2章15話 招かれざる客
「随分とやる気に満ちているね」
「グルゥッ!」
「あ、ああ……それは悪かったって。だから、こうして二日に一回ずつでウルとスミレの両方に合わせているだろ。それにウルだってスミレの事は好きだろうに」
「……グルゥ……グルゥ! ガルルルッ!」
いや、大好きな事に変わりないだろ。
まぁ、確かにスミレにかかりっきりになっていた事は認めるよ。それでも一時の関係と死ぬまで共に過ごす関係は大きな差があるだろ。ましてや、昨日の夜中にスミレに毛繕いしてもらっていたのは知っているからな。
「分かっているよ。俺はウルの事が大好きだ。だからこそ、これから先の事を考えて動くのは当然の事だろう。もちろん、ウルの事を少し蔑ろにしていた事も認めるよ」
「ガルッ! ガルルゥ……」
「うん、怒っていないよ。ただ昨日の話で大体の事は理解出来たから、明日は一緒にスミレに戦い方を教えよう。きっと、俺の教え方に辛くなったスミレはウルに癒しを求めるよ」
「グルゥ!? ガ、ガルルッ……!」
……本人のやる気が出たならいいか。
それに今は周回プレイ……というか、六階層から魔物の狩り直しを行っている。言ってしまえば単純なレベル上げとスキル等の能力確認、一度目より無茶な戦い方がどこまで通じるかを試す行いだ。大体、六時間で八階層までは進められている。
当然だけど比較的、早く進んでいると言ってもいい。それは俺やウルの成長度合いややる気も関係があるとは思うけど……単純に階層内のマップを理解しているのが大きいだろう。というか、目を離している間にウルが強くなったのも理由だけど。
「……さて、ここで八階層も終わりだな」
「グルゥ! ガルルッ!」
「いいや、それはしない。連日休憩無し六時間労働となると労基も黙ってはいない。ウルに関して言えば一昨日、昨日と続けて十二時間労働が当たり前になっていたんだ。今日は早めに終わっても問題は無いだろ。それに」
ウルには言えないけど嫌な予感がする。
三十分前辺りからだから区切りの良いところまで放置していたという話もあるけど……それでも早く帰りたいという気持ちはあった。ましてや、周回プレイ一回目にしてここまで出来れば十分としか言えないからな。
「ウルは良くても俺は寝たいんだよ。ウルだってスミレに頭を撫でて貰いたいだろ。俺だってスミレの膝に頭を乗せて撫でて欲しいんだ。ここは俺のワガママを許してはくれないか」
「ガ、ガルルゥ……!」
そうそう、ここは俺のために早く帰ろう。
レベルだって上がったし、試したい事を試せた今となっては長居する理由も無い。さっさと帰ってスミレが俺の求めている事より過酷な課題を行っていないかを確かめた方がいいからな。ダンジョン内の魔物の総数回復も考えたら今日はこれでいい。
「ただ、動き足りないのなら俺を村まで運んでくれないか。俺が本気で走るよりもウルに運んでもらった方が楽でいいからな」
「ガルッ!」
「ああ、村に着いたら少しの間は俺の中に入って貰うけどスミレの前まで来たら召喚するよ。それだけは少なくとも認めて欲しいな」
ウルは小さく首を縦に振って肯定した。
村の中に入るとなればウルの存在は公に出来はしないものだ。俺だけなら放浪者の一言で済むだろうけど魔物使いでもない存在が魔物を従えさせられているなんて信じないだろう。魔物使いの弱さも含めて俺のジョブを信じられないのも同じだ。
ウルの上に跨って一階層まで飛ぶ。
そこからは黒衣に魔力を流したうえでウルを本気で走らせた。なんというか……本当に俺が使役していい存在と思えないくらいに良い子だよ。今の走りで尚更、そう思えてしまった。この子が最初の従魔として現れたのも運命なのかもしれない。
五分と経たずに村の入口付近へと到着した。
そこから即座に下乗してウルを体内へと返す。ウルは最後の一手と言っても良い存在だ。隠せるのなら最後まで隠しておきたい。……まぁ、今回に関してはウルの存在自体が世間にバレる事の方が面倒なだけだけど。
そこからより強い気配遮断をかけておく。
そのまま村の中へと進んで静かにスミレの家へと向かった。念には念を入れてイヤホンで足音の一つすらも消している。ここまでして探知される事はさすがに無いはずだ。
いた、確かにスミレは家にいた。
それでも状況というのは芳しく無さそうだ。家の前にスミレがおり、その腕を掴んでいる若い金髪の男がいる。何かがあったのだろう、いや、これからより酷くなると考えた方がいいか。男の仲間のような存在が四人もいるわけだし。
「お話は先程、済んだはずですが」
「おいおい、未来の夫に対して言うことではないだろ」
「私は貴方を認めた事はありませんし、それにお父さんからも貴方との結婚は反対されています」
「だが、その父親も村にはいないだろ」
嫌な笑みを見せて男は笑った。
ああ……コイツの事はウル経由で知っている。ジールという名の村長の息子だ。そして、村長が勝手に決めたスミレの婚約者でもある。……こんなにも良い噂の無い男が婚約者なんだよ。どうして安心していられる。
「ずっと守ってやっていたんだぜ。外部から来た人間なんて村の奴らは認めはしない。それを俺の婚約者という立場で濁しているんだ。分からないとは言わないだろ」
「心配ご無用です。見たら分かる通り元気に生き残っていますので。ましてや、村人程度がどうにか出来るほど私は弱くありません」
「強がりか、俺の強さは知っているだろ。この村で一番に強い俺の近くにいれば確実に死なずに」
「お父さんとお母さんに勝てなかった貴方が村で一番ですか。適当な事を言うのも結構ですが自分を見直した方がいいと思いますよ」
目で見て分かるくらいの怒った様子。
たった二日間とはいえ、穏やかな姿しか見せないスミレらしくない姿だ。きっと、スミレの事を大して知らなければ何も感じずにいられたんだろうな。それも彼女の可愛らしさだと誤魔化していたかもしれない。
「帰ってこないお父さんとお母さんを助けにも行かない癖に口だけはデカいですね。あの時に貴方が森の奥まで行かなければオーガだって村の近くに来なかったんじゃないですか」
「そ、それは……!」
「ハッキリ言わせてもらうわ。……もう二度と関わってこないで! 私は貴方が大嫌いなの!」
「……チッ! 調子に乗るなよ!」
ジールが手を伸ばしスミレを掴もうとする。
だけど、その間合いに関しては既に俺が教えた範囲内だ。スミレは軽く身を翻して横方向へと大きく下がる。その間に軽い詠唱と魔力の展開は済ませているみたいだ。脅し程度なら大した魔力は使わなくていいという判断か。
「風刃」
「は!? 魔法!?」
「はぁ……次は首に飛ばすわ。それとも先にお仲間から殺した方がいいのかしら。そうやって立場のある人にゴマをするだけの存在なんて死んだところで何も問題が無いものね」
視線が一気に暗く淀んだ気がする。
ああ……これダメな奴だ。本当に人を殺してしまう。スミレの本心がどうなのかは知らないけど今の彼女なら簡単に五人を殺せてしまえる。それを認めてしまっていいのか……は、俺が決める事では無いだろう。
でも、その手を赤く染めるのは嫌だ。
俺は今となってはスミレの師匠でもある。そこまで来てただの第三者として接するのは無理な話なんだ。その師匠としての目から見れば少なくとも今はまだ手を染める段階では無い。俺ではなく師匠としての俺がそう言っている。
「土砕」
「はぁ!? 今度は何だ!?」
「これは……そっか……」
考えが頭に到達する前に体が動いていた。
こんなの……土魔法の中には無かった魔法だ。言ってしまえばただの地割れでしかないが、これですらもオリジナル魔法と呼べる程に成熟し切っていない知識でしかない。だからこそ、魔法の才能がある人に教えるべきは想像力に関してだ。
いや、そこは今はどうでもいい話か。
今は目の前にいる……ゴミ共をどうにかする事の方が先だ。スミレの手を染めさせるのは拒否するが俺の手は幾らでも染めていいからな。コイツらは村に残したスミレを不幸にさせる存在でしかない。
「俺の妹に何か用か」
「妹……は、いや、そんなの……」
「ああ、義妹でしかないが……まぁ、本物の妹並の愛情は持ち合わせているな。ましてや、本題はそこではないだろう」
軽く五人に対して威圧をかける。
取り巻き四人は簡単に気を失ってくれたが、なるほど確かにジールだけは気を失わずにいるか。口先だけでは無い強さは持ち合わせているらしい。まぁ、その強さもゴブリンを倒せる程度でしかない雑魚だが。
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