2章21話 小さな変化
「っていう感じ。難しくは無いだろ」
一応、頭から体まで全部のやり方を教えた。
だけど、首を傾げるだけで分かったとは言ってくれない。まぁ、ある程度は予想していたから驚きは無いけどね。どうせ、洗い方を覚えられないっていうのは一緒に入るための建前でしかないんだろう。今も理解せずに分からない振りをするのは甘えたいからか。
「はぁ、とりあえず風呂から上がってくれ。頭くらいはやってあげるから」
「……はい!」
ほらな、満面の笑みを返してきた。
少しも反論せずに空けた椅子に座ってくれたところからして目的はこれだろうな。減るもんじゃないから特に気にしてはいない。……これはこれで悪くは無いかな。嬉しそうにされて嫌な気持ちが湧く人の方が少ないだろうから当然だけどさ。まぁ、それも変な気持ちを持たないようにしているからそれで済んでいる可能性もあるけど。
「目、閉じて」
「きゃっ……冷たい」
軽く回したつもりだったけど勢いがあり過ぎた。
すぐにシャワーを取って排水溝の上で温度調節をする。手に当たる感じで冷たくも熱くもない、暖かい程度の丁度いい温度は……これくらいか。もうちょっと熱くしても良い気はするけど誤差だ、誤差。
「ごめんごめん、調節するの忘れていた。これならいいかな」
「ん、気持ちいいです」
「なら、よかった。このまま目を閉じていてね」
スミレの髪を濡らして軽く汚れを落とす。
短めの髪とはいえ、男子に比べたら当たり前だけど長い。それに俺とは違ってシャンプーやリンスは初めてのはずだ。歯磨きの時と同じでゆっくり丁寧にやってあげないとね。右手にワンプッシュだけシャンプーを入れて頭のてっぺんに付けて少し強めに掻く。
「く、くすぐったいです」
「我慢して」
これでくすぐったいならもう少し強めにするか。
風呂に入ったことがないって言っていた通りシャンプーを付けた手が若干、ベタついている。ここら辺は生活魔法でも取り切れないものなのかもしれないな。……いや、意外と異世界人と日本人の体の違いだったり、適正な脂の量がこれという可能性もあるか。
ただ、これらも取ってやりたいって気持ちは少なからずあるな。だって、このまま寝たら確実に枕が酷い事になるだろ。……優しく済ませる事は出来なさそうだ。一度、お湯で付いているシャンプーを洗い流してもう一回、次はシャンプーを少し多めにして髪に付けた。
「……気持ちいいです」
「そっか、痒いところはない」
「全部……分かっているかのように掻いてくれるので大丈夫です」
一切、痒そうな所は分からないんだけどな。
まぁ、適当にやって良い感じの場所を運良く掻けたってことだろう。こういう些細な事で風呂とかは好き嫌いが分かれるからな。この先どうなるか分かりはしないが風呂好きが増えてくれる事は素直に嬉しい。……喜んでいる姿は見た目通りの幼さがあって愛らしいからな。
「おし、これで終わりだ。もう目を開けてもいいよ」
「……すごい、髪がサラサラしています」
俺からしたら当たり前の事。
でも、それは文化や文明が違うスミレからしたら驚く事なんだ。俺達が魔法に驚くように、電化製品や日常品に異世界の人達は驚く。それが何とも言えない楽しさを味合わせてくれる。反応のいいスミレなら尚のことだね。
スミレの髪にリンスを付ける。
これに関しては量とかが分からないから多めにしておいた。生憎と俺はリンスを使わない派閥の存在だからな。だから、何となくの感覚で髪の流れに沿わせていく。それを一度、二度……と何度も行って全体に馴染ませるようにしていった。
「……髪油みたいですね」
「へー、そんな物があるんだ」
「はい、庶民のお風呂みたいなものですね。水で髪の汗を流した後に付けるんです。ベタベタしているので、付けてすぐに流さないといけないところも同じですね」
ふむ、そんな物があったのか。
って事は、髪を洗う風習は元からあったって言うことだよな。それなら新しい商品としてシャンプーを出すのもアリか。……ただ、この世界だと頭に付けた泡を全て流し切れるほどの水量が出るものは無さそうだよな。そこら辺も踏まえた上で何か作れそうなものは無いか。
いやいや、そういうのは考えなくていいな。
スローライフというか、何もしなくても金を稼ぐために商品を作るのはアリだ。でも、それは菜奈を城から連れ出してからでいい。王国のどこかに図書館みたいな場所だってあるだろう。そこで使えそうなスキルを探せば後はガチャでどうとでもなる。
「流すからまた目を瞑って」
一応、髪を後ろに流してから湯をかける。
これで目に流したリンスが入ることは少ないだろう。首もちょっとだけ後ろに反らしているしな。健気に目を瞑っているスミレの顔が見えるのは目に毒ではあるが……それも後ちょっとで考えなくて済むようになるのか。
「流したから目を開けていいよ」
「……うわぁ、サラサラしてます」
嬉しそうに自分の髪に手を当てている。
髪油とかいうものではここまで触り心地の良いものにはならないのか。それとも効能は近くても落としきれないせいでベタつきが残ってしまうとかもありえるな。どちらにせよ、喜んでいる姿を見て嫌な気持ちが湧く奴なんていない。
「気に入った?」
「はい!」
「そっか。なら、よかったよ」
軽く頭を撫でて先に風呂に入る。
もう少しだけ体を温めてから寝る準備を整えよう。……にしても、なんだかんだ言ってスミレは頭が良いみたいだ。何事も無かったかのように体を洗っているからな。途中でタオルを取ろうとしていたからさすがに目は逸らした。若干、先にあがっておけばよかったと思ったけど今更だ。
シャワーが流れる音だけを聞いて壁を眺める。
少し経ってからキュッと蛇口が締められる音がした。すぐに膝の上にスミレが乗ってきたから壁を見るのをやめる。見ていたって何も楽しいことは無かったからな。新品だからか、染みだとかそういうものの一つもありはしなかったし。
「百数えたら出るぞ」
「うーん、そういうものなんですか」
「ああ、俺の故郷の習わしだ」
知識が正しいのであればそうだったはず。
まぁ、ある意味、いい方法だよな。小さい子供に何かしらの目的を与える事で達成させるまで我慢させる。遠くない目標だから子供もワガママは言っても言うことは聞いてくれるだろうし。本当にこういう当たり前のことを考えた人はすごいと思うよ。
「十五、十六」
「えーと、十七、十八」
ボーッとスミレと一緒に百まで数える。
こういう平和な雰囲気は嫌いじゃない。ああ、確かに幸運っていうのはすごいな。もしも、あの時に散歩になんか出ずにいたら、こんなのんびりとした空気は味わえなかったのか。そう考えるとスミレには感謝しないとな。……でも、その幸運が巡り合わせたスミレは酷い環境にいる。考え過ぎかもしれないけど……もしかしたら……。
「百! 数え切りましたよ!」
「よくやったね。それじゃあ、出ようか」
軽くスミレを抱き締めてあげる。
スミレから「へ」とか驚く声が聞こえたけど知ったことか。俺は……今、すごく幸せなんだ。そう、スミレは俺の弟子であって、妹でもある。環境を整えてあげるなんて最初から決めていた事だろ。
「さあ、後は寝るだけだよ。家にだって戻れるようにしないといけないからね。今はゆっくり休もう」
「そ、そうですね! えへへ、明日が楽しみなんて久しぶりです!」
風呂場から先に出てスミレの服を綺麗にする。
ここら辺は生活魔法で何とかなるからね。それに髪とかだって乾かせるから便利なことこの上ないよ。服を着た後で出てきたスミレの体を生活魔法で乾かす。後は歯磨きのセットだけ持ってからベットまで行くだけだ。指示はしたから自分で着替えもしてくれるだろう。
ボーッとステータスを眺めながら歯を磨く。
城でも味わえなかった時間だ。あそこは戦闘は起こらない場所ではあった。だけど、だからといって平和で自由にいられる場所かと言われたらそういうわけでもない。女性は池田とかの毒牙から身を守らなければいけなかったり、俺達ならば室内を盗聴されても大丈夫なようにする必要がある。何も考えないでいい時間を取れるわけが無い。
俺は……この子を守りたい。彼女の笑顔を見て確かにそう思えた。
昨日のPVが思いの外の量で少し驚いております。書いたり書かなかったりという面倒くさい性格をした人間の作品を読んでいただけるとは……嬉しい限りです。このまま定期的に投稿するつもりなのでブックマークや評価、いいね等、応援の意味で宜しくお願いします。




