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アルベルトの選択 1

 周囲が結果をわかっていて自分だけが知らないのではと疑心暗鬼になりそうなほど不安がわき上がり、ロザンナは無意識にアルベルトの姿を探す。

 彼と話がしたい。その思いに突き動かされて踵を返し、ロザンナは火魔法の教室に向かって歩き出す。

 そっと戸口からのぞき込み教室内を見回し、すぐにアルベルトの姿を見つける。久しぶりに目にしたその姿に胸を熱くさせながら呼びかけようと口を開いたが、声が出なかった。ぎゅっと唇を引き結び、ロザンナは後ずさり、そして背を向けた。


 ここに来るまで、心にかすかな希望を持っていた。彼が想いをぶつけてくれたからこそ、諦められなかったのだ。しかし、アルベルトの姿を目にして希望は弾け飛んだ。

 窓際に佇み物思いに耽っていた彼の顔は、九回目の最後のパーティで見たのと同じく無気質に見えた。どうなっているか聞きたかったはずなのに、結果を知るのが怖くなる。

 廊下の角を曲がると同時に足が止まる。しかしロザンナは歯を食いしばり、涙が溢れ落ちるのを必死に堪えつつ、再び歩き出した。


 一日の授業を終えてから、来ないと分かっているのにロザンナの足はアルベルトの執務室へ向かう。ゆっくりと扉を押し開けて中に入り、ゆるりと室内を見回す。やはり彼が立ち寄った形跡は見つけられず、こんなにも寂しい場所だったかとため息をついた。


 ディックの白い花弁が視界を掠め、それが置いてある彼の机へと歩み寄る。

 鉢植えの中の土は乾いていないため、お世話は欠かしていないようだ。それが彼本人によるものかどうかは分からないけれどと冷静に考えを巡らせながら、ロザンナはディックの花に手の平をかざす。ぽうっと明るく輝いた花に、初めてそれを目にした時の記憶を重ねて微笑んだ。


 花へと伸ばしていた手をそっと自分の胸元に押し当てて、ゆっくり瞳を閉じる。

 まぶたの裏にこれまでのアルベルトとの思い出が浮かんでは消えて行く。

 幼い日、真白きディックと共に顔を輝かせてエストリーナ家を訪ねてきた姿。若くして回復薬の開発や研究を担ってしまうほどに優秀で、なおかつ努力家。頑張り屋だとも感じた。

 スコットが危ないと知り、体を張って止めろうとして傷ついたあの夜。力を使いすぎてベッドから出られないロザンナの元へ自分だって回復していないというのに駆けつけたりと、心根の優しさも知っている。


 そばにいて、たくさんのことをアルベルトから学んだ。知識だけじゃない、愛しさの悲喜こもごももは、十回目もこれまでもその多くが彼を想い生またもの。

 アルベルトがマリンを選んでも、そこで自分たちは終わりじゃない。

 ロザンナが聖魔法と共に生きていこうとする限り、今度は王子と聖魔法師と立場を変えて関係は続くだろう。愛情が無理ならば、信頼でアルベルトを支えていこう。

 彼の心強い味方になれるよう、あと二年しっかり学び続けよう。


 ロザンナは目を開き、自分の決意を伝えるように両手をディックへと戻した。ありったけの力を花に注ぎ込む。

 眩しいほどに光を放つディックの横に借りていた小説を置く。そして、ロザンナは心の中にも同じ強い輝きを抱いて、確かな足取りで部屋を後にした。




 妃教育のメロディの授業も最後を迎え、アルベルトが花嫁を選ぶ日がやってくる。


「なんだか今日は一段と輝いて見えます」


 ロザンナの髪に蝶の髪飾りを差し込んで支度を完了させると、トゥーリはうっとりと微笑む。ロザンナは言葉を返せないまま、ぎこちなく笑い返した。

 これまで同様「アルベルト様が選ぶのはマリンだ」と告げて期待を持たせないようにすべきなのに、当日を迎えてしまった憂鬱さからなかなかそんな気になれなかった。

「もうそろそろお時間ですね」とトゥーリの嬉しそうな声に続けて、控え目に扉が叩かれた。訪ねてきた人物にロザンナは目を大きくさせる。


「メロディ先生から来てくださるなんて! 最後に一年間のお礼をしに行こうと思っていたところでした」

「そうでしたか。でも、お礼だなんて」


 そう言ってゆるりと首を横に振ったメロディが憔悴しているように見えて、ロザンナは慌てて側まで歩み寄る。


「どうかなさいましたか?」

「……えぇ。私も最後にお話がしたくて」


 ロザンナの心配そうな眼差しを受けて、メロディがちらりとトゥーリに視線を向けた。すぐさまトゥーリは察して、「私は外におりますね」と部屋を出て行った。


「ごめんなさいね。パーティーまで時間があまりないのに」

「平気です。準備はできていますから」


 そこでわずかに見つめ合う。ロザンナは口を閉じ、メロディは息を吸い込んだ。


「自分の無力さにこれほど打ちのめされたことはないわ。ごめんなさい」


 突然メロディに頭を下げられ、ロザンナは慌てふためく。「止めてください」と腕に触れたロザンナの手をメロディは両手でしっかりと包み込んだ。


「試験が終わった時点では、間違いなくあなたが一番だった。成績も人格も、すべての面においてアルベルト様の花嫁となるにふさわしいと、妃教育における講師陣の意見は一致していた」


 それならなぜと、ロザンナは顔を強張らせる。メロディはその思いに受け止め、真剣に向き合う。


「胸を張ってみんなであなたを推すはずだったのに、……国王様方の御前で意見を述べる時、私以外の講師たちが意見を翻したの。私の声はあまりにも小さくて、マリン・アーヴィングを推すことが講師陣の総意とされてしまった」

「……マリン・アーヴィング」


 その名を繰り返すと、マリン本人だけでなく彼女の父であるアーヴィング伯爵の顔まで思い浮かぶ。意見を翻した原因にアーヴィング伯爵が関わっていたとしたら。そう考えるも、雑念を追い払うようにロザンナは軽く首を横に振った。


「実際、マリンは優秀でしたもの。妻として立派にアルベルト様を支えていくと思います」


 メロディは耐えきれなくなったように視線を落とし、ロザンナの手をぎゅっと握り締めた。そしてはっきりと考えを告げる。


「私は今でも、あなたであるべきだったと思っています」


 ロザンナが「メロディ先生」と切なく呟いた時、先ほどと同じように戸が叩かれた。トゥーリが申し訳なさそうに室内へ入ってくる。


「お時間のようです」


 開けられた扉の向こうから賑やかな声が聞こえ、花嫁候補たちが大広間へ移動し始めていることに気づかされる。メロディはそっとロザンナの手を離し、改めて頭を下げた。そして「失礼します」と囁いて、部屋を出て行った。

 姿は見えなくなっても、トゥーリは閉まった扉を心配そうに見つめている。そんな彼女が紫色の布で覆われた何かを持っていて、ロザンナは眉根を寄せる。


「それは何?」


 ぽつりと問われてトゥーリはハッとし、視線をロザンナへ戻した。


「ドアのそばに置いてありました。朝食の時刻にはなかったのですけど」


 視線を通わせてから手を伸ばし、ロザンナは紫色の布を引っ張った。現れたものを見て、息をのむ。トゥーリが持っていたのはディックの鉢植え。しかも、鉢はアルベルトの執務室に置かれていたものと同じで、花弁は炎のごとく赤々と揺らめいていた。

 送り主はアルベルト以外考えられない。どんな意図があって贈られたのかはわからないが、震える手で花に触れるとアルベルトの温もりを感じたような気がして、ロザンナは泣きそうになるのを必死に堪えた。


 部屋にやってきたルイーズと共に、ロザンナは大広間へ向かう。途中でリオネルとゴルドンのふたりに声をかけられ立ち話をしていると、到着を待っていたらしい花嫁候補が痺れを切らした様子で押し寄せてきた。そのままロザンナは腕を掴まれて大広間まで連行される。


 すでに大広間には花嫁候補や一般の学生たちが多く集まっていた。ロザンナにとっては知っている光景である。

 大広間奥の壇上には学長とアルベルト、そして選ばれし花嫁のための席が設けられていて、騎士団員が所々に立ち、入口からそこまで問題なく進んでいけるよう道が作られている。

 花嫁候補たちは道の両側に立つように言われているため、なんとなく部屋の中央あたりを位置取ると、壇上近くにはマリンの姿もあり、前回と同じだとロザンナは小さく笑みを浮かべる。

 しかし、気持ちは同じではない。ロザンナは短く息をついてから背筋を伸ばす。選ばれなくても胸を張っていたいのだ。

 すると、隣に立ったルイーズがそっとロザンナの背中に手を置いた。


「なんか今日のロザンナはいつもにも増して輝いてるわね」

「選ばれなくても、この一年は無駄じゃないもの。育んだ絆は消えない。これからも大切に生きていく。アルベルト様のことだけじゃないわ。ルイーズだってそう。私たちの友情はまだ始まったばかり」

「ロザンナと友達になれて、私も誇りに思ってる」


 力強く言い切ったロザンナにルイーズは横から抱きついて、微笑みをたたえながら思いを告げる。それを見たロザンナの取り巻きたちがずるいと言った様子で一斉にロザンナに抱きつこうとし、もみくちゃになりながらも笑い声が生まれた。


 楽しそうなロザンナたちに人々の視線が集まる。見る者たちの心を和ませ、そこでもまた自然と笑顔が広がって行く。

 緊張感の薄いロザンナたちに不満の眼差しを向けるのは、マリンとその取り巻きたちだ。「ずいぶん余裕がお有りなのね」などと嫌味の言葉が飛び交っているため、彼女たちの近くにいる他の生徒たちは鬱陶しそうな顔をしている。

「選ばれるのはマリンさんと決まっているのに、哀れですわ」と隣りに立つ友人から話かけられ、マリンはロザンナを見つめたまま、「そうね」と鼻で笑う。




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