六分の1
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滝の中を落ちる間、ヴァイは何度か空気の障壁を作り、落下速度を落とした。100メートル程落ちた所で、周辺の壁が岩肌から遺跡の石へ変わった。
「最下層が近い、備えろ!」
ロアは叫び、懐から拳大の何かを取り出す。それを壁に投げつけると、その何かは急速に成長して太いツタへと変化した。
太いツタに捕まって勢いを完全に殺し、3人は“迷宮”の最下層へ降り立った。
そして、3人を追ってオオトカゲも姿を現した。
ヴァイはヒカルの前に出て、1本の杖を取り出した。柄は1メートルほどのシンプルな木製の棒だが、先端には炎を模した構造物に3つの結晶が付いている。
「どうする、ロア。本気出したらなんとか勝てる気はするけど」
「いいや、やめとくほうが吉だよ。ここはアット・G・ホェルのナワバリだ。流石のラガルドも本能に負けて逃げるはず……」
「ガァァァァァア!!」
ロアが言った途端、オオトカゲは再び怒り狂った咆哮を上げ、ヨロヨロと走り出した。
「ッ、なんだよ往生際が悪いな…!この最下層はボスのナワバリだってのわかんねーのか!?」
ヴァイと走り出したその時、ヒカルはふとある可能性にたどり着く。
何故か激昂したままのオオトカゲ。相手を丸呑みするという生態。
死体が魔物化するという現象。
致命傷の血痕だけ残して消えた、マリー・ゴールドという生徒。
「もしかして……あのオオトカゲ、マリーさんを喰ったんじゃ……!?」
ヒカルの言葉に、ヴァイとロアも思わず振り向く。
その瞬間、オオトカゲの頭を、1つの弾丸が貫通した。オオトカゲは仰け反り、バタリと倒れる。
ヒカル達と、オオトカゲの間に、1人の男が降り立った。
「やあ、“Z組”のみんな。
今日はこんな“迷宮”の最下層で何をしているのかね?
ラガルドはこの通り、私が退治しておいた。さぁ、家に帰るといい」
「……ウィロー……!」
ウィローはやけに優しい様子でヒカル達に話しかける。
ヴァイは、ウィローを睨んで言う。
「……茶番には乗らない。
ラガルドの胃袋の中身を、俺達は探してるんだ」
「さてはて、何のことやら。
魔法生物の討伐報酬は、倒した者の手柄。万年留年クラスの人々に渡す物などありませんねぇ」
「ハッ、小鳥があくびする間すら猫の皮を保ってられないのか。
ヒカルのおかげでようやくわかったぜ、何でアンタがラガルドを追ってたのか。
アンタはラガルドを追ってたんじゃない。ラガルドの中に居る自分の娘を追ってたんだろ」
ウィローは貼り付けた笑顔を外さない。しかし、ヒカルはその裏で煮える怒りを見出した。
ヴァイは推理を続ける。
「自分の娘の居場所がわかってたのに、誰にも言い出さなかった。
ラガルドは“固有種”だ。1人で相手するには強いし、討伐には特別な許可だって必要だ。なのにお前は誰にも言わず、1人でラガルドを追った。
言い出さなかっただけじゃないな?誰にも気付かれないようにすらしてるよな。
ラガルドの吐いた血を我先に回収してたのは、その吐いた血に人間の血や布が混じってたら嫌だったからなんじゃないか?
つまり、お前は」
ヴァイは杖を構えた。
「マリーを見つけるのが目的なんじゃない。
マリーが行方不明になったまま、見つからない事が目的なんだ。
とんだ毒親だな、娘が見つからない事が幸せってか」
「出来損ないのクソガキが、言うじゃないか!」
ウィローも激昂し、杖を構える。
けれど、ヴァイは冷静なまま杖を構え続けた。
一触即発の状況の中、ロアが1つ、咳払いした。
「えーとね。“賢者”のウィローさんは、いろんなお仕事をしてて忘れがちかもしれないけどさ。
ラガルドは、“魔物”じゃなくて、“魔獣”のカテゴリなんだよね」
ロアが言い切るか言い切らないかのうちに、ラガルドは再び動き始めた。ペキペキと音を立てて体表の皮が剥がれ、背中の水晶の光は電球のように眩しくなる。
ウィローを脅威と認識し、“羽化”を行ったのだ。
ヒカルは、ヤマが説明していた事を思い出した。
『グランデ・ヴォルガン・ファイヤ・ラガルドという“固有種”は、他のラガルド種に比べて丈夫な所に特徴がある。多少のキズではビクともしなきだろう』
オオトカゲが立ち上がり、ウィローは驚きの目で見上げる。
オオトカゲは、ペッ、とガラスのカケラのようなものを吐き出した。“魔物”を一撃で倒す短剣と同じ素材のもののようだ。
ウィローはオオトカゲを“魔物”だと思い、それを封じる弾丸を打ち込んだつもりだったのだろう。
「それで!
どうすんのさ、この状況!」
ロアの言葉に、ヒカルが答えた。
「自信無いけど……考えはある!
あのオオトカゲの腹をかっさばける魔法って何かあるかな?」
「それなら、俺の杖でなんとかなるかもだけど……でもどうすんだ?
モツの1つや2つは千切り出せても致命傷にはならないぞ」
「マリーのいる胃袋を引きずり出せるなら、それで十分」
「なぁるほど」
3人が話し合っている間も、オオトカゲは暴れ回り、あちこちに光線を放っている。一度ノックアウトされたことが相当頭にキている様子だ。
ウィローが対処に当たっているが、完全に防げてはいない。じりじりとオオトカゲが押していた。そう長いことは持たない。
ヴァイは杖を横持ちにした。先端の炎を模した構造物がゆらめき、緋色の刃を持つ剣に変わる。
「あいつの動きを一度止めないと、一太刀浴びせるのも辛いんだけど…ロア、頼めそう?」
「それは僕が……できると思う」
「ようし、任せた!」
ヴァイは言いながら、オオトカゲの元へ突っ走った。体勢を崩したウィローと入れ違いに、オオトカゲに杖で斬り付ける。
「アンタがどれだけ気にくわねぇ奴でも、見捨てねぇ。見捨てるワケにはいかねぇ。
それが、俺の信念だ!」
ヴァイが攻撃を受け付けている間に、ヒカルはオオトカゲの足元に集中する。
魔法は想像を形にする事だ、という、ヤマの言葉を思い出し、現実に形にしたい想像を強く念じる。
「アイス……フロア!」
今回の魔法は、暴走する事もなく、ヒカルの思い描くままに発動した。
床から生えた氷の柱が、オオトカゲの足を包み、更には身体へ突き刺さる。あっという間にオオトカゲの足と尾は動かなくなった。
しかし、オオトカゲがみじろぎすると、バキバキバキという音を立て、再び動き出そうとする。
「させてたまるか!」
ヒカルが作ったオオトカゲの隙を、ヴァイは見逃さない。オオトカゲの胃袋に、刀を突き立てる。
「ギィィィァァアアアア!!!」
オオトカゲは、噴水のように口と傷から血を吐き、慄き呻く。
斬り裂かれた腹から、ぼとりと等身大のピンク色の袋が溢れ落ちた。
ヴァイが胃袋とウィローを引きずって撤退すると、オオトカゲは明確な殺意を持った瞳でヒカル達を見る。
「おおっと……体内で暴れてた邪魔者が無くなって、本気で殺しに来るっぽいよ」
ロアの言葉の通り、オオトカゲの背中の結晶は明々と光り輝き、通常よりも強そうな光線を放とうとしている。
『“羽化”したラガルドの必殺技は、強化された光線だ。
超高温で撃ち出される光線は、大抵の魔法の障壁どころか、“迷宮”最深部の“固有種”アット・G・ホェルの甲羅すら貫く。
デメリットはチャージに時間がかかる事、消費する魔力が出鱈目に多い事で、野生の戦闘で使われることはまずない』
ヒカルは咄嗟に前に飛び出していた。
魔法の障壁など作ったことは無かった。けれど、前にオオトカゲと対峙した時ウィローが使っていたり、初めての魔法訓練の時にロアが使っているのを見た事がある。
それを想像すれば時間稼ぎにはなるはずだと確信していた。
魔法の法則は、ここ2日で慣れた。あとは想像するのみ。
「ウォール!」
ヒカルが叫ぶと、光の壁が前に現れた。間髪を入れず、高熱のビームが光の壁の表面で弾ける。
「す、すっげえ!」
魔力の消費が激しいと、ヤマは言っていた。なら、どうにか持久戦に持ち込んで、相手が消耗するのを待てばいい。
ヒカルはそう思っていた。
しかし、ヒカルの想定していた以上に、魔法の壁は脆かった。正確に言うと、ヒカルが思うよりも、経験による想像の精度が足りなかった。こればかりは、ヒカルにはどうしようもない要素だった。
光の壁に、亀裂が入る。ピキピキと音を立て、魔法の壁は壊れていく。一方で、オオトカゲの魔力はまだ枯渇していない。
ダメだったかとしれないという後悔が、ヒカルの脳裏を過ぎる。
心が揺らぐと、想像力で作り出した壁の亀裂は更に増える。亀裂の端から、高温の熱風が吹き込んだ。
だが、その時間稼ぎは、無駄にはならなかった。
ヒカルが盾を作っている間に、姿を消していたロアが、50メートル程離れた所で指を鳴らした。
途端、戦場だった渓谷内全体を揺らす、大地震が発生する。続いて、地の底から響く大きな叫び声。
「ウォォオォオオオオオン!」
渓谷の奥から、巨体が川を波立たせて泳いで来ていた。
それは、船ですら見劣りする、巨大過ぎる亀とクジラの化け物だった。
「アット・G・ホェル!」
咆哮を聞き、オオトカゲはホェルの方を見る。その時、オオトカゲは初めて怯えた顔を見せた。
オオトカゲは急いで光線を撃つのをやめ、滝の方へと向かう。
だが、オオトカゲが逃げ切らない内に、ホェルはその口を開いた。
「ーーーーーーーー!!!」
超高音波が渓谷全体に鳴り響く。
ヴァイやロア、ウィローのような魔法使いは慌てて耳を塞ぎ、鼓膜を守る魔法を使ったが、そんな魔法があるとは知らないヒカルはダメージを食らった。
オオトカゲは超高音波をまともに喰らい、泡を吹いて倒れ込んでしまった。
オオトカゲが倒れるのを見ると、ホェルは仕事を終えたと言わんばかりの様子で、川の中へと帰っていった。
「ホェルを連れて来れば逃げるかなって思ったけど……上手くいったのといかなかったのの半分半分かな。……大丈夫?」
「ごめん……うまくきこえない」
「あちゃ。鼓膜治しちゃうからじっとしてて」
ロアはヒカルの両耳に手を当てる。
次にヒカルがまともに聞いた音は、ドスッ、という鈍い音と、パキッという、何かが折れて壊れる音だった。
音がする方を見れば、ヴァイが胃袋の上から介錯用の短剣を突き刺す所だった。もぞもぞと動いていた胃袋の一部が、ぱたりとしぼむ。
ヴァイは胃袋を掴み上げ、胃液を川に流し込んだ。
「…これで、遺骸の3/5は確保できた。マリー・ゴールドは“迷宮”の中で命を落とし、魔物と化した。そうカウンターに報告する」
ヴァイが改めてウィローに向かって言った。ウィローは、空気が萎んだ風船のように、肩を落とした。
「どうせ……“賢者”の娘が大した難敵も居ない“迷宮”で魔物化なんて知られたら一家の恥さらしだ、とでも思ってたんだろ」
ヴァイはウィローを見下げたまま吐き捨てた。
ヒカルは、懐にしまった手紙のことを思い出す。
「……マリー・ゴールドの帰還は僕達が知らせます」
ヒカルは、ウィローの顔をじっと見た。
「……」
理性は、そのまま立ち去れと言う。相手に対して何の言い分も無い、恥を晒すな、余計なことをするなと咎める。
だが、ダメな事とわかりつつ、ヒカルは口を開いてしまう。
「あなたは、マリーさんが何故迷宮に入ったのか、知っていますか?」
「……」
堰を切ると、言葉は止まらなかった。
「それは、この“迷宮”に生息するヒカリゴケを観察する為です。
何故そんなことをしようとしたのか、わかりますか?」
「……」
ウィローは答えない。
「彼女には、夢があった。
植物学者になりたいという夢があった」
ヒカルは、ロアが読み上げた時に手紙の中身を知っていた。
【父上へ。
突然のお手紙失礼致します。
先日は、私を国王陛下に賢者として推薦して頂き】
中途半端に途切れている1枚目。
【ありがとうございます】がどうしても書けなかったのは明らかだ。
【卒業までの間に、決して馬鹿にされないような、立派な植物学者になってみせます】
続く2枚目は、その1行しか書かれていない。
これだけしか書けていない手紙に、ヒカルは文脈を見出さざるを得なかった。
「あなたは、マリーさんの夢を知っていましたね」
「……」
ウィローは相変わらず黙ったままだが、ヒカルの問いかけにぎくりと身じろぎした。
ヒカルの読み取った文脈は確信に変わる。
「お前は、マリーさんの夢を馬鹿にしたな。
嘲笑い、罵り、“賢者”になることを強制したな」
「黙って聞いておけば、良い気になりやがって!」
ウィローは弾かれたように激昂した。
「何も知らない“転生者”のガキが、何がわかるって言うんだ!
一家の恥にならないよう、世を教え、導いてやった、それの何が悪い!」
ヒカルには何もわからなかった。
“賢者”の矜持など知らなかった。マリー本人との面識もなかった。親心など悟れなかった。世の中の事も無知だった。当然、人生経験なども無かった。
けれど、わかることが1つある。
「マリーを返せ、そうすればオレに汚点は付かない!」
口論は、勢いと粘りが強い方が勝つ。
「黙れ!
マリーの夢を踏み躙ったこと、それがお前の汚点だ!」
ヒカルは怒りで髪を逆立て、ウィローを指さした。
「マリーの夢を応援すれば良かったんだ!
お前らには寿命が無いんだろう!長い時間をかけて応援して、力をつけるのを見守れば良かったんだ!
それか、お前が護衛でもしていれば良かったんだ!
そうしなかったからマリーは死んだ!
未熟な学生がたった1人で“迷宮”に入った末の結末なんだよ、どうしてわからない!」
叫んでから、ヒカルは気がついた。
そこまでわかっているはずはない。
こいつは大人なのだから。
大人は何もわかろうとしない。
わかってもらえるという思いは、ただの幻想だ。
ヒカルは息を整え、少し冷静さを取り戻す。
懐から手紙を取り出すと、ウィローの前に叩きつけた。
「……お前宛の手紙だ。
お前にも読めると良いな」
あえて嫌味な言い方をして、ヒカルはウィローに背を向けた。
勝った。
ヒカルはウィローの心を折ることに成功したと感じる。しかし、達成感や優越感は無い。戦闘をした為ではない、精神的な疲労感しか存在しなかった。
「ヴァイ、ロア、帰ろう」
ヒカルがそう言った瞬間。ヴァイは疾風のように駆け、ヒカルとウィローの間に割り込んだ。
杖で、ウィローの持つ短剣を防いでいる。
ウィローが不意打ちを喰らわせようとしたのだ、とヒカルが気づいたのは、ヴァイがウィローを吹き飛ばしてからだった。
ウィローは壁に叩きつけられ、口元から血を滲ませる。
「このことは父上に報告させてもらおう。
ウィロー・ゴールドは敵意無い人間を襲う“賢者”失格者だと」
「勝手に言えばいい。
落ちこぼれの“Z組”生徒と“賢者”、どちらの言い分が信頼されるかはお前にもわかってるだろう」
ウィローは瓦礫の中に埋もれながらも、鼻で笑い飛ばしてみせた。
「……」
ヴァイは答えない。ただ、失望と軽蔑の眼差しでウィローを見た。
マリーの夢を潰し、ヴァイの理想を汚す。とんでもなく酷い男だ、とヒカルは思った。
「これ以上、構ってやる価値はない。
行こう」
ヒカルはそう言って、ウィローに背を向けた。背後から魔法が飛んでくることを想像し、後ろに警戒を向けていたが、最後まで何の攻撃も受けることはなかった。
“迷宮”をよく知るヴァイが先導し、登りの抜け道を歩く。
黙々と歩く中、ヒカルは忘れていた疑問を1つ思い出した。
「そういえば、“Z組”って何なんだ?」
魔法やら学園やら試験やらの、怒涛の覚えることの中で流され忘れられた疑問だった。
「他学年の生徒は沢山人がいるけれど、“Z組”はたった5人しかいないし」
学食の場などの学園内で見かけた生徒達は、少なくとも100人はいた。彼らを5人のクラスに分けて教育する、というのはいくら学園が広くても非効率ではないかとヒカルは思った。
「“魔獣”の授業の時に言ったかもしれないけど」
ロアが答えた。
「“魔獣”の幼体はいつか“羽化”をするんだよね。
だいたいは時間でスルッとどうにかなるんだけど……どうにかならない個体もいる。
人間で言うと、15〜20歳ぐらいで訪れるはずなんだけど、30年経っても100年経っても来ない人がいる……みたいな。
ざっくり言うと私みたいな子ね」
「6000歳、だっけ」
ヒカルはロアの年齢を言う。自身で口にしても途方もない数字だ、としか認識できないな、とヒカルは思った。
「記録と記憶があいまいなだけで、ほんとはもっとあるはず……まぁそれはともかく。
そういう、“羽化”がぜんぜん来ない個体は、“羽化”が終わると他の個体より強い力を持っているんだ。
大器晩成ってヤツだね」
ヒカルは理解した。
「つまり、“羽化”が訪れない子供を集めたのが“Z組”ってことか」
「そういうこと」
「そういうことに、名目上なってる集団、って言った方が正しいな」
前を歩いていたヴァイが、立ち止まって話に割り込んだ。
「実際のとこ、“羽化”が訪れないまま卒業するヤツはごまんといる。
“Z組”に集められるのは、中でも特に魔力の強いヤツとか、政治的に学園から出したくないとか、そんなワケアリなのさ」
「僕もワケアリ……?」
「ヒカルの場合は前者だろうなぁ。
お前、自分で思ってるよりとんでもないからな」
「そうかな?」
突然、ロアがシュタッと音を立て、挙手をした。
「ヴァイ君!
これはまずいよ!
私達がリアクション取らないから、ヒカル君思った以上にヤバさがわかってない!」
「その挙手はなんなの」
「ので!私達だけでも、もっとオーバーリアクションをするべきだとは思いませんか、ヴァイ君!」
「たしかに、そうかもしれない!」
ヴァイは真面目な顔で頷き、ヒカルに向き合って言う。
「ヒカル!」
「えっ、はい!
「さっきの、守った時のやつ!」
「はい」
「すごい!
とてもすごい!」
「語彙が貧弱!」
ロアのツッコミが入った。
「誰かの魔法を褒める機会とか無いからわかんないよそんなの」
「でも、どうにかもっといいようがあるでしょ」
「じゃあロアも言ってみなよ」
「ええっ!
えーと……えーと……
ヤバい!とても!」
「もっと貧弱!?
5千年の叡智そんなもんか!?」
「私の叡智は広く浅いのよ!」
「浅すぎるだろ!
コケの根っこのほうがまだ深い」
「前例がなくてどう言えばいいのかわからないの!」
「それってつまり……6000年に1人の逸材、みたいな?」
「「それだ!」」
ロアとヴァイは言いたい言葉が出てきてスッキリした顔をしている。
そんな2人の様子に、ヒカルはなんだか笑ってしまう。
何も解決していないけれど、なんとなく和んだ空気をヒカルは心地よく受け入れた。
ウィロー・ゴールドのその後
蒼炎暦2693年、娘マリーの遭難死が発覚するのと同時期に表舞台から姿を消す。
“賢者”としての任期を終えた後の記録は全く残っていない。
アネモネ・トランペッターのその後
蒼炎暦2694年に学園を卒業。商家であった実家の事業を引き継いだ一方で、友人の遺作である植物書を出版するための活動を続ける。
マリー・ゴールドのその後
蒼炎暦2702年、友人アネモネ・トランペッターの手により『ガネット隧道植物書(上)』が編纂・出版される。ヒカリゴケ以降の記述が無い不完全な書籍だったが、蒼炎歴2745年に有志の学生により再編纂され『ガネット隧道動植物書』として再出版される。長年学園の図書館の隅に置かれるだけの書籍だったが、蒼炎歴2911年に植物学者に発見され、2700年代の動植物の資料として活用される。