“賢者”
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洞窟は、完全に凍りついていた。天井と床を多くの氷柱が繋ぎ、淡い水色の光を薄らと放っている。
「ヴァ…ヴァイ?
ロア?」
ヒカルは立ち上がり、辺りを見回した。ヒカルの足元だけは円形状に土と石の床が残っていた。
ヒカルの問いかけに、誰も答えない。冷たい空気だけが流れる。
と、ガシャン、というガラスが割れるような音が響く。
「ヴァイ?」
「ヒカル君、無事だったんだね!」
答えたのはロアだった。
服の裾が飲み込まれた氷柱に、ロアは介錯用のナイフを突き刺した。溶けるように氷柱が消え、ロアはどうにか解放される。
ヴァイは上半身だけが氷柱から出ていた。足元は完全に氷柱に埋もれ、動けなくなっている。
「ご、ごめんなさい!
うまくいくと思ったんです…!」
「次からは相談してからやって欲しいかな……
っ、伏せて、ヒカル君!」
ヒカルが訳がわからないまま伏せると、頭の上を光線が通過していった。ヒカルの背後にある氷柱が溶ける。
「ガァァァァァア!!!」
「マズい…お怒りだ!」
咆哮が聞こえる方を見れば、オオトカゲが身を周囲の氷柱に打ち付け、自由になろうとしている所だった。まだ足は解放されていないが、時間の問題であるのは明らかだ。
オオトカゲは口を大きく開け、二発目の光線の準備をしている。
「ヤバっ!」
ロアとヒカルがかけより、ナイフでヴァイを閉じ込めた氷柱を溶かそうとする。しかし、氷の量が多過ぎてなかなかヴァイは抜け出せない。
そうこうする間に、オオトカゲの光線のチャージが完了した。
「まずい、逃げろ……!」
その時、ヒカルの知らない第三者の声がした。くたびれた、大人の声だ。
「だから、力を持ったガキは手に余る」
オオトカゲは光線を吐き出す。しかし、光線は光の大盾で防がれた。
ヒカルは振り返った。
洞窟の道のうちの1つから、ヒョロ長い人影がカツカツと足音を立てて歩いてくる。
「マジック・エンド」
ヒョロ長い人影は左手を床にかざして言う。
すると、ヒカル達の周囲の氷が溶け消えた。
「あなたは……ウィローさん!」
「チッ……」
ロアにウィローと呼ばれた男は、舌打ちをし、ヒカル達を睨む。ヒカルは並々ならぬ敵意をウィローから感じた。
「さっさと失せろ、未熟者共が!」
「なんだと、テメエ……!?」
「ヴァイ、今は争ってる場合じゃないでしょ!」
「ガ……ガァァァァァアアアア!!」
突然、オオトカゲは身をねじり、苦しみだした。光線は弱まり、代わりに口から血を溢れさせた。
「ガフッ、ガァア……!」
「ウィンド!」
ロアが叫ぶと、オオトカゲは風で洞窟の奥に飛ばされる。続いてガラガラ、ガッシャン、という音が聞こえて来る。どうやら足を踏み外して落ちたようだった。
「やれやれ。出来損ないが揃いも揃ってこんな所に遠足かい?
いっそアレに踏み潰されれば、魔物としてそれなりに強くなれたかもしれないね」
ヴァイが激昂し、殴りかかろうとしたのをロアが羽交い締めに止めた。
「ウィロー、あなた何をしに来たの?
こんな上層、あなたみたいな“賢者”が来る場所じゃないはずよ」
「アレを追ってきたんだ」
ウィローは肩をすくめ、オオトカゲが落ちていった洞窟の奥を示した。
それから、オオトカゲが吐いた血溜まりに近づいていく。
「おい、それは俺達の戦利品のはずだ、だってあいつと一番戦ったのは俺達だろう!」
「ハッ、この戦闘でどうして生き残れたのか、よくよく考える事だ」
「お前の手助けが無くたって……!」
ウィローが手をかざすと、地に散らばった血液が宙に浮かび、小瓶の中に注ぎ込まれていく。
周囲に血が一滴も散っていないことを確認してから、ウィローは小瓶のフタを閉めた。
「フン、屁理屈は大人になってから言うんだな」
ヒカルはヴァイが物凄い形相でウィローを睨むのを見た。
ウィローはそんな睨みも気にしない様子で、オオトカゲが消えた洞窟の奥に歩いていった。
「畜生!」
「ご……ごめんなさい、僕のせいだ」
「……謝らなくていい」
「魔法の範囲を間違えるのなんて、誰にでもあるミスだよ。気にしなくていい。
ただ……次からは新しく魔法を使おうと思ったら、あらかじめ言っておいてね」
「……はい」
沈黙の後、ロアは曖昧に笑って言った。
「そろそろ……探索もひと段落、って感じじゃない?
明日も授業があるし、今日のところはここで帰ろうよ」
「ああ……そうだな」
ヒカルにも、反対する理由は無かった。
帰り道、ヒカルはヴァイから離れ、こっそりとロアに話しかける。
「ウィローさんって、何者なんですか?」
「……ファイヤ王国が誇る、最高の魔法使い……“賢者”の1人。
本当はあんなトゲトゲした人じゃないんだけど……去年、愛娘がこのダンジョンに入ったっきり行方不明になっちゃってさ」
「あんなヤツ、“賢者”なんて呼ぶのも腹立たしい。あんなのに“賢者”の座が汚されるぐらいなら、俺が“賢者”になってやる」
コソコソ話はヴァイにも聞こえていた様子だった。
「また始まった」
「また?」
「ヴァイは将来“賢者”になるって聞かないんだ」
「不可能な話じゃないだろ」
「とは言ってもさぁ」
「“Z組”の生徒なら、魔力量に心配は無いし…とにかく、あんな不届きなヤローが国最高の魔法使いを気取ってんのが理解できねぇ。
“賢者”ってのは、国の皆の為に才を使う、最高の魔法使いに贈られる称号のはずなのに」
ヴァイは負に落ちない様子で足元の石を蹴り飛ばした。
「まぁまぁ……さっきだって守ってもらったろ?」
「……どうだか。あのまま防がなかったらウィローのヤツも消し飛ぶ場面だったかもしれないぜ」
「……確かにそうかも」
そんな話をしている間に、一行は入り口カウンターに戻ってくる。
「おお、お帰り。身体は五体満足かい?」
「ああ……まぁ、いろいろあったけど、無事だよ」
ヴァイはまだ動揺を隠し切れていない。余程ウィローに腹が立っているようだ。
「これ、換金お願いできるかな?」
「ガッテンだ」
ロアが、蜘蛛の内臓と狼の毛皮をカウンターに置く。女主人が鑑定する中、ロアは掲示板に貼り出されたパーティ表の1枚を示す。
「あれが、ウィローの愛娘。【マリー・ゴールド】。
まだ帰還していないけど、死亡も確認できてないから、掲示板から剥がされていないんだ」
言われて見ると、【マリー・ゴールド】のパーティ表は古ぼけている。
「マリー・ゴールド。当時17歳。
魔法使いとしては平凡な方だけど、誰より熱意とやる気、根気を持った女の子。学園の生徒で、一昨年の学園高等部では首席も取ったような子。
“賢者”をやってる父親のようになりたくて、この“迷宮”に挑んだ、それが最後の目撃だ」
「おや、なんだい。マリーの捜索に興味があるのかな」
「ううん、残念ながら…。
探索していたらウィローに会ってね。こういう背景があるって事を知ることも大事じゃん」
「まぁ…そうだねぇ。
あの人の最近の口癖は『子を愛さない親なんていない』だっけ?
それで毎日毎日“迷宮”に挑むんだから、ご苦労様だよ」
ヒカルは、急に「ウィローの鼻を明かしてやひたい」と思った。ヒカル自身、何故そう思うのかは理解できなかった。ただ、ウィローを酷く傲慢な大人だと、魂の底で認識した。
「……行方不明者の探索って、何か申請とか必要なのかな?」
素材の鑑定が済んだ女主人が、会話に加わってきた。
「まさか、マリーを探しに行くつもりかい?」
「……少し、興味を持ったので」
「ふぅん……まぁいいや。もしかしたら偶然手がかり見つけるかもしれないし、教えとくよ。
行方不明者の帰還条件は3つ。
1つ目は、行方不明者の身につけていた杖、または衣服などの荷物が全体の2/3以上発見されること。
2つ目は、行方不明者の遺骸が全体の3/5以上、または首が発見されること。
3つ目は、行方不明者当人が帰還すること」
「……1年以上前の行方不明者が生きていたことなんてあるんですか?」
「稀だけど、無いわけじゃない」
「20年以上囚われてた人が出てきたこともあったよ」
ロアの言葉は実感に溢れている。
流石は魔法がある世界だ、とヒカルは納得した。
「私としても、行方不明の子が見つかった方が嬉しい」
女店主は素材の代金をヒカルに渡しながら言った。
ヒカルは、明日から頑張るぞ、と決意を固めた。
「ああそうそう、伝え忘れてたんだけどさ、レキサさん」
「何?」
「なんでかはわかんないんだけど、1400年代の“固有種”オオトカゲが20年辺りの超上層まで来てたよ。
ウィローが追っかけていったから大丈夫だとは思うけど、今日一日閉鎖しといた方がいいと思う」
「あら、それ本当?
ありがとね、ロアさん」
一通り情報交換が終わり、ヒカル達は“迷宮”を後にする。
ヒカルが入り口の扉を閉める時、女店主は確かに呟いた。
「しっかし……1400年も前の“固有種”が上層に、なんて、珍しいこともあるものね」
賢者
国王が任命し直轄する組織の名称。
一般人では手がつけられなくなった“固有種”の討伐や“迷宮”の探索などが主。
名前を公開している者と非公開の者がいる。
非番時は市民の悩み相談なども行なっており、よく「子供の憧れのヒーロー像」として扱われる。
“ニホン”で言う消防士に近いポジション。