記憶
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空は、茜色に染まっていた。
沈む夕日がコンクリート造りの街を照らし、紫がかった雲をオレンジ色に塗る。
吹き寄せる風には夜の冷たさが混ざっていた。
視界下、十数メートルの距離に、アスファルトの地面が見える。
どうしてこんなことに、という自責。
どうにもならなかった、という諦観。
それら全ては無価値な考えと切り捨てる冷酷。
様々な感情で胸が詰まって、息をするのも苦しくなる。
ここから落ちれば、全部楽になるんだ。
頭をよぎるのは、そんな言葉。
ただ、本能が邪魔をし、フェンスから手を離せない。
「もう……もう嫌なんだ!何もかも……!」
そう叫ぶと、足は宙を蹴った。
身体は重力に従い、
下へ、
下へ、
下へ
下
「ゔわぁぁああ!?」
恐怖からか、自身の叫び声で起きたのか、ヒカルにはわからなかった。
とにかく頭が混乱していて、心臓が早鐘を打っていた。
足元がおぼつかないまま、寝間着のまま、ヒカルはわけもわからず廊下に飛び出す。
ここにいてはいけない。
錯乱する脳内で、唯一、まとまった思考はそう叫んでいた。
「ヒカル!どうした?」
早朝の寮内に響き渡る騒音に、ヴァイも目を覚まし、部屋から飛び出た。廊下の壁に手を当てふらふら歩くヒカルの姿を見、ただごとでないと悟る。
「顔真っ青じゃねーか、何があった?」
無理に歩こうとするヒカルを、ヴァイは止めようと手を掴む。ヒカルの手の甲は冷や汗で濡れていた。
ヴァイの手を、ヒカルは叩き払う。
「離せ!ここから、ここから逃げないと……!」
その時、女子部屋の方からロアがやってきた。手にはコップを持っている。
「どしたどしたー?」
「ああ、ロア!助けてくれ。ヒカルの様子がおかしいんだ」
ロアはヒカルの様子を見て、コップを差し出す。
「とにかく、まずは落ち着いて。水をぐっと飲むといいよ」
ヒカルは錯乱しながらも従順にコップの水を口にした。
ヴァイはよしよしと肩を何度か叩く。そのどさくさにまぎれ、ロアはヒカルの肩に触れた。
ぱちり、と火花が弾ける音がする。
ロアは魔法が効いたか確かめるため、ヒカルに尋ねる。
「何か、悪い夢でも見たの?」
「夢……そうだ、何か夢を……」
どんな夢だったのか、ヒカルにはもう思い出せなくなっていた。
「すごく嫌な夢を見たような……そんな気がするんだけど……」
落ち着きを取り戻したヒカルは、徐々に恥ずかしさを覚えた。
「ご、ごめん。なんでもないのに、大騒ぎして」
「大丈夫だよ。俺とロアしか起きてないし」
「もう落ち着いた?」
ヒカルは頷いた。
「うん、もう大丈夫みたいだ」
「そっか。それはよかった」
ロアはにっこり微笑んで言った。
「まだ朝食まで時間あるけどどうする?
二度寝するか、魔法の練習するか、基礎体術練習するか、3択だ」
「うーん……また嫌な夢を見るのも嫌だから、魔法の練習をしようかな」
「いい案じゃん」
ロアは楽しそうに言う。
「普通の魔法も使えるようになりたいし……転生秘法も極めてみたい」
「……そっかー」
ロアの表情が曇ったことに、ヒカルとヴァイは気がつかなかった。




