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attachment  作者: 北山理
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ある平凡な男と女の物語

『飾りじゃないのよ涙は』という歌詞の歌が、ラジオから流れてきた。作業用BGMとしては若干過激だな、と思いつつも、チャンネルを変えることが面倒で、そのまま聞き続ける。

魅力的な歌声で、強さの中に憂い含んだ女性の姿を歌っていた。僕はこの曲のことが気になって、手を止め、グーグル先生にお伺いを立てた。先生は迅速かつ丁寧に、歌手の名前や作詞作曲者名を教えてくれる。


「1984年リリース、ナカモリアキナ・・・。」


思わず口に出してしまった。僕が生まれる十年前だ。トップに出てきた動画を観る。抜群にかわいい女の子。大人びた歌声とは裏腹、愛嬌のあるあどけない笑顔。僕は、あっという間に心を奪われた。中森明菜。画面の中の彼女は僕より年下なのに、妖艶さを身にまとっている。

「ひええ、かわいいなあ。」

僕は友人の武藤に電話した。


「あ、武藤、お前、中森明菜って知ってるか?」

「もちろん。まさか知らなかったのか?」

「ああ、今ラジオ聞いて、いやあ、この子はやばいな。」

「京藤、それは常識だよ。君は本当にそういうことに疎いね。」


この武藤という男は、僕の一つ年下であるが、昭和のことに大変詳しい。ラジオの良さを教えてくれたのも彼だった。


「いやあ、ネットで動画観たけどさ、表情とか声とか、僕より年下とは思えないよ。」

「明菜は完璧だよ。まあ色々あってその後大変だったけどな。」

「何があったの?」

「まあ、長くなるから会った時にでも話すよ。で、要件はそれだけ?」

「冷たいなあ。それだけだよ。」

「仕事中なんだ。こういう話は時間がある時にじっくりしたい。」

「おう、じゃあ今日の夜はどうだ?」

「急だな。・・・空いてるよ。いつもの店でいいかい?」

「おう、19時に鳥タツな。」

「じゃあ仕事に戻るよ。」


武藤は営業の仕事をしている。口下手で、営業なんか無理だろうと思っていたが、昭和文化好きが年配のお偉方にうけるそうで、そこそこ成績が良いと本人は言っていた。

中森明菜、今日、彼女と出会えたことを神に感謝する、アーメン。キリスト教徒でもないし、むしろ実家は浄土真宗だけれども、こういう時は神に祈りを捧げたくなる。僕は仕事そっちのけで、彼女の動画を観続けた。現代の文明は罪深い。動画漁りをしていたら、あっという間に日が暮れている。おかしい。こんなはずでは・・・。ふと我に返り、武藤との待ち合わせまでわずかな時間であることに気づいた。

「まずい!。」

着の身着のまま、慌てて出かけた。


「悪い!」

「遅れるなんて珍しいな。」

「明菜が俺を離してくれなかったんだよ。」

「・・・お前、最高に気持ち悪いぞ。」


鳥タツ、地元民御用達、安い、早い、うまい、三拍子そろった居酒屋だ。

カウンター席、武藤の隣に座る。彼は既に、ビールを半分ほど消化していた。

「でも、画面の中の明菜はとてつもなくかわいいんだよ。わかる?俺に、はにかむんだよ、にこってさ。」

「お前、俺から言わせたらまじで今更ジローだぞ。それ。明菜のかわいさは、おれらの生まれる10年前には確立されてたんだよ。俺らは遅すぎたんだ。」

そう言った武藤の横顔が、やけに哀愁を帯びていて、笑いが込み上げてきた。

「何笑ってんだよ。」

「いや、お前かっこいいなって思ってさ。」

「笑うんじゃねえよ。」


「ふふ。」


 隣に座っている女性がふき出した。カウンターで一人で飲んでいるらしい様子の彼女は思わず笑った後、恥ずかしそうに会釈した。

「あ、すみません、騒がしかったですね。」

咄嗟に声をかけた。

「いえ。明菜って、中森明菜?」

「あ、はい、そうです。」

僕より少し年上に見える彼女は、髪をしなやかにかきあげながら言った。

「あなたたちみたいな若い子が、真剣にそんな話をしているのが面白くって。笑ってごめんなさい。」

「いえ。」

 彼女の唇が、静かに微笑む。

「お一人、ですか?」

「迷惑だろ、やめとけよ。」

僕は、もっと話をしたくなって、武藤の静止を無視して続けた。

「ここにはよく来るんですか?」

彼女は笑みを浮かべ、右上に目線をあげながら答えた。

「さあね。」

目線をあげた彼女の首筋が綺麗で、僕は返事をすることを忘れた。

「すみません、こいつうるさくて。」

武藤が申し訳なさそうに、ぺこぺこと頭を下げた。

「いいのよ、どうせ一人だし。」

発する言葉一つ一つに、艶がある。

「あの、よかったら一緒に飲みませんか?」

「おい、困ってるだろう。」

武藤が、手で僕を遮りながら言った。


「私、たぶん、君たちよりだいぶ年上だけど、いいの?」

「やった、それはOKってことですよね?」

「すみません、こいつが変なこと言って。」


武藤は申し訳なさそうに、頭を下げた。

小林夏美、と名乗った彼女は、34歳の独身OLだそうだ。綺麗なネイルをした手で、芋焼酎を飲んでいる。

「お酒、好きなんですか?」

「ふふ、この年で独身なんだもの。大好きよ。お酒に甘えてるの。」

お酒に甘える。深い。深すぎる。僕は今日知り合った妖艶な彼女に、中森明菜を重ねた。


「今日はとことん飲みましょう!!」


この一言が命取りだった。途端に、全ての記憶回路がシャットダウンし、気づいたときには自宅の玄関にいた。

「うわあ、頭いてえ。」

猛烈な頭痛が我を襲う。昨日の装いを脱ぎ棄て、熱いシャワーを浴びた。腰にタオルを巻き、冷蔵庫の水を飲む。

「ふへえ、おいしっ。」

独り言を大きめの声で発した。

声に反応したのか、ベットでもぞもぞとなにかが動いている。


「んん??」


布団をするっと動かす。中から女性。中から女性?!


「ぎょえええええ。」


思わす変な声が出た。


「な、なにやってるんですか!!」

「・・・覚えて、ないの?」


そこには確かに、昨日、横に座っていた小林夏美なる女性がいた。

こ、これはまずいぞ。何かあったのに覚えていないとしたら、打ち首拷問レベルの失態だし、何もなかったとしたら、余計なことを言うとお互いの名誉を傷つける。


「ごめんなさい、覚えてなくて。」


シャワーの意味がなくなるほどに汗が噴き出している僕の焦りなど気にも留めてない彼女は、

目線を窓のほうにやりながら、ふっと笑みをこぼした。

僕は、股間からずり落ちるタオルを必死に押さえながら、彼女の分もパンを焼くべきなのか

などと、どうでもよいことに思考を巡らせているのだった。



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