2章20話 乱入者
「にしても……」
今更ながら恥ずかしくなってきたな。
時間を置いて冷静になったっていうのもあるんだろうけどさ。何が「死という足音が聞こえて美しさを持つようになったか」だよ。美しい美しくないは別としても死という足音って何だ。本当に適当な事を口にし過ぎだろ。厨二病かよ。
強さという点においては新島と戦えていた時点で弱いとは言えないけどさ。今の状態でグランと戦っても勝てるとは言い切れないのが事実だ。ステータスの差というのは経験の差に劣るだろうからな。フィラが相手となれば余計に、だ。
その強さを語るには……まだ早いだろう。
それに厨二病を患うのは少し先のはずのスミレの教育にも良くなかった。穏便に、とは言わずとも威圧をかけるだけで済んだ話だったなぁ。それでも同じような状況になったら似たような行動を取るだろうけど……厨二病は自粛しないといけなさそうだ。さて……そろそろ上がるか、っと───
「失礼します」
変な声が聞こえた気がする。
いや、でも、さすがに、だ。こんな風呂場に女の子の声が聞こえるわけがないからね。わざわざイケメンでもない男の風呂に入りに来る女の子なんて一人しかいない。だけど、その一人は俺の近くにいるわけじゃないからな。って事は……。
「……出て行ってくれないかな」
「嫌です」
すごく良い笑顔をされてしまった。
はぁ……面倒臭いな。別の風呂場に置いてきたから来ないって勝手に考えていたんだが……それ自体が甘過ぎたか。理由は分からないけど本気で一緒に入りたいらしい。まぁ、例えそうだったとしても断るけどな。
「なら」
「隙ありです」
風呂のお湯が上空に飛び散った。
これは……本当に予想外だ。服を脱がないで無理やり風呂に入ってきて逃げられないようにしてくるなんて……考えたとしても思い付かないだろ。言っちゃ悪いが服だって汚いっていうのに……分かったよ。
「……一応、服は脱いでくれ」
「でも、上にいないと出て行ってしまいますよね。一人で入るのは寂しいので嫌です」
「今回だけ、許してあげるから服を脱いでタオルを巻いてくれ。後、入る前にお湯を浴びて汚れを落としてくれ」
垢とかが風呂に浮くのは嫌だからな。
それに今だって入れてあるお湯が汚くて入りたいという気持ちすら減っているし。運良く良い魔法を手に入れたわけだから直す時間も欲しい。このまま嘘をついて汚いお湯に体を入れっぱなしっていうのは御免だ。
「本当ですか」
「今日だけ、ね。どちらにせよ、使い方を教えた方が分かりやすいらしいからな。気を抜いて中に入れさせた俺の負けって事にしておく」
だけど、明日からは見ていろよ。
このテントを使う時は扉を施錠してでも中に入れないようにしてやる。もう二度とスミレの前で油断する気は無い。逃げて悲しい思いをされても俺が困るからな。なら、対策をして入れるかもしれないという希望を先に絶ってやればいい。もしくは大浴場に行くのも一つの手だな。
「信じろ、代わりに今日が最後だ」
「……分かりました。あまりジロジロ見ないでくださいね。ボイドお兄ちゃんが相手だと分かっていても嫁入り前の体はやはり恥ずかしいので」
「なら! 閉めてから脱げ!」
頼むから見せようとしないでくれ!
俺からしたらスミレに強い情を抱きたくないんだ。こういう事の積み重ねで思い出が出来て一緒にいたいと思ってしまう。好き嫌いのどちらも抱かずに過ごすのは……もう遅いとは気がついている。だから、こういう事だって本当はしたくなかったのに。
何でか知らないけど、幸運は意地悪らしい。
俺がスミレと一緒にいられるように動いてきているのかもしれないな。俺の本心が一緒にいたいと思っているのか、それとも一緒にいるべき存在だからなのか……そのどちらであっても要らないお世話だ。
こういう時に使える生活魔法があったな。
使いたい魔法のイメージをしながら名前を口にする。……おし、お湯が綺麗になってくれた。さっきの汚れを見たからちょっと嫌だけど、入れ直す時間を取りたくないし我慢だ。スミレから出た垢だと思えば多少は……いや、それはそれでキモイな。
「さてと」
静かに足を入れて中に入る。
どこぞの誰かさんのせいで深く入ってようやく肩まで浸かる事が出来た。少し悲しい気持ちはあるけれど致し方ない。俺が油断したせいで起こった事件だ。それに……ここまでされたら一種の諦めさえ感じられる。理由は定かでは無いけど一緒に入りたいと突撃してきたのは事実。例え俺が嫌だったとしても勇気だけは認めてあげないといけない。
「し、失礼します」
「変な気は遣わないでくれ。あそこまでの事をされたんだから多少の事なら何も思わないからな」
棘のある言い方だったと思うが後悔は無い。
勇気は認めるが限度はさすがにあるからね。許しはしても常識が無いままに育つのは俺としても嫌だし。……言っておいて何だが、こういう事を考えるのも本当は良くないんだろうな。
「入るのなら勝手にしていいよ。俺が邪魔なら場所だって開け」
「嫌です」
話を遮られてしまった。
何も言わないで俺の膝に座ってきたあたり一緒に入りたかったっていうのは嘘じゃないんだろう。こんなイケメンでも、ムキムキでもない俺と入りたがる気持ちがなぁ。日本だったらクラス一位とか、何なら学校や街で一番を取れるくらいスミレは美しい顔をしているし。
「ここが一番、安心します」
「だったら、別にいいけど」
俺の胸に背を預けてボーッとしている。
俺の膝って割とゴツゴツしていると思うんだけど何でこんなにリラックス出来ているんだろう。仮にスミレに好かれているとしても、ここまで大逸れた事をする理由が分からない。
まさか、そこまであの婚約者の事が嫌いだったからとかか。いやいや、それはあるとしてもそれだけで好かれるなんて……エロ漫画とかじゃあるまいし現実味が無いな。お兄ちゃんとして好きと言うには少しばかり考えの甘さを感じるし。
他にあるとすれば……。
「お風呂っていいですね」
「……ああ、風呂は色んな人を癒してくれる空間だからな。一人で入るのも良かったけど他の人と入るのも悪くは無さそうだ」
実際、二人で入っても窮屈には感じない。
これで俺がリラックス出来ていなかったらスミレを無理に追い出していたのだろうか。まぁ、さすがにしないかな。約束したというのに無下にするのも人としてどうかって話だし、何より俺はスミレから離れられなくなるのが嫌なだけで嫌われたいわけではない。無理だとしても出来る限り笑って欲しいだけだ。
後ろから軽く頭を撫でてやる。
さっきまでの俺は若干、威圧的だっただろうし怒っていないことだけは伝えておきたいしな。後、可愛い女の子の頭を撫でるのは気持ちがいいから許されるのならしたいし。嫌がられなければウルとも入りたいなぁ。
「あの……ワガママ言って……ごめんなさい」
「うん? いきなりどうした」
俯きながらそう言われてしまった。
未だに俺が怒っていると思っているのかな。実際、あまり嬉しい事ではなかったけど気にはしていないんだが……まぁ、俺と一緒に風呂に入りたがっていたスミレの事だ。俺に嫌われたくはないんだろう。
「それだけ一緒に入りたかったんだろ」
「……うん、ボイドさんといると気が休まるんです。お風呂も貴族様が使うもので初めてだったから一人で使っても……休めなかったの」
「それならいいんじゃないか。ただし、今回のような行動は出来る限り控えて欲しいけどね」
こういう事をされるのは真っ平御免だ。
でも、そのおかげで俺も吹っ切れた部分があったし必ずしも悪かったとは言えない。俺だって意地を張っていたのも間違いのない事実だし。強い言葉を使わずともスミレを説得させる方法があっただろう。
「以後、気を付けます」
「それなら良い悪いの話は終わりにしよう。今は早く風呂から上がって休んだ方がいいからね。後、お兄ちゃんに対して格式張った言い方も無しだ。俺はスミレの師匠であり、お兄ちゃんなんだぞ」
「そう、ですね……ううん、そうだね!」
雰囲気の悪くなる問答を続ける意味も無い。
俺は依存されない程度にスミレと距離を取りながら人並み以上の関係を築く。……もちろん、その関係にだって揺らぎは幾つもある。だけど、そこら辺を抜きにしたって俺はスミレと敵対関係になりたい訳では無い。そこだけはどこまで行っても変わらないんだ。
「ゴメン、ちょっと退いてくれ。体を洗うから」
浸かりっぱなしは逆上せる原因になるからな。
一緒に入る風呂も悪くは無いが好きな時に出られないのは辛いな。そこら辺の自由が利かないのなら……大浴場を使った方がいいか。割と魔力も回復してきているだろうから使えなくは無いだろうけど……。
って、それは無いな。
一緒に風呂に入るのはこれで最後だ。一人でいる分には困ることの無い贅沢な悩みなんだから、考える必要も無いだろう。そう、後少しの辛抱なんだから……いや、それなら気にしてしまう事の方が問題なのかもしれない。
「今から洗い方を見せるから覚えろよ」
「はぁい」
気持ちいいのか、返事がユルユルだ。
すごく可愛らしいとは思うけど、ある程度の意識は向けておかないといけないな。初めての風呂らしいし、まだ幼いのだから俺よりも逆上せやすいはずだ。風呂の雰囲気に流されて具合を悪くされても困る。部屋にクーラーとかがあるから大丈夫だとは思うけど。
「まず頭からだけど」
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