表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

72/76

2章19話 休息の時間

「おし、終わり。一回、起き上がって」


 体を起こさせて手を取る。

 一から教えるってこんなにも難しいんだな。こうやって考えてみると親というのはものすごく偉大なものなんだって実感させられる。どうやら俺には教える立場には向いていないらしい。


「口に入っているものをここに吐き出して」


 風呂場の洗面所に出させてから蛇口を捻る。

 流れ始めた水にスミレが驚いているけど今は後回しだ。近くにあったコップに水を注いでスミレに手渡す。手に取りはしたけどよく分からなさそうに首を傾げるばかりだ。


「それで口の中を濯いで吐き出すんだよ。そこまでいってようやく歯磨きは終わりなんだ」

「そうなんですね」


 これで俺が教えるのも終わりだ。

 大して時間はかかっていないというのに一気に疲れを感じるな。もう一から教えようとか考えるのはやめだ。今度からやらせて失敗してから間違っている事だけを教えよう。まぁ、教えたからといって出来るかは分からないけどね。


 歯の磨き方を教えたら次だ。

 後はシャワーの浴び方さえ教えたら俺もやる事をやって寝る。蛇口から水が出ることも知らない子なんだ。教えてあげないと汚いままで寝ることになってしまう。シャンプーとかボディソープとかも知らないだろうしね。


「これを捻れば水が出る。ここまでは見て分かるよね」

「はい、さっきも見せてもらったので大丈夫です」

「よろしい。でね、これと同じものがここにもあるんだ」


 シャワーを指さして伝える。

 納得しているみたいだし、気にせずに蛇口を捻ってお湯を出した。また驚いたみたいだけど最初に見せたよりは反応が薄いかな。ちょっとだけ残念に思えてしまう。


「今、出したのはお湯。この赤い方を回せば暖かい水が出てくるんだ。そして青い方だけを回せば冷たい水が出てくる」

「本当だ……温度が変わりました!」

「熱かったら青い方を回して調節するんだ。これを体に浴びて汚れとか汗とかを落とす。そこで使う事になるのがこの三つ」


 風呂に備え付けられた三つの瓶。

 ご丁寧な事に名札が付けられていて一瞬で区別がつくから楽だ。右から順にボディソープ、シャンプー、リンスか。中身もタプタプに入っている事だし結構、持ちそうだな。


 それに有難いことに体を洗う空間と風呂も分かれていて少し広い。トイレと同じ空間ではあるけど段差で区切られているからな。風呂を入れてしまうと体を洗えないとかは無さそうだ。


「ボディソープって書いてあるのは体を洗う時に使う物だよ。そこにタオルがあるから一回だけ押してタオルに付けるんだ。それをお湯で少し泡立たせてから体に付けていく」

「そうなんですね」

「うん、それで後の二つは頭を洗う物。髪を濡らしてからシャンプーって書いてある方を一回だけ押して手に付けて、それを髪につけながら軽く掻くって使い方をするんだ。リンスはシャンプーを流した後に付けて洗い流すだけ。まぁ、リンスは使わなくても別にいいかな」


 実際、俺は必要性を感じないし。

 ただ俺は男だからな。リンスは髪が痛まないようにするために使うらしいし、女の子であるスミレには必要なものかもしれない。ぶっちゃけ、スミレの髪を見て傷んでいるとかは分からないから何とも言えないけどね。


 それでも口頭であれ教えた。

 これで俺のお役は御免かな。小さくため息を吐いて風呂場を出るためにドアノブに手をかける。その時に大きな深呼吸の音が聞こえた。何か伝えたいことがあったのかもしれない。そう思ってスミレを見ると少し頬を赤らめながら口を開いた。


「あの……ちょっとだけ分からないことがありました」

「ああ……それなら、もう一回、教えるよ」

「いえ……二度手間になるので……あの……」


 二度手間になる……うん?

 なんか、すごく風向きが悪いような気がするんだが。これは幸運が無くても分かるくらいに嫌な予感がする。いやいや、まさかね。頬を赤らめているのもそのせいだって事は無いはず。


「何が言いたいの」

「一緒に入って教えてくれませんか」


 ……うわ、本当にそれなんだ。

 ここまで嫌な予感が当たるなんてね。さすがにそれ以外に言われそうな事が無かったから分かってはいたけどさ。……うーん、相手は中学生くらいの女の子。俺が家族なら一緒に入ってもおかしくは無い年齢だ。でも、一切の血の繋がりはない。


 これが日本社会なら一発で刑務所行きだ。

 世間からはロリコンというレッテルを貼られ、大学へ進学する事も出来ずに外へ出る事を拒んでヒキニート待ったナシになってしまう。仮に誰にも見られていない、バレないとしても俺の倫理観が強く拒否してくる。ってか、菜奈という彼女がいる以上、幼いとはいえ女の子の裸を見るのは絶対にダメだ。


「悪いけど無理だ。一人で入ってくれ」


 雑に否定して部屋から出る。

 印象が変わろうと超えてはいけない一線ってものが常にあるんだ。それが今回のような裸の付き合いだったってだけ。水着とかがあるならまだしも裸で一緒には無理だ。菜奈が相手なら何も考えずに済んだんだけどね。


 隣の部屋に手をかけて中に入る。

 軽く風呂をお湯で洗い流してから蓋をしてお湯を注ぐ。どうせなら風呂に入りながらステータスでも見よう。手に入れたアイテムの確認とかも必要だからな。それに風呂に入りながらとかなら片手間に歯を磨いたりとかも出来るし。


 ボーッとお湯が溜まるのを見ながら待つ。

 何も考えないと一気に疲れを感じてしまう。でも、他の事を考えようとすればどうしてもスミレの事を考えてしまう。それこそ、あの男との間を止めなかったらどうなっていたのか、とか。……すぐに頬を両手で強く叩いて考えを改める。


 いつまで続くか分からない関係なんだ。

 何度もそう考えてスミレを忘れないと心残りが出来てしまう。一緒には居てあげたい。でも、俺如きがそんなことを願ってもいいのか。ましてや、教える事だって不安な俺がスミレを正しい道へ導く事は出来るのか。色々と考えて『無理だ』って思いが勝ってきてしまう。


 一緒にいたいと出来る出来ないは別問題だ。

 いつまでも続くのなら……どれだけ良かったか。




「お、溜まったか」


 ちょうどよく湯が溜まってくれた。

 ちょっとだけ少ない気がするけど俺が入れば良い感じになるだろう。それに……ここに入れば悩み事だって小さなものだって思えるはずだ。俺には俺のやらなければいけない事がある。何があろうともそれを捻じ曲げるなんてしてはいけないんだ。


 適当に服を脱ぎ捨てて腰にタオルを巻く。

 自分の裸ほど見たくないものはないからな。見れば見る程にコンプレックスが浮かび上がってしまうだけだ。特に男性の象徴はそれだろう。大きさとか色々な部分で……嫌な気持ちしか湧かないからやめよう。菜奈がいれば俺にはエクスカリバーの大小など必要のない事だ。


 軽く湯を出して体の汚れを落とす。

 その後で水を一杯、歯磨き粉を付けた歯ブラシを持ちながら湯の中に入った。軽く歯を磨きながら適時、水を含んで排水溝に流す。歯を磨き終えたら空コップの中に歯ブラシを突っ込んで洗面台まで戻した。


 お湯を顔にぶつけて髪をかきあげる。

 やっぱり風呂は良い、何も考えなくてもいいし体の汚れと一緒に自分の汚いものまで落ちてくれる感覚を味合わせてくれる。もちろん、そんなことは有り得ないんだけどね。このままボーッとしていても寝てしまうだけだ。


「はぁ……それでもいいか……」


 今日中にやりたい事は全て済んだ。

 今までのガチャから出てきたスキルや武器について確認も済んだし、使用感も試している。中でも転送の短剣という名の新島戦で出た五本の短剣は素晴らしい。能力は言わずもがな、転送。


 短剣のある場所に自身を送ることが出来るというシンプルイズベストな能力だ。使って見た感じ投げる事が前提の武器というネックな部分はある。ただ逃げにも攻めにも使える分、使い勝手が良いし強いだろう。ましてや、俺には刻印という回収に打って付けな魔法もあるわけだし。


 他には固有スキルである召喚、通常スキルである不眠なんかもあるけど……まぁ、どちらも使ってみた感覚としては微妙だった。前者は使用するのに魔力が足りなかったし、後者は寝なくても疲れ無くなるだけだ。転送の短剣に比べればかなり目劣りしてしまう。


 ってか、召喚に関しては召喚士になった瞬間に与えられても良かったんじゃないか。いやはや、さすがは不遇職業……そうでなければ面白みに欠けてしまうよな。それに召喚出来ないのならどちらにしても変わらない。

恐らく明日と明後日も投稿する予定です(多分)。


よろしければブックマークや評価、いいねの程お願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ