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1章27話 貴方の下で

「なら、これにします」


 初級魔法完全理解か。

 確かに今の伊藤さんにはピッタリの本なのかもしれない。伊藤さんは魔法の才能がある、だけど、目に見えて魔法を使ったのはグランとの模擬戦くらいだ。ゴブリンと戦おうとした時は暴走してしまっただけだからね。魔法とは言えないと個人的に思う。もしかして、未だにあの時のことを引き摺っているんだろうか。


「魔法、使いたいの?」

「……未だに感覚が掴めないんです。模擬戦をした時は助けなきゃの一心で……いつの間にか打っていたんです。だから、使えるようにならないといけないなって」


 うーん、この表情はなんだろう。

 気にしている反面、扱い切れるようになりたいって感じかな。伊藤さんが戦えるように頑張っているのは強いからじゃない。根本的に戦いたいとか強くなりたいとかって気持ちはないんだ。ただただ一緒にいる俺に申し訳なくて、それでいて赤鳥達と同等に扱われることが嫌……それだけ。


 俺からすると、っていうのは意味が無いか。

 そもそもが俺とは関係の無い伊藤さんの問題だからね。俺と赤鳥達とは何の関係もない、池田や新島とも何ら関係がないんだ。クラスでの記憶とかも俺にはないわけだし口出し出来る存在では無いからさ。


 でも、無理はして欲しくない。

 無理をするとまた暴走して余計に心配してしまう。単純にグロい耐性のない人が三日程度で怖がらなくなったってだけでも十分だと思うけどね。ホラー嫌いの人にホラー映画を見せ続けて慣れさせる荒療治に近いところはあるけど……確かにその効果は絶大だ。実際、ステータスの数値に関しては俺が伊藤さんに優るところはないし。


「なら、また俺がピンチになったら伊藤さんが助けてくれるのかな」

「ピンチ……ですか……?」


 小首を傾げて考え始めている。

 こういう小さな仕草一つで伊藤さんのことを可愛いって思えるな。伊藤さんに関して言えば反応や仕草のどれをとっても天然のものだ。あざとくとか、狙ってやっていたのならここまでドキドキしなかっただろう。幸運のおかげか分からないけど敵意とかに関しては敏感なんだよね。あざとくとかもそこに該当するみたい。


 現に俺に唾を付けに来たメイドに対しては嫌な気持ちしか分からなかったし。まぁ、俺だけにってことはないと思うけどね。転移者ってだけで価値を見出されてしまった可能性とかもある。あのメイドに関して言えば模擬戦の時にいなかったから俺の名前が売れてってことはないと思う。


「私……魔法を使えませんよ」

「だったら、覚えればいいだけだよ」


 簡単なことではない、それは知っている。

 何せ俺の魔法適性はゼロに近いらしいからね。フィラと話している時に判定してもらった。使えなくはないけど簡単に覚えることは出来ないって。覚えることが出来ない、ここがミソかな。だってさ、現に俺はガチャで【刻印】なる魔法を覚えているんだ。それに魔法に対する適性が薄いとはいえ、刻印も人並以上には使いこなしている。


 要は覚えるのが難しいってだけだ。

 フィラが言うには『魔法は想像力に依存する』らしいんだよ。例えば俺が使う刻印、俺の場合は無意識に『この物の所有者が俺だ』と強いイメージを持って使っている。模擬戦の時の伊藤さんだったら『グランの手を離させたい』とか思って撃ってしまったんじゃないかな。そこ一つで魔法を使えるようになるわけではないと思うけどね。


「最悪は俺が何とかするよ」

「もしも私に魔法の才能があるのならすでに使えていると思いますよ。新島に至っては光魔法すら使えているのに私は……それでも何とか出来るって言えるんですか」

「確約は出来ないけどね」


 まぁ、ガチャで出すつもりだからね。

 刻印とかいう使い方によっては化ける魔法でさえもガチャで出てきた。希少性が高い魔法でさえも出るんだから初級の魔法程度なら出ると思うんだけど。今更だけど刻印が魔法として位置付けられているのは少し違和感があるな。まぁ、それはいいか。


 要は当てられるかどうかの話。

 それに本だけで無理ならフィラがいる。あの人は魔法に関してだけ言えば流石としか言えない存在だからね。図書室に通うようになってから身に染みて分かったよ。……もしかしたらグランよりも強いんじゃないかって思えるくらいには魔法の扱いが上手い。


「手はいくらでもあるし時間もある。別に伊藤さんがいないと戦えないって状況じゃないのなら無理をしないで欲しいかな。俺が守るからさ」


 柄じゃないことは分かっている。

 それでも近くに伊藤さんがいるのといないのとでは精神的な意味で違うんだ。戦闘面で一番に最悪な手は何か。答えは簡単、焦って考えることを疎かにしてしまうことだ。相手が格上ならば倒せないか、それは少しだけ違う。


 俺の場合は毒があるな。

 それを使えば並大抵の敵であれば一撃の下に葬ることが出来るだろう。あのグランでさえも速度とかを制限させたんだ。使い方は一つや二つで済むものではない。そういう搦手が通用している時点でステータスが低かろうと、まだ伊藤さんに無理を強いる必要は感じていないかな。もっと言うと戦えないのに前へ出ることの方が帰って迷惑だ。


 俺としては伊藤さんに傷ついて欲しくない。

 死にかけたのなら俺が前へ出ないといけない、その時は身を呈してでも守る気でいる。まぁ、そういうのが迷惑なんじゃないけどさ。単純に精神的な疲労が大き過ぎてやって欲しくないと言った方が正しいのかな。無茶をされると心配してしまうんだよ。


「さてと、まずは読もう。他の人達の食事時間からして……そうだな、残り三十分はゆっくりと本を読もうか。食事が終わったら幾らでも伊藤さんを元気付けるために、持っている語彙力全てを注ぎ込んで褒め称えるからさ」


 机に置いた本を一冊取り出す。

 適当に取ったのは……なるほど、ダンジョンに関する本か。幸運が働いているのかな、この本は途中までしか読んでいない。読みたい残りページ数も二十程度だし……確かにちょうどいい。


「私……本当に甘えっぱなしですね」

「ゆっくり、ゆっくりね。急いで走っても途中でバテたら意味が無いでしょ。人には人のペースってものがあるんだから伊藤さんは自分のペースに合わせればいい」

「……やはりショウさんが優し過ぎるのが問題なんじゃないでしょうか。厳しくされたら私も仕方無しに努力するのでは」


 いや、それだと体が持たないだろ。

 人によって出来るようになる速度は違う。別に教育者になろうとかって気持ちはないけどさ。それでも俺の知識の中にある最低な教師像のようにはなりたくないかな。まぁ、実際にいるかどうか分からない創作物の教師だけどね。長距離で間隔が空いたら叩かれるとか、テストで赤点だと叩かれるとかそういう人達。


「そんなことせずとも出来るようになるって信じているから言っているだけだよ。些細なキッカケで伊藤さんは誰よりも強い魔法が撃てるようになる。予言するよ、この記憶喪失の占い師(仮)がね」

「きっと(笑)の間違いですね」


 何とも酷い言われようだ。

 俺にだって占いの一つや二つ……あ、そんな知識どこにもないや。……将来も何も見通せない俺だけど、軽口一つで笑ってくれるのならそれでいいか。軽口に軽口で返されたとしても伊藤さんが楽しんでくれるのなら何も求めることは無い。


「(笑)の占い師は信用出来ない?」

「ショウさんが相手だから信用出来ます」

「なら、ずっと俺を信じていてくれ。もしかしたら伊藤さんが選んだ本の中に魔法を使うヒントがあるかもしれない。この予言を信じてまずは本を読もう」


 伊藤さんに笑いかけて本を開く。

 何か話しかけられることも無く淡々と本を読み続けた。時折、肩に頭を乗せられたせいで少しだけ読む速度が遅くなってしまったけど、何とか残りのページ数は読み切ることが出来たよ。本を読む手はプルプル震えていたけどね。

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