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寄生

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 一行は学園の地下のより深部に進む。

 薄暗く、壁にはヒビが伝い、床の塗装は所々ハゲている。部屋も使われていないのか埃っぽくカビ臭い。あちこちに無理矢理貫通させたと見られる柱が床と天井を貫いている。

 廊下の真ん中を太い柱が塞いでいて、先に進めなくなっていた。


「これは……何?」

「昔突貫工事で埋めた柱だね。地盤の強化?とかでやってたな」

「ここ以外に校舎を建てるだとか解体するだとかの選択肢はなかったのか……?」

「知らない。私建築ってよくわかんないんだよね」


 一行の中に建築に造詣が深い者はいなかった。

 まぁこういうこともあるのだろうな、とヒカルは思う。


「ごちゃごちゃになったものに無理やり蓋をしたみたいだ」

「流石にこの辺りは使うことは稀だな」

「逆に使うことってあるんだ」


 廃墟と洞窟の合わせ物のような風景を見てヒカルは問い返した。

 ロアは自信なく答える。


「歴史学系なら来ることもあるかと思う……かな?」

「こういうところは迷子になりやすいし、巡回が手薄で魔物も出るから、1人で来た時とかはすぐに地上を目指すんだぞ」


 ヴァイは新入生3人に向けて注意を念押しした。


「話には聞いていましたが、学園の地下が迷宮化しているというのは本当なのですね……」


 柱の隙間から床下を覗き込んで、イチゴは言う。


「創立6000年だからね……そりゃ地下ぐらいはそうなるっていうか」

「……ロア、ちょっと静かに」


 急にヴァイはロアを制した。緊張のある面持ちで周囲を警戒している。

 一瞬の早技でヴァイは杖を手にすると、壁の一部に向けて魔法を放った。


「ファイヤー・ボール!」


 壁際で炎が爆ぜ、その内からネズミが飛び出した。ただのネズミかと思いきや、両目と両足が腐り落ちている。動く死体、魔物だ。

 頭に白い模様があり、黒い身体と際立って目立っている。


「気をつけろ!」


 ヴァイはそう叫んで、ラック達非戦闘者に撤退を促した。ロアがラックとカラレスを庇うように立ち、ヴァイとイチゴがネズミに迫る。その間、シュウは新たな敵が来ないか周囲を見ていた。

 ヒカルも周囲の警戒に当たる。何故なら戦っている廊下は狭く、2人が戦うので精一杯だからだ。


「やぁっ!」


 ヴァイが魔法で作った剣を振り下ろしすも、ネズミはひらりと身をかわす。

 すかさずイチゴが床に炎を撒く。しかし、ネズミは宙を蹴って炎の範囲の外に出る。


「この魔物、何かおかしいです!」


 イチゴは言う。


「動きが普通じゃない!」


 魔物と戦った経験の浅いヒカルには、違いはよくわからず、俊敏だ、程度にしか感じられなかった。

 しかし、ヴァイもイチゴと同意見のようだった。


「ロア、ラック達連れて逃げろ!」

「わ、わかった」


 迫力に押されてロアは慌てて来た道を戻ろうとする。だが、逃走路の前方に新たなネズミが1体現れる。


「危ない!」


 間一髪、棒切れを持ったシュウが割り込み、飛びかかるネズミを弾いた。ネズミは何度か地面を跳ね、再び立ち上がる。

 新たに現れたネズミも身体の半分が腐った魔物で、身体のあちこちに白い斑点がある。


「魔封じの短剣の使用を推奨する!」


 観察をしていたカラレスがそう指示した。


「ネズミは明らかに魔物に区分される。ならば、大きさ的に魔封じの短剣で無力化が可能!」


 シュウとロアがラック達を守るため退いているのを見、ヒカルは自分が動くべきだと判断した。

 懐の短剣を抜き、ネズミに迫る。


「アイス・フロア!」


 ヒカルは魔法を放ち、ネズミの足元を氷で固めた。ネズミは小さかったのもあり、身体の半分以上が氷の中に埋もれた。

 身動きが取れなくなったネズミを、氷ごと短剣で突き刺す。


「これで……あれ!?」


 いつもなら、腐った部位が溶けるように消え、骨数本を残して消滅するはずの魔物が、今回ばかりは消えずに飛びかかってきた。

 ヒカルが噛みつかれる寸前で、シュウの持つ棒切れがネズミを弾く。


「あ、ありがとう」

「どうなってるんだカラレス姉さん!」


 シュウはネズミを見て言った。

 ネズミは身体が上半身と下半身で二つに分かれていたが、分かれたまま動き続けている。


「何と不可解な!

魔法理論からしてありえない!

そのネズミは魔力限界規模よりも小さいのに、魔物として存在している!」


 ヒカルにはカラレスの言っていることは詳しくはわからなかったが、異常事態が起こっていることは認識した。


「興味深い存在である、どうにか捕獲は出来ないだろうか」

「無茶言うなって!」


 2つに分かれたネズミは波状攻撃を仕掛け、シュウはテニスプレイヤーのようにネズミを弾き返す。

 何度も何度も地面に叩きつけられたネズミは肉塊としか言えない程変形していたが、俊敏さは出現した時から変わっていない。

 ヒカルも若干異常性を認識する。


 これまで出遭った魔物は、確かに動く死体ではあった。しかし、ここまで苛烈な攻撃を仕掛けてきただろうか?


「ファイヤー・トルネード!」


 背後から、イチゴの声が聞こえ、熱風が吹く。

 振り向くと、最初に現れたネズミが炎の竜巻に巻き上げられる様子が見えた。黒焦げになり、天井まで吹き上げられると、流石のネズミも崩れて消えてしまった。


「この魔物は炎が有効のようです!」

「わかった!

ファイヤー・ボール!」


 ヒカルは炎を放った。しかし、分裂したネズミは軽々と炎を避けてしまう。


「まずは動きを止めないと……!」


 シュウはネズミの片方を弾き返して言う。

 けれど、ボールのように跳ねるネズミの着地点に氷の魔法を当てるのは非常に困難で、うっかり暴発すればロアやカラレス達の足すら固めてしまいそうだった。


「ここはーー使うしかない!」


 ヒカルは杖を握りしめ、前方の空間に意識を集中させる。


 範囲は廊下のちょっとだけ。この空間だけ、逆転が起こるように。


「転生秘法:(グラビティ)!」


 ヒカルの思い描いた通り、廊下の一部、ネズミの肉塊2体が跳ねる廊下だけ、重力が逆転する。

 天井に張り付き動かなくなったネズミに、ヒカルは杖を向け、グリップを握る。


「ファイヤー・ボール!」


 炎はネズミに当たり、ネズミは塵と僅かな骨に変わる。


「少しイレギュラーな魔物でしたね」


 周囲に同じネズミがいないことを確認し、イチゴは言った。

 ロアとラックとシュウはほっとした様子だが、ヴァイとカラレスは何かが引っかかっている顔をしている。


「この場所について先生方に報告する為にも、早く撤退しましょう」

「あ、ああ……それはそうだけど……」


 イチゴは床に落ちたネズミの素材を拾おうと近寄る。


「この素材は良い証拠になるでしょう」


 手を伸ばした瞬間、カラレスはハッとして叫んだ。


「遺物に接触するな!」


 イチゴは手を止める。

 しかし、時は既に遅かった。

 ネズミの残した骨の表面が僅かに爆発し、白い粉が舞ったかと思うと、イチゴの手の甲に張り付いた。


「ッ!?」


 イチゴは振り払おうと手のひらで擦る。すると、べちゃりと手のひらに白いペンキのようなものが付いた。

 そして、瞬く間に、白いペンキは両手から身体全体へと伝播する。


「あ……そんな……」


 カラレスは愕然として、言葉も出ないようだった。


「カラレス、あれは何なんだ!?」

「あれは……あれは、微生魔獣……

その中でも、魔物や魔獣に取り憑き、その魔力を糧に生きる寄生型の魔獣……」

「なんだって!?」


 ヴァイは心の底から動揺している。

 イチゴはフラフラと歩き始め、その動きは徐々に早く、スムーズになる。微生魔獣に操られているようだ。


「シュウ君!」


 ずっと気配を消していたラックが、シュウに向けて何かを投げて寄越した。シュウはそれを受け止めると、イチゴの前に割って入った。

 イチゴの振り下ろした腕は、シュウの持つ盾によって防がれていた。

 廃材を組み合わせた盾は、急ごしらえながら十分な頑丈さがある。


「なんとか助けられないのか、カラレス姉さん!」

「考察中……考察中である……!」


 カラレスはおろおろとするばかりで、気が動転しているのは明らかだった。

 シュウがイチゴの動きを止めている間に、ヴァイが真封じの短剣で白い微生魔獣を切り取ろうとする。しかし、削っても削っても取れることはない。

 決定打が与えられない内に微生魔獣は操り方を把握したようで、イチゴは両の手に魔法の炎を纏わせる。


「ヒカル、動きを止めろ!」

「わかった!

アイスーーー!?」


 ヒカルは魔法を使おうと床に意識を集中させた時、自身の異変に気づいた。

 視界に映る全てのものがブレて見え、魔法の発動に必要な意識の集中が定まらない。


「ヒカル、どうした!?」

「うまく魔法が使えない……!」


 ダメ元で発動してみたものの、氷の床は大きく場所を外れる。


「ヒカルは下がれ!」


 ヒカルと入れ替わりでヴァイが前に出、氷塊でイチゴの動きを止める。ヒカルはロアの後ろに下がる。

 ラックは手元の雑草や廃材で少しでも役に立つ道具を作っていて、カラレスはただ絶望している。ヒカルは話しかける。


「どうにかあれを取り除く方法は無いのか」

「方法は存在しない……患部を除去すれば助かる段階は過ぎている……

あの微生魔獣は精神体……脳よりも深くに存在する、魔力源への寄生を終了した」


 氷塊を力技で壊し、イチゴは炎の剣を手に迫る。シュウが盾で受け止める。受け止めた直後炎の剣は消え、イチゴはシュウの懐に入り炎をまとった拳で腹を殴った。


「ガハッ!」


 シュウがよろめいた所をイチゴの回し蹴りが襲う。その蹴りの周囲には鋭い風の刃が渦巻き、一撃でシュウの顔の左側がズタズタに切り裂かれる。

 怯んだシュウに代わってヴァイがイチゴと対峙する。

 イチゴの攻撃を避けつつ、ヴァイは足元に豆をばら撒く。


「アイビー・プリズン!」


 勢いよく伸びたツタがイチゴの身体をがんじがらめに拘束する。しかし、イチゴは身を捩らせ脱出を試みる。ゴキ、ポキ、という、骨が折れる音が鳴る。

 ヒカルはネズミに感じた違和感の正体を知る。ネズミ自身が身体を動かしているとは思えない、無茶な動き方、身体に無理が出る動かし方。まさに操り人形そのものだ。

 イチゴはまだ意識を保っているようで、血を口から流して呟く。


「どうか、殺して頂けませんか」


 いつもと変わらない口調で話すイチゴに、ヒカルは恐怖を覚えた。

 肘が逆側に折れ、肩が外れ、足が4つに折り畳まれながら、イチゴは限りなく平常に喋る。


「炎で焼き尽くせば倒せることは先のネズミで確認済みです」

「んなこと出来るわけないだろ!?」


 ヴァイは叫んだ。


「しかし……このままでは、全滅は避けられません」


 ツタで身体が締め付けられ、血を吐くイチゴを見ていられなくなり、ヴァイはツタを緩めてしまう。掴み合いの格闘技にもつれ込むが、単純な力技ですら操られたイチゴはヴァイを凌いでいる。


「こうしている間にも、ヴァイさんにも伝染する可能性があります。早急に焼却を」

「なんで……なんでそんな平然と言えるんだよ!?自分の命だろ!?」


 ヒカルは無意識のうちに叫んでいた。


「はい。この場にいる7名と、私1名。

消費する数は少ない方が益です」


 ヒカルにはイチゴの理屈がわからなかった。

 言葉を失うヒカルの代わりに、シュウが尋ねる。


「あなたは祖国のために生きる人ではなかったんですか!?こんな所で死んでも、祖国のためにはなりゃしませんよ!?」


 イチゴは応えようとしたが、微生魔獣が攻撃を操ったために返事をする余裕がなくなった。

 代わり、ロアが淡々と答える。


「優先順位は、第一に祖国、第二に他者、第三に自身っていうことになっているんだよ。

人間、自分より他人を大切にする人を良い人だと思うからね。

タイトの人が良い人だ、って周りが思えば、回り回ってタイト国の印象がよくなるでしょう。その為だよ」


 つまり、今のイチゴにはイチゴ自身の意思など、1つも無い。


 無理矢理身体を動かされる激痛からの介錯を求められた方が、まだヒカルには納得できた。

 微生魔獣に操り人形にされるイチゴの姿は正に彼女の在り様と被る。それは、ヒカルの目には酷く哀れに見えた。


 ここでイチゴを見捨てたら、“洗脳”を施すような“大人”と何が違うのだろう。


「僕は……諦めたくない」

「気が合いますね、オレも同じ気持ちです!」


 シュウはそう言って立ち上がる。蹴られた顔の左側は血まみれだったが、目には闘志が宿っている。


「時間はオレが稼ぐ、だからカラレス姉さんはゆっくり考えてくれ!」

「シュウ……」


 シュウの言葉に、カラレスは少し落ち着きを取り戻した。


「なんと誤った選択でしょう」

「……オレの選択は、間違ってるかもしれない」


 言葉とは裏腹に、シュウの口調には強い確信が感じられる。


「でも、オレは決めたんだ。誰かを守る人間になりたい……

いや、なりたい(・・・・)じゃない、なる(・・)って決めたんだ!」


 シュウはイチゴの攻撃を防ぎに飛び出して行く。

 ヒカルは急に、その背中がやけに大きく、遠いものに見えた。

微生魔獣

“ニホン”でいう微生物のうち、魔力が宿れる魔力限界規模を超える質量を得るまでに成長したもの。

2話で大量発生した土塊も同じ区分。

無害な微生魔獣は発酵食品に使われるなど益をもたらす存在になるが、稀に魔獣や魔物に寄生するタイプが存在する。

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