2章16話 詰まらない言い訳
「二回目の問だ。俺の妹に何か用か。さっさと答えろ。こう見えて俺は短気なんだよ。本当に殺してしまいそうだ」
「ひっ!」
「ふん、恐怖から向かってくるか。その覚悟は認めてやろう」
剣を抜いたな、なら分かってはいるはずだ。
殺し合いが当たり前の世界で剣を抜くという事は完全なる敵対行為、俺のした威圧をかける行為のようなグレーゾーンとは比べ物にならない程の行為だからな。
「死ね! 死ね死ね死ねッ!」
「……詰まらん。ゴブリンの方が上手に剣を振るぞ」
「ふざ、けんなァッ!」
覚えたて……では、無いんだろうな。
どうしても新島が相手なせいで感覚が狂ってしまいそうになるが、才能の有無はここまで強さに差を付けてしまうらしい。というか、スミレと戦う時の方が楽しみながらいられたし。
上下左右、どれもが力任せな一撃でしかない。
言っては悪いがグランとの模擬戦ですら、異世界人である俺の同胞達はもう少し上手く剣を振れたぞ。多少は教えてやっても良いように思えてくるが……まぁ、そんな事をしてやる義理も無いか。
「本当に詰まらないな。この程度でスミレ達を愚弄する事が出来たとは……多少は相手との力量差を測れるようになった方がいい。まぁ、お前達はどちらにしても死ぬが」
「な……ガッ……!」
「汚い顔が余計に酷くなったじゃないか。いや、逆に少しは死という足音が聞こえて美しさを持つようになったか。……まぁ、どちらでもいい」
顔面を掴んだ手に力を込めていく。
汚いからな、しっかりと風魔法で手と顔の間にジールでは埋められない空間を作っている。このまま頭を粉々に砕いてやってもいいが……それでは味気無いだろう。ましてや、スミレにそんな姿を見せられる訳も無い。
「俺の妹に手を出すなよ。生きたまま土葬するぞ。いや、それだと屍人となってしまうか。先に燃やし尽くしてから地中の奥底に沈めてやるのも悪くは無いかもしれないな」
「ま、待って……」
その声を聞いてジールはホッとしたような様子を見せたがスミレの顔を見て考えを改めた。だって、当のスミレは手を構えて魔力を綿密に操作しながら魔法陣を展開し始めている。だけど、殺気は無いみたいだ。
これなら……後はスミレに任せても問題は無さそうだな。俺だって無益な殺生はしたくは無い。顔をスミレに向けて軽くウィンクをしてやる。スミレは少し表情を弛めたかと思うと頭を振って笑顔で続けた。
「その人を殺すのは私の仕事です。だから、ボイドお兄ちゃんは手を出さないでください。偽物の婚約者にはそれ相応の罰を与えてみせます」
「な、スミ、レ……!?」
「いいのか、コイツはスミレやスミレの両親を貶したゴミのような人間なんだぞ。俺は君の事を知っているからな。そのような存在を育てた両親が貶されてよい存在だとは思えないのだけど」
その言葉に少しの嘘も無い。
確実にスミレは愛された存在だ。部屋を見ていて思ったが幾つかの写真立てが飾られていた。この世界での射影機は下級貴族でさえも買うのを躊躇うようなものだ。それを娘の写真を撮るために買うだなんて……普通だとは思えない。
「いえ、許す気はありませんよ。でも、お兄ちゃんは優しいからきっと苦しまずに殺してしまうはずです。それでは意味がありません。私が苦しませた後に火葬をお任せした方が手間も省けると思いますからね」
「だってさ、まぁ、アレだ」
回復の短剣で切って回復させてやる。
それに気付く前に投げ付けて地面に叩きつけておく。軽く指を弾いて見せかけだけの魔法陣を展開させてやった。もちろん、見せかけだけではあるが魔法を放つようにシフトさせる事だってできる。まぁ、しないが。
「ここには魔法を扱える旅人の俺がいる。こんな田舎で生まれたノータリンでも魔法の有無が何を意味するか位は分かるだろ。そして、その人が戦いを教えるスミレが弱いままだとでも思っているのか」
「ボイドお兄ちゃん……」
「これ以上、この子に手を出すな。それでもつけ回すのなら次は本気で殺しに行く。そうだな、一応は力の差というものをハッキリと見せつけた方がいいか」
一気に距離を詰めて額を軽く切った。
今回は本気の詰めだ……新島でさえも容易く対応出来ない程の速度だと言っていい。それをゴブリン程度にしか勝てない存在がどうにか出来るわけも無い。額を切ったのだって遊びだからでしかないからな。
「ギィ……ハァハァ……!」
「ただの微毒だぞ。その程度でへこたれてどうする。いや、こういう時はこう言うべきなんだっけかな。ほら、頑張れ頑張れ」
再度、距離を詰めて後頭部を蹴り下ろす。
ジールがどうにか体を起こして攻撃を仕掛けようとするが遅い。五秒もあれば身を翻す事で簡単に背後に回れてしまう。その程度も理解出来ないだなんて本当に詰まらないんだなぁ。いや、才能が本当の意味で無いと言った方がいいのかもしれない。
「どうした。遅過ぎないか」
「は、はや……!」
「口を開く暇があるのなら体を動かせ。スミレは最初から出来ていたことだぞ」
後頭部を強く蹴って大きく弾き飛ばす。
今だってヒュドラの毒を本の数マイクロリットル入れただけだ。この程度ならスミレは一言たりとも音をあげなかったぞ。そのうえで俺の追撃に対して的確な対処法を見出して行い続けてきたんだ。
今だってステータスに差があろうとも対処法の一つや二つはあっただろうに。俺なら……新島相手として考えたとしても数手先の攻撃くらいは読めたんだからな。それくらいして貰ってからようやく少しは才能があるという段階だ。
「本当に……つまらない雑魚だ。スミレに教えた基礎すらも出来ない癖に強さを語るとは……ああ、本当に殺してしまいそうだよ!」
「ひっ……!」
「さて、お遊びは終わりだ。……さっさと失せろ。本気で殺してしまう前に、な」
影魔法と風魔法を無理やり行使する。
魔力を展開させてからの行使では無い分だけ多量に魔力を使ったが……目的は脅しでしかない。こんなにも悪手しか見せないような才能無しを生かしてやるための最大の譲歩だ。逃げないのなら本気の魔法で殺してしまうだけだからな。
「……まぁ、脅して逃げないわけが無いか」
逃げ足だけは早いんだな……本当に。
ただ、逃げるのなら自分の付属品くらいは連れていけよな。まぁ、適当に風魔法で運んでおいてやるか。ここから投げ飛ばせば……運悪く逃げているジールの頭上に落ちるだろうな。って事で、さようならっと。
「さて、今日のお仕事終わりっと。じゃあ、ご飯にしようぜ。今から準備すれば良い時間になりそうだな」
「はい……あの! ボイドさん!」
スミレの口を人差し指で押えて制止する。
意を決したような表情からして過去の事でも話そうとしてくれたのだろう。だけど、残念。スミレの悲しそうな顔を見るために助けた訳では無い。助けた理由としては……そうだな、彼女は俺の事をお兄ちゃんと公然の場で呼んでくれたんだ。
「何を言いたいのかは分かっている。だからこそ、そういう話は今日のような目出度い日にする事では無いよ。君は初めて戦うという選択を見せたんだ。妹が素晴らしい姿を見せたというのに悲しい話で終わらせるなんて面白くないだろう」
「ボイド、さん……?」
「今日はさ、三人でいっぱい美味しいご飯を食べないか。ここだと変な人間に邪魔をされてしまうだろうから俺の取っておきの場所に招待するよ」
頭を撫でてあげて先の言葉を封じておく。
今日は晴れの日だと言っていい。スミレの過去については軽く調べはついてしまっているし、それを知ったうえで聞く必要が無いと判断しているんだ。だったら、勝手に俺の喜びの日として残してしまった方が早いからな。
「取っておきの場所……」
「ああ、スミレを信用するから見せられる場所でもあるんだ。もちろん、衣食住の問題は無いと言ってもいい。むしろ、その暮らしに慣れてしまえば普通に暮らせはしないだろうね」
言ってしまえば王城より過ごしやすいし。
逆に俺からテントを奪われてしまったら大きな損失になると言ってもいいんだよなぁ。まぁ、刻印を打った時点で俺から盗む事も不可能に近い状態なんだけど。ただ、盗んでしまいたいと思える程に価値のある物だと自覚している。
「実はさ、こういう時に丁度いい料理というものを知っているんだ。どうだい、今から一緒に作って食べないか。カレーという俺の国で愛されている料理なんだけどさ。香辛料をたくさん使った贅沢品でもある、俺の大好きな料理なんだ」
スミレの表情が一瞬だけ曇って晴れた。
未だに驚きは消え去っていない状態だが悪い感情が渦巻いていないのなら大丈夫だろう。それに今のスミレは笑顔を見せているからな。この笑顔を見たいがために間に入ったと言っても過言では無い。
「はい! いっぱい食べます! お兄ちゃん!」
「そうか! なら! いっぱい食べようぜ! 俺もお腹が減ったんだよ。大好物を食べられるとなれば余計に減っちまう」
そうか、いや、そうだ……俺は兄だ。
兄が妹のために動くのは当然だろう。少しも彼女に対して悪い感情を持っていないのなら尚の事だからな。そんな可愛らしくて掛け替えの無い妹のために本気でカレーを作ってやるか。他の料理が楽しめない舌にしてあげよう。
「じゃあ、行こうぜ。スミレ」
「はい! お兄ちゃん!」
どこか矛盾した気持ちを抱きながら俺はスミレの手を取った。




