報告
初ブックマークがめちゃくちゃ嬉しかった記念更新
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ヤマは報告を読み上げ終わった。
「……なぁるほど。今回の新入生君はどうしようもなく強大なんだねぇ。
下手に“羽化”したりなんかしたら、どうなることやら。学園が吹き飛ぶどころじゃ済まなそうだ」
部屋の真ん中、最も大きく重厚な机に座った少女は、ヤマの差し出した書類をペラペラとめくった。
書類の余りを隣で見ていた、秘書の女性が言う。
「然るべき対策が必要でしょう。永久凍結も視野に入れるべき案件です、学園長」
「モルガ秘書官!」
「声を荒げないでください、ヤマ」
永久凍結……それは対象を生きたまま凍結させ封印する一連魔術の事だ。実質上の死刑に値する。
「膨大な力を当人が使い熟せるか。
神の使いに匹敵するような魔術師が、国際情勢のバランスを崩さないか。
そして何よりーー“羽化”時の危険。
それらを天秤にかければ、選ぶべき道は自然と見えます」
「ですが……」
ヤマは学園長と呼ばれた少女に助けの視線を求めた。
少女は書類を眺めている。
「うん。
彼は…危険、だねぇ。
仮の杖に使った水晶は、魔力に抵抗を与え制御するタイプのクリスタルが3つだよね?
常人ならせいぜい火の粉1つ2つを出すので精一杯、ぐらいの杖だ。
それで“迷宮”の一帯が凍らせられるんだから、本当にとびっきりの才能の持ち主だよ」
「なら……!」
「でもね」
学園長の少女は、秘書官の言葉を遮る。
「そもそも危険を承知で受け入れたんだ。
最悪世界ごと消える所までは想定済みでもある。
今更想定の2倍近い魔力だったからと怯えるものでもないさ。
ゴブレット以上のワインは飲めないーーー世界が消えてしまう以上の火力があったとしても、それ以上破壊する物は無いのだから」
学園長は詩的な言い回しをする。
「というのが、私の率直な意見なんだけど。最年長者の意見はどうかな?ロア君」
状況を静観していた紫髪の少女に、学園長は話しかける。
「どう、って言われてもなぁ……
私としては、見るべきはそこじゃないなって言うか」
「と、言うと?」
「確かに、私が見たこともないような前例の無い力の持ち主だけど……もっと“ヤバい”所はいくらでもあるよ」
ロアは一歩前に出て、1つ資料を取る。
「まず、彼がヤバいのは、適応力。
飲み込みの速さって言った方がいいかな?
右も左もわからない世界で、いち早くマリーの“魔物化”に気付けたこと。
魔法も、多量の魔力で強引に呼び出している部分はあるけど、それでも体得が早い。
火の玉を出したり氷塊を飛ばしたりするには、1年……とは言わないまでも、1ヶ月はかかるはずじゃない?」
学園長は静かに頷く。
「つまり君は、ヒカル・アサノには才能があると言いたいんだね。そして、その才能を…君は“適応力”と見ると」
「うん、そんな感じ。
……ヒカル君にも、ちゃんと“記憶処理”がかかってるんでしょ?
教室に来るまでの記憶は思い出せなくて、でも、思い出せない事を疑問に思えなくなるヤツ」
学園長はまた頷いた。
“記憶処理”とは、特定の期間の記憶を思い出せないようにする、一種の記憶喪失状態を意図的に作り出す術の事だ。
受けた当人は“思い出せない”事自体忘れるため、違和感に気付くことは難しい。
「彼は、命のやり取りをしても怯えてなかった。“記憶処理”がかかってるとしても、モノの価値観までは変えられないじゃない。
それでいて立ち向かってる姿は、人並み以上に度胸があるとか、勇敢だとか、そういうものじゃない。
ヒカル君は無意識の内に、私たちに合わせようとしていて……ちゃんと合わせられた」
ロアは学園長の目を見据えた。
「ヒカル君は、“羽化”する事も……多分可能だと思う」
「……そっか。それは良い報告だ」
「けど。もう1つ……ヤバい所がある気がする」
「と、言うと?」
「理由はよくわからないけど、ヒカル君には影がある。必要以上に、“大人”を敵視してる」
「敵視…ねぇ」
「多分、無意識下に刷り込み学習した、“記憶処理”も貫通する、ヒカル君の価値観の現れなんだと思う。
私が怖いのはそこかな、って。
彼がマリーちゃんを探しに行こう、って決めたところには、ヒーローになりたいとかの名誉欲とか、マリーちゃんが可哀想みたいな哀憫とか、そういうのなかった気がする。
ただ、ウィローのメンツを潰せれば、みたいな。
それって……すごく怖いなって」
学園長は書類の端にロアの報告をメモした。
「ヤマ先生は今の話、担任としてどう思う?」
「……ヒカル君は“転生者”です。そのような特異性があってもおかしくないでしょう。
今のところ“適応力”が上手く働き、“大人への敵意”は派手に暴れてはいない。
ヴァイ君と仲良くやれているようですし、このままやって行くのに問題は無いかと」
学園長はその言葉を聞いて満足げにうなずく。
「なるほどなるほど。
上手くやっていけているなら、処置は普通の“Z組”生徒と同じで構わない。
なるべく、普通に接してくれるといいな」
「……ええ、わかっています」
ヤマは、言葉の端に含みを持たせながら言う。
「彼には、優しい夢を見続けてもらわなければ」
学園長
学園を代表し取り仕切る者。小国の国王とほぼ同レベルの権力がある。
世襲制であり、現在8代目。