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2章10話 人の夢は儚いもの

「さて、完成したよ」

「すごい……手際が良すぎる……」

「一人暮らしも長いからさ。本音を言えば時間のかかる料理なんてあまりしたくなかったんだ。でも、そういう生活を送れる状況では無かったからね」


 肉の炒め物、ステーキ、スープ。

 それらを二十分もかけて作ったというのに驚くほどの高評価だ。いや、火が通る最適解を考えての調理法だから最適解ではあるんだけどさ。それでもThe漢と言った感じの雑多な料理である事に変わりはしない。


 本音を言えば肉じゃがとかのさ、お袋の味と言えるような女性ならではの手の込んだ料理が食べたいものだよ。いや、手が込んでなければ手料理と言えない訳では無いから正しい表現では無かったか。


 ただ……菜奈なら確実に手によりをかけて料理を作ってくれるだろう。こんな男飯よりもやっぱり大好きな彼女の手料理を……いやいや、それは少しの間だけ我慢すれば何とかなるはずだ。


「オークナイトの肉を作った料理達だ。どうぞ、召し上がれ」

「は、はい……食べさせて頂きます……」


 そこまで怯える必要は無いだろうに……。

 いや、どこかで俺を信用出来ない気持ちがあってもおかしくは無いか。今日出会ったばかりで口にする言葉も完全に信用出来ないような男、字面だけを見れば俺だって訝しんでしまうから責める必要は無いだろう。


 ゆっくりとナイフとフォークで一摘みのステーキを作り出して口に運ぶ。一瞬だけ表情を変化させてからスプーンで一口だけスープを喉奥へと通した。


「お、美味しい……オークの肉なのにくどく無くて幾らでも食べられるくらい飲みやすいスープで、炒め物も塩とスパイスの加減が良くて食べやすさを感じます。……多分、同じ食材を使ったとしても私では作れる気がしません」

「オークナイトはオークよりも油分が少ないんだ。それでも食べやすくするためには軽く湯引きをする必要があるけどね。味付けの加減も焼く時間さえ間違えなければ失敗する可能性は一気に減るよ」

「そ、そうなんですね……」


 詳しく言えば人の好みによるけどね。

 例えば俺は少し濃い味付けが好きだ。それでいて脂身よりは筋肉質的な方が嬉しい。対してウルは筋肉質的よりは脂身の強い方が好みだからなぁ。それこそ、調理したのならばオークナイトの肉よりも脂身の強いオークの方が良かったりする。


 だから、単純に今の料理を美味しいと思えたのであればスミレの好みは俺に近しいって事だ。そこら辺の曖昧な部分で問題が無いのなら後は素材勝負になってくる。素材に関しては調理経験がものを言うだけだから難しいわけも無いだろう。


「あの!」

「ん? どうかしたかい?」

「次は……私が作ります! ここまで手が込んでいないでしょうし! 味付けとかは貧相なものになるとは思いますけど……それでも! ボイドさんの願いを叶えたいんです!」


 その言葉の真意は……なんて野暮はしない。

 その目の中にある感情は明確な申し訳なさだ。そこにどこまでの思いが篭っているのか、その先に何を思っているのかは俺には分からない。だけど、俺だって……人に借りを作るのは嫌いだ。


「じゃあ、調味料とかは渡しておくよ。塩や胡椒、それと砂糖があれば十分かな。それと肉や野菜、魚も明日の朝に渡すからさ。スミレの作りたいものを試してみて欲しい」

「えっ、と……コショウやサトウ……そんな贅沢なものを私に……というよりも、まさか、大量に振りかけていた白や黒の粒って……」

「塩や胡椒、砂糖だね。まぁ、旅の道中で大量に仕入れただけだから大して問題は無いよ。買おうと思ったら買えるくらいのものだし」

「コショウもサトウもアレだけあったら金貨が必要になるのに……本当に普通では無いですね」


 そこまで驚くのも当然の話か。

 だって、この世界は西洋中世の後期に近い文化が備わっているんだ。西洋に比べれば川などの水であったり、後は寒暖の問題は多少は軟化されてはいるけれど、だからといって問題が無いとは言い切れないからな。


 それこそ、内陸国の方が多いわけだし。

 王国だって他の国と比べれば圧倒的な国土を持っていて、並び立つのは近くの帝国や魔法国、そして法国くらいしか無いというのに内陸国なんだ。貿易面や経済面で言えば国土が四分の一程度の海洋国家郡の方が断然良い。


 ましてや、胡椒も砂糖も栽培に年中温暖な環境を必要とするのに、王国が属する大陸は冬の寒さが異常に厳しいと言っていい。まぁ、ツンドラとかが発生する程では無いけどね。本で読んだ限り観測された事自体、無いらしい。


「って事で、この話は終わりだ。明日はスミレのご飯を楽しみにして寝る。その後は戦闘訓練をして少しずつ強くなっていくんだ。今は未来の話よりも目の前にある暖かい食事を楽しもうよ」

「そう、ですね……はい! そうですよね!」


 ……スミレの気持ちは分かっている。

 理解はしているけど……それを認める気は無い。彼女の生い立ちや環境に対してグタグタと絡んでいられる余裕は無いんだ。好きか嫌いか……二極化するのなら俺はスミレを嫌いにはなれない。だからこそ、彼女の期待には一定以上は応える気が無いな。


「おかわり、お願いします!」

「はいよ!」


 お椀に口を付けてスープを飲み干していた。

 今はこの程度の小さな幸せを与えられればいい。何回もおかわりを求められるのなら応えて、独りでは無い食事を楽しませてあげるだけ。それだけ出来ればきっとスミレの心は満ち足りるだろう。


「ふぅ……美味しかったです!」

「そっか、それなら作った甲斐があるよ」


 この感覚……初めてとは思えないな。

 無くしてしまった記憶、その中に今ある感情に適した何かがあったのだろうか。スミレのような他者に対して何かを与えた過去が……いや、そんなの助け合いが普通の日本なら有り得る話か。


「口開けて」

「……あー」

「……おし、これで綺麗になったね。もう日が落ちるだろうし、明日も早いだろう。今日はさっさと寝ようか。というか、俺はもう寝させてもらうよ。さすがに疲れたからさ」


 まぁ、所詮はただの言い訳でしかない。

 スミレが寝た後で色々としたい事があるから時間が欲しいだけ。別に日が傾いたから寝たいなんて縄文人のような事を言う気は無い。そもそも、ダンジョンで暮らしている時は二十二時に寝て六時に起きていからな。まだ体は眠気を訴えて来はしない。


「あ、あの……!」

「うん? どうかしたの?」

「えっ、と……おやすみなさい」

「ああ……おやすみ」


 空になった鍋等に生活魔法をかけてから家の一箇所に固めておく。それらを本来のキッチンへと戻した後で毛布の上に腰を下ろした。その状態でウルを呼び戻しておく。


「……さて、頼んでいた事は出来たかな」

「グルゥ!」

「そっか、なら、ゆっくりと聞こう」


 俺がウルに与えた命令は村の調査だ。

 スミレが夕食を終えるまでの時間だけでも一時間と少しはあったからな。その分を上手く使わないのは頭が悪いとしか言いようが無い。それに今は俺の膝上に頭を乗せてダラケているウルを見て報告をしているとは到底、思えやしないだろう。


 ウルの鳴き声は言語共通化を持つ俺だから一言一句分かっているだけだ。ニュアンスも伝えたい意図もスキル有りきで理解出来ているだけ。傍から聞いたら唸り声をあげているようにしか感じられないだろう。


 で、聞いてみた感想だが……まぁ、当然のように良い村とは言え無さそうだ。もとよりスミレが一人暮らしをしていて誰も助けない時点で察してはいたが、スミレ自体が村外からの人間のせいで好まれていないし、他の点でも……。






「はぁ……思っていたよりもハードだな」

「グルゥ……?」

「いや、それはしない。俺は両手に収める人間に制限をかける気でいるからな。現に二人、いや、四人か。それだけの人数で手の中はいっぱいいっぱいなんだよ」


 じゃあ、何もしてあげないか、それも違う。

 人並みに幸せな環境で生きられるように整えてあげても問題は無いだろう。そのためにもウルへ大きな負担を強いる事にはなるが……そこら辺は他の部分で賄って返してやるか。


「……まぁ、いい」

「グルゥ!」

「はぁ、もう十分撫でただろ。明日だって早いんだから休める時に休むぞ」

「グルルゥゥゥ……」


 そんな顔をしたって駄目なものは駄目です。

 召喚士の特性がある手前、休ませる時は俺の中へ戻した方が回復速度が早いんだよな。それに俺の中に戻したところでウルは出ようと思ったら出る事ができる。中に入っていても寝ている訳では無いから不測の事態に備えられるんだよなぁ。


 その点を説明しても拒否しているのはテントの中で甘やかしてしまったせいか。アレはテントの中が安全な空間だったからであって、今いる空間が安全なわけではないんだ。そこを認めて貰えないのなら無理やりにでも……いや、それも違うか。


「ウル、俺の命が大事なら言う事を聞いてくれ。色々な事を考えたら一緒に寝る事の利点が少な過ぎるんだ」

「グルゥ……」

「悪いな、他の事で返すつもりだから許してくれ」


 再度、膝上に頭を下ろすウルに右手を置く。

 その後でウルが光となって自身の中へと戻っていった。これでいい、後は目を閉じて睡眠と起床を繰り返すだけだ。その間は風魔法で軽く周囲の状態を確認しておこう。とはいえ、殆どは俺の中にいるウルに丸投げだ。寝れるのに寝ない訳にもいかないからね。




「……起きて、ますか」


 扉が開く音と共にスミレの声が聞こえた。

 ウルを撫でている間に部屋に入っていくのは横目で確認していたが……そんな事を気にする意味なんてあるだろうか。いや、何となく二つの理由が思い付くけど前者は楽観、後者は悲観が過ぎる。まぁ、最悪はウルが反応するだろうし様子見という事にしようか。


「寝てる、よね……よし……」


 小さな意気込みが聞こえたけど……聞かなかった事にしておくか。俺が寝る空間のランプは消灯済み、寝てるかどうかの確認だってしたいだろうからなぁ。その後で何をするのかを見てやればいい。今は焦る必要が無い……って、なんだ?


 布団の中に潜り込んできたな……。

 寝込みを襲う……は無いだろうし、ただ背を向けて蹲るだけ。なんだ、何か俺にして欲しいことでもあるのか……って、考えていても仕方が無いか。


「ひゃっ!」

「不用心だね。男が寝る布団の中に自分から入ってくるなんて襲ってくれと言っているようなものだよ」

「……一人は……嫌なんです。それに……ボイドさんが相手なら喜んで受け入れられます。ボイドさんがずっと私と一緒にいてくれるなら……どんな事をされても……!」


 ただ軽く背中を触っただけだというのに……。

 いや、そんな事はどうでもいいか。問題なのは俺が想像していたよりもスミレの状態がよろしくないという事だ。きっと、俺が思っていたよりも彼女は苦しんでいて……そこを無理やり漬け込むような事を俺はしていたんだな……。この状態もその代償でしかない。




「独りは俺も嫌いだよ」

「あ……はい……!」

「おやすみ、スミレ」

「はい! おやすみなさい! ボイドさん!」


 彼女は体を反転させて満面の笑みを咲かせながら俺を抱き締めてきた。こんなの間違っている……こうやって抱き締めてあげるのだって、彼女が望む事だって俺は出来るわけが無いと頭では分かっているのに……なのに、その優しさにどうしても甘えたくなってしまう。


 でも……そう、今だけは……彼女が独りでいなくて済むようにするだけだ。夢がどれだけ儚かったとしても見ていられるうちは幸せでいられるようにしてあげないといけない。俺も……独りでいたくはないからな。

幸せなイチャイチャを書こうとしていたら何故か正反対の方向へと進んでしまいました。いや、設定からして正しい方向性ではあるんですけど……自分が見たい正統派イチャイチャでは無いような気がしてなりませんね……。


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