“大人”になった子供
10/10
「……本当に、行っちゃうのか」
数日後、正門前に積み上げられていくシュウの荷物を目にしてヒカルは言う。
「ええ。騎士学院の定員が空いていて幸いでした」
「すごいよね、1発で試験受かっちゃうなんて」
「俺の指導の賜物、だろ?」
ヴァイは冗談めかして言った。
「本当、助かりました。まさか魔法が一夜漬けで習得できるなんて」
「お前の素地も悪くはなかった、ってことだな」
シュウが素直に冗談を信じ込むとヴァイは恥ずかし混じりにシュウを褒め、励ます。
「向こうでも頑張れよ!」
「はい!」
シュウは荷物をまとめ終わったが、まだ出発の時間まで間があるようだった。
ロアが提案する。
「荷物運びのおじちゃんが来るまでまだ時間あるし、今のうちにお世話になった先生方に話とかしてきたら?
荷物は私たちが見てるよ」
「ありがとうございます!そうしてきます」
「迷子にならないようにな」
「校内探索の経験、ムダになっちゃいますからね!」
今度はヴァイの冗談が通じたようで、シュウもニヤリと笑って言った。
ヒカルとヴァイとロアの3人は、シュウが走り去るのを見送った。
「なぁ」
「何だ?」
「“羽化”って、本当に起きてるのか?
シュウは……本当に“大人”になったのか?」
ヒカルの目には、劇的な何かが起きたようには見えなかった。シュウは相変わらずシュウのままだった。
ただ、保健室の先生から“羽化”が起きたと宣告されて以来、シュウは“大人”として扱われるようになった。ここ数日でシュウは“大人”しか提出できない羽化後届けを出し、“大人”しか貰えない身分証明書を貰い、“大人”しか受けれない騎士学院の試験を受けた。
ヴァイは当たり前のことのように言う。
「保健のルマリが言うんだからそうなんだろう」
「でも、全然“大人”に見えない」
「数ヶ月で目に見えた変化が出るはずだよ。羽化後成長期っていうのがあって、そこで見た目が“大人”になる」
「そんなもんなのか」
この世界はやはりよくわからない、とヒカルは思う。
その時、数人の来訪者が正門を通った。船が到着したのだ。
「もし……もし、そこの子ら」
「俺達のことか?」
見れば、明らかに場違いな紳士と婦人が立っている。丁寧に作られた服は高価に見えたが、ヒカルには紳士と婦人には不釣り合いな高級さに見えた。
「その荷物、もしやシュウカ・イトランのものではないかね?」
「そうですが、どちら様ですか?」
「吾輩の名はデルフィニウム・イトラン。イトラン伯と聞けば聞き覚えがあるかもしれないが、ファイア国北方に領地を持つ者だ」
デルフィニウム・イトランは鼻につく態度で自己紹介をした。隣にいた女性も後に続く。
「私はデルフィニウムの妻にしてシュウカの母、ロベリア・イトランですの。
シュウカから“羽化”の報告があったから、祝福と家督の話をしに来たのですよ」
「家督……!?
そんなバカな、シュウは孤児院にいたはずだ!」
孤児院で事故に遭い、怪我を治すため、助けるために、ヒカル達が学園に連れてきた。
「あら、孤児院にいた頃からのお知り合いかしら。
シュウは我が家の自慢の次男坊でしたけれど……特に目立った才もなかったため、モウセゴ孤児院に修行に行かせたのですよ」
「お前……お前らは想像しなかったのか!?それでシュウがどんな酷い目に遭ったのか!」
ヒカルが戸惑いながら激昂するが、“大人”2人はてんで理解ができないと顔を見合わせた。
幼児を嗜めるようにロベリアが言う。
「当たり前ではありませんか。そうでなければ、成長というのは得られないものです」
愕然とするヒカルの前にヴァイが静かに割り込んだ。
「それで。シュウが“羽化”したから家を継がせる話をしに来たのか。
次男って言ったが、兄はまだ“羽化”が来ていないとかそういうところか」
「常識がわかる小僧もいるじゃないか。ああ、そんな所だ。
我がイトラン家を更に栄えさせるためには、当主が愚かな“子供”では困るのだよ」
「荷物があるということは、シュウカはこの辺りにいるのかしら」
「ええ、いますよ」
ヒカルは咄嗟に答えていた。
「ここの近くに“迷宮”がありましてね、船がなかなか来ないからって、最後にちょっとだけ、って行ってしまいました」
「あら、まあ」
「まだ感性は“子供”のままか。手を焼かせる」
“大人”2人は足元の悪い森の道を歩いて行ってしまった。
「ヒカル……いいの?あんな嘘ついて。絶対怒られるよ」
「なんか、我慢できなくて」
「止めなかった俺たちも共犯だ。ま、いい気味って感じだな」
数分後、用事の終わったシュウが戻ると、3人は事のあらましを簡単に説明した。
シュウは深くため息を吐くと、いたずらっ子よように笑った。
「それ、とっても滑稽ですね!」
「よかった。どうしてそんなことするのかってシュウに怒られたどうしようかと思った」
「いや、いい気味って感じです。
あの人たちに苦しめられる兄さんは可哀想ですけど、オレは家督目指す気とかさらさらないので」
シュウの口調に躊躇いは一切なかった。本当にざまあまろ程度にしか思っていない様子だ。
「でも、親の反対押し切って大丈夫なのか?
親権とか……学院の費用だって」
「大丈夫ですよ。この世界じゃ、“大人”になったら皆発言力は平等なんです。
オレが行きたいと思ったんだから、それを止めるなんて地方の成金貴族の権力ぐらいじゃ不可能です」
「ちなみに、ファイア騎士学院の学費はファイア国が出しているらしい。だから心配はいらないぜ」
「よっ、ヴァイ先輩。徹夜で調べ物した甲斐がありましたね!」
「やめてくれよロア、そういうことを言うのはさ!」
囃し立てるロアに、ヴァイは本気で照れている。
シュウは緊張がほぐれ、明るく笑う。
「本当に、ヴァイさんやヒカルさん達には、感謝してもしきれないです。
何もかも、ありがとうございました!」
胸に手を当て深く礼をするシュウを見て、ヒカルはこれが異世界の礼の仕方なのだなと知る。
「俺の力なんて微々たるものさ。
でも、それが先に進む力になったなら、これほど嬉しいことはない。
これからも達者でーーー次会う時は、城の任命式でな!」
「!!
はい!」
シュウは満面の笑みを浮かべて言った。
「さあ、あの人たちに見つかる前に、荷物を持って行くといい」
「おっと、そうでした。
それではみなさん、さようなら!」
ヒカルの助言に従い、シュウはそそくさと去って行った。
「……行っちゃったな」
「そうだね」
「迷宮に行った2人はどうしようか」
「多分カウンターの所で迷宮に入ってないことはわかるだろうし、すぐ戻ってくるよ。綺麗な服を泥だらけにして、ね!」
あはははは、とヒカルは笑いーーー大袈裟に笑っているのが自分だけだと気づいて、体裁を整える。
「ヒカルって、なかなかいい性格してるよな」
「たまに、自分が思ってるよりもずっと酷いことを行動している気がする」
たまに、じゃなくてしょっちゅうか、とヒカルは言い直す。
「まるで、自分が自分でないような時があるんだ。自分の中に、ありえないぐらい冷酷なもう1人の自分がいて……そいつに主導権を奪われるような、そんな時が」
「そうかな……俺はそういう時のヒカルも好きだよ。動じないでガンガン言いたいこと言ってる感じあって」
「本当にそう思ってるのか?」
ヴァイは肯定した。
「ああ。ちょっと蛮勇すぎると思う時もありはするけど、それでもカッコいい。ヒカルのいい所だ」
ヴァイの台詞が終わるのを見計らって、ロアはパンと手を鳴らした。
「さて。2人とも。
イトラン伯と婦人が本当に迷宮から帰ってこられてるかの確認しに行かなくちゃ」
「ええー、行くの?」
「じゃあ、ついでに迷宮で手頃な魔獣探そうよ。魔獣のお肉寮に持って帰ったら、今夜は焼肉にしてくれるかもよ!」
「焼肉!」
山菜料理が多い寮での食事で、肉料理は貴重だった。出れば余りのおかわり分は必ずといっていいほど争奪戦になる。
「さっさと行くぞヒカル!」
「わかってるって!」
「魔獣の狩猟に良い魔法、道すがら教えてやる!全力で覚えろ!」
「わ、わかった!」
迷宮に向かって走り出したヒカルとヴァイを見送り、1人正門に残ったロアはやれやれとため息をつく。
「……そろそろ、誤魔化し切るのも限界なのかなぁ」
そんな台詞を呟いた。
ロアの足元から、迷宮に向かう道に向かって、暗い影が伸びていた。
シュウカ・イトランのその後
蒼炎歴2693年に“学園”を卒業後、ファイア国騎士学院に入学。勤勉に学業と鍛錬に勤しみ、蒼炎歴2697年首席で学院を卒院する。
翌年蒼炎歴2698年からファイア国軍に入隊。数々の手柄を挙げ、2707年には王国騎士にまで成り上がる。
数年を国王直属の王国兵士として務めるも、2715年、「自身のやりたいことを別に見つけた」という理由で退職。
その後の足取りは暫く掴めなくなるが、世界各地の“迷宮”に入場記録が残っている為放浪の旅をしていたと推測される。
2763年から孤児院:竜の息にて武術指導に努め、孤児院における武術と魔法指導の改善に尽力した。
3114年、迷宮探索に出かけ、その後全くの消息を断つ。




