掌編小説 『雨』
黒い服を着た人が並んでいる。
ざわめく気持ちの中に砂漠のように乾いている自分がいる。
最後まで言葉を交わすことはなかった。
あの時分は憎しみなどではなく憤りでもなくもはや無関心であった。
日常の生活から僕は彼の存在を消すように過ごしていた。
何も知らない。何も気づいてくれない。何も理解してくれない。
そんな価値観の溝は彼と自分を見えなくしていった。
ずっと怯えていた。タバコ、酒、暴力。
大人は大きかった。それはそれは大きかった。
敵うはずもなくそこに立ち尽くすしかなかった。
ひざまずくしかなかった。
僕は自由を求め考えた。咲くはずのない花に一生懸命水をあげるように。
鳥籠に囚われた鳥は生活には困らない。
飼い主が生命の維持さえ怠らなければ生を享受できる。
しかしながら自由が欲しかった。その定義は分からない、漠然とした自由だ。
与えられたものに囲まれ、富に満ちた生活の日常は白と黒に塗り固められていた。
僕は大人になった。
久しぶりに地元のよく見た風景を見て蘇る記憶にため息をつき母に言った。
「ただいま」
「お帰りなさい」
すすり泣く年の離れた妹と弟。
諸々を済ませ玄関を出る。
大きな水たまりに反射した光は僕の目を細めた。