2章17話 愛弟子のために……
「うわぁ……広い……」
「そりゃあ、俺の秘密の一つだからな。俺は魔物と共に旅を出来ていたんだ。こういう魔道具の一つや二つはあるのが普通だよ。下手に野宿を始めれば簡単に襲われるからな。魔物も人も襲えると思ったら見境無しだ」
スミレの感想もご最もだと思う。
俺だって初見時は同じような感想を持っていたからな。となれば、中に入ってからも俺と同じ感想を持つのかね。確実に普通の生活では味わえないような幸福感がこの魔道具にはあるんだ。
それを妹のように思っている、いや、思うようにしているスミレには味合わせたところで問題は無いはずだ。……ただ一つだけ後悔することがあるとすれば、スミレが持つ俺に対する感情に差異が生じる事か。
「ほら、突っ立っていないで入るぞ」
先に靴を脱いでスリッパに履き替える。
それを見てスミレも靴を脱いで真似をしてくれた。これに関しては日本人ならではの行動だろうから謎だろうね。例えるのならアメリカ式みたいなものかな。まぁ、詳しい知識は無いからどうなのかは知らないけどさ。でも、こういうところで空気を読んでくれるのとかも……って、そういう事は考えちゃいけないよな。
スミレに強い情を抱いてはいけない。
後々の俺のために固く決心した考えだ。俺は人を評価する程の人格者でも何でもない屑な人間。ましてや、何でもそうだけど使えそうなものを利用するだけの存在だったからな。フィラだってグランだって菜奈だって……元は同じ理由だった。
そこに弟子という名の……一つの愛おしい理由が出来てしまっただけだ。それだけならスミレを大切に思えるというのに、ね。……ましてや、屑であることには変わらないんだから俺と一緒にいたところで……はぁ、自己嫌悪でいっぱいになってしまうな。
それでも……ここに呼んだのは大切だからだ。
大切だけど大切にしたくない……何とも言えない最低最悪な気分だよ。こんな事でスミレから嫌われないかだなんて思いすら湧いてきている。確実に深く関わらない方が良い存在だと分かっているのに出来ないんだよなぁ……本当に最低だ。
にしても、静かなのは緊張からなのかな。
まぁ、スミレからしたら初めて見るものばかりかもしれないし当たり前か。フカフカのカーペットや大きなテーブルとかも……何もかもがスミレの家には無かったものだ。それにたくさんの部屋が四方にあるのも助長させているのかもしれない。
「とりあえず部屋は好きな場所を使っていい」
「え、良いんですか」
「駄目って言ったらどこで休むつもり何だよ。子供なんだから気にせずにゆっくりすればいい。ただの寝泊まり程度なら気を許せる相手には貸してやるさ」
小さい子に苦労を背負わせるのはなぁ。
屑である俺であっても出来ないくらいの外道的な行動だと思うよ。スミレは未だにオロオロと周囲を見渡しているし……まぁ、そこら辺は一緒に暮らしていく内に見れなくなる行動か。今のうちに楽しめる新鮮な景色だとでも思おう。
というか、駄目って言ったらどうしてた?
まさか、一人で街まで戻って家で休んでいたとかか。そんな最終便出発済みの飲み会明けに女子を一人にするみたいな、最低な事を出来るわけが無いだろ。屑は屑だけど人の心がある屑だと思っているからな。
「それじゃあ、上に行くぞ」
階段を出してからキッチンに向かう。
少し驚いた顔をしていたけど静かに付いてきてくれた。緊張は未だに解けないって感じかな。それならそれで愛らしくていいとは思うが……いや、そういう事を考えるべきではないか。
「そこで座っていてくれ。カレーは少し時間がかかってしまうからな。待っているのもつまらないだろうけど」
「だ、大丈夫です! お腹は減っていませんから!」
そう言った途端にスミレの腹が鳴った。
やっぱり我慢していたんだろう。まぁ、あのようなゴミ共が多い戦地とは違ってここなら多少は気が緩むだろうからね。外からの見た目とは反して内装は頑丈そうだし、休むスペースも十二分にある。知らない空間だからこそ緊張はすれど体は正直な反応を示す。
それにここはダンジョンの安全地帯の中にあるテントの中だ。回りくどい言い方になるがあの馬鹿共が攻め込んだとしてもどうにかなるような場所では無い。というか、最悪はウルに全てを任せればどうとでもなる。
「遠慮は要らないよ。スミレは俺の弟子であって、大切な妹なんだからさ。そんな遠慮は家族には不必要だろ」
「……いいの?」
「もちろん、子供が気を遣う必要なんてない。それに今回はスミレの行動に敬意を払って御馳走を作ると言ったんだ。遠慮なんて不必要だろ」
スミレは静かに首を縦に振った。
まぁ、子供かどうかは俺が言えたことではないんだけどね。俺も高校生だから社会的に言えばまだ幼い子供だ。それでも……幼子を助けるのは普通の事だろ。だから、まずはスミレの帰れる場所を作ってから他の事を考えればいい。
そう、今は俺の出来ることをするだけだ。
って、事で……何から始めようか。調味料は……本当にたくさんあるからそういうのを使ったものを作るのがいいかな。塩コショウは当たり前だけどクミンとかの必需品じゃなさそうなものまで揃っている。
小瓶一つ分だけじゃなくて詰め替え用もかなりあるし、そこら辺で困るのはもっと先の話だろうな。困ったとしてもガチャを回せば何とかなりそうだし。
適当に肉、野菜を取ってっと。
アレがあればもっと楽なんだけど……お、普通にあるな。本当に色んなものが付属品として揃えられているみたいだ。俺からしたらありがたい限りだな。……これさえあればスミレを喜ばせられるものが作れるだろう。
まず鍋を取り出して弱火で肉を焼いておく。
豚肉だからか、流れ出た油は少し多い。でも、今は割と助かるな。すぐに人参を大きめに切って入れて……次にジャガイモの皮を剥く。剥いて目さえ取ってしまえば大きめに切るだけだ。
それも入れた上で最後に玉ねぎを切っておく。
ここまで出来たら後は煮込むだけだな。水を入れて沸騰するまで待つ。沸騰後にかけるアラームの時間もバッチリだ。……下準備は数分とかからずに出来たけどここからは少し時間がかかるからなぁ。こんな事なら野菜炒めとかにするべきだったか。
いや、ここで手を抜くのは俺としても嫌だ。
スミレが好きそうだったからっていうのもあるけど、王国の城では食べられない味を久しぶりに感じたい。塩が貴重なのか薄い時も多くあったからね。どうせなら美味しいものを一緒に食べたい。こう見えて俺は食べる事は大好きだからね。城ではゆっくり楽しんで食べられなかった分、ここでは味わいたい。
「ちょっとだけ待っていてね」
「はい……いつまでも待ちます」
手をグッと握って笑ってくれた。
うーん、そういうのを見ると余計に申し訳なくなってしまうな。でも、空腹は最上の調味料とも言うし出来る限り我慢してもらおう。代わりに食べる時は我慢してよかったと思えるようなものにしないとな。まぁ、それはこのアイテムに任せる事になるけど。
でも、俺にだって出来ることはあるはずだ。
例えば肉のアク取りだったり、ジャガイモとかを柔らかくしたりとかね。本来は食べられないものを食べさせるんだから美味しいと思う……いや、もしかして異世界の人には合わない可能性とかがあるのか。ただ、そうなったらすぐに新しいものを作ればいいし問題は無い。
沸騰したのを見てからアラームを付ける。
十五分間程の暇な時間、とはいえ、鍋から離れることも出来ないし何かをするってことは出来ないからな。スミレと話をするっていうのもアリといえばアリだが……はぁ、そこに関してはもう遅い話か。これで暇な時間を使わせてしまう方が俺は嫌だ。
「この料理は俺の故郷の味なんだ」
「故郷……ですか」
「そう、とは言っても微妙なところだけどね」
だって、そうだろ。カレーはインド料理だ。
それに日本に住んでいた時の記憶自体が俺にはないし、ましてや、今作っているものに使うアレをどうやって作るのかすら俺は知らない。それこそ、ネットとかを調べれば簡単に作れるんだろうけど今はそんな便利なものを持ち合わせていないからな。
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