2章11話 小さな違い
「……うーん、どうしようかな」
体感では七時間は寝た気がする。
だというのに、今俺は何も動けずにいた。いや、何もと言うのは語弊があるか。既にウルには話を付けて頼み事をして外に出しているが、対して俺はこうやって布団の中に拘束されている。それもこれも……。
「ボイド……さん……えへへ……!」
何か不穏な寝言を口にしながら俺を離さない可愛らしい女の子がいるおかげだ。ウルフ如きに逃げていた、か弱さとは対照的に何故か掴む力は強いせいで……まぁ、引き剥がそうとすれば確実に起こしてしまう事になるだろう。
いや、いいんだ。別にいいんだよ。
だって、そのおかげで可愛らしい女の子の寝顔だったり笑顔だったり、後はお嫁に行けなくなるであろうヨダレを垂らす姿だったりが見れるから満足感はあるんだ。それでも……うん、寝言が不穏過ぎるし、何も出来ないしで少し不安に思えてしまうよ。
とはいえ、もうそろそろで時間だろう。
既に六時半、昨日の約束を反故にしたくないのなら朝食の準備をするには良い時間だ。ただ起こすのも味気無いだろう。というか、拘束された仕返しをしてあげないといけないからな。
軽く抱き締めてから頭を撫でてあげて、そのまま耳元で出せるだけのイケボを……。
「おはよう、スミレ」
「あ……おはよう、ございます……!」
うむ……朝一番のせいで声がガサガサだ。
これのどこがイケボだろうか。恐らく俺の事を大好きだと言っていた最愛の恋人である菜奈でさえも、可哀想な人を見るような感情と慈愛が入り混じったような目をしてきていただろう。……それはそれで少しだけ興奮してしまいそうだけど。
って、朝から考えるような事では無いな。
「あの、良い朝ですね……!」
「あ、うん、朝から可愛い女の子の寝顔が見れて大変に満足だよ。でもさ」
「えっと……は、はい! ごめんなさい!」
指をさしたらさすがに気が付いてくれたか。
ま、まぁ……どこかで悲しさと申し訳なさが湧いてきているけど、これで良かったと思いたい。もう少し女の子特有の柔らかさを全身で体感していたかったが……いや、今でも綱渡りなのにバレてしまったら本当に殺されてしまうから無しだ。
「さて、朝食の準備をしよう。食べ終わったらすぐに戦闘訓練だ。大丈夫かな」
「はい! 頑張りまする!」
両手で握り拳を作り、笑顔を浮かべてくる。
その意気込みや良し、ただ空回りしなければ尚のこと良しだ。頭を撫でてあげてから先に布団の中から体を出す。こう言っては何だけど意外とゆっくり寝られたな。……いや、眠り深けてしまったと言った方が正しいか。
軽く伸びをしてから階段を上がっていく。
陽の光は少し高いところにある程度、今から散歩をすればビックリするほど気持ちが良いことだろう。まぁ、スミレの料理の手際を見るためにも離れる気なんて無いけど。というか、散歩に出てはいけないという悪い予感もあるからな。
どうせ、付き纏う悪い虫が来るだけだ。
昨日は色々と分からない事があった手前、隠れて動いていたけどウルの話を聞いて考えが変わってきた。俺という存在を堤防として使わせる、それが彼女が幸せに生きていくために必要な事だからな。
お父さんは認めませんよ。そんな素行の悪い最低な男に嫁ぐだなんてちっとも……まぁ、高々、一日共に過しただけの俺が言うのもおかしな話だろうけど。ただ夜を共に、いや、抱き合いながら共に寝た俺が独占欲の一つや二つを見せたとしてもバチは当たらないだろ。
「さて、ここら辺の魔道具と調味料、それと素材を渡すよ。それらを使って好きに作ってみてくれ」
「えっと……本当に規格外なんですね……」
「規格外でも無い人間が放浪の旅で生き残れるわけが無いだろう。それにそんな人間がスミレに手を貸すって言っているんだ。今はただ、そう妹のような気分で受け入れてくれればいいよ。妹のために身を粉にするのは当然だからね」
所詮、ただの戯言でしか無い。
それでも意味も無く言ったわけでは無いんだ。スミレの兄であると言う事は彼女が気にしているであろう両親も俺の家族であると言っているのと同義だからな。必ずしも……彼女の望みを全て叶えられるわけでは無いけれど、叶えられる要素は叶えてあげるつもりだ。
「それで……お兄ちゃんは大切な妹の手料理を食べたいんだけど作ってくれるかな。妹の舌に合うような味を知りたいんだ。……頼めるかな」
「は、はい! ま、魔道具の使い方は……聞くかもしれませんけど……ボイドお兄ちゃんのために! 頑張ります!」
「うん、いっぱい聞いてね」
絆された、菜奈より大切だから……そのどちらでも無い。もしも、幸運が過去の俺を知っていて彼女と巡り合わせたのなら……それなら納得出来る要素が多いだけだ。スミレに優しくする事を勘が認めるのなら記憶を取り戻すために笑顔を見せるだけ。
まぁ、そんなのはただの高尚な言い訳だ。
俺はスミレを助けたいと思った。小学生にも満たない少女が村社会というシガラミの中で苦しみ藻掻く姿が気持ち悪くて仕方が無いんだ。そう、まるで独りを受け入れようとしていた菜奈と似ているようで……本当に気分が悪い。
「あの……これって……」
「ああ、それは蛇口という魔道具だよ。魔力を手に込めながら捻ると水が出るんだ。そして、そっちはコンロっていう火を付けるための道具」
「なる、ほど……水を汲まなくてもよくなる魔道具なんてあるんですね……」
「中に水の魔石、火の魔石が組み込まれているんだよ。そこに魔力を通す事で魔石の持つ属性の物質を生み出しているだけ。まぁ、魔法を教える時に一緒に原理は教えるよ」
ぶっちゃけ、目の前に広がる水道やコンロ、椅子やテーブルといった道具達は総じてキャンプセットとして出てきた物だからな。しかも、そのレア度は最高品質……一般市民が生涯で触れられる事も無いような道具と言えるだろう。
「食材を切るの上手いね」
「はい、一人で暮らしていたおかげで……いつの間にか、慣れちゃいました。ふ、普段はこんなに良い匂いのする食材に触れはしませんでしたけど」
「それは……それなら今のうちに楽しまないとな。この国に来てから分かったけど、俺の知っている食材は俺の産まれた地方にしかない珍しいものだったみたいだし」
ここにあるのは日本の物ばかりだ。
ネギやワカメ、豆腐などなど……調味料だって醤油や味噌がある。フィラに質問した事があったけど似たようなものでさえ、聞いた事が無いと言われてしまった。ガチャで出るのは確認済みだから問題は無いけど……無駄には出来ないだろう。
「……で、出来ました!」
そう言ってスミレが差し出してきたのは味噌汁と卵焼き、そして醤油で軽く焼かれたパンだった。別に味噌の使い方とか醤油の上手な扱い方とかは教えていない。教えたのは最低限の魔道具の使い方でしかないからね。
調味料を味見しただけでこれを作り出すか……これは俺が思っていたよりも料理の才能があるのかもしれない。本音を言えば粗を探せば幾らでも湧いてはくる。それでもただの村娘が粗を探さなければ文句の無い手際で料理を作れる訳も無いだろう。
「頂くよ。スミレも一緒に食べよう」
「は、はい! えへへ!」
うーん、これは可愛らしい子犬ですね。
わざわざ対面に座らないで横に座りながら頭を差し出してくるなんて……まぁ、頭を撫でて欲しいと暗に訴えているんだろう。それを拒否する理由も無いから左手で軽く撫でながら右手でパンを一口食べる。
「うん、美味しいよ」
「それは……良かったです!」
そんなに嬉しそうにされる程の事はしていないんだけどな。美味しいものを食べて素直な感想を口にする、そこに特別な意味合いなんてありはしないだろう。別にこれからもずっと美味しい味噌汁を作って欲しいだなんて言っている訳では無いんだ。
味噌汁を一口だけ飲んで喉を潤す。
本音を言えば物足りなさはある。まぁ、出汁を取るなんて事はしていないし、出汁の代わりになるような調味料だって渡していない。それでも尚、ここまで美味しく感じられるのはスミレの腕か、可愛い女の子に作って貰った事によるバフのどちらかだろう。
そのまま卵焼きを一欠片だけ口に運んでスミレの頭を撫でてあげる。どこまでいっても粗を探さないと文句が出ないような朝食だ。自分で作ったのならまだしも、作って貰ったものなら文句の一つも出ないような味だと言っていい。
何かを言うでもなくただ黙々と口に運んだ。
こういう時に一々、美味しいと言うのもただの時間の無駄だろう。美味しいから食べる、食べる手を止めないという事は美味しいと思っているって事だ。それに……俺の動向に気を向けて食事に手を付けないスミレをどうにかしたいし。
二十分程度をかけて食事を終えた。
量からして二人前はあっただろう。それでも残さずに食べられたのはやはり味のおかげだと言ってもいい。色々と教えなければいけないかと思っていたけど食事は……それくらいならスミレに甘えてもいいかもしれないな。
「さて、洗い物は済んだわけだし、次は俺がスミレに借りを返す番だ」
「そんな……返す借りなんて……」
「この料理はそれだけの価値があったって事だよ。それに俺が持っている知識をスミレに与えれば俺の料理の腕なんて軽く超える。なら、それ以外の部分で出来る事を今のうちにしておかないといけないだろう」
こんな料理の天才が簡単に死ぬ世界なんだ。
その生存率を少しでも上げて何が悪い。そうだ、俺が彼女に生き残る術を教えるのはそれが理由だとすればいいな。彼女に未練を抱くくらいならば近しい理由を作り出せてしまえばいい。
「ここからは俺のターンだ。本気で君に生き残る術を教えてあげよう。近接戦も遠距離戦も、そして魔法でさえもね。まぁ、期待しないで聞いていてくれよ」
二章のプロットを書き込めたので投稿します。いやはや、添削に次ぐ添削で具合が悪くなりましたよ。自分で言うのもなんですが伏線張りたい病に殺されかけていました。
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