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“圧”

6/12

「王子の準備整いました!」

「ご苦労」


 ヴァイはしょぼくれた顔で礼服を着せられ、扉の脇に立たされていた。


「“借りてきた猫”って言うんだっけ、ああいうの」

「後で意味を詳しく教えてほしいな。

こっちだとああいう様子は“高山に植えた花”って言う」

「花?」

「だいぶしおれてるだろ」

「たしかに」


 先程までの生き生きとした様子は今はもうどこにもない。退屈な授業を受ける学生のような、魂の抜けた顔でかろうじて立っている。


「あんな態度でいいの?」

「形式上居ればそれでいいらしいから」

「形式上……なら居なくてもいいんじゃないか?」

「まぁそう都合よくいかないものだよ」


 ヴァイがサボろうとした理由をヒカルは察した。


「お!あれはシトリではあるまいか?」


 儀式の予行練習は順調に進み、国王とシトリがゆったりと歩いてくる。

 王は火のついた杖を持っている。


「あれは儀式のたび神から受け継ぐ炎だよ。今持っているのはレプリカだろうけど」


 ラックが詳しく説明する。


「毎回の儀式のたび、薪を捧げ、代わりに炎を受け取るんだ。シトリが薪を持っているだろう?」

「そのような意味があるのであるか……興味深いである」


 カラレスは見学席から身を乗り出して観察する。

 王とシトリが大扉の前に到着すると、王は長々とした話を始める。ヒカルは半分も理解できなかったが、それが祝詞のようなものであることは悟った。


「この後はどうなるのであるか?」

「王の口上が終わったら、大扉の中に入る。

ま、今は予行練習だから、祭壇前の大廊下までしか行かないだろうけど」


 ヒカルは、へぇ、と呟いた。ヴァイの身を心配してついてしたはいいものの、徐々に退屈さが優ってきていた。


「口上長いなぁ」

「これでも結構中略されてる」

「ええっ、そんなぁ」

「本番だとこれの何倍もあるよ」

「卒業式の来賓の言葉みたいだ……」

「?」

「なんでもない」


 これでは逃げようとするのも無理もない。

 ヒカルは心の底からヴァイを可哀想にと思った。


「扉が開くぞ!」


 祝詞を終えた王とシトリは2人だけで大扉の向こうに歩いて行く。

 主役2人不在の間の幕間劇のために、踊り子達が大扉の前で優雅な舞を始めた。ヴァイは死んだ目でそれを見ている。

 その時、大きな音と共に地響きが起きた。


「何だ…?」

「花火を上げるには早すぎる」

「魔法班の暴発か?」


 想定外の事態に、予行を見学していた民衆達はざわざわと顔を見合わせる。


「王子!?」


 喧騒の中で、一際大きく声が響く。見れば、ヴァイは重たい装飾品をその場に置き、駆け出していた。混乱に乗じたため、誰も追えないのをいいことに逃走に成功している。


「僕たちも行こう!」


 ヒカルも合流を試み、大きな音がした方へと駆ける。

 向かっている間にもまた大きな音と地響きがする。


「これは祭りでは普通のこと!?」

「んなワケあるか!」


 音の震源地は王宮正面の玄関ホールだった。

 既に多くの兵士が駆けつけており、1人の侵入者に向けて武器を突きつけている。

 侵入者は緑色の仮面を身につけていて、口元以外の顔は見えない。ヒカルにはその仮面はオペラマスクに近い造形に見えた。


「ケッケッケ。

揃いも揃って間抜け面よのぅ」


 侵入者はニタリと笑った。

 無造作に右足を上げる。

 右足は金属製の義足のようだが、まるで固まりかけかのように形が定まらない。


「……!」


 瞬間、ヴァイがヒカルの身体を突き飛ばした。

 コンマ数秒後、ヴァイとヒカルが立っていた床に、蹴り飛ばされた兵士が叩きつけられる。

 硬い金属製の鎧が、アルミ缶のようにひしゃげている。


「あれは何の魔法だ!?」

「わかりません!応援を呼ばなければーーーギャアッ!」


 動揺する兵士たちは対処を決めかねている間に吹き飛ばされる。

 金属製の足は限界なく伸び、それでいて破壊力は何にも劣らない。

 侵入者の左足は一歩も進んでいないというのに、兵士の半数は既に地に伏していた。


「蹴りがいのない奴らよ」


 1人の兵士が光る盾の魔法を使う。しかし、侵入者はお構いなしに盾の上から兵士を蹴り飛ばす。

 足は盾をまるで存在しないかのように簡単に貫通し、兵士の鎧に足跡をつけた。


「何者だ!何しにここに来た!」


 ヴァイは杖を構えて言った。


「我が名は“プレス”。肥大する王権に正義の鉄槌を下す革命軍!その名もーー」


 セリフを言い終わらない内に右足が伸びる。ヴァイは横に転がり攻撃を避けた。

 その間に、プレスは懐から1枚の紙切れを取り出す。


「えー、革命軍、革命軍の……そう、“カグツチ”だ!」


 プレスはカンペを見ながら仰々しいポーズをとった。


「ここに来たのは宣戦布告!

我らは手段を選ばない!国家が転覆する様を、指を加えて見ているがいい!

ケーッケッケッケ!」


 芝居がかった嗤い声をホールいっぱいに響かせた。

 好機と見たヴァイは地を蹴り、音もなく距離を詰める。プレスに背後から肉薄し、杖で殴ろうと振りかぶる。


「はい、残念!」


 プレスは無造作に右足で足踏みをする。

 すると、ヴァイは空気(・・)に圧し潰され、膝を床につける。


「ぐ……う……!?」

「頑張るねぇ。でも無駄なのダ!」


 プレスは再び足踏みをする。ヴァイを圧す力は更に強くなり、ヴァイは耐え切れずに5体を地に伏せた。息もままならない状態だ。それでも逃げ出そうと、腕を動かそうとしている。


「よく見ればキミ、不出来王子のヴァイ君じゃない?

誰も殺すなって言われたけど、王家なら殺しても許してくれるよね!」

「やめろ!」


 これ以上はヴァイの身が危ないと、ヒカルは前に飛び出した。プレスが次の行動に移る前に、素早く呪文を唱える。


「“(グラビティ)”!」


 天地が逆転し、数メートル上の天井に向けてその場にあった全てが落ちる。

 落ちる物の中には、瓦礫、倒れた兵士、そしてヴァイの姿もあった。

 ヒカルは無我夢中で動けないヴァイを掴み、着地の衝撃を和らげる。


「ヴァイ、大丈夫か!?」

「どうにか……」


 ヴァイは咳き込みながら立ち上がった。


「いやー、いいものだ。かけがえない友情ってヤツかい?」


 すぐ側で声がする。

 逆さまになったプレスが、2人を上から見下ろしていた。右足の裏は天井に張り付いたままで、伸縮する足がまるで蜘蛛の糸のように伸びている。


「!」


 ヒカルは氷の刃を放った。プレスはそれを足を縮めて回避する。

 プレスはにやにや笑って言う。


「まさかこんな所で出くわすとは思っていなかったよ。

計画変更だ」


 天井に張り付いていた足が、パッと外れる。プレスは落下中に身を翻し、金属の足で床を蹴り貫く。


「また会おう諸君!」


 床に空いた穴に落ち、プレスの姿は消える。慌ててヒカルがフチに駆けつけると、床穴の外は青空が広がっていた。

 空に落ちたプレスは、どこまでも伸びる足を使って器用に逃げていった。


「クソッ、逃した」


 ヒカルは追いかけるのは不可能と判断した。発動していた転生秘法を解除する。


「うわっと!?」


 想定外のタイミングで天地がひっくり返り、ヴァイは不格好に落下する。ヒカルはそれを受け止めた。しかし、周りで倒れていた兵士たちは2度目の落下の衝撃を受けた。


「魔法を解くなら事前に言ってくれよな?」

「ごめん」


 ヴァイが身体についた埃を払っていると、遅れて駆けつけた増援の足音が響いてくる。


「これは何事だ!?」


 玄関ホールは地面にも柱にも足跡型の凹みがついていて、天井には大きな穴が空き青空が覗いていた。おまけに、兵士達は息も絶え絶えな様子で地に伏せている。


「あー……これは、えっと……」

「侵入者にやられました」


 言い淀むヴァイの代わりに、ヒカルが答えた。

 自分だけ無傷なのも不自然かと思い、痛そうに腕をさする。


「緑の仮面を被った、よく伸びる義足をした奴でした。天井に穴を開けて、そこから逃げて行きました」

「了解した!」


 その場の処理は兵士達に任せ、ヒカルとヴァイは儀式の間に戻る。


「転生秘法ってやつ、使い所気をつけないとマズいな」

「そうだね、受け身取れなかったら大怪我だったろうし」

「……俺はまぁいいんだけどさ」


 ヴァイは引っかかるものを感じながら、ヒカルに注意する。


「隠し札のことを知らないヤツ……さっきだったら兵士とかさ。ああいうのが巻き込まれたら、被害が出るだろう?」

「大丈夫だよ、ヴァイ。

きっとあのプレスとかいう侵入者のせいになってるさ」

「……。

ま、次から気をつければそれでいいな!」

「そうだね、次からは気をつけよう」


 当たり前かのように、何も気にしていない様子のヒカルを見て、ヴァイは呟く。


「……“大人”達は怪我させても気にしないんだな」

「何か言った?」

「いいや、なにも。

早くみんなのところに戻ろうぜ。きっと心配してる」


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