『悪役令嬢』は見切りを付ける
なんか書きたくなったので二日で書き上げました!
2020年5月22日、敬称について指摘があったので、見直して少しだけ改稿しました。
2020年5月23日、シリーズの「ウィリバルトの決意」で『ソフィア・ローレン』が実在の女優だと指摘を受けたので、『ソフィア・レーリヒ』に変更しました。
2020年5月25日
『端ない』の漢字が間違っていると誤字報告がございましたが、ちゃんとググって調べた上で漢字表記しています。
わたくしはエルフリーデ・アルナシェル。アルナシェル公爵令嬢で、王太子殿下の婚約者ですわ。
わたくしの目の前には眦を釣り上げ口元に歪んだ笑みを湛えた王太子殿下でいらっしゃるテオドール様と、殿下の側近のジョアン・キュンベル伯爵令息様、そして殿下の護衛のコンラッド・マイネル伯爵令息様が一人のピンクブロンドの少女を守る様に立っていらっしゃいます。キュンベル様とマイネル様は、冷たい目をしてわたくしを睨んでおります。彼らに守られている少女はオレンジブラウンの瞳に涙を湛えて、怯えた様に王太子殿下の腕に縋り、こちらを見ていますわね。
はて。わたくし、この方に何か致しましたかしら?
このお方、レーリヒ子爵令嬢ですわ。
わたくしの『影』からの報告ではこのご令嬢、キュンベル様とマイネル様の他に、高位貴族のご令息方数人ととても懇意にしているとの事。端ないですわ。
そして私の横には宰相閣下のご子息のイアン・クラウゼヴィッツ公爵令息様、ウィリバルト・アイゼンラウアー公爵令息様が立っていらっしゃいます。ウィリバルト様は、本当は第一王子殿下でいらっしゃいますのよ。これは国王陛下と王妃殿下、宰相閣下と他数人以外は知らない事ですわ。
王太子殿下たちの後ろの演壇には陛下と王妃殿下、宰相閣下始め国の重鎮である大臣閣下たちが勢揃いしていらっしゃいます。
ここは卒業パーティーの会場で、わたくしと王太子殿下、王太子殿下の側近たち、そしてあの子爵令嬢の在席する学年が本日めでたく王立学園を卒業し、その卒業を祝して夜会が開かれているのです。
ここはわたくしが前世の日本という国にあった乙女ゲーム『乙女よ成り上がれ!〜恋と魔法の学園生活〜』の世界なのですわ。
その事にわたくしが気がついたのは、学園に入ってからでした。
婚約者であるテオドール様とは淡々とした関係で、王妃教育でお城に週に三日も登城するのに、王太子殿下と個人的に会うのは一月に一度のみ。それもお城の応接室でほんの一時間。
わたくしはそれでも良いと思っておりました。わたくしは陛下のお決めになった王太子殿下の婚約者ですから、臣下である公爵家が陛下の決定を覆す事などできません。貴族では珍しくもない政略結婚で、わたくしは結婚したら王太子妃として、ひいては王妃としてテオドール様をお支えするのだと思っておりましたから。
それですのに、実はこの世界が乙女ゲームの世界だったと気がついたのはその子爵令嬢の顔と髪を見た時です。
ピンクブロンドのふわふわとした長い髪、オレンジブラウンの瞳、左の目尻に一つある黒子。前世でプレイした乙女ゲームのヒロインが、まさに目の前に現れたのです。突然前世の記憶が怒涛の如く湧き出し、わたくしは目眩が致しましたわ。本当に驚きました。あの時叫ばず倒れなかった自分を褒めてあげたいですわ。
レーリヒ子爵令嬢は次々と高位貴族のご令息である男子生徒と仲良くなり、それにつれて女子生徒と、そして良識を持つ多数の男子生徒からは避けられる様になりました。というのも、レーリヒ子爵令嬢が仲良くなろうと近づいた男子生徒は婚約者のおられる方ばかりでしたから。
この辺でわたくしは、自分の抱える『影』に命じ、王太子殿下とその側近及び子爵令嬢の事を探らせ、監視を始めました。
そしてわたくしは、テオドール殿下の側近であり、幼馴染でもあるクラウゼヴィッツ様とお話しさせて頂きましたの。わたくしもクラウゼヴィッツ様も生徒会の一員でしたので、わたくしが彼に声をかけても誰も変に思われませんでした。
わたくしとクラウゼヴィッツ様、及びキュンベル様、ウィリバルト様は、生徒会長でいらっしゃるテオドール殿下の尻拭いをするのが常態でしたから。
「エルフリーデ・アルナシェル、お前との婚約を破棄する! そしてこの可愛いソフィア・レーリヒ子爵令嬢と婚約する!」
テオドール殿下が大声で、私を指さして得意そうに仰っていますが。あらあら。そんな事を仰っても宜しいのかしら?
わたくしは内心で首を傾げてしまいましたわ。
ここまで愚かな方とは思ってもみませんでしたもの。
会場のホールは学園の敷地内にあるパーティー用のホールで、王城のパーティーホールと遜色のない内装で、天井には煌びやかなシャンデリアが幾つも下がっています。ホールのあちこちには華やかな飾りが、そしてあちらこちらに設えられたテーブルには美しく盛り付けられた美味しそうな料理が載っています。
そのホールでは本日卒業なさった同級生の皆様が、銘々着飾ってあちこちで会話が繰り広げられてざわめいていたのに、殿下の大声で水を打った様に静まり返りました。
「テオドール殿下、そうするに足る理由がお有りなのでしょうから、その理由を述べてくださいませんこと? 申し訳ございませんが、私にはテオドール殿下からこの様に扱われる理由がわかりませんの。それに、いえ、今はとりあえず理由をお聞かせくださいまし」
わたくしは言いながら壇上の陛下と王妃殿下をちらりと見遣りました。
陛下は右手でご尊顔を覆われていらっしゃいますわね。王妃殿下は、そのお美しいご尊顔が強張っていらっしゃいます。
お二方がお気の毒ですわ。
「理由を言えばお前が可哀想だと思ったが、そこまで愚かだとは思わなかったな。わからないなら聞かせてやる! お前はこのソフィア・レーリヒ子爵令嬢を、長きに渡り虐めていただろう! 先日やっとソフィが教えてくれた!」
はて。わたくし、レーリヒ子爵令嬢とはお話しした事もございませんが。殿下は一体、わたくしが何をこのご令嬢にしたと言うのでしょうか。
「教科書を破いたり、ドレスを汚したり、実習で必要なものを隠したり、果ては階段から突き落としたそうではないか!」
殿下の口から飛び出す『わたくし』の所業は、確かに『イジメ』ですわね。それが本当に行われたのならば、ですが。
「エルフリーデ・アルナシェル公爵令嬢。貴女はソフィアが卒業パーティーで着る予定だったドレスを破いたそうですね」
今度はジョアン・キュンベル伯爵令息様が『わたくしの罪』を声高に言います。
『正義』に酔っておりますのね。
伯爵家の者が公爵家の者を詰るなど、不敬ですわよ。お忘れなのかしら。
まあ『今』は様子見ですわね。
わたくしは先程、従僕から受け取った書類を入れた隠し衣嚢を、上からそっと撫でました。
「それに、ソフィアの論文を盗んで破るという陰湿な嫌がらせをしただろう?」
今度はコンラッド・マイネル伯爵令息様が私を詰り──いえ、断罪します。
教科書やドレスを破ったのなら器物損壊罪ですし、階段から突き落とそうとしたならばそれは殺人未遂、論文を盗んだのなら窃盗罪ですわね。それを破ったのならやはり器物損壊罪です。
でも、私は全てやっておりませんのよ。
罪には問えない嫌がらせだけだと流石にわたくしを婚約破棄に追い込めないとでも思われたのでしょうか。洒落にならない罪状を盛り込んでいますわね。
「エルフリーデ様、私、謝ってくださったらそれでいいのです。とても怖い思いをたくさんしましたけど、皆さんの前できちんと謝ってくださったのなら、私は貴女をこれ以上責めません」
……この方、一体何を勘違いなさっているのかしら?
わたくし、この方とただの一度も言葉を交わした事はございませんし、親しいお友達にのみ許している名前呼びを、この方に許した覚えはございませんわ。
「アルナシェル公爵令嬢、眉間に皺が寄っていますよ」
わたくしの隣から、ウィリバルト様の小さなお声が聞こえ、わたくしはハッとして眉間の皺を伸ばしました。
いけません、わたくしは公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者です。眉間に皺を寄せるなどという、感情を周りに悟らせる表情をしてはいけないのでしたわ。
「ありがとう存じます、ウィリバルト様」
わたくしも小さな声でお礼を述べました。
そして、テオドール様とキュンベル様、マイネル様及び子爵令嬢に向けていた目を、今度こそはっきりと陛下たちの方へ向けました。
そこには苦々しいお顔をされた国政を預かる重鎮の皆様と、何かを諦めた表情をされている国王陛下、そして口元を扇で隠された無表情の王妃殿下がいらっしゃいます。
わたくしの視線の意味を理解された陛下が、ゆっくりと口を開きました。
「テオドール。今お前が述べた事の証拠はあるか?」
「ソフィの証言があります!」
陛下からかけられたお声に、テオドール様、キュンベル様、マイネル様、そして子爵令嬢のレーリヒ様が一斉に陛下の方へと体の向きを変え、キュンベル様とマイネル様は跪きました。
流石は伯爵家のご令息方ですわ。貴族としての最低限の礼儀はしっかりと身につけておいでです。わたくしに対する礼儀はなっておりませんでしたが。
国王陛下はピクリと眉を動かされました。
「国王陛下、私は嘘など言ってはおりませんわ! 今まで私はエルフリーデ様に「娘、お前に発言を許してはおらぬ。控えよ!」」
国王陛下が厳しい声で子爵令嬢の発言を途中でお止めになられました。
あらあら。テオドール殿下を味方につけられたからと勘違いなさったのね。国王陛下は百戦錬磨なお方ですから、小娘の言葉に惑わされる訳などございませんわよ。それに国王陛下の許可なく発言するなど、礼儀も知らないと白状されているようなものですわ。
レーリヒ子爵令嬢はびくりと大きく身を震わせ、青褪めました。
陛下の本気の威圧を受ければ、武人でもない単なるご令嬢でも身の危険を感じられるようですわね。
「テオドール。もう一度問う。お前たちが述べた内容の具体的な証拠はあるのか?」
「父上、本人の証言という、これ以上ないほどの証拠があるではありませんか!」
「……私はお前の教育を間違えたようだな」
陛下は大きく息を吐くとわたくしに目を向け、「エルフリーデ、好きにせよ」と仰せられました。
わたくしは陛下に敬礼してから、テオドール殿下とその御一行を見ましたわ。
「まずはわたくしの無実を証明させて頂きますわ。『教科書を破られた』との事ですが、これは四月十九日の事でございましたわね。この前日から三日間、つまり四月十八日からですが、わたくしは公務で王城に泊まり込んでおり、隣国であるリーゼンブルシュタット公国からの外交使節団の接待と留学生に関する折衝を行っておりましたわ。デュンヴァルト外務大臣と、リーゼンブルシュタット公国の外交官でいらっしゃるエトガル・リーゼンブルシュタット公弟殿下にお尋ねくださいまし」
「聞かれなくても証言しましょう。エルフリーデ・アルナシェル公爵令嬢は、私どもの接待を王城で行っておりましたぞ。この様な方がいずれ王妃になられるのなら、リーゼンブルシュタットとアイゼンブレヒトの友好関係は安泰だと思っておったのですがな」
わたくしのあとに口を開いたのは、リーゼンブルシュタット公国公弟殿下、エトガル・リーゼンブルシュタット様でした。金髪碧眼の整ったお顔立ちの方です。公弟殿下は御年三十二歳なのですが、若々しい顔立ちと背筋を伸ばして姿勢よく佇んでおられる様から二十代半ばと言われても疑問にも思わないでしょう。こういう方を前世ではイケメンと言うのでしたかしら。長い金髪を紺色のリボンで緩く一つに結んで背中に垂らしていらっしゃいます。
「この様な醜聞はお見せしたくありませんでした。申し訳ございませんわ」
「アルナシェル公爵令嬢の疑いを晴らす為ならば、飛竜を飛ばして来た甲斐があるというもの。謝罪ではなく今後のこの大陸の友好の為に尽力してくだされば重畳」
飛竜を飛ばしてくださったと聞いて、わたくしは驚きましたわ。
リーゼンブルシュタット公国の飛竜は軍事用で、他国に赴くのは戦争時のみ。謂わば軍事機密とも言えるものなのです。
とりあえずお礼は後にしましょう。
まだまだわたくしにかけられた嫌疑が多いのですから。
「お礼は後ほど充分にさせて頂きますわ。
さて、次はドレスの件ですわね。ドレスを汚されたと仰ると、夏のガーデンパーティーの時でしょうか?」
学園には二ヶ月の夏季休暇があります。
その夏季休暇に入る前に親睦会を兼ねたガーデンパーティーが行われます。
この学園にいるのは貴族の令息令嬢で、魔力の制御と操作、及び魔術を学びますが、それだけではなく社交界デビュー前に限られた人数ながら交流の幅を広げ、社交の練習をする意味合いもあります。
「そうだ! お前は更衣室にあったソフィのドレスにインクを零して汚したそうじゃないか! なんて陰険な嫌がらせをするのかと怒りを覚えたぞ!」
テオドール様が怒鳴る様に仰いました。
わたくしは小首を傾げてみせました。
……ええ、似合わないのは自覚しておりますわ。だってわたくしはこの世界では『悪役令嬢』ですもの。可愛い仕草が似合う顔立ちではないのですわ。
……別に泣きませんわよ。悔しいとか思う訳がありませんわ。
「ガーデンパーティーの時でしたら、わたくしは遅れて参加致しましたわ。その時にエスコートしてくださったのは、ウィリバルト・アイゼンラウアー様ですわ。彼も遅れていたので、会場入りする時にエスコートしてくださいましたの」
「なんだと! 貴様、俺という婚約者がありながら従兄上にエスコートを頼んだのか⁉」
「テオドール殿下の公務を代わってくださったのがアイゼンラウアー様ですのよ。ガーデンパーティーに出たいから公務には行かないと仰せになられたのはテオドール殿下ですわ」
「うぐっ」
テオドール殿下が気まずそうな顔をして目を逸らしましたわ。公務を投げた事を少しは悪いと思っていらっしゃるのかしら。
ちなみにウィリバルト様は、対外的には国王陛下の妹でいらっしゃるアイゼンラウアー公爵夫人の息子という事になっておりますの。
「もちろん、国王陛下もご存知の事。あの時の公務が終わった後にガーデンパーティーを欠席しようとしていたわたくしに、遅れてもいいから出席するように促してくださったのが国王陛下でいらっしゃいます。その際にわたくしのエスコートをするようにアイゼンラウアー様に命じてくださったのも国王陛下でいらっしゃいますわ」
「ええ、国王陛下からのご下命でしたので、アルナシェル公爵令嬢のエスコートをさせて頂いたのですよ」
ウィリバルト様が面白そうに口角を上げていらっしゃいます。
この方が第一王子だと隠されているのは、この方の母君がご側室様でいらっしゃるからです。同年のご誕生であり、少しばかり早く生まれたウィリバルト様の存在は、王家にとって頭痛の種でした。王国の貴族を二分しかねないからです。ですので、テオドール様がご誕生された二週間後には、ウィリバルト様は亡くなった事にされてアイゼンラウアー公爵夫人の子として引き取られて行ったのです。
ご側室様はその後、ウィリバルト様が十歳になった時に大病を患い、いよいよ最後という時になって息子と会いたいと願われ、その願い叶ってウィリバルト様と一目会われました。ウィリバルト様は今まで実の両親だと思っていた公爵ご夫妻が、実は夫人の方が叔母(夫人は国王陛下の妹君でいらっしゃいます)であった事実に驚き、自分が王子であった事に戸惑い、父親である陛下は自分の事を必要としていないと誤解して荒れておりました。
「確かにエルフリーデは、あの時、学園のガーデンパーティーに行くのをやめようとしていた。だが、未来の王妃が未来の貴族の奥方たちとの交流を厭うてはならぬと説得し、ちゃんとガーデンパーティーに出席させる為にウィリバルトにエスコートする様に命じたな」
陛下はそこで隣に座る王妃殿下の方に顔を向けました。
「私もエルフリーデに言い聞かせました。この国の将来の王妃としての心構えと、わたくしが認めた未来の王妃はエルフリーデだけなのだと言い聞かせましたわ」
王妃殿下からは大変ありがたくも恐縮する激励を頂きました。あの時、わたくしは覚悟を決めたのです。
その後、国王陛下に密かに謁見を申し出てある提案をさせて頂きました。陛下は最初、驚いておられましたが、わたくしが自分の『影』を抱えている事を明かすと納得されました。
「テオドール、お前はこれでもエルフリーデがドレスを汚したと言い張るのか?」
「………………」
わたくしがガーデンパーティーの日にまさか遅れて参加したとは思わなかったのでしょう。テオドール殿下は悔しそうに口を歪めました。
「インクで汚した犯人は、後ほどお知らせ致しますわ」
わたくしは淡々と話を進めます。
あまり時間をかけていられませんもの。
「次にドレスを破ったと仰る件ですが。卒業パーティーに着る予定のドレスでしたわね?」
「え、ええ、そうですわ! ドレスが破られて参加できなくなりそうで、困っていましたらテオ様がドレスをプレゼントしてくださいましたの」
テオドール殿下をテオ様と愛称呼びですか。こんな公の場で。このご令嬢、本当に貴族としての常識がありませんわね。
彼女が着ているドレスは、わたくしが王城に賜っている部屋のクローゼットから消えたドレスとそっくりですわ。
「ドレスがないと卒業パーティーに参加できないと、ソフィが泣いていたからな。愛するソフィが「そんな事はどうでもよろしいのです。そのドレスはどうなさいましたの?」」
苛ついて途中でテオドール殿下の言葉を遮ってしまいましたわ。
「もちろんソフィの為に仕立てたのだ! 一週間もかかったのだぞ! 漸く届いたのが一昨日だ!」
前世の記憶を持つ者的には「自爆乙」とでも言って差し上げればよろしいのかしら?
わたくしは溜息を吐きました。
「テオドール殿下。ドレスは採寸してから一週間程度では作ることはできませんわ。そして今、レーリヒ様でしたかしら、貴女が着ているそのドレスはわたくしが持っていたドレスとそっくりですわね。確かめさせて頂きますわ。女官長、お願い致しますわ」
わたくしの言葉で、ホールの端に控えていた女官長が数人の女官を率いてレーリヒ子爵令嬢へ近づき、有無を言わせず彼女を立たせて連れて行こうとしました。
「女官長、何をする! ソフィを離せ!」
「何をするの⁉ 離して! 離してったら! 私は未来の王太子妃よ! 王妃になるんだから!」
……頭が痛いですわ。
いくら未来の王妃と言えど、王太子と婚約もしていない現状の今はただの子爵令嬢です。そんな事もわからないのかしら。
しかしそんなわたくしの余裕も、次の彼女の言葉で崩れました。
「私がヒロインなのに! おかしいわ! エルフリーデは悪役令嬢なのにどうして⁉」
この方、何かおかしいと思っていたら転生しておりましたのね。
ヒロインは本来もっと弱々しい性格で、その見た目も相まって庇護欲をそそられる筈なのです。それなのに他の男子生徒も避け始めた時点で何か変だと気が付き、『影』に命じて監視を始めたのです。
「ヒロインとはなんだ?」
クラウゼヴィッツ様が不思議そうに呟きました。
「本来であれば女主人公の事ですわ。でも、誰もが己が人生に於いて主人公ですのに何を仰っているのかしら?」
わたくしは受けた衝撃のせいで呆然と呟いたのですが、そのわたくしの答えを聞いてクラウゼヴィッツ様だけではなくウィリバルト様まで目を見開き、「言われてみれば確かにそうだな」とウィリバルト様が呟いた声はわたくしの耳に届いておりませんでした。
「レーリヒ子爵令嬢。貴女は未だ王太子の婚約者ではなく単なる子爵令嬢だ。そして女官長はアイゼナッハ侯爵家に連なる者、そこにいる数人の女官も皆が皆、各伯爵家に連なる者だ。礼儀を知らぬ貴女でも判る様に教えて差し上げるが、王宮女官とはいえたかが子爵令嬢が無礼を働いていい身分の方々ではない」
クラウゼヴィッツ様が冷たい声でレーリヒ子爵令嬢に教え諭しました。
その様子にレーリヒ子爵令嬢は愕然として目を見開きました。
信じられないのでしょうね。『攻略』したと思っていた攻略対象に冷たくあしらわれるのですから。
わたくしは自分の幼馴染が『攻略』されるのが我慢できず、また、王国の将来の宰相が籠絡されて凋落すると国の発展にも影が差しますから、学園に入ってからですがクラウゼヴィッツ様に様々な発破をかけていたのです。もちろん彼の悩みも、レーリヒ子爵令嬢が近づく前に解決して上げましたわ。慰めるなんてわたくしにはできませんから力技でしたけど。そして忠告しておいたのですわ。『レーリヒ子爵令嬢にお気をつけあそばせ』と。そして彼女の取る言動を教えたのです。
その時には既にキュンベル様が籠絡されており、マイネル様も籠絡されかかっていたので、クラウゼヴィッツ様は何か思うところがあったのでしょう。その後、レーリヒ子爵令嬢がわたくしの忠告通りの言動でクラウゼヴィッツ様に近づいて来たので、彼は警戒度最高でレーリヒ子爵令嬢と相対し、それを彼女に悟らせない様に振る舞って彼女の信頼を勝ち得ていましたわ。
……幼馴染ながらその手管は将来の宰相として頼もしく感じるとともに、どれだけ腹黒になるのかと密かに慄然としておりましたわ。
「女官長、テオドールの言う事は気にせずとも良い。連れて行って確認しろ。但し確認した後はここに連れ戻せ」
「御意にございます」
国王陛下からのお墨付きを貰い、女官長と数人の女官はレーリヒ子爵令嬢を立たせてぐいぐいと引き摺って行きましたわ。
「さて、ドレスの確認をしている間に、論文の破棄に関して誤解を解きましょうか。ハウフトマン先生」
わたくしが呼びかけると、遠巻きにこの事態を眺めていた教師たちの集団の中から、赤髪に紅茶色の目をした三十代の教師が出てきました。
「論文は先生の授業のものでしたわね」
「そうですね。私の授業で、習った範囲内で自分なりの考え方を示すものを求めました」
「わたくしの論文とレーリヒ子爵令嬢の論文を覚えておいでですか?」
「勿論。忘れる事などできません。しかし……」
ここで先生はチラッとテオドール殿下に視線を流し、すぐに元に戻されました。
「構いませんわ。陛下の御前です、嘘を吐く事は陛下を謀る事になります。それがどんな事かはご理解してますでしょう?」
陛下を謀る事は、不敬というだけではなく反逆罪にも問われる事態です。
わたくしの言葉で理解したのでしょう。ハウフトマン先生は、目を見開き真っ青になりました。
「最初にアルナシェル君……の論文を見せて貰いました。まだ未完成だが、これは習った範囲から少しばかり逸脱しそうだが大丈夫か、という確認でした。読ませて貰い、面白い着眼点であり、確かに少しだけ先に習う範囲になりますが、その程度なら大丈夫だと言って論文を返しました」
わたくしが公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者であっても、学園の教師にすれば一生徒。ですから教師は殿下であっても君付けで呼ぶことになっていますので、ハウフトマン先生が不敬に問われる事はありません。
ですが、卒業パーティーの場で国王陛下の前という状況がハウフトマン先生の緊張を呼んだらしく、先生はいつもより萎れた様子で答えてくださいました。
「その後、レーリヒ君の論文が提出され、内容がアルナシェル君のものとそっくり同じだった事から、レーリヒ君を教官準備室に呼び出しました。そしてなぜアルナシェル君の論文と内容が一緒なのか尋ねたところ……」
ハウフトマン先生が言い淀みます。なのでわたくしが助けを出しました。
「テオドール殿下が現れたのですね?」
「は、はい……中の様子を窺っていたらしく、レーリヒ君に尋ねたすぐ後に勝手に入室してきて、この事は内密にする様に、そしてこの件に関する事も口外無用、もし誰かに話したら命がないと思え、と……」
「脅迫されたのですね。その後、わたくしがレーリヒ子爵令嬢の論文を盗み、破いて棄てたという噂が立ったのですね」
「はい。も、申し訳ありません、アルナシェル様!」
ハウフトマン先生はその場に崩れ落ち、両手で頭を抱えてしまわれました。
ホールにいた生徒たちは、噂の真相を聞いてざわめいています。
「ハウフトマン先生、この事態は先生のせいではありませんのでお気になさらずに」
わたくしは先生に声をかけ、ホールの壁際にいた近衛兵に合図をして先生を休ませる様に言いつけました。
さて、残りの疑惑、階段から突き落とそうとした事ですが。
レーリヒ子爵令嬢が戻ってから真相解明しようと思っておりましたら、タイミングよく女官長に連れられて戻ってきましたわ。
ドレスは既に着替えさせられ、子爵令嬢らしい簡素なものにされておりますわね。
「アイゼナッハ女官長。どうであった?」
「エルフリーデ様のお召し物でした。王城のエルフリーデ様の私室のクローゼットから盗まれた物に相違ございません」
女官長の淀みない言葉に、ホールの中のざわめきは最高潮に達したようです。
「静かにせよ!」
国王陛下が威圧とともに発した言葉で、ホールの中は一瞬の後にピタッと静まり返りました。
「エルフリーデ、報告を」
「御意にございます、国王陛下」
わたくしは隠し衣嚢からさきほど従僕から渡された書類を取り出して開きました。
「わたくしのドレスを盗んだ者は、王城の小間使いでわたくしの私室の掃除を任されていた者のうちの一人でした。彼女は母親の薬代を報酬として示され、テオドール殿下の名前を出されて犯行に及んだ様ですわ。指示したのはコンラッド・マイネル様です。そして、学園の生徒会予算と、王太子予算に使途不明金がございました。調べたらどちらもコンラッド・マイネル様に繋がりました。証拠の帳簿はそちらに」
わたくしの言葉に従僕が一人、国王陛下の斜め後ろに佇む宰相閣下にすっと近づき、わたくしが纏めた帳簿を宰相閣下に渡しました。
「中身の精査はお任せ致しますわ。
さて、残りの疑惑である殺人未遂に当たる階段から突き落とそうとした事ですが」
わたくしは少しだけ勿体をつけて間を空けました。
「わたくしとレーリヒ子爵令嬢は学園に入ってから一度も口を利いた事はございません。これは一度たりとも同じクラスになった事がないからですわ。ですので、わたくしの名前呼びを許した覚えはございませんの。そして、レーリヒ子爵令嬢はわたくしが王城に通っている事はご存知でも、週何回通っているかはご存知なかったとみえますわ。だからこんな間抜けな事を企てるのだと思いますわ」
わたくしはあからさまに呆れた顔を作りました。
「わたくしは将来の王太子妃であり、その先はこの国の王妃になる身。ですのでわたくし個人に子飼いの『影』がいますのよ?」
「なっ⁉ 聞いてないぞ⁉」
テオドール殿下が驚愕の声を上げます。
「学園に入ってから、婚約者を放置して他の女性にうつつを抜かす様な不誠実な方に、手の内を晒すとお思いになりますの? そう思っていらしたのなら、テオドール殿下はよほどおめでたいおつむをされていらっしゃるのですわね」
わたくしの常ならぬ手厳しい言葉に、テオドール殿下は目を見開き、信じられないものでも見るような顔をされました。
「その『影』の報告では、階段から自ら落ち、でも風の魔術で怪我をしないようにした上で階下に横たわり、絶叫して注目を集めたそうですわ。そして、わたくしエルフリーデに突き落とされたとさめざめと泣きながらテオドール殿下に訴えたそうですわ」
レーリヒ子爵令嬢は既に顔が土気色になり、一言も口を利けなくなっておりますわ。当然ですわね。自分が着ていたドレスが盗まれた物で、それも公爵令嬢で王太子殿下の婚約者であるわたくしの物だったとなれば。
そして自分の自作自演をバラされている場に留め置かれているのですから。
「ですがおかしいですわね? わたくし、その日は公務で急遽、朝から登城しており、学園は欠席届けを出していましたのよ? クライバー先生、そうですわよね?」
教師の集団の中から、クライバー先生が前に押し出されました。クライバー先生は戸惑いつつも是と答えてくださいましたわ。
わたくしが公務で学園から登城する事はあっても、朝から登城して学園を欠席する事は終ぞなかった事ですからね。印象深く覚えておいでだったのでしょう。
「では誰に突き落とされたのでしょう? 最初から見ていたわたくしの『影』によると、誰も突き落としてなどいないそうですわ」
わたくしの言葉を聞いて、レーリヒ子爵令嬢が絶叫しました。
「なぜ悪役令嬢のくせに私に意地悪をしないのよ! だから私が自分でヒロインとして脚本通りに動かなきゃならなかったんじゃない!」
……心底呆れましたわ。
この世界は確かに乙女ゲームの世界。でも、それをベースとした、わたくしたちが生きている現実ですのに。
「おかしな事を言われますのね。現実を見ていらっしゃらないの? わたくしの人生にも貴女の人生にも、勿論他の方の人生にも脚本はございませんわ。全ての方が己の人生の主人公ですのよ?」
「話にならんな。エルフリーデ、ご苦労であった」
「有難きお言葉を賜り恐悦至極に存じますわ」
わたくしは陛下に淑女の最敬礼を致しましたわ。
「近衛兵、テオドールを誑かしたそこな女を捕らえろ。あとテオドールの側近だったキュンベルの息子とマイネルの息子もだ。テオドール、お前は廃嫡とする」
「お待ちください、父上! なぜ俺が廃嫡になど」
「まだわからぬか、この痴れ者が! 危うく国を危機に晒すところだったのだぞ!」
「国を、危機に……?」
「お前の行動如何で、アルナシェル公爵家はクラウゼヴィッツ公爵家とアイゼンラウアー公爵家とともに立ち、王家を廃して新たな王を戴くところまで話が進んでいたのだ! そうなれば国は乱れ、民は貧する。それを止めてくれたのがエルフリーデだ! エルフリーデがいなければ内乱が起きていたのだぞ!」
「内乱……」
激昂して前のめりになっていた国王陛下は、そこで溜息を吐いて椅子に背を預けました。
「テオドール、其方は生涯幽閉とする。そして余の名前に於いてウィリバルトを新たな王太子とする。ウィリバルトは余の息子だ。更に、テオドールとエルフリーデの婚約を白紙とし、ウィリバルトとエルフリーデを婚約させる」
国王陛下の沙汰に、テオドール様はその場に崩れ落ち、ホール内は一瞬で驚愕の声に溢れました。
ですが、すぐに国王陛下の威圧で沈静化致しましたわ。
……国王陛下の威圧は便利ですわね。
「これからよろしく、婚約者殿?」
ウィリバルト様、いえ、もうウィリバルト殿下とお呼びした方がいいですわね。ウィリバルト殿下が輝くような笑顔を向けてくださいます。
「ええ、よろしくお願い致しますわ、ウィリバルト殿下」
わたくしは淑女らしく、差し出されたウィリバルト殿下の手にそっと自分の手を載せました。
「もう君を諦めなくていいと思うと嬉しいよ。それにしても君の言うとおりになったね、エル」
ウィリバルト殿下が嬉しそうに微笑みます。
このウィリバルト殿下は、隠し攻略対象です。彼の荒れた原因を取り除き、その荒れた心を癒やすとルートに入るのです。
誰も知らない、隠し攻略対象であるウィリバルト・ルートです。
わたくしの前世は小説家でした。
そして『乙女よ成り上がれ!〜恋と魔法の学園生活〜』は前世のわたくしが書いたもので、なぜか人気を博し、アニメ化される前にゲーム化されたのですが、ウィリバルト様が隠し攻略対象として出てくる前の段階で小説は終わっています。
所謂続編の中で出すつもりでした。
ですから、この世界でいくらヒロインであるレーリヒ子爵令嬢でも彼の情報は持っていません。
彼の情報を唯一持っている私だけが彼の心を癒やし、荒れた原因を取り除く事ができるのです。でもわたくしは迷っていました。
荒れた原因を取り除く──つまりは王太子であるテオドール殿下を王太子位から引きずり降ろし、ウィリバルト様を王子として復権させて王太子にさせるのです。
テオドール殿下に対する愛はなくても情はあります。長い間、テオドール殿下の婚約者として過ごしてきたのですから。
ですがテオドール殿下はレーリヒ子爵令嬢に心を移されました。
わたくしを排除しようと画策している事を『影』の報告から察し、シナリオに合わせて公務を入れたりして徹底的に排除フラグを折り続けました。
そして夏季休暇前のガーデンパーティーの時の件を報告で知ったわたくしは、ウィリバルト様のお心を癒やす決心をし、国王陛下に内密での謁見を申し入れました。
そして、ウィリバルト様の件を話し、わたくし個人の子飼いの『影』からの報告で知ったと申し上げ、更にはテオドール殿下の学園での振る舞いを報告し、このままでは内乱が起きると忠告しました。陛下がさきほどテオドール殿下に仰られた事は本当です。
学園でのテオドール殿下の所業とわたくしに対する所業に、このままでは後ろ盾もなく品位や常識の欠落した娼婦の様な下位貴族の少女に王太子妃の座が与えられ、国が荒れる事になる、と考えたお父様とクラウゼヴィッツのおじ様、そしてアイゼンラウアー公爵が結託し、ウィリバルト様を押し立てて王位を奪取する事を企てていました。それを止め、国王陛下を説得するからと約束し、なんとか謀反を抑えたのですわ。
陛下に対し、テオドール殿下を廃し、ウィリバルト様を王子として認めてくださるようにお願い申し上げました。
陛下は暫く考えた後に、もしテオドール殿下がわたくしを排除しようと行動に移された場合、その時点でテオドール殿下を廃してくださり、ウィリバルト様を王太子として認めると約束してくださいました。
それがこの茶番の真相でしたけど、まさかわたくしがそのまま王太子となったウィリバルト殿下の婚約者に据えられるとは思ってもいませんでしたので、心臓がうるさいほど大きく早く鳴っています。
ええ、わたくしはウィリバルト様に恋をしていました。
ですがわたくしは『王太子殿下の婚約者』です。叶わぬ恋と諦めていました。
それが、思わぬ事で叶ったのです。
わたくし、今日ほど転生できて良かったと思っておりますわ。
だって、前世では発表こそしていませんでしたが、原稿は途中まで書いていたのです。
プロットは詳しく作っており、キャラ設定もウィリバルトはかなり詳しく作り込みました。
ウィリバルトは前世のわたくしのイチオシキャラだったのです。前世のわたくしの好みを全て詰め込んだのがウィリバルトです。どうして好きにならずにいられましょう?
ですので、『王太子の婚約者』であるわたくしは諦めるしかない、と心を閉ざしましたの。
それでも彼の事を好きですから、バッドエンドである三公爵の反乱の後にウィリバルトが王位簒奪するルートの芽を潰そうと動きました。
『影』を使い、情報と証拠の収集。
ウィリバルト殿下の心の傷をそれとなく指摘して発破をかけ、時には少しばかり優しくしてなんとか立ち直らせました。
でもまさか、ウィリバルト殿下がわたくしを好いてくださり、諦めようとなさっていたなんて思いもよりませんでしたわ。
その後、レーリヒ子爵令嬢のドレスを汚したのも彼女の自作自演とわかり、レーリヒ子爵令嬢は王族を誑かし、王権を脅かして反乱を誘発しそうになった、として国家反逆罪と不敬罪、誣告罪、名誉毀損罪、と多くの罪状が積み上げられ、処刑されました。
そしてレーリヒ子爵家は、娘の言動がおかしかったのにそれを止めなかった事でお取り潰しになりました。
ジョアン・キュンベルは廃嫡され、キュンベル伯爵家は弟のクリスチアン・キュンベルが継ぐ事になりました。
伯爵家は降格処分と、一部の領地没収になりましたが、マイネル家よりはマシだと、キュンベル伯爵は粛々と受け入れたそうですわ。潔いですわね。
コンラッド・マイネルは、横領罪と窃盗の犯罪教唆で奴隷落ち。鉱山労働者として隷属の魔術で逃げられない様にされて過酷な北の鉱山に送られました。
マイネル伯爵家は降格処分、領地の一部没収に、更には王都へ今後三十年出入り禁止を申し付けられました。
マイネル伯爵は陛下の前で崩折れ、どうかお慈悲をと取り乱しておいでだったそうですが、陛下が頑として肯かなかったそうです。
イアン・クラウゼヴィッツ様は、父親の宰相の補佐として宮廷で仕事をしています。たまに愚痴を吐きに来ますわね。
その他のレーリヒ子爵令嬢と関係のあった男子生徒の家は、婚約者の女性の方から婚約破棄を申し入れられ、多額の賠償金を請求されて落ちぶれて行きましたわ。
そして、この王国では更に、婚約者のいる男性にすり寄る女性は娼婦と同義だとして忌避されるようになり、そんな女性と懇意になる男性は誠実さの欠片もない最低な男として扱われる事になりましたわ。
二年後、ウィリバルト殿下とわたくしの婚礼が執り行われ、わたくしは王太子妃になりました。
そして、更に五年後には三人の子供に恵まれました。
王子が二人に王女が一人。
更に、今わたくしのお腹には四人目が宿っています。
わたくし、こんなに幸せでいいのでしょうか。
「エル、何を考えている?」
わたくしの旦那様であるウィリバルト様は、先日、前国王陛下から譲位され、即位して国王陛下にお成りあそばされました。
前王陛下は、今は離宮にお住まいになり、時々孫の相手をしてくださいます。
「ウィルが国王陛下になられ、わたくしが王妃となった事が、まだ信じられませんの。夢のようで、でも子どもたちに恵まれて、幸せだな、と思いましたわ」
「可愛い、賢いエル。君はいつも私を翻弄するね。そんな可愛い事を言われたら、我慢が利かなくなるよ」
「陛下、お腹には四人目がいますのよ。我慢してくださいまし」
「わかっているよ」
ウィリバルト様はあれからわたくしを溺愛し、それは宮廷どころか国民全てが知るところとなっております。
恥ずかしいですが、嬉しくもありますの。
『悪役令嬢』なのに、こんなに幸せでいいのかしら、とも思いますが、前世で小説が未完だったお陰でこんな人生になったのなら、テオドール様に見切りをつけて良かったと思えますわ。
本当に、わたくしは幸せですわ。
〜END〜
王子を誑かすゲームのヒロイン(下位貴族令嬢)に物申したくて書きました。
身分差の逆転はシンデレラをみれば望まれているのでしょうが、それを成すには身分の壁をどうにかしなくてはなりません。
高位貴族の養女になり、その上で身分に合った振る舞いを覚え、自分より上の身分の者には敬意を払う。下の身分の者は慈しむ。
『高貴なる者の義務』を身につけなければ、王族の伴侶たるとは言えません。
それをこの作品のヒロインちゃんと主人公のエルフリーデで表したかったのですが、ちょっと短編では表しきれませんでしたね(汗)
私なりの「悪役令嬢」の顛末、楽しんでいただけたでしょうか。
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