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“凍”

9/12

「転生秘法が使えるってことは……お前も転生者か!?」

「どちらかと言えば不正解かな」


 ペインは愛おしそうに左手に刺さった刀を見る。


「僕自身の出自はこの世界だ。“異世界”ではない。

後天的に異世界人の記憶を移植し、転生秘法を扱えるようになったんだ」


 素晴らしいだろう?とペインは言う。ヒカルには肯定も否定もし難かった。


「僕の転生秘法は(ペイン)

刃が触れた相手に、自身が味わったのと同じ痛みを与える。肉体にダメージは与えられない。

主な利用の仕方は、幻覚痛をもって気絶させることだけど、痛みの記憶をたぐることで相手が人生で最も苦痛に感じた瞬間を覗き見ることもできる」

「カラレスにやったのはそれか……!」

「ああ。彼女は彼女で良い地獄を持っていた」


 ペインは舌なめずりをする。


「瞬間的な痛みは低めだが、年月もわからなくなるほど長引く絶望はなかなか味わえない」

「外道が……!」

「……さて、こうやって時間稼ぎを狙ってみたものの、この転生秘法は時間経過では解除されないみたいだね」


 ペインはやれやれと首を振りーーーカッと目を見開いた。


「是非教えてほしい。その絶望の源をーー!」

「避けろヒカル!」


 ヴァイの言葉は間に合わない。

 一瞬で距離を詰めたペインは、刀を振り下ろした。

 ヒカルは後ろに飛び退き刀を避ける。しかし、ほんの僅か、表皮をかする程度に刃は当たってしまう。


「ーーーーっ!」


 全身を滅多刺しに刺されたかのような激痛がヒカルを襲う。ヒカルは転生秘法を保てなくなり、重力逆転が元に戻る。

 ドサリと倒れ込むヒカル。難着陸するヴァイ達。

 ペインは猫のように着地すると、苦しみ油汗を流すヒカルを見下ろした。


「今君に流し込んだのは、かつての“(ペイン)”所持者が異世界で絶命する時の記憶だ。

僕も今共に味わっているが、最高に唆る痛みだとは思わないかい?」


 ヒカルは目の前が白黒と点滅するように感じた。実際の身体は何も傷付いていないのに、神経を走る情報は致命傷を告げ、本能が行動を阻む。

 許容を超えた幻肢痛に脳が処理を拒絶し、頭がぼんやりとかすみさえし始める。


「次は君の分を思い出させてあげよう」


 ペインは動きを止めたヒカルに狙いを定める。

 だが、ペインが斬りかかる前にヴァイが割り込んだ。


「俺を騙すならまだしも、ヒカルを傷付けるなんて許せねぇ!」

「ヴァイ君に用はないんだけどなぁ」


 実に無気力に、ペインは刀を振った。ヴァイは魔力剣で受け止めようとしたが、刀は剣を煙のように貫通し、ヴァイの腕を斬った。


「ぐあっ!!」


 途端ヴァイは顔を歪め、膝をつく。ペインはぐりぐりとヴァイの中を抉るように刀を回した。


「相変わらず非凡な絶望ではあるが、それだけだ。

多少経験が加わったとはいえ、40年前と味わいに差はないーーーもっとも、あの時が君の人生の中で最も深い絶望に位置するのは仕方ない事ではあるか」


 興味を失ったペインは刀を引き抜き、ヒカルに目標を定める。


「まったく、獲物が多いのも考えようだ」

「ええ、その通り」


 イチゴが間に割って入った。

 息も絶え絶えなヴァイが静止する。


「やめとけ、下手すりゃ、死ぬ」

「時間稼ぎの肉壁にはなるでしょう」


 ペインは左手を伸ばす。イチゴは避けもせず受け止めた。首筋に刺さる刀をものともせず、イチゴはペインを見据える。


「……チェッ、タイト国の人間か。

痛覚遮断が無くとも、君たちは痛みに鈍い。

絶望も痛みも無いに等しい……味気ないものだ」


 イチゴは震え汗の滲む手で、黒い刀身を掴む。


「何のつもりかな」

「言ったはずです。時間稼ぎだとーーー」


 その時、イチゴは違和感に気づいた。身体を斬り裂かれる痛みの中で、自身の知らない記憶の存在を感じたのだ。彼女はタイト国での“祝福”を受けた身故に記憶力が良い。物忘れなど1つもないと言っていいだろう。それなのに、彼女自身の知らない記憶がある。

 イチゴはより強く刀身を握りしめ、その記憶の断片に意識を集中させた。


「……この記憶、いえ、この光景は!」

「おおっと、これはマズい奴だ」


 イチゴと共に同じ記憶を見たペインは、すぐさま刀を引っこ抜いた。


「あなたの正式名称は6917・886・26・タイト。

282年に起きたタイト国唯一の犯罪、国立研究所襲撃事件で死亡した被験者のはずです」

「やぁれやれ。父さんに怒られちゃうな」

「父さん?

あなたの産みの親は既に死亡していますが」

「血縁関係だけが親子じゃないだろう?」


 イチゴはいくつかの魔法を辺りにばら撒き、ペインに応戦する。ペインはそれを刀で斬り無効化する。

 肉体的には傷を与えられない刀では致命傷を与えられず、一方斬られるだけで無効化される魔法では決定打にはならなかった。

 互いにこう着状態が続く中、ヒカルは動けないヴァイとカラレスを隅に引っ張った。


「悪い、手間かけさせた」

「そういえばロアは……?シトリと王もいない」

「ロアは2人を王宮の廊下の方に逃しに行った。

そのための時間稼ぎだ」

「なるほど……」


 イチゴとペインは相変わらずここぞという一手に欠けたまま戦いを続けている。

 その時、一陣の風が吹いた。


「ペイン。この知識欲に溺れたろくでなし。

目標は既に逃走を果たしました」


 どこからともなく青い仮面を被った人間が現れた。その両腕に手はなく、肘から先に金属の棒が1本生えているだけだった。


「新手か!?」

「外野は黙っていなさい。

(フリーズ)


 青い仮面が呟くと、腕の金属の棒に氷の塊が凝固する。それは巨大な腕に見えた。

 巨大な腕が振り下ろされると辺り一面が凍りつく。


「クソッ、こんな時に厄介な……!」


 初めて氷の魔法を使おうとした時と同じだ、とヒカルは思い、魔法無効化の短剣を手に取る。

 ヴァイ達が短剣を刺した時、一部分の氷が消えたはずだ、とヒカルは足元を固める氷に短剣を刺す。

 しかし。


「っ!?」


 パキン、と鋭い音がして、短剣は根本から割れた。


「無駄だよ。フリーズの扱う氷は“転生秘法”によって生み出されている。魔法の氷とは違う、ただまとわりつかせるだけじゃない。物質自体をその場に固着させる」

「だから僕が王と王女を凍らせればよかったんだ。そうすれば、儀式を執り行うことも叶わなかったろうに」

「まあまあ。今回は顔見せ。本気じゃないって話だったでしょ」


 フリーズは呆れた様子でやれやれと首を振った。青い仮面が揺れる。


「折角あの扉をこっそり通れるよう、そこの王子の血を保存しておいてあげたというのに。無駄骨じゃあないか」


 フリーズは氷の破片を手のひらの上で転がした。芯の部分で誰かの血が凍っているのが見える。


「いいや、無駄にはなるまいさ。

“転生者”は大事にしろって、父さんが言っていただろう」

「ほう。ただの知識欲ではないと」

「当たり前だよ。計画が潰れた以上、折角来たからにはお土産が欲しいじゃないか」


 ペインは動けないヒカルを見据えた。

 このままではやばい、とヒカルは直感する。


(グラビティ)!」


 ヒカルは自身ができる最善手を行う。しかし、1度見破られた術ではそう簡単にいかない。

 ペイン達は天井になった床を、一歩一歩足を凍らせながら歩む。


「君にとっても、そう悪い話じゃあないはずだ」

「何を……!」


 ヒカルは無我夢中でもがく。


「っ、(グラビティ)!」


 何度目かわからない転生秘法を発動させ、今度は、壁側を(・・・)地面にする。グラビティの発動中、ヒカルの動きを阻んでいた特殊な氷は脆くなり、ヒカルは氷を叩き壊して脱出する。


「うわっと!?」


 垂直になった地面を歩く想定はしていなかったフリーズは、バランスを崩して転げ落ちる。

 だが、ペインは場の変化にいち早く対応した。滑り落ちる瓦礫を乗り越え、ヒカルの元へと迫る。


「アイス・アロー!」


 ヒカルはペインに向けて呪文を叫ぶ。

 しかし。


「覚えておくと良い。

転生秘法と魔法は相性が悪いんだ」


 簡単に使えていた氷の刃は、形が定まる前に爆散し、光の破片になって消えていった。

 ペインはにっこりと微笑み、その左手の甲から伸びる黒い刃でヒカルを切り裂いた。


 ヒカルの脳内に、転生前の走馬灯ーーーそう、正しく走馬灯そのものが流れる。

明日は1時間あけて2話投稿します

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