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夕焼け

12/12


 “迷宮”の外、受付カウンターの所に、見覚えのある白髪の少年が立っている。ラックだ。


「ラック!こんな所で何を?」

「少し心配になって……追いかけてきたんだ。

でも、アクアマ陵のどこに行くのかまでは聞いてなくて……」

「だからここで待ってたのか」

「下手人は取り逃がしたけど、シトリはちゃんと助けられた」


 ヒカルは淡々と報告した。


「それはよかった……」


 ラックは途中まで喜んで、違和感に気付き止まる。


「……なんだかヒカル、雰囲気が違うような」

「色々あった、それだけだ」


 そう言うヒカルの目には、これまで漫然と学園生活を楽しんできた時はなかった鋭い光が宿っていた。


「それはそうと、もうお祭りを楽しむ、なんて気分じゃなくなっちゃったね」


 騒然とする“迷宮”入り口を見て、ラックは悲しそうに言った。


「何者だったんだろう、あの暴徒」

「自分たちを“カグツチ”と名乗っていたのは、吾輩ハッキリ聞いたである」

「“カグツチ”……」


 ラックは聞き覚えがある様子で繰り返した。ヴァイは尋ねる。


「ラックは何か知ってんのか?」

「僕の記憶が正しければ、“日本”の神話に登場する神の名前だ。

確か炎の神で、産まれた時母であるイザナミを焼き殺してしまい、怒ったイザナギに殺される……という話があったはずだ」

「ふーん……それは知らなかった」


 ヒカルは話半分に聞き流しながら相槌を打った。

 その時、“迷宮”に1人の王国兵士が走り入って来た。


「やっべ、隠れなきゃ」


 ヴァイはこそこそとラックの陰に隠れた。

 王国兵士は大きな声を張り上げた。


「伝令!伝令である!」

「何事か?」

「“炎の儀”は予定通り日暮から執り行われることが決定した。故、こちらを訪れているというヴァイ王子殿下の所在を確認しに来た次第である!」

「ヴァイ王子はさきほど“迷宮”からお出になったのは確認しましたが、その後は……

ご覧の通り、暴徒が荒らした後片付けに追われておりまして」

「了解したである!見かけ次第、即刻王宮にお戻りになるようお伝えください!」


 ヴァイは陰に隠れながらヒカルの袖を引き、“迷宮”の外へそろそろと抜け出した。


「行かなくて良いのかい、ヴァイ」

「もともと好きじゃねーし、そういう気分じゃない。

そうだ、山を少し登った所に空き地がある。そこで一旦休憩しようぜ」


 ヴァイは街を見回して言った。襲撃から時間が経ち、人通りが戻り始めてはいたが、まばらな人の間ではヴァイが王宮の人間に見つからず寛ぐ事は難しそうだった。

 ヒカルも祭りを楽しみ続ける気分にはなれず、ヴァイの意見に賛同した。


 山の空き地にたどり着く頃には日が傾き始めていた。

 空き地はスポーツを楽しむことができるほどの広さがあったが、人は誰もいない。


「一般人が休日に魔法の練習をしに来るぐらいしか使われない空き地だ。今回の祭で穴場になると思って、道を調べておいて正解だった」


 ヴァイは自慢げに言う。


「こんなとこなら流石に探しにこないだろう。そろそろ儀式も始まる頃合いだし」

「今更だけど本当に儀式抜け出してよかったの、ヴァイ?」


 ラックが恐る恐る尋ねた。


「後で絶対怒られると思うけど」

「儀式に詳しいラックが想定できる最悪が“怒られる”ことなら大丈夫だな」


 ヴァイは平然と答える。


「俺があそこにいる理由はただ突っ立ってるだけで、特に儀式で必要ってワケじゃない。

居なくたって構わないなら、行く必要はない」

「そこまで言うなら……まぁいっか」

「んなことより、ほら、始まるみたいだぜ」


 ヒカルが湖の方を眺めれば、中央の火山から光の帯がまるで噴火のように空に向かって伸びている光景が見える。

 光の帯は空で花開き、無数の流れ星となって地上に降り注ぐ。

 光が地上に落ちる前に、街の上空に魔法の輪が作り上げられる。それは、王宮お抱えの一流の魔法使いである“賢者”達が描く魔法陣だった。

 街の上空を埋め尽くすように色とりどりの魔法陣が広がる様は巨大な曼荼羅(まんだら)のようだ。


「うわあ……すごい」


 カラレスは目をキラキラさせて上空を見上げる。

 ちょうど山際に日が沈み、夜の帳が下りかけている空に、光の流れ星は幻想的に映える。


 ヒカルは、夕焼けから1つの記憶を回想する。


 空は、茜色に染まっていた。

 沈む夕日がコンクリート造りの街を照らし、紫がかった雲をオレンジ色に塗る。

 吹き寄せる風には夜の冷たさが混ざっていた。

 視界下、十数メートルの距離に、アスファルトの地面が見える。


 そうだ。

 自分は、死んだのだ。

 ビルから落ちて、地に身を打ちつけて。


 異常なほどにヒカルは納得していた。混乱もなく、錯乱もない。淡々と、事実として、その記憶を受け入れていた。

 同時に、“転生秘法”が何であるのかを理解した。


 魔法とは、術者の想像を形にするものだ。術者が想像した物、経験した物……“知って”いる物しか作れない。

 異世界から転生した者が、1人1種しか使えない魔法。

 1人につき、1回しか経験したことのない物事。

 即ちーーー死の再現。それが、“転生秘法”。


 理論立った仮説にたどり着くとともに、ヒカルはこれの答え合わせをすることは不可能であることを悟った。

 “学園”は記憶の改竄、隠蔽を試みていた。ヤマがやたらと“転生秘法”を使わせたがらなかったのは“転生秘法”の真実に気付かせないためだろう。

 前世の記憶のあらかたは思い出せたが、まだ重要な部分は覆われ、隠されているとヒカルは感じる。また、“死”から学園の教室に入る瞬間までの記憶は相変わらず途切れている。


 学園の関係者……特にヤマは信用が置けない。

 誰が信頼できるのか、それを確かめなければ。


 目の前の幻想的な景色すら、ヒカルの目には入ってこない。

 空を見上げつつも、ヒカルの頭の中は隣人すら信用できない疑心で敷き詰められていた。


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