方が戦いやすい。そして二つ目は彼らの連携の阻害だ。離れた場所にいれば、連携攻撃はしにくいだろう?」
「確かにそうですね…」
ここまで考えてくれると、ここまで協力的なカリムさんが、こちらに害を為すとは思えなくなってきた。この騒動だけに関しては、彼を信頼しても良いのかもしれない。
「夜まで時間がある。根回しできる場所は出来るだけ回しておきたい。僕はここで失礼するよ」
嵐のようにやってきて喋った預言者は、嵐のように帰ってしまった。
「そういえばカネヒロはどこ?」
嵐は帰ったと思ったら、また部屋に入って来た。
「えっと出かけてくるって言ってどっか行きました」
ユウナが答えるとカリムさんは大げさに目を逸らした。
「そうか…うん大丈夫な未来かな」
彼はわざとらしく言い残してから部屋から出て行った。
「お兄、あれが胡散臭い人」
「クク、確かにわざとらしいな」
どうしてそこまで、彼は怪しまれるような言動をするのだろう。彼は他人を導かなければならない立場にいるのに、信頼を失うような言葉を告げ続けている。
(協力する方が絶対に良いだろうに)
俺はそう思いながら、幼馴染たちから届いた同意を示す返信を眺めていた。
今朝会った二人からの了解のメッセージから少しすると、電話がかかってきた。マイからだ。
『もしもし?』
彼女の何気なさそうな声が聞こえる。
『ん、どした?』
『いやさ、色々話が急すぎて、話したかった』
『そうか…』
顔の見えない彼女の声はやけに弱弱しかった。
『どうなの?順調なの?』
『ああ、超順調。あとは応対するだけ』
『それは良いんだけどさ。リツトはどこまで思い描いているの?』
俺が考えている場所は事件解決まで、だろうか。
『何処までって、これを切り抜けることしか考えてないや』
『いやさ、様子見てると、ヤケになってんじゃないのかなって』
『そこまでか?テンパってるつもりはないんだけどな』
妹にも言われていたし、他人から見たら焦っている風に見えるのだろう。ただ、あまり自覚がない。
『なってる。リツトはその状況で頭を動かしてカードを揃えられるタイプの人間だから、焦って物事を進める。今はそれで良いかもしれないけど足元掬われるわよ。私たちを引っ張っていける素質はあるんだから、今ここで…こけないでよね』
彼女がこれだけ言うのだし、ユウナにも指摘されたことだ。自分の限界については注意しておく必要がある。
『ありがとう。気を付けるよ』
『そ、そういうのはいいから』
俺が礼を言うと彼女は音声だけでわかるほど照れていた。
『やっぱお前、褒められ慣れてねぇよな』
『…そうだけど、何?』
『いや、開き直るなよ』
『ふふ』
『ハハ』
『それじゃあ、切るから、最後にお願い。リツトなら勝てる。英雄にでもなんでもなれる。だから、潰れないで』
『ああ、アドバイスありがとう。じゃあな』
『…じゃあね』
電話を切ったらゆっくりと深呼吸をした。
自分の背負っている者と立っている道が少し、色々と重い。
(買いかぶるなよ。幼馴染)
夜となり、俺と親父、タケルとマイはカリムさんに指定された海浜公園に着いた。
「今日は、よろしく」
「「おう」」
マイは俺とタケルの肩を叩いた。
彼女の能力は触った相手の能力を二つまでコピーできるものだ。
「よし、大丈夫」
彼女は右手に雷、左手に炎を出して、しっかり能力がコピーされているのを確認した。
「んでほんとに来るの?あいつ」
「ああ、カリムさんの予知通りならな」
「あの人を信用するしかないさ」
マイの疑問に俺とタケルがフォローする。内にある緊張を紛らわすために親父に声をかけた。
「親父、ユウナはどうなってる?」
恐怖はなかった。あの夜とは状況が違うからだろうか。
きっとそうだ。俺の隣には彼らがいて、目の前にはドローンを既に装着した完全武装の親父もいる。
「ユウナには発信機を持たせている。握っていれば発信されるものをな。それをカリムにも伝えている。もし一定時間発信が無くなったら奴はクロだと分かる寸法だ」
「だけど親父、もしカリムさんがクロでどっか連れ去ってたら…」
「発信機を飲ませた」
「「「「え?」」」
親父以外の全員が驚いて感嘆符しか口に出せなかった。
「ん?錠剤程度の大きさだから人体に害なく普通に排泄されるぞ。」
「そういう問題では…」
「いや…タケル、あの、他の家族の…」
「良い策なんだけど引いた」
俺も流石にどんなものかと思ったので、きっぱり言った。他二人はよく言ってくれた、と言わんばかりの表情でこちらを見ている。
「ああ、そうだろうな。だが、それほどカリムは信用できないんだ」
「それほどか?確かに口が怪しいけど」
俺の疑問に親父は一瞬目を見開いた後、表情を整えてから口を開いた。
「ああ、お前たちが物心つく前の話だが、あいつは俺たちを導いた。その手腕でな。素晴らしい手腕だ。完璧な頭脳だ。だが、横で見ていた俺にはそれが恐ろしかったんだ。言っただろう。奴はその先を共有してくれない」
親父がそう告げると、俺たちの間に一つ風が吹いた。どこか寂しげに俺たちを見ている。
「ではなぜ、そちら側に立っているんだ?杜若ヒロカネ」
風の吹く先に、俺の母さんを殺したクソ野郎は立っていた。