Reviver ②
「生きてるな。リツト!」
彼は木の根を竜の形にした念力で捻じりながら言い放った。
「な、なんとか!」
俺が安全を伝える言葉を発した。
開けた口から緊張が漏れ、動けるくらいにはなった。
ドローンが変形しながら彼の背中に張り付いている。
「ふん、逃げるか…?そんなものまで付けて」
辺りからツタが生え始める。どうやら俺たちを何としても殺したいらしい。
「俺が捻じって道を開ける。辺りを焼けるか?」
「勿論!」
親父は手から竜の頭蓋骨を作り、それを放って辺りの木の根を捻じり始めた。
俺は最大出力で電気を発してツタを焼く。
幹部がさらに能力の出力を上げようと力を貯めた瞬間に、親父が電灯を壊し、俺はありったけの電流を幹部にぶつけ、二人で扉から家を出た。振り返らずに廊下を走り、非常階段の踊り場までたどり着く。
「これって…」
「それは後だ。皇帝には勝てない。逃げるぞ。下でカリムが車を停めている。詳しい話は、それからだ」
俺たちは非常階段を落ちるように下って、俺もそれに続いた。
親父の言動は冷静そのものだったが、その表情は怒りに満ちていた。
組織が不利益を被ることは、何もしていない。
それだけは言える。
俺たちは組織内で思想の方向性が違うとしても、組織を売ることや裏切ることは考えていなかった。
階段を降り、扉を開けた先に車が駐車している。いつもどこかに放浪しているカリムさんがこの場所に来ていることが、この事態の異常性を表している。
すぐに車に乗り込むと、大きいルビーのネックレスをしたカリムさんは、車のオート操縦を解除し、思い切りアクセルを踏み込んだ。
車の中にはユウナもいた。
「大丈夫だったか?」
「うん、大丈夫だった」
妹には危害は加えられなかったらしい。
「僕の家まで送るよ。そこなら安全だ」
運転をしている、親戚で杜若家当主であり、幹部の一員でもあるカリムさんが目的地を告げた。声色から相当焦っていることが伺える。
「親父、どうなってんだこれ?」
「分からんが、俺たちが裏切ったことになっているのは…確かだ」
親父は理不尽な現実を告げた。
「そんなこと、俺たち考えてたっけ?」
「どうやら組織内で何か行き違いがあったみたい。まず、僕の支部で君たちを匿う」
会話に割って入ったカリムさんの声は、俺たちを落ち着かせようとする意図があるのか、ひどく落ち着ていた。
「…ユキちゃんのことは、すまない…」
彼は付け加えて、申し訳なさそうに母の名前を挙げて謝った。
「ああ、そうだな」
車にいる全員が数秒黙ってから親父が答え、窓から外を見続けたまま続ける。
「未来が見えるとしても、解決はできないからな」
杜若カリムさんは未来視の超能力を使うことができる。一目見れば対象の未来を、他の可能性を含めて見通すことができるらしい。
カリムさんは親父の言葉を返せない。他の勢力からの足止めで時間を稼がれたのだろう。
「君たちは僕が絶対に守るよ」
彼は最後に、漏らすように自身の決意を呟いた。
車に三十分程揺られていると、彼の運営する基地に到着した。基地とは彼の自宅である。彼の自宅は豪邸の集まる住宅街の一角にあり、彼の部下が日常的に出入りしている。
「カリムさん!」
俺たちが到着すると彼の部下たちが駆け寄ってきた。
「くっそ、あいつら好き勝手しやがって」
「どうしてやります?会議で提案します?」
「いっそあいつらを直接を…」
「そもそも確証がないのに…」
彼らはかなり興奮していて、怒髪天を突く勢いだ。
「…まずはヒロカネの家族の安全を保障する。奴らの身勝手な行動は僕の幹部という地位を使って全力で追及しよう」
カリムさんは溢れる主張を諫めて、俺たちを空き部屋へと案内した。ヒロカネとは親父の名前である。俺たちは空き部屋に案内されソファや椅子に腰を下ろした。
ここは安全だという安心感が、俺の心の中に少しずつ浸透していく。
この部屋にはベッドが三つあったりテレビがあったりなど、質素ではあるが最低限の家具が並んでいた。
「ユウナは誰かに襲われたか?」
俺は妹には襲撃があったかどうかを確認する。
「予備校帰りに襲われそうになったけど、カリムさんに助けてもらった」
「そうか…良かったな」
染み渡る安心に身を任せて力を抜く。
妹が安心している様子を見て、こちらもより安心できる。
しかし、残された家族の中では暗い雰囲気が漂っていた。
親父はこの部屋に来てからずっと俯いている。かなり落ち込んでいるようだ。
「お前たちが…生きているだけでうれしいよ」
親父はそう言ってから黙り込んでしまっていた。
俺も安心してはいるが、自覚できるほどに気力は減っている。
「失礼」
別室で部下と話をしていたカリムさんが部屋に入ってきた。
「まず、状況を整理して、君たちはどうすべきかを説明しよう」
彼は私たちの表情や様子を見渡し確認してから口を開いた。
「超能力者が社会における権利を得るために動いている組織が、僕たちが所属しているリラシオだ。第三次世界大戦終戦に大きく寄与した僕たち…。この話はいい。何者かが、工作による組織の分断を計画している。最初のターゲットとして、君たち杜若家の分家が選ばれたんだろう」
本家の杜若家の出身であるカリムさんが、三人それぞれを見ながら言った。
「そこで君たちには夜間、厳密に言うと日入りから日の出まで私の家を出ないで欲しい。僕たちは人目のつかない場所でしか活動できない。それは相手も同じであるはずだ」
カリムさんは特に親父を見て忠告している。
「…分かった。お前の言う通りにする」
親父が彼の言葉に返す。
「今回の騒動、首謀者の一味は、君たちを助けようとした時に、僕を妨害した奴らで間違いない。連絡を取ってる未来が見えた。しかし、問題がある。それは、君たちを殺そうとしている実行犯の動きが見えないということだ」
「どういうことだ?」
「実行犯、つまりあの植物使いは僕に姿を見せたことがない。しかも、首謀者の奴と連絡を取っていないようだ」
カリムさんは親父の質問に深刻そうな顔で返した。
「完全に僕の対策をしている。首謀者たちは僕に会う前に計画を立案し共有し終えている。これは未来視に対して有効な手段だ」
カリムさんは未来の事象しか見渡すことしかできないので、過去に何があったのかは知ることができない。
「しかもネガティブな未来が多すぎる。でも、回避する方法は指示するからそれに従ってくれ。それと「分かった」」
親父が長くなりそうな彼の話を遮った。
「もし、未来視で今日は安全だと保障できるなら、家族だけにさせてくれないか?」
「…そうだな。明日話そう。すまない。語り癖が出た」
彼の気を察したようで、すんなりと話を止めた。
「いや、全く構わない。これは俺たちの都合だ」
カリムさんが部屋を出ていくと、親父は音を立てないように携帯端末を取り出した。
『ヒロカネからのメッセージ』
俺の携帯に通知が来た。親父からのメッセージが次々に送られてくる。
『カリムに警戒しろ』
『理由は簡単だ』
『奴は一度も組織に自分が見ている全ての未来を示していない』
『奴は「都合のいい未来へ誘導する」としか言わず指示だけを出してきた』
『奴は目指す未来を具体的には何も語っていない。奴の真意が見えるまで信用するな』
俺とユウナは頷いて答えた。確かに親父の言うことは正しいと思えた。
『いいか、この非常事態。全てに疑いを持て。生きて残って、老けた顔で母さんに会いに行こう』
親父の顔をチラリと見る。
メッセージには残さず、声にも出してはいないが、彼の表情には憎悪がしっかりときざまれていた。
カリムさんを信用してはならないという、彼の言うことは一理あるし、心に留めておきたい。
ただ、穿った意見だという考えも同時に浮かぶ。未来を確定させるために、未来を話さない方がいい場合もある筈だ。『未来が確定しているから大丈夫』という慢心が引き起こす最悪な事態もあるかもしれない。
(そもそも、あの人について知らないことが多すぎるな)
彼はいつもどこかへ行っていて、顔を合わせることは年に一度あるかどうかといった所だった。
俺なりに、彼と対話することで彼の人となりを調べることにして、天井を見上げた。
『何をすればいい』と悩んでいる暇はない。
カリムさんだけに任せてはいられない。守られるだけの引きこもりにはなれない。そう自分の中で決断してから携帯を取り出してマイとタケルにメッセージを送った。
今はもう十二時を過ぎている。流石に返信は来ないだろう。
そう判断した俺は、ベッドに倒れて疲れた体を休めることにした。