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記憶

1/12

 空は、茜色に染まっていた。

 沈む夕日がコンクリート造りの街を照らし、紫がかった雲をオレンジ色に塗る。

 吹き寄せる風には夜の冷たさが混ざっていた。


 視界下、十数メートルの距離に、アスファルトの地面が見える。


 どうしてこんなことに、という自責。

 どうにもならなかった、という諦観。

 それら全ては無価値な考えと切り捨てる冷酷。


 様々な感情で胸が詰まって、息をするのも苦しくなる。


 ここから落ちれば、全部楽になるんだ。


 頭をよぎるのは、そんな言葉。


 ただ、本能が邪魔をし、フェンスから手を離せない。


「もう……もう嫌なんだ!何もかも……!」


 そう叫ぶと、足は宙を蹴った。


 身体は重力に従い、


 下へ、


 下へ、


 下へ


 下




「ゔわぁぁああ!?」


 恐怖からか、自身の叫び声で起きたのか、ヒカルにはわからなかった。

 とにかく頭が混乱していて、心臓が早鐘を打っていた。

 足元がおぼつかないまま、寝間着のまま、ヒカルはわけもわからず廊下に飛び出す。


 ここにいてはいけない。


 錯乱する脳内で、唯一、まとまった思考はそう叫んでいた。


「ヒカル!どうした?」


 早朝の寮内に響き渡る騒音に、ヴァイも目を覚まし、部屋から飛び出た。廊下の壁に手を当てふらふら歩くヒカルの姿を見、ただごとでないと悟る。


「顔真っ青じゃねーか、何があった?」


 無理に歩こうとするヒカルを、ヴァイは止めようと手を掴む。ヒカルの手の甲は冷や汗で濡れていた。

 ヴァイの手を、ヒカルは叩き払う。


「離せ!ここから、ここから逃げないと……!」


 その時、女子部屋の方からロアがやってきた。手にはコップを持っている。


「どしたどしたー?」

「ああ、ロア!助けてくれ。ヒカルの様子がおかしいんだ」


 ロアはヒカルの様子を見て、コップを差し出す。


「とにかく、まずは落ち着いて。水をぐっと飲むといいよ」


 ヒカルは錯乱しながらも従順にコップの水を口にした。

 ヴァイはよしよしと肩を何度か叩く。そのどさくさにまぎれ、ロアはヒカルの肩に触れた。

 ぱちり、と火花が弾ける音がする。

 ロアは魔法が効いたか確かめるため、ヒカルに尋ねる。


「何か、悪い夢でも見たの?」

「夢……そうだ、何か夢を……」


 どんな夢だったのか、ヒカルにはもう思い出せなくなっていた。


「すごく嫌な夢を見たような……そんな気がするんだけど……」


 落ち着きを取り戻したヒカルは、徐々に恥ずかしさを覚えた。


「ご、ごめん。なんでもないのに、大騒ぎして」

「大丈夫だよ。俺とロアしか起きてないし」

「もう落ち着いた?」


 ヒカルは頷いた。


「うん、もう大丈夫みたいだ」

「そっか。それはよかった」


 ロアはにっこり微笑んで言った。


「まだ朝食まで時間あるけどどうする?

二度寝するか、魔法の練習するか、基礎体術練習するか、3択だ」

「うーん……また嫌な夢を見るのも嫌だから、魔法の練習をしようかな」

「いい案じゃん」


 ロアは楽しそうに言う。


「普通の魔法も使えるようになりたいし……転生秘法も極めてみたい」

「……そっかー」


 ロアの表情が曇ったことに、ヒカルとヴァイは気がつかなかった。


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