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2章23話 大切だから……

「それは……?」

「箸って言われるものだよ」


 席に座って箸を親指と人差し指で挟む。

 目を閉じて昨日と同じように小さく「いただきます」とだけ言ってからパンを口に入れた。言わなくても分かるだろうけど美味い。知識として覚えていた味そのままで……ちょっとだけ嬉しく思えてくる。些細な事だけど無くした記憶の一欠片を取り戻せた気がするからね。


「そういえば、いただきますってなんですか」

「ああ、それも説明していなかったか。それも一種の習わしみたいなものだよ。ご飯前に口にする言葉で『命を頂きます』って意味なんだ」

「なるほど……」


 まぁ、合っているかどうかは定かではない。

 俺の知識が間違っている可能性もあるからな。でも、確かこんな意味合いだった気がする。例え間違っていても訂正する人もいないだろうから気にする事はないけどね。まぁ、間違っていたとしても俺はこの解釈が好きだ。


「……いただきます」


 真似をして両手を合わせて瞳を閉じている。

 本当にスミレは良い子なんだって感じるよ。別に俺がしたからといってスミレまでしないといけないわけではない。それこそ、俺がしろって言ったのなら話は変わってくるけどさ。


「ありがとな」

「……どうかしましたか」

「いや、スミレは可愛いなって」


 おー、すごい。一気に顔が真っ赤になった。

 ごめんな、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいんだ。ただの『ありがとう』なはずなのに意識しちゃうとキツイものがある。面と向かってもう一回、口にするのはね。……その勇気を出すのなら誤魔化した方が楽だ。


「美味しい?」

「ん……美味しいですよ」

「おし、頑張って作った甲斐があったよ」


 軽く戯けてスミレの顔を見た。

 嬉しそうに笑いながら作った朝食を食べている。ちょっとだけ小動物みたいに思えて可愛い。こんな簡単に作れるもので美味しそうに、それでいて楽しそうに食べられると俺まで楽しくなってきてしまう。


 この子と一緒にいて心底、分かったよ。

 俺は本当に馬鹿で甘い男だなって。こんな短い時間の関係で絆されて……俺はスミレに対して大きな情を抱いてしまった。好きだからとか、男としての感情から助けたいわけじゃない。この歳で苦労を強いられるだけの生活を送って欲しくなくなってしまったんだ。


 それにスミレが俺を「お兄ちゃん」と呼んだように、俺はスミレを妹のように感じてしまっている。スミレを助ける理由は俺には無いかもしれない。もしかしたら助けようと思うこと自体が俺の勝手な考えの可能性すらある。


 でも、あるかどうか分かりはしないことを悩む時間は俺には無い。情を抱いてはいけない、そんな事は最初に話をした時点で無理な話だったんだ。命を救われてしまった時点でスミレの気持ちを無碍にする勇気なんて俺には無い。元からスミレを無視して街へ出るのなんて幸運の存在からして不可能だったからな。


 それを気が付かせてくれたのは紛れも無いスミレだった。考えれば考える程に俺はスミレを手放したくなく思えてしまうよ。……最悪で屑なのは俺も重々、承知している。でも、そんな奴の行動一つで笑ってくれるスミレだからこそ……俺はこの子を守りたいと思えたんだ。


 黙々と朝食を取りながらスミレを見る。

 すごく幸せそうにパンを食べているんだ。食べる機会が無かったからか、速度も遅い。俺が食べ終わっている今でもパンの半分とスープが少し減っているだけだ。俺が自分の食器を片付けようとしたら急ごうとするしで本当に可愛い。


「急がなくていいよ。ゆっくり食べな」


 ご飯が逃げるわけではないからね。

 それに俺は他の準備も整えたいだけ。俺には俺の、スミレにはスミレのペースがあるんだ。適当にコップを二つ取って水を入れておく。蛇口から出てきているから美味しいかは分からないけど……元は俺の魔力から作られた水だ。塩素とかが無い分だけ美味しいとは思う。


「はい、お水」

「あ、ありがとうございます!」

「うん、ゆっくり食べろよ」


 水だけ渡してまた席に着く。

 軽く水を一口だけ喉に流してスミレをチラ見。変わらずに朝食を食べていたから投げナイフを取り出しておいた。ちょっと驚いた様子だったけど眺めているだけだったからか、気にせずにまた食べ始めたようだ。


 うん、刻印の打ち忘れは無いな。

 ステータスを確認して……HPやMPがほぼ回復したのを確認してから投げナイフをしまっておく。これで準備は万端、ウルがいればより楽になるだろうけど無理はさせちゃダメだよな。何となく回復し切っていないことが分かっているから特に何かをさせるつもりもない。……さてと、スミレも食事を終えたみたいだ。


「スミレ、今日は忙しくなるぞ」

「何をするつもりなんですか」


 単純な疑問なんだろうな。

 でも、俺からしたらかなりの決心だ。明らかに最初の俺の意思とは違う考え、もしもスミレに出会いたての俺がその話を聞いたら苦笑いされて質問の一つや二つはされるくらいには重大なものだと思う。もしかしたら、こんなことはしない方がいいのかもしれない。だけど、それでも俺は、今の俺はそれをしたいんだ。


「簡単な話だ、スミレにオーガを倒せる程度の力を教え込む。期間としては二週間以内に、だ」


 その言葉を聞いてスミレは驚いた顔を見せた。

 まぁ、その表情を見せるのも当然か。本で得た知識ではオーガはBランク程度の冒険者が三人がかりで戦ってようやく勝てる相手とされている。その冒険者の強さもピンキリだから何とも言えないけど弱いわけが無いからな。


「本気で言っているんですか」

「ああ、本気さ」


 訝しむように聞かれたけど嘘は言っていない。

 そもそもの話、菜奈のもとへ向かうとしてもスミレを無視なんてする気はないからな。申し訳ないが今は助けてやりたいと思うくらいにはスミレに入れ込んでいる。それに最初から強くすると言った手前、半端な強さで終わらせるだなんて師匠の資格は無いだろう。


「俺はさ、本当は王都まで行きたいんだ。そこに俺が目的としているものがある……スミレを助けたのだって、そこまでの道を聞くための事でしか無かった」

「……無かった?」

「うん、今は関わらない方が良かったのかもしれないとも思っているよ。そう思えてしまう程にスミレに思い入れもあるし、師匠としてやってあげたい事だって出来たからさ」


 あ、また俯いちゃったよ。

 何か考え込ませてしまうようなことを言ってしまったか、単純に助けてもらえることを喜んでいるのか……悪いが微かに見えるスミレの表情からして後者はないように思える。どこか険しくて喜んでいると感じられる要素の欠片もない。


「おに……いえ、ボイドさんは私が村にいるべきだと思いますか」

「それは……分からない」

「そう、ですよね……」


 悩みの原因はそこにあるのか。

 普通に「何かあったのか」って聞けば楽なんだろうけど……俺なんかが聞いてもいいのかな。ここまではずっと情を抱かないためにスミレの環境の全てを見て見ぬふりしてきていた。そんな最低な俺が唐突に他人の家庭にズカズカと足を踏み入れてもいいのか。……いや、そうじゃないよな。






「家族」

「!?」


 あからさまに驚いた顔をされた。

 まぁ、ここまでその話をしなかったからだろうけどな。先程の俺がわざわざ遠ざけた話題を出しているんだ。……昨日だって制止したようなナイーブな話だからな。本当は全てを知らないフリで通せば楽だっただろう。でも、それでスミレの環境が改善される訳では無い。


「ずっとスミレの親は見ていないからな。それにあの馬鹿との話で……少し聞いてしまったし。村で何かがあったとすれば、そこら辺で考えるのが妥当だと思っただけだ」

「……鋭いんですね」


 すごく悲しそうな顔をされてしまった。

 うーん、やっぱり、深く掘るべきではなかったかもしれないな。今更ながらに後悔してしまう。だが、話し始めてしまったのなら取り下げるって選択肢はない。仮にここで何でもないって言ってしまえばそれは最早、俺とスミレに新しい壁を作るだけだ。聞いた以上は話してもらえる全ての事を教えてもらいたい。


「俺でよかったら教えてくれないか。その……俺はスミレのお兄ちゃんなんだからさ」

「ッ……ひ、卑怯ですよ……」


 そう言う癖に嬉しそうなのは何なんだ。

 ……ちょっと安心したよ。これで拒否されたらどうしようかなって。本当は俺の事、何とも思っていない可能性だってあったからな。いや、風呂に突撃してくるような子が何も無い訳が無いか。

次回は恐らく長い時間を空けての投稿になると思います。なので、ご緩りとお待ち頂けると助かります。ブックマークや評価、いいねをして頂けるとモチベーションが上がりますので次回が気になって頂けるのであればしてください。割と驚くくらいにはモチベーションが乱高下します。

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