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偽りのピースキーパー   作者: 新川翔
Reviver編
4/50

平等な取引

「警察の者です」


 思わず膠着した。全くの予想外だった。まさか、特別対策課ではないのだろうか。


「えっと…どういう要件で?」


 俺は真っ白な頭に全力で考える命令を下す。


「そりゃあ、お前が一番分かってるだろ」


 周りにはさっきまで近くにいた幼馴染はいない。離れた瞬間を見計らっていたのだろう。


「はは、分かりませんね」


「冗談言うなよ。え?間違ってるはずがねぇ。間違ってたら恥ずかしくなっちまう」


「それじゃあ、あなたは今、恥をかいた。帰って頂けませんか?」


「断る。帰るためには手土産くらい用意しないとならないからな」


 戦闘はないはずだ。戦うのなら、カリムさんが外出していいと言うはずがない。超能力者を公にしたくないのはどちらの立場も同じだ。戦闘になることはあり得ないはずだ。


「そこの二人、なにしてんの?」


 俺と男の間に、俺と同じくらいの年の肩まで髪を伸ばした女性が気だるそうに立っていた。


「あはは、いや会話が楽しくてね。んで椿、コイツは今、嘘をついてたか?」


 ぎくり、として目の前に立つ二人を交互に見る。俺は試されていたらしい。喋りすぎたようだ。この相手は無視するのが得策だった。


 後悔の汗が背中を流れ伝っている。


「まぁ、要件があることを否定したところは嘘」


「って訳だ。ま、そこの喫茶店で話を聞かせてくれ。大丈夫だ。捕まえることはしない」


「…分かった」


 ここは言う通りにしなければならない。これ以上下手な手を打つと何をされるか分からない。

 焦ってしまい、これ以上のことは何も考えられなかった。


「今回の騒動、君たちは被害者だってことで間違ってないな」


「ああ、間違っていない」


 彼らは俺を喫茶店の中に誘導した。

 男はカフェオレを飲みながら俺に質問をする。


「あ、名前、名乗るの、忘れてたな。俺は井原原ミナト。んで、隣のこいつは椿クイナ」


 彼の隣で退屈そうに座っている椿クイナという女性は、どうやら心が読めるらしい。


「まずお前が所属する杜若派は穏健派である。という認識は合っているな」


「ああ、そうだ」


 彼女がどのくらい心を読めるのかが分からない。見るだけで嘘だと分かるのか、それとも、具体的にどこまで心を読めるのか。ここでは必要以上に言葉を口にしない方が良いだろう。


「そしてリラシオの目的は超能力者の権利獲得。過激派は特権を、穏健派は優遇を望んでおり、前者は暴力に出ることが多く、後者は弁論を好む」


「そうだ」


 さらに答える内容だが、これも嘘をつけない。嘘がバレた時のデメリットが大きすぎる。

 また、冷静になって考えると、相手は戦闘をせずに、人数で俺を拘束することだってできる。このカフェの中で何人が俺の敵なのか分からない。


 唾を飲み込み、最短の答えに頭を巡らせる。

 彼らはリラシオという組織のことをよく知っているようだった。もし、情報が漏れているのなら喜ばしいことではない。


「うん、えっと今の組織の状態について教えてくれるかな」


 彼の質問で、脳を質問の解答へ切り替える。


「今、組織は混乱状態だ。答えるのは難しい」


「理由を聞いても?」


「情報言ったとして、俺が帰ったらそれが変わっている可能性だってある。今の俺の発言は信ぴょう性が薄い。答えたってそっちのメリットにはならないぞ」


 メリットの低さを提示しても彼は食い下がる。


「それでも現状が知りたいんだけど…ダメかな?」


「ダメに決まっているだろ。情報が間違ってたら、情報提供者としての信頼を失うだろ」


 言葉をひねり出して数秒間様子を見る。その沈黙の間で、彼は情報の聞き出しを諦めた。


「はは、分かった。分かった。実はここに来た目的はもう一つあってね」


 人差し指を挙げ、彼は未だに微笑みながら提案した。




「こちら側に着かないか?という話だ」




「はぁ?」


 何を言っているのか、理解できなかった。

 声は出来るだけ絞ったが、滲み出た困惑が決壊しそうだった。


「実は、こちら側で超能力者に関する法律の草案や制度を考え始めている。こちら側に着けば、口次第では君たちの目的の達成に近づくこともできるはずだ」


 つまり、俺に組織を裏切れと言いたいのだろう。彼はあり得ない提案をしながら軽薄な笑みを俺に向け続ける。


「怪しすぎるだろ。俺がそっちに着いたとして、俺たちの願いが叶う保証はない。今の政府の目的が分からない」


 思わず早口になる。


 彼の誘いに乗ったところで、杜若派の目的である『俺たちの考える(・・・・・・・)超能力者が尊重される社会』を実現できるとは思えない。


 ただ、予想外の言葉だったからか、さらに焦心してしまう。


「でも、そちらにいるよりは堅実な話だと思うぞ。攻撃的な奴らに巻き込まれて潰されそうな組織にいるより、こちらに入ってしまえば、目標達成の可能性が高い。そうは思わないか?」


 正直、この話は馬鹿げている。

 超能力者関係の諸制度を立案するために、政府は専門家等の優秀な人材を多く呼んでいる筈だ。法律関係は素人の俺が彼らと討論して、意見を通すことができるとでも言いたいのだろうか。

 しかし、それを言って、この場を終えてはならない。俺は出来るだけ警察から情報を揃えて、今置かれている状況を鮮明に把握したい。適当に話を繋ぎ、異能局の情報を手に入ようと考えた。


 こちらの情報だけを渡すのは不平等だ。


「まず、そちらに入るのは俺だけじゃないだろ?」


「いや、杜若派の人間全員が入れるわけじゃない。というか、ほとんどがこちらに着けない」


 俺の言葉を遮る彼の言葉から、国側に着く条件を見破った。


「…着く条件は、犯罪をしたかどうかって訳か」


「勘が良いね。杜若派は穏健派だ。だが、それは戦いによる疲労から生まれた。派閥がそのスタンスになったのも十年くらい前、国の組織内に犯罪者を入れるわけにはいかない」


 俺や妹のユウナは、訓練だけをして、血なまぐさいことからは積極的に避けられていた。


「ああ、それは分かった。それで、なんで俺を誘ったんだ?」


 話の流れを掴んで情報を得るチャンスと踏んだ俺は、彼に質問を多く投げかけた。


「人員不足だ。なりふり構っていられないのさ」


「だからって、こんな敵対組織から勧誘しようってのか。面の皮厚すぎないか?」


「ま、『非人道、非道徳的でなければ手段は問うな』ってのが、上からの命令だからね」


「そうか。確かに、なりふりどころじゃないみたいだな」


「その通りだ。で、この勧誘に乗ってくれるかな?」


 ここで俺は口を閉じ、メリットとデメリットを整理して決断を下す。


「悪いが断らせてもらう。その誘いは俺に対してメリットが薄い」


 俺は今共に足を揃えている幼馴染の彼らの信頼を裏切ることは出来なかった。さらに、疑惑ではなく、俺が完全に裏切ったこととなると、家族全員が組織全体から命を狙われるだろう。


 それに裏切った場合と、このまま活動を続けた場合の願望の達成の可能性は同等だろう。


「はは、そうか…。それは残念」


 お手上げだという感情を大げさに表すように、大きく両手を挙げている。


 その隣で椿クイナは携帯を眺めていた。彼女の手の銀のブレスレットが光っている。恐らく眺めたフリをしてこちらの言動を監視しているのだろう。


「あ、そうだ。定期的に情報交換をしたいんだけど、連絡先を教えてくれないかな?」


 もし、このまま連絡を取り続ければ、異能局から情報をさらに得られるかもしれない。こちらも情報を流す必要性が出てくるが、幹部ではない末端の俺に知らされる情報はたかが知れている。


「分かった。その代わり一つ条件を付けさせてくれ」


「ん?何が条件だ?」


「穏健派と過激派、国は俺たちをどんな風に見ているか教えてくれ。それを情報交換の度に」


 突然のひらめきで思わず付け足す形となったが、自然に俺たちの立場を知ることができる。


「オーケー。その条件飲もう。それじゃあ最初の報酬。今の国の見解だ。我々は、一つの組織に危険なテロリストと安全な活動家がいる、と見なしている。勿論過激派が前者、穏健派が後者だ。もし過激派が暴れても、穏健派を拘束するようなことはしない。穏健派への対処は監視のみが通達されている」


「分かった。ありがとう」


 俺は心の中で喜びを叫ぶ。やはり奴らは俺たちの派閥をしっかりと区別できている。


 これは推定だが、過激派と一緒くたに鎮圧されることはないのかもしれない。


「それじゃあ」


 今度こそ立ち上がって岐路に着いた。もし、もしもこの見解を国が持ち続けたら、過激派だけを締め上げて差し出すこともできるのではないのだろうか。





「クイナちゃん。彼、嘘ついてた?」


 携帯をいじっていた椿クイナは、画面から気だるそうに目を逸らす。


「ついてない。それで彼、しっかり考えるタイプ。最初は焦っていたけど」


「そりゃそうだろ。あの杜若カリムの親族だぜ。あれの影響を受けてたっておかしくない」


 彼女はのっそりと携帯をしまい、理由を問うた。


「そんなに?どうして?」


 彼女は異能局内で杜若カリムが非常に警戒されていたことを知っていたが、その理由を知らなかった。


「ああ、奴は相当な切れ者だ。そもそも、こちらが今までリラシオ過激派を完全に潰しきれないのもアイツ一人の功績だって言う人もいるくらいだ」


「じゃあ、今回の情報源入手は捜査進展に繋がるってワケ?」


 彼女がさらに問うと、彼は手を顎に当てながら首を横に振った。


「多分、大きな進展はないでしょ。彼と接触できたのもきっと奴の想定内だ。きっと重要な情報は渡していない。だから彼もぺらぺらと情報を喋ったんだろう」


「随分と時間がかかりそうだな…コレ」


 彼女は吐き出すように呟いて席を立つ。


「それじゃあ、帰って報告しますか」


 彼らも席を立ち、テーブルの上には空のカップだけが残された。

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