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 一週間前に私は戻ってきた。


 すぐにこれまでの経緯をセルジュに伝えたが、セルジュは自分が過去に戻ったことを覚えていなかった。

 どうやらこの魔法は、同時に使うことはできないらしい。だからセルジュがループをしたこともなかったことになっているのだ。


 ちなみにだが、もう一度セルジュが私に、過去へ戻る魔法を使っても、今日よりも前に戻ることはできない。それがセルジュの魔法のルールだ。


 セルジュの様子を確認した後、ヴァレンに協力を願うことにした。

 勿論目的も前回セルジュと約束をした通り、ヴァレンの反射魔法を使って、私が「愛する人の魔力を一万倍にするチート」を手に入れるためだ。




-----



 ヴァレンが街での買い物から、帰ってきた頃。

 私達が拠点としている場所から少し離れた場所にて。


 いつも街から森の中にある拠点に向かう道……といっても、整備されておらず、獣が歩いた足跡しかないような道にある木の上で、私はヴァレンの姿を待つ。


 待っているとヴァレンを見つける。荷物を手に持ちながら歩いているようだ。私は彼の目の前で木の上から飛び降りた。


「ヴァレン。私に愛して欲しいと言っていたわよね。その要求、叶えるわ。だからお願い。私に反射の魔法を使ってほしいの」


 ヴァレンは一瞬きょとんとすると、「あー……なるほど」と声をあげた。その後に言う。


「嫌です」

「えっ……なんで……?」

「自分の目的は、強くなることだったんですよね。だから貴女に愛してもらいたかったんですよ。反射したら意味ないじゃないですか」

「……そう」


 私が落ち込んでいると、ヴァレンは鼻で笑う。


「大体、だとしたらやり方が違くないですか? 自分は貴女の能力を使ってもらうために土下座までしたんですよ? 貴女も土下座するべきだと思うんですよね」

「……は、はい……?」

「あれ? 聞こえませんでした? 土下座ですよ土下座。土下座して頼んでくださいよ」


 きらきらと目を輝かせてヴァレンは言う。私達三人で一緒にいた時と、明らかに雰囲気が違う。


「ば、バカ言わないでよ! 最初は貴方が勝手に土下座したんじゃない!」

「土下座無しがいいんですか? じゃあ、自分の機嫌でも取ってくださいよ。セルジュさんの元にもいかないで自分と暮らしましょう。ね?」


 ヴァレンは私の手を引っ張って、どこかに連れて行こうとする。

 私はセルジュを置いて行くことに迷いがあったが、いざとなったら過去に戻ればいいし、ヴァレンに協力を要請することは伝えてあるから、私はヴァレンに従うことにした。



 着いた先は、ヴァレンの家だ。どうやらヴァレンは私に付いて歩いてくる前は、この家に住んでいたらしい。


「じゃあ、今日から自分に尽くしてくださいよ! 家事とか料理とかやってください! いやぁ、貴女達について行っている間、全然家に帰っていなかったんで、だいぶ汚れていたんですよね」


 その一言から、ヴァレンとの生活が始まった。

 私はヴァレンに機嫌を取るように、家事や料理を行う。


 その間ヴァレンは寝たり遊んだりしており、まるでニート。母親に家事を全て任せて罪悪感もないニートのようだ。

 それでも私はヴァレンを愛さなければならない。愛さなければ、私の能力は発動しない。


 怒りをぐっと抑えて、ヴァレンは可愛い。ペットみたいで可愛いと心の中で唱え続けて、ヴァレンを許そうとし続けた。


 私が過去に戻ってから六日目の夕方。私はヴァレンに尋ねる。


「ねぇ、ヴァレン。そろそろ反射の魔法を使う気になってくれたかしら?」

「いやです」


 ブチギレそう。


 だが、我慢だ。我慢。愛さなければならない。素直のところも可愛いじゃないか。


 セルジュはヴァレンに反射魔法を使ってもらったのだ。今は記憶がないから、セルジュにどうやって反射魔法を使ってもらったのかを聞くことはできないが、きっと何か方法はあるはず。


 さて、七日目になればきっとまたダヴィデにまた襲われることだろう。一旦セルジュの所に戻って、過去に戻ってもらおうじゃないか。




 そしてまた、一日目。


 私はヴァレンに頷いてもらうように媚びを売った。


 だが……。




「嫌です」

「嫌ですね」

「はは、嫌に決まっているじゃないですか」

「やです」




 断られ続けても、愛さなければ。

 愛さなければ……。

 愛……。


 十周目あたりで、私はヴァレンに尋ねる。


「ねぇ? ヴァレン。何をしたら反射魔法を使ってくれるの?」

「もうちょっと自分愛されているなと思えたら使いますよ。自分が最初に言ったように、土下座してくれてもいいですけれど」


 ならば、仕方がない。

 その言葉を聞いた私は、膝を地面につけて、手を地面につけて、最後は頭まで付けた。


「何をしているんですか……?」

「土下座よ」


 プライドなんてもういい。

 このループを終わらせるためならば、セルジュをループの苦しみから逃れさせるためならば、私はなんだってする。


「だからお願い。私に反射魔法を使って」


 私はヴァレンを見上げる。惨めな私の姿に、自然と目に涙が浮かんでいた。

 彼はそんな私を見て微笑んで、頬に手を添えて見つめる。


「嫌です」


 私の言葉を一切聞く気がない。私がいくら傷ついても、関係ない。

 そんな笑顔だった。


「何が……目的なのよ……私を、従わせて……」


 怒りで声と手が震える。


「簡単ですよ。支配です。貴女は強い。色んな人が貴女を狙いに来ても、傷一つできないぐらいには。だが自分は、貴女には自分を一生好きになってもらわなきゃ困る。だから徹底的に精神を追い詰めないといけないんです。頭を使って。そのための手段が、反射魔法が必要な時に、徹底的に追い詰めるというこの行動ですよ。さあ、答えを聞いて満足しましたか?」


 ヴァレンは、私を助ける気がない。

 その言葉を聞いた私は、涙を零しながらうなだれるしかないんだ。


 ……もしも、過去に戻れなかったのならば。


 私は違う。

 戻れるのだ。

 何度だって。



-----



 一日目。


 ヴァレンが私とセルジュの拠点に向かうための、森の中の道。

 一回目のループで、私がヴァレンに反射を使うようにお願いした場所。


 荷物を持つヴァレンの姿を木の上から眺めていると……彼は私が用意した罠を踏み、足が紐で縛られる。

 悲鳴を上げる暇もないまま、彼は紐により足を持ち上げられて、木の枝に向かって宙吊りになった。


「な、なんですかこれは!?」


 私は木から降りると、睨みつけながら彼を見下ろす。


「ずっと考えていたのよ。『愛するって何?』と。愛は形がない。ならば何をきっかけに魔法が発動するのかと」

「な、何を言っているんですか。おろしてくださいよ!」


 この答えはもう何度も聞いた。だから私は私の話を続ける。


「ミカエルにも、セルジュにも『ある行動』をした後で、魔力が上がっていることを確認した。解除の条件は分からない。でも発動の条件は私の行った『ある行動』だと推測したの」

「な……何の話ですか……?」

「キスよ。貴方にもキスをすれば、私の魔法が発動するのではないかと考えた」


 セルジュの魔法が百倍になったと分かったのは、セルジュとキスをした後だった。

 そして、セルジュとのキスはファーストキスではない。ミカエルともはるか昔にしたことがある。

 ミカエルを倒した後のキスも、セルジュとは二回目だが、合計では三回目だった。


 私が愛を向けた人間の魔力が百倍になると思っていたのも、ミカエルがそう言ったからに過ぎない。

 もしかしたらキスの方が魔法発動の条件だったのかもしれない。検証を行う価値はあると考えた。


「そして検証を行った結果、成功。私のキスで魔力は百倍になることが分かったわ。だから貴方にキスをする。そしてその後に無理矢理反射魔法を使わせるわ」



 そう答えると、ヴァレンは冷や汗をかく。

 その反応も、私は何度も見た。


「嫌よね? 嫌なのよね? 知っているわよ。貴方は私を愛するだなんて口だけで……他に愛する人がいるんだから」



 彼は私に家事を手伝わせても、性的な事を要求することは一切なかった。

 私はループをしながら、ヴァレンという人間を観察した結果知る。彼は、他に好きな女がいる。

 だから、こうやって捕まえない限り、身体に触れることも難しい。


「す、好きじゃない人とキスするのなんて嫌じゃないですか……」

「えぇ、嫌よ。でもやるの」

「ちょ、まっ……」


 ヴァレンは隠し持っていたナイフを探そうと、自分の懐をまさぐる。

 が、これも予想通り、私は近づいた隙にこっそりとナイフを奪っていた。


 次にヴァレンは紐に向かって魔法を撃とうとする。

 そのタイミングで私は魔法を使い、ヴァレンの手を凍らせた。


 じたばたと暴れまわるも、観念したかのように私を見上げる。


「ほ、本当にするんですか……?」

「するのよ」

「気持ち悪くないですか……?」

「するの」

「いや、やっぱり……」


 世迷い言を呟き続けるヴァレンを無視して、私は逆さになっている頭の髪を持つと、私の口元へと近づけて、そのまま口づけをした。


 セルジュと同様に、暖かくも柔らかい。だが今回は、不快感の方が勝った。


 ヴァレンは、眉をひそめながら目を反らす。


「魔力は百倍になったかしら?」

「……」

「反射の魔法を使いなさい」

「……」

「別に私は構わないわよ。……貴方が魔法を使うまで、貴方の嫌がることをし続けるけどね」


 そう言うと、ヴァレンは心底悔しそうな表情で、私を睨みつけた。


「……分かりました」


 ヴァレンがそう言うと、私は彼の手の氷を炎魔法で溶かし、縄を焼き切った。

 微妙に手が焼けたそうで、彼は「あちっ!」と声をあげた。

 地面に降りたヴァレンは自分の手を見つめると、にやりと笑う。


「はっ。馬鹿なことをしましたね。魔力が百倍になってから縄を解くなんて!」


 そう言って、ヴァレンは私に炎魔法を放った。


 だが、それも想定の範囲内だ。


 魔法を放つよりも前に、右へと避ける。

 更に彼は空から複数の炎の弾を降らせてくるも、私は炎の隙間を縫ってヴァレンへと近づく。


 更に次々と攻撃を仕掛けてくるヴァレン。私はしゃがんだりジャンプをしたりで完全によける。


「なんで……!? なんでですか……!? 自分は、百倍に、百倍になったはずなのに……!」

「ヴァレン……貴方は、百倍の力を得ても……ミカエルよりずっと弱いわ」

「くそ……畜生!」


 彼は私に背を向けると、走って逃げだした。

 だが勿論、その動きも知っている。


 私は空に雷魔法を撃つと、ヴァレンが走る位置に降らせた。


 叫び声が聞こえる。

 その後に、人が倒れる音。


 私は悠々とヴァレンに近づくと、声をかける。


「さあ、反射魔法を使いなさい」


 彼は悔しそうに「くそう。くそう」と何度も地面を叩く。その後睨めつける私に気が付くと、「分かった」と頷いた。


 そして彼は聞いたことのない詠唱を唱えて、私に魔法をかけた。



 試しにただの炎の魔法を近くの木に打ってみると、いつもの百倍の大きさで炎は放たれて、目の前の木が複数焼けて、森の中に穴が開いたかのように視界が広くなる。


 私は自分の手を見つめて、微笑む。


 さあ、これで私の魔力は百倍になり、私のチートは『愛する人の魔力を一万倍にする能力』に変わった。

この度は本小説をお読みいただき誠にありがとうございます。

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