祭の大通り
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王都サピロスの風景は、数日で様変わりしていた。
街中に色とりどりの紙提灯と植物の穂を象った紙飾りが吊るされ、浮かれた非日常を演出している。
普段は人々や荷車が行き来する大通りは両脇に出店が立ち並び、普段以上の混雑を発生させていた。
「ここは的当ての屋台、その次はお土産屋さんかな?
奥に見えるのは輪投げ屋さんと……飲み物屋さんかな?」
ロアは屋台の看板を読み上げて言った。
かろうじてヒカルにも一部分読み取ることができ、果汁の飲み物を1瓶5銅貨で売っているのが理解できた。
「吾輩、飲み物を欲するである」
「お小遣いは足りてる?」
「保健室の“レイゾーコ”直したらお駄賃を頂けたのである」
「さっすがー」
カラレスはウキウキと屋台に向かって行った。
「飲み物1つ、所望するのである!」
「ああ?
……客か?」
店主はカラレスを訝しみの目で見た。
「如何にも。吾輩は客である!この通り、貨幣を所持している故!」
カラレスは銀貨を一枚手渡す。
店主は瓶を1本渡し、銅貨を1枚返した。
「ちょっと待ってください」
ヒカルは気付いた。
「?」
「ああ?なんか文句あんのか」
「はい」
店に掲げられた、看板を指さす。
「あの看板には、瓶1本につき銅貨5枚と書いてありますね」
「ああ……それがどうかしたか」
「おかしいとは思いませんか。銀貨1枚は銅貨10枚分のはずです。
カラレスは銀貨1枚を払い、銅貨5枚の価値の瓶を1本買った。なのにどうしてお釣りが銅貨1枚なんですか」
店主はチッと舌打ちし、銅貨を4枚追加する。
「気が変わらねえ内に持って行くんだな」
「……」
見下した態度にヒカルははらわたが煮えくりかえる気持ちだったが、何も言わず銅貨を奪い取って店を立ち去った。
カラレスは素直な尊敬の目でヒカルを見上げる。
「ヒカルは弁舌に優れているのであるな!」
「どうして何も文句を言わずに受け取ろうとしていたんですか?」
「む……?
支払いを済ませ、物品を受け取り、釣りを貰うのが買い物というものであろう?」
「お釣りが足りなかったじゃないか。カラレスは僕より文字が読めるだろう?」
「吾輩は計算は苦手である。
釣りが発生するのは理解できるであるが……足りなかったのであるか?」
「……ええっ!?」
ヒカルは目を見開いた。
「計算が苦手って……物を作る時にも計算はするだろう!?」
「物を作る時に計算?異世界ではそのような方法を取るのか……
吾輩の工作は全て目測である」
カラレスは当たり前のように言った。動揺するヒカルを見て、ロアが補足説明をする。
「そんなことできるの、この世界でもカラレスだけだよ。
計算についての本は読んだことないの?」
「記憶に存在せぬであるな……ダチュラがどの論文を写すのか、吾輩の意図は余り関与出来ぬものであった故」
「そんなんでよく工作が出来たな……」
「何度も作れば、形を創り出すのは容易い事である」
ヒカルは、カラレスがかつて工作室に使っていた地下室の周りにガラクタの山が築かれていた事を思い出した。
行き当たりばったりで作っている背景が簡単に想像できた。
「ダチュラ曰く、吾輩は要領というものに欠けているそうである」
「欠けているのは学習の機会だと思うよ」
「……ふむ、一考の価値有りである」
カラレスはそう言うと、買った飲み物をぐびぐびと飲み干した。
「ぷは!
これこそ、一生に一度は挑戦してみたかった娯楽!実際に体験すると至高の経験であるのが理解できる」
「カラレスが楽しそうでよかった!
イチゴも何か買い食いする?」
「いえ……目につくものはございませんので」
「そっか」
カラレスが美味しそうに飲む所を見て、ヒカルは自分もお腹が減ってきているのに気づいた。屋台を見回し、食べ物が売っていそうな所を探す。
すると、ある人集りを見つけた。ただでさえ人でごった返している大通りの中、1つの屋台の前に群衆が詰まっている。
「あれは何の店だろう」
ヒカルは人混みをかき分け、店に近付いた。
すると、少年の声に呼び止められる。
「おや、ヒカルも興味があるのかい?」
「ラック!こんなところで何してるんだ?」
「祭りをうろついていたら、ヴァイに捕まってね。今は彼を待っている所さ」
「ヴァイも一緒なのか。今どこに?」
ラックは人混みの中心になっている出店を示した。
大人の群衆の隙間から覗くと、ヴァイがおもちゃの銃を片手に的を射ているところが見えた。
屋台には動物を模した動く的があり、それを撃つゲームのようだ。
「おおー!射的であるか。吾輩も挑戦を希望するのである!」
追いついたカラレスが興奮気味に言う。
その間にも的を射抜くヴァイは、あっという間に的を全て撃ち抜いた。
「すげえなあのガキ」
「あのガキ確か、魔に魅入られた王子じゃなかったか?」
「迷宮に入り浸ってるので有名な、あの?」
群衆はざわざわと噂話をしている。ヒカルは
その様子がどこか退屈そうに見えた。
最高得点を取ったヴァイに、店主はアメを手渡した。
空いた店頭に、カラレスが飛び出る。
「次は吾輩が希望するである!」
「新しい挑戦者か!」
「“学園”のガキか」
「いいぞ、面白そうだ!」
カラレスの登場に、群衆の大人たちは盛り上がる。
「カラレスがいるってことは、もう授業終わったんだな」
ヴァイはカラレスにおもちゃの銃を手渡した。
カラレスは店主に銅貨を払い、金属片の弾丸を手に取る。
「目標、中央の熊!」
カラレスは照準を合わせ、引き金を引いた。
「……あれ?」
何度引き金を引いても、弾丸が発射される気配はない。カラレスは弾丸の装填忘れも確認するが、不具合はないようだ。
「不良品であるか?」
カラレスは発射装置を外側から確認する。
「さっきまで使われてたのに壊れるわけがないだろう」
店主の言葉に、群衆の中の1人が原因に気づいた。
「あのガキ、おもちゃの魔道具も使えないほど魔力がねーんじゃねえか?」
どっ、と笑いが沸いた。
「あははは、こいつは滑稽だ!」
「人間以下、家畜以下じゃねーか!」
「今の“学園”はこんなのを飼ってるのか」
カラレスはおもちゃの銃をぎゅっと握ったまま立ち尽くしている。
ヒカルはいますぐに群衆を吹き飛ばしてやりたい衝動に駆られた。その肩をラックが掴む。
「ダメだヒカル。“大人”に魔法や暴力を振るったら、最悪は縛り首だ」
「だからって……こいつら見過ごしていいのか!?」
「……そういうものなんだよ」
ヒカルは黙っていられなくて、群衆の最前をかき分け、店頭のスペースに出た。
「おい、新しい挑戦者だ!」
「いいぞいいぞ!」
「“学園”の質というのを見せてもらおうじゃあないか!」
ヒカルはなぜ大人達がこの射的屋に集中しているのか、なぜヴァイの時は退屈そうだったのか、理由がわかった。子供が失敗する様を馬鹿にして楽しんでいるのだ。全ての的を撃ったヴァイは、そういう観点ではつまらない。
「ヒカルも試行してみるであるか?吾輩にはこの魔道具を扱えない故、吾輩の試行分を譲るである」
カラレスから手渡された銃を構え、照準を合わせる。
ヒカルはめいいっぱい集中して、引き金を引いた。
ボン!という爆発音とともに、おもちゃの銃口から炎が噴き出る。しかし、弾丸はまたしても発射されなかった。
また、どっ、と笑い声が起こる。
「このっ……」
ヒカルは頭に血がのぼるのを感じた。
「落ち着け、ヒカル」
声をかけたのはヴァイだった。
「この魔道具は適度な魔力でないと動かない。ちょっと張り切り過ぎだ」
「あんなのがいて、落ち着いてなんかいられるわけないだろ!」
ヒカルは背後で囃し立てる群衆を示す。
「まあ、そうだな。
でも、ここで決められたらかっこいいぜ」
もう一度構えるヒカルに、ヴァイは声をかける。
「実戦だと思えばいい。落ち着いて、集中して、でも熱く!」
最後に、こっそりささやいた。
「的は、憎い“大人”の顔だと思うのがコツだぜ」
ヒカルは頷いた。群衆達の醜い顔1つ1つを、的に被せる。
ヒカルはここ1番の集中をみせ、引き金を引いた。
金属の弾丸は風を切って飛び、ぶつかった的を倒した。
「なんとっ!」
「すげー!」
カラレスとヴァイは盛り上がり、“大人”んお群衆達は盛り下がった。
ヒカルは次々に的を撃ち抜く。
的の数も残り3つとなったところで、群衆は店主に叫んだ。
「冗談じゃねえぞ店主!真面目にやりやがれ!」
「へ、へぇ、ただいま!」
店主は慌てて店裏に引っ込んだ。
ヒカルは気にしつつも、構わず引き金を引く。
すると、途中で風が吹き、煽られた弾丸はあらぬ方向に飛んだ。
「えっ!?」
群衆はここぞとばかりに盛り上がる。
「卑怯だぞ!」
ヴァイは声を荒げて店裏に向かう。
「さ、さあ、何のことでしょう」
店主がしどろもどろに答えるのを見て、ヒカルも理解する。途中で魔法か何かを使わせて、弾道を変えられたのだ。
手元にある弾丸の数は残り2個。
「全部撃つには、弾数が足りない」
「残念であるが、ヒカルは奮闘したと思うのある」
「……」
ヒカルは中ば意地で、どうしても勝ちたいと思った。
「カラレス。ヴァイ。1歩、後に下がってもらえるかな」
「それは構わないけど……どうするつもりだ?
風の魔法の妨害を止めなきゃ、どうにもならないぞ」
「問題ない、と思う」
ヒカルは先程よりもずっと集中し、一瞬に向けて精神を合わせる。
的に銃口を向け、引き金を引く。
風で弾丸がブレた瞬間を見計らい。
「転生秘法重!」
そう小声で呟いた。
屋台の中の風は消え、一瞬土埃が空に舞い上がり、的が数ミリ宙に浮いた。
弾が的に当たったのと時を同じくして、局地的な重力の反転は元に戻る。しかし、若干浮いた的は他の的より派手に弾かれ、他の的を巻き込んで倒れた。
「そんな馬鹿な……」
店主が唖然として倒れた的を見る。
ヒカルは誇らしい気持ちで振り返った。
「流石だなヒカル!」
「格別な技術である。如何なる角度で当てればあのような効果を得られるのであろうか?」
「それは企業秘密。ここでは話せないかな」
ヒカルは残った弾丸をつまみ上げる。
「ああ、弾は1発残ってしまいましたね。
どこか適当な所に撃っておきますか?」
「いや、いい。
ほら、賞品だ」
店主は不機嫌にアメ玉を1つ手渡した。
「少し難しかったけど、どうにかなるものだね」
ヒカルはそう言いながら、自分達を嗤った群衆達を見た。
しかし、その時には既に群衆達は解散し、大通りの人混みに紛れていなくなっていた。
「ちぇっ……」
「まったく、商売上がったりだ」
ヒカルと同じように、射的屋の店主も舌打ちした。
首を傾げるヒカルに、ヴァイが耳打ちする。
「あの店は、1ゲームごとに大人達から鑑賞料を貰ってんだ」
ヒカルは大きくため息をついた。
下手な奴が失敗するのを嘲笑う目的なのだろうことは簡単に想像できた。
「知れば知るほどこの世界が嫌いになっていくよ」
「ああ、全くだ」
射的が終わったのを見計らって、ロアとイチゴがやってきた。手には、駄菓子や飲み物がある。
「終わった?
食べ物買って来たから、ちょっと休憩しようよ!」
ヒカルはロアの意見に乗り、大通りを後にした。




