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十回目の人生、華麗に生きてみせましょう  作者: 真崎 奈南
三章

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18/31

心、傾く


「ルイーズも、お疲れ様」


 微笑み合いながら、どちらからともなく手すり越しに向かい合う。


「魔法院でいろいろあったみたいね。授業が終わって寮に戻ろうとした時、聖魔法のクラスの女子が話をしているのを聞いたわ」


 もう知っているのかと驚いたが、話を広めたのがあの三人だと言うなら納得だ。治療に奮闘している間、ロザンナは彼女たちの姿を一度も見ていない。遠巻きに見ていただけなら、早めの馬車で学園に戻ってきていてもおかしくない。

 ルイーズの顔がどことなくムッとしているのに気付いて、ロザンナは苦笑いする。


「彼女たち私のことで何か言っていたでしょう。例えば妃教育だけしていたら良いのに出しゃばって、とか?」


 ルイーズは表情を強張らせた。気まずそうに瞳を揺らしてから、こくりと小さく頷く。


「それだけじゃないわ。父親が宰相だから勝手なことをしても咎められないと思っているとか、女神なんて言われて思い上がってるとか。他にもいろいろ言っていたから、ロザンナのこと何も知らないくせにって悔しくなっちゃって、思わず……」


 そこでルイーズが平手打ちの仕草を挟み、ロザンナは「まあ」と自分の頬に手を当てる。


「それで、たった今反省文を適当に書き終えたところよ。あの三人がロザンナを侮辱したのを謝罪しない限り、絶対に私も叩いたことを反省しないわ」

「ルイーズ、ありがとう。私の味方になってくれて」

「当たり前でしょ? ロザンナは大切な友達だもの。……それに、自分も水魔法のクラスの女子から同じようなことを言われたばかりだったから、ついカッとなっちゃって」


 気持ちを共有できる相手がいることを心強く感じ、自分にとっても彼女は大切な友達だと心の底から思う。その一方で、きっと前回の人生でも彼女は同じ目にあっていたはずなのに、気付いて話を聞くこともできなかったと申し訳なくなる。

 ルイーズは両手を伸ばして体をほぐしながら、ロザンナに屈託なく笑いかける。


「でもこんなことでイライラもクヨクヨもしていられないわ。テストも近いし、両立できていることを知らしめるために、しっかり頑張らなくちゃ……さてと、私はレポートに取り掛かるわ」

「レポート。私もやらなくちゃ、終わらないわ」

「メロディ先生、ロザンナに対して容赦ないからね。花嫁の最有力候補だから仕方ないだろうけど」


「また明日」と手を振って、ルイーズは自室に戻っていった。ロザンナは再び暗闇の庭園へと視線を落とす。


 覚悟はしていたけれど、両立は思っていた以上に大変だ。毎日のように出されるレポートをこなしていくだけでも大変なのだが、メロディ先生からなぜか毎回、ロザンナだけ一つ余計に何かしらのレポート提出が言い渡される。


 睡眠不足でぼんやりしていたり、どうしてもやる気が起きない時などは自分も悪いのだから仕方がないが、真面目に受けていてもそうなのだ。昨日の提出物を出しに行くと次の課題を出されるという流れに、すっかりはまってしまっている。


 アカデミーに来てもうすぐ半年。本来ならアルベルトとマリンの仲が深まり、周りも彼女が花嫁に選ばれるだろうと予想し始める頃だというのに、どうなっているのだろうか。

 辞退を勧めてきたアーヴィング伯爵の姿が頭に浮かび、分かっているが思うようにいかないことに心が重苦しくなる。


 ロザンナは雑念を追い払うように大きく首を横に振る。いろいろ不満はあるが、とにかく今はテスト勉強に集中するのが一番だ。聖魔法で落第点を取るわけにはいかないのだから。

 辞退に関してはその後だと、ロザンナは心の中で結論付けた。




 慌ただしい日常に、テストに向けての緊張感が合わさる中で、ロザンナもいつも以上に必死だった。食事もそこそこに勉強をしたり、聖魔法の実技対策として練習しすぎてふらふらになってしまったり。アルベルトに食事に呼び出され、テスト前だとは思えないほどの彼の余裕ぶりに真顔になったりもした。


 やっとの思いでテスト期間を乗り越えると、過酷な現実が待っている。テストの点数に一喜一憂する花嫁候補たちの中、ロザンナはこっそり笑みを浮かべた。

 聖魔法のクラスでは総合で上位に、妃教育の方では……可もなく不可もないほぼ平均の成績を収めることができた。そしてマリンの成績は最上位。妃としてはどちらが優秀か一目瞭然で、これでやっとアルベルトの気持ちも彼女に傾くことだろう。


 花嫁候補の生徒に関しては、この前期の試験が終わると一週間ほどの休暇が与えられる。ほとんどが実家に帰り羽を伸ばし、休暇最終日に催される学園全体でのパーティに合わせて再び戻ってくるのだ。


 だがしかし、例外はある。成績が悪かった生徒はその一週間補習に明け暮れることになるのだ。もちろん、ロザンナはそこも計算済みだ。繰り返しテストを受けているため、ほぼ問題も答えも分かっている。補修に引っかからず上位にも食い込まないように、平均を狙ったのである。


 結果が出たその日から、花嫁候補の大移動が始まる。しかし、一般の授業をとっているロザンナたちには関係ない。

 荷物を抱えた侍女を後ろに、笑顔で寮の廊下を歩いて行く花嫁候補たちに逆行する形で、ロザンナがルイーズと共に自室に向かっていると、突然背後で「ロザンナ・エストリーナ!」と名を呼ばれた。

 ぎくりとし振り返り、ずんずんと歩み寄ってくるメロディー先生の姿を視界に捉え、ロザンナは「うっ」と呻いた。嫌な予感しかない。


「……先生、どうかなさいましたか?」

「えぇ。あなたには補習に出ていただこうと思いまして」

「ほっ、補習ですか。お言葉ですが、私、赤点はありません。平均点はちゃんと取れています」


 補習だなんて冗談じゃない。自分に受ける理由はないとロザンナが抗議すると、メロディ先生の口がぴくりと引きつった。


「あの課題を全て完璧にこなしてきたあなたが、ほぼ平均点。しかも答えられるはずの答えも間違っていたり。平均点はちゃんと取ったですって? なんだか、わざとそうしたかのように聞こえたわ」


 その鋭さに思わず息をのみ、焦りからロザンナの反論の声も小さくなる。


「そ、そんなことはありません。わからなかっただけです」

「そうですか。それなら私の教え方が悪かったのでしょう。一週間、責任を持っておさらいをさせていただきます」

「お待ちください!」


 ロザンナの声はもう届かない。メロディ先生は踵を返し、さっさと寮を出て行った。


「あぁ。どうしてこんなことに」


 平均より少し上を目指すべきだったかと頭を抱えたロザンナの肩にルイーズが手を乗せ、「頑張ってね」と苦笑いした。


 少しはのんびりできると思っていたのに忙しさは変わりなく、あっという間に一週間が過ぎていく。

 そして最終日。再びロザンナはどうしてこうなったと自室で頭を抱えていた。

 身に纏っているのは、二日前に父から届いた水色のドレス。化粧もし髪も綺麗に結い上げた自分を鏡を通して見て、またうなだれる。


 これからパーティーが行われるのだが、最初のダンスの相手としてアルベルトから指名されてしまったのだ。

 本来なら、指名されるのは一番の成績だったマリンのはずで、ロザンナはふたりの息の合ったダンスに惜しみない拍手を送るつもりでいた。


 コンコンと戸が叩かれ、アルベルトが姿を現す。ゆらりと立ち上がったロザンナに目を輝かせた。


「あぁ。ロザンナ。本当に美しい」

「お褒めいただき感謝します」


 気持ちのこもっていない声音にアルベルトは苦笑いし、ロザンナへと手を差し出す。ロザンナはここまできたら逃げられないと、その手に自分の手を重ね置いた。

 最初のダンスの相手は、アルベルトが会場入りする際も同伴することになっている。手を引かれながら廊下を進みつつ、ロザンナはポツリと問いかけた。


「ダンスの最初にどうして私が選ばれたのですか? 情けないですけれど、テストの結果は優秀と呼べるものではありませんでした」

「ロザンナかマリン・アーヴィングか、選考で揉めた。それで、……宰相が勝って、ロザンナが選ばれた」


 ロザンナはこれまでの人生を振り返り、思い出した歯痒さに小さく息をつく。


「実力ならマリンさんでしたのに。悔しかったと思います」


 こうしてアルベルトと会場入りするのは、実は二回目だった。一度目は最初の人生。大好きなアルベルトと踊れてとても幸せだった。

 二回目は選ばれず、その時、直前の試験の成績で相手を決めるのだと選考理由を知った。

 確かに、二回目はマリンの成績にあと一歩及ばずだったため納得したが、三回目はマリンよりも成績が良かったのに選ばれず、ひどく落ち込んだ。父に代わって宰相となったアーヴィング伯爵が「娘を」と推したからだと風の噂で聞き、悔しさに涙を流した。


 マリンに同じ思いをさせるのかと心は痛んでいるのに、その一方で、胸が高鳴ってもいた。アルベルトに触れている手が熱い。


 大広間の入り口まで来て、すでに待機していた学長へアルベルトと共にロザンナは挨拶する。学長の少し後ろで並び立つと、今度はアルベルトがポツリとささやきかけてくる。


「まだ言っていなかった。この前はありがとう」


 なんの感謝の言葉か分からず目を瞬かせたロザンナに、アルベルトは優しく微笑みかけた。


「魔法院で第二騎士団が世話になった。心より感謝する」

「いえ、お役に立てて光栄です」

「大切な人々をたくさん失うところだった。ありがとう。本当にロザンナには助けられてばかりだ」


 頬が熱さに気まずくてロザンナが視線を伏せると、アルベルトが軽く手を引っ張った。


「その才能を、少しは妃教育の方でも発揮してくれないか? 聖魔法の師団長から、半年後、ロザンナが二年生としてアカデミーで学び続けられるよう計らってほしいと、申し出があったそうだ」

「まぁ、望んでいただけているのですね。それなら私も期待に添えられるようもっと頑張らなくては」


 もしかしたら今が、これを機に聖魔法だけに専念したいと、再びの辞退を切り出すチャンスかもしれない。ロザンナはそわそわし始めた時、アルベルトが真剣な面持ちで話し出す。


「……実は、さっきの嘘なんだ。選考の決定打は宰相じゃない。宰相はロザンナをと推したがロザンナの成績があまりにも平凡だから、マリン・アーヴィングで決まりかけていたんだ」

「それならどうして」

「俺が、一番最初のダンスの相手はロザンナじゃなきゃ嫌だと発言した」


 そこで大広間の扉が開けられ、賑やかな演奏に導かれるように学長が中へと足を進める。驚きで動きが鈍る中、アルベルトに手を引かれてロザンナも歩き出した。


 人々の視線など気にする余裕はなかった。どうしてそんなことを言ったのかという疑問が頭の中で膨らみすぎて冷静に物事が考えられないまま、ロザンナは大広間の中央でアルベルトと向かい合う。滑らかな足の運びで踊り出したふたりに、周りからうっとりとしたため息が発せられた。


 そっと腰を引き寄せられ、ロザンナの耳をアルベルトの息が掠めた。


「ここにもロザンナを望んでいる人間がいることを忘れないで欲しい」


 演奏は終わっていないのに、そこで完全にふたりの足が止まる。アルベルトとロザンナは、目の前にいる相手だけを視界に宿す。


 そっと掴み上げたロザンナの手の甲へと、アルベルトは口付けた。

 懇願の声音、触れた唇の熱。向けられる真剣な眼差しに「俺を見ろ」と訴えかけられた気がして、ロザンナの顔が一気に赤らんでいく。


 しっかりと手を掴み直し再び踊り始めても、ふたりの視線は繋がったまま。

 周囲の騒めきよりもうるさい自分の鼓動を感じながら、ロザンナは微笑むアルベルトから視線を逸らすことができなかった。




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