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ひづめの靴

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 大通り近くの広場が休憩所として解放されていて、人混みに疲れた者や軽食を手に入れた者が集まっていた。

 一同は端の石段に座り、疲れを癒した。

 手渡された何かの揚げ物をヒカルが食べていると、ラックが話しかけた。


「ヒカルのいた『ニホン』でも、こういうお祭りってあるんだろう?

どんな感じなんだ?」

「お祭りか……どうだったかな」


 ヒカルは異世界の祭りの様子を眺めて考えた。


「あんまり変わってない気がする」

「本当に!?」

「屋台があって、ジュース売ってる所とか揚げ物売ってる所があって……射的があって。

他になんかあったっけ」

「塔を建てて最上階で銅鑼を打ち鳴らす文化はもう廃れちゃったの?」

「塔……銅鑼……?」


 しばらく考え、ヒカルはようやく思い当たる物を思い出した。


「広場に臨時で建てる木製の舞台のこと?」

「そうそれ」

「まだ廃れてはいないよ」

「そっか!銅鑼は?」

「太鼓の間違いだと思う。まだあった……と思う」

「へぇー!」

「臨時で舞台を建てるのであるか?」


 会話をつまみ聞いたカラレスが興味を惹かれて尋ねた。


「どんな組み方をしているのか、記憶している所はあるだろうか」

「ごめん、そこまでは覚えてないや」

「無念……」


 カラレスはがっくりと肩を落とした。

 盛り上がる会話を垣間聞き、ロアはイチゴに同じ話題を振った。


「イチゴちゃんの国ではどんなお祭りがある?」

「収穫祭、建国祭、夏至祭……様々ある。雰囲気が近いのは収穫祭でしょうか。

主神パルフェクトスによってもたらされた穀物を尊び、供物を捧げる祭りですね」

「それって、子供がお面かぶるお祭り?」

「ご存知でしたか。女の子供には山羊の頭を模した仮面を、男の子供には山羊のひずめを模した靴を与え、主神パルフェクトスの御姿に似せ、悪神の誘惑から身を守る。そのような趣旨です」

「面白いお祭りだよね」

「主神パルフェクトスってのは2人いて、山羊頭の女性の姿と山羊足の男性の姿があるんだったっけ」


 ヒカルはありがちな風習だな、という雑な感想を抱いた。


「興味深い風習である。是非吾輩も仮面とひずめを付けてみたいのである」

「頭もひずめも山羊の姿は悪神テメブリスの象徴です。どちらかにしておくのが得策でしょう」

「ふぅむ、欲張りはいけないということであるな」


 あまり興味のない話題だった為ヒカルは揚げ物を咀嚼するのに専念する。その間、ラックはヴァイに提案をしていた。


「なあなあ。ヴァイが王様になったら、祭りの時は“ヤグラ”を建てることにしてよ」

「んな事王様が決められるわけないだろ?」

「いやいや、それぐらいできるって」

「できたら苦労しねぇよ……」


 ヴァイは深いため息をついて言った。


「この国の王様が出来んのは、議会の話を座って聞くこと、議決案を笑って肯定すること、たまに民衆を鼓舞するスピーチをすることだけだ。

それ以外、何もできやしない」


 その言葉には深い絶望がまとわりついている。


「じゃあ、議員を目指す……ことはできないのか、王族だから」

「議員だって、民衆の声に従うしか出来ないから大して変わらねぇけどな」

「ならどうしようもないじゃないか」

「どうしてもやりたいなら、民衆を味方につけるしかないだろう。どれほどその案が魅力的か、伝え広めるしかない」

「……難しそうだな……」


 ある種の悟りを開いたような口ぶりに、ヒカルはヴァイの苦労を察した。


「ヴァイはどんな案を広めたいと思っているの?」

「え?」

「何かを広めようと計画したことがあるんだろう?」

「あ……まぁ……」


 ヴァイは気まずそうに視線を泳がせた。


「なんだっけ。『子供の人権獲得計画』だっけ?」

「やめろそれ言うのは!」


 若気の至りの失敗を恥ずかしがる青年のようにヴァイはラックの言葉を遮ろうとする。しかし、ヒカルは完全に重要な部分を聞き取っていた。


「『子供の人権獲得計画』?」

「………」


 ヴァイは少し顔を赤くし、視線を合わせようとしない。


「馬鹿みたいだって思うだろ」

「ええっと……」


 ヒカルはこの世界には子供の人権がないことを改めて思いしらされる。


「……そんなことしなきゃいけないんだなって、思った。

“ニホン”じゃ……当たり前だったから」


 ヴァイは、馬鹿にされなかったことで気を取り直した。


「俺の目標は、この世界の子供みんなが“地球”の子供みたいに、1人の人間として扱われることだ」

「それは、難しそうだね」

「ああ。でも、俺は諦めない。“賢者”になって、周りの民が俺の言葉に耳を傾けてくれるようになればきっとうまくいく」


 ヴァイの口調には強い意志が宿っていた。


「“ニホン”がそんなに恵まれてたなんて、思わなかったな」

「大人は子供を絶対に学校に行かせるし、労働とかもさせないって話だろ?」

「労働って言っても、色々あるけど」

「酷いところだと地下探鉱に行かせたり、迷宮で肉壁にしたり」

「流石にそれは現代じゃ聞かないな」

「その辺は大袈裟な例だけど、朝から晩まで家事をやらせたりも珍しくないし」

「そうなんだ……それも“ニホン”では……

……あれ」


 ヒカルは言葉を続けようとして、途中で強烈な違和感を覚えた。


「どうしたの、ヒカル君?」


 ロアが尋ね、ヒカルは違和感について考え込んだ。

 ヒカルの中の何かが、ヴァイの言葉に頷くことを妨げていた。しかし、ヒカルには何が妨げているのか言語化することは難しかった。

 ただ、言葉が1つ、付いて出た。


「“ニホン”の子供は……幸福だったのかな」

「……?

幸福だった、ってどの本でも書いてあったぞ」

「昔から言うよね。産まれは異世界、大人は今世界が理想って」


 ロアは最年長らしく昔のことわざを披露する。

 ヒカルは思い直し、“ニホン”よりも断然この世界の子供の方が不憫だと考え直す。


「ごめん、なんか混乱してた。この世界の子供は不幸で不公平だ」

「ああ。比較せずとも、この世界は本当にどうしようもない……

なあ、ヒカルも将来“賢者”にならないか?」


 同じ目標を持つ同志であったため、ヒカルに断る理由はなかった。


「それも悪くない」

「お互い、早く“大人”になろうな」

「ああ……まずはそこからだね」


 “子供”の意見を伝えるにはまず“大人”にならなければならない、というのはとても矛盾しているな、とヒカルは思った。

 ヴァイは目標を共有できとても満足げにしていた。


「……えっ」


 しかし、突然視線を一点に止める。

 信じられない、という顔で唖然と立ちすくんでいる。


「どうした?」


 ヒカルはヴァイの視線を追った。祭りの人混みが混雑を増し、何か特定の注目できる物は無いように見える。

 ヴァイは慌てて持っていたジャンクフードの紙袋を隣のラックに手渡し、そそくさと雑踏に向かう。


「ちょっと俺行ってくる」

「何か見つけたの?」


 ヒカルもヴァイの後を追う。


「俺を助けてくれた“賢者”を見かけたんだーーー

あ、あれだ!」


 ヴァイが指さした先には、ローブを被った人影がいた。背には白い杖を背負っている。


「おおーい!」


 大きく手を振りながら近づくヴァイ。しかし、ローブの人物は雑踏の中に向かってしまう。

 瞬きをする間に姿は人混みに溶け込み、わからなくなった。


「むう、見失ったのであるな」


 後からついてきたカラレスが言った。


「残念……」

「ヴァイは何が為に追跡など試みるのか?」

「何で、って……ああ、カラレスにはまだ話してなかったか。

俺はあの“賢者”に命を救われたんだよ。

助けてくれた礼を言って……今元気にやってることを伝えて、貴方みたいな人間になることが目標だって宣言するんだ」


 発言力に固執するなら資産家でも良さそうだがそれでも“賢者”を目標に選んだのには、過去の経験も影響しているのだろうな、とヒカルは考察した。


「それより、あのローブの人物であるが…….靴を確認したであるか?」

「靴?」

「裾から覗き見えたである。吾輩の感性を刺激する、奇抜なデザインであった」


 カラレスはさらさらとメモに靴を描いてみせた。

 ヒールのついたブーツのようだが、1つ特徴的な部分がある。それはーー


「……靴裏が、何かの足みたいだ」


 厚底の爪先が2つに割れ、動物の足のようになっていた。ヒカルには知識がなく、それが何の足なのかはわからなかった。


「豚足?」

「いや、この形……山羊じゃねぇか?」


 答えたのはヴァイだった。


「野生の山羊を狩った時、こんな感じの足跡だった」

「ふうむ、言われてみれば、デフォルメを加えた山羊の(ひずめ)と思える。

その“賢者”とやらはイチゴの祖国、タイト国に(ゆかり)ある者ではあるまいか?」


 ヴァイは「タイト国」と聞き少し表情を曇らせたが、すぐに思い直す。


「たとえタイト国に縁あったとしても、あの“賢者”はいい人だ」

「ヴァイが言うのなら間違いないであるな」

「イチゴさんに聞けば何かわかったりしないかな」


 ヴァイはヒカルの提案を否定する。


「表舞台に名前が出てない人なのは前からわかってる。全常識を網羅しているイチゴも、非公開情報は知るはずない」

「なるほど」

「それに、靴の意匠が近いからといって、関わりがあると決めるのは早計だ。贔屓の靴屋がタイト国にあるかもしれないぜ」

「それも一理ある」


 カラレスはイラストの細部を整えながら、ヴァイに尋ねる。


「前会った時に気付かなかったのであるか?」

「頭を強く打ったらしくて、よく覚えてないんだ」

「おまけに40年前の出来事なんだろう?記憶が薄れていても仕方ないよ」

「そうそう、40年も前だから……って、ヒカルはよく細かい年数まで覚えてたな。

まだ1度ぐらいしかこの話してなかった気がするけど」

「祭りの開催周期と同じだなって、いつだったか気付いた」

「ああ……そういやあれは祭りの直前だったっけ……

助けてもくれないのに、祭りの儀式には強制参加で散々だったな……」


 思い出したくないこと思い出しちまったな、とヴァイは悩ましく頭を掻いた。


「……儀式というのはヴァイも参加するのであるか?」

「げっ」


 何気なく尋ねたカラレスにヴァイはやけにドッキリした顔をする。


「そういえば、シトリさんは何かの準備で朝からいなかったような……」


 あからさまに視線を逸らすヴァイに、ヒカルは確信する。


 予行練習サボったのか……


「さぁさぁさぁ。まだまだお祭りは見るところあるから」


 ヴァイは慌てて取りつくろうとしたが、間が悪いことにその瞬間丁度城の人間がヴァイを見つけた。


「ヴァイ王子!」

「げぇっ!」


 呼び止めたのは、礼服を着た初老の男性だった。怒り心頭の様子で、眉を吊り上げヴァイを睨んでいる。


「ええっと、これは、そのぉ」


 ヴァイはそろりそろりと逃げ出そうと後退りする。しかし、いざ走って逃げようとした瞬間、ヴァイの腕は瞬く間に男性に捕まれてしまう。


「うおおお助けてくれぇーー!人攫いー!」


 ヴァイの悲鳴が広場に響いた。

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