学園探索ー地下編
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「と、いうわけで!今日は地下に行きます!」
翌日、授業が終わるとすぐに“Z組”のメンバーととシュウは中庭に集まり、ロアから今日の探索の方針が伝えられた。
「地下……って何?」
「ズバリ、魔境!」
ロアはいつもに増して気合が入っているようだ。
「校舎は何度も改装を繰り返すうち、使われない教室は地下の方に埋もれていったの。
そこには、未だ解き放たれていない研究物だった魔物が存在する……という噂があります!」
「それ危険なんじゃないの?」
「これだけ大きくて歴史ある建物なら地下部分が“迷宮”化してても仕方ないだろう」
ヴァイは平然として言う。
“迷宮”の上に建物が建ってるのは問題では、とヒカルは言おうとしたが、そういえばヴァイの実家の地下と迷宮アクアマ陵は直結しているのだったと思い出した。
「迷子になるのは地下が多い。“迷宮”の道を覚える感じで頑張れよ」
「りょ、了解。頑張る」
各棟に地下に向かう階段があり、一行は一列になって階段を降りた。
ヴァイはおもむろに宙に炎の玉を浮かべ、壁のある特定の位置に向かわせる。すると、壁際の油を伝って炎が燃え上がり、廊下を炎で照らし出した。
「この辺りは今も研究室としてよく使われてるな」
ヴァイの声は地上よりもよく反響する。
「魔力を感知して伸びるツタとか、練習用の樹の魔物とかを調整したりしている」
「なんと……!」
途端にカラレスはドアに張り付き、中に入ろうとドアノブをガチャガチャ動かした。
「残念だが使わない時は鍵かかってるんだ。
危ないものがいっぱいあるらしいから」
「極めて無念である……」
カラレスはがっかりと肩を落とした。
「しかしながら、脆い施錠である。この程度であれば魔力無き吾輩でも破壊が可能……?」
「やめとけやめとけ無闇に壊すな」
弄るうちに脆弱性を見つけたカラレスは怪しげな手つきでドアノブをいじくるが、ヴァイに止められた。
「壊す前に魔法研究部に入れ」
「無念……」
カラレスは考え込んで言う。
「この部屋はどのような設備が備えられているのであろうか」
「専門じゃないから知らんなぁ……
あ!魔封じの短剣の在庫とかがあったかな」
「魔封じの短剣?」
ヒカルは知らない物品だと思った。
「ヒカルにもあげたろ、魔物の介錯用のアレ」
「ああ、あの短剣のことか」
魔封じなんて大層な名前だとヒカルは思う。
ラックが話に続いた。
「少しの範囲なら魔法を終わらせる力がある短剣のことだね」
自分が暴走させて氷漬けにした洞窟でロア達は短剣で氷を溶かしていた、とヒカルは思い出した。
「僕としてはその造形美が非常に興味を惹かれてね」
非戦闘者のラックにとっては機能より造形の方が興味があるようだった。
やたら詳しくうんちくを垂れるラックの話を一行は話半分に聞いた。
興味がない話に退屈だったのか、シュウは大きくあくびをした。
「つまんない話でも眉ひとつ動かさずに聞く訓練が必要みたいだね」
ラックはわざとらしく言った。
「ふぁ……あ、ごめん」
「嫌な言い方するなよ、面白くなかったのは事実だし」
ヴァイは正直に言ってシュウを庇った。
「けど、式典とか出たらきっとこういうつまんない話って沢山あるだろうし……」
「『こういう』って付けないでよ」
「王国騎士って大変なんだなぁ」
ラックの訴えはシュウの台詞の間でサラッと流された。
「そういう精神面は騎士学院入ってから散々修行すると思うけどな」
「騎士学院ってのもあるんだ」
大学みたいなものかなとヒカルは読み取った。
ラックは言う。
「“大人”用の学園だね」
「“ニホン”にもあったな、大学っていう成人も通う所」
「そういえば、異世界は未成年が学校に行くのが一般的……義務になってるんだっけ?
いいよなぁ」
「この世界だと義務じゃないんだ」
ヒカルは少し羨ましいなと感じた。
「あー、なんだったけ。国政学でやったなぁ……
教育にはコストがかかるから、“羽化”後に受けさせるのを義務にしてるとかなんとか」
ヴァイは完全には思い出せない様子で言う。
「“学園”は割と特異な存在なんだって話は聞いた」
「そうなんだ」
「祖国タイトでは幼少期から教育を行う方針をとっていますが、世界的に見て稀であることは確かです」
「そうなんだ……」
話聞く限りタイト国は子供への扱いは丁重だけれど、まず洗脳から入る国はダメだろうとヒカルは思う。
ロアは話を学院についてに戻す。
「“大人”用の学院は入学試験とかも難しいっていうけど……そこまで頑張るつもりなの?」
「……うん」
シュウはしっかりとした意志を持って言う。
「俺、誰かを守る人になりたいんだ。
孤児院の頃は荷物持ちか魔法使いかの2択しかなかったけど、目指せるようになったから……目指したい」
シュウの言葉に、ヒカルは偉いなぁと心底思う。ヒカルにはそこまでの情熱は無かった。
そうこうする内に、一行が行く地下廊下の雰囲気に変化が訪れる。
「おおー!ここは、魔法研究科!」
教室の扉はなだれ落ちた資料の山、書類やら本やら色々なものが挟まり半開きになっている。カラレスはその一枚一枚を拾い上げ、興味深く読み上げる。
「【滞空魔術の効率化に関する調査】……【世界魔法理論反証】……【異界考察論】……【古代文“奈落と海”についての考察】……【蒼紅戦争記(下)】……」
「なんか難しそうだなぁ」
カラレスはそれらの資料に目を通していく。
「滞空魔術……世界魔法……」
カラレスの目がひっきりなしに動き、いつも以上に何かを考えているのは明らかだった。
数秒後、カラレスは呟く。
「これは、ヒカルの“転生秘法”についての研究資料ではなかろうか」
「ヒカルの転生秘法??なんでそんなこと言えるんだ?」
ヴァイは怪訝な顔でカラレスを見た。
カラレスはヒカルに尋ねる。
「“世界魔法”については既に話しただろうか」
「……いや、覚えてない」
「であるならば、説明しよう」
カラレスは落ちていた資料をまとめながら説明を始める。資料は1人の手には余る程落ちていたので、ヒカル達も整理を手伝いながら話を聞いた。
「水は地面に向かって落下する。滝が天に逆流することはない。
しかしながら、雲は空に浮かぶ。
魔法使いの祖達は、これを世界が魔法を使ったことによるものだ、と考えた。
“地球”にもあったであろう。世の理を法則に当てはめて考える骨子が」
「万有引力とか、気象とか……大まかには科学っていうやつかな?」
「鏡映しのように合致はしないだろう。しかし、理解を始めるには十分だ」
資料がまとまり、カラレスは魔法研究室にまとめた資料を持っていった。
「この資料の大半は、そういった“世界魔法”についての資料である。
そして、残りは浮遊魔術と、“転生秘法”についてだ」
「転生秘法についての資料なんてあったっけ?」
「さぁ……」
ラックとロアは資料を見返すが、彼らには手がかりを見つけられなかった。
一行の中で唯一、イチゴだけが答えられた。
「【蒼紅戦争記(下)】、この本には民謡に語られる英雄、グリップの正式な活動記録が残されています」
「正答である。
“転生秘法”は正確な情報が少ない故、研究には限られた資料を引用するのも多くなる。
逆を言えば、この本があるならば“転生秘法”絡みの案件と言えよう」
ロアはとても驚いた顔でカラレスを見た。
「じゃあ、それがわかるってことはカラレスもそれ読んだってわけ?」
「ヒカルの使う魔法を理解する必要があると考え、読破したのである」
「すごい、こんなに分厚いのに」
歴史系の書物故か、【蒼紅戦争記(下)】は資料の中でも突出して大きく分厚い。一般的な辞書のサイズは軽々と越えるだろう。
カラレスが学園に来てからまだ1週間と経っていない。その短期間で読破するのはただものではない。
賛辞を受け、カラレスは素直に照れる。
「多少、得意があっただけである。
話は戻して。浮遊魔術と転生秘法、それらが繋がるのはヒカルの転生秘法以外に候補が存在しないのである」
「はー、カラレスはすごいなぁ」
ヴァイも心底感心した様子だ。
しかし、ヒカルは違う点が気になった。
「でも、どうして僕の知らないところで僕の魔法の研究がされているんだろう」
無断で研究をしたことを責めるつもりはヒカルにはないが、何の断りもなく、魔法について尋ねられることもなく研究が始まっていたことが引っかかった。
「多分、これから知らせるつもりだったんじゃないかな」
と、ロア。
部屋の隅に置かれたサッカーボール大の岩を指して、言葉を続ける。
「ほら、あれはこの前ヒカルが授業中に空に飛ばした岩でしょう」
ヒカルには見覚えはなかったが、岩についている土は中庭の土と同じようだということはわかる。
「きっとあの時、校舎のどこかで見かけた人がいたんじゃないかな。それで、研究をしようと思い立って、資料を集めた……とか?」
「なるほど、理屈が通っているのである」
「ヒカルにはこれから話が来るんじゃない?」
そんなものだろうか?
ヒカルは首を傾げた。
もう少しで何かに気付きそうだったが、その前にイチゴが尋ねた。
「ところで。
話の流れを鑑みるに、ヒカルさんは“転生秘法”を使えるという認識で正しいでしょうか?」
「おう。凄いだろ。まだ修行中だけど、発動のコントロールは出来るようになった」
ヴァイはまるで自分のことのように自慢げに言った。
イチゴは珍しく懐疑的な、それでいて憐れむような顔をする。常に“理想的”な笑顔を浮かべるのが習慣のタイト国民としては珍しい態度だった。ヒカルはそのことを知らなかったが、年長者のロアとラックは異変に気がついた。
イチゴは諭すように言う。
「転生秘法は術者に大きな影響をもたらす魔法と聞いたことがあります。人の道を外れ、魔法の力を減衰させる、呪われた魔法だと」
「呪われた魔法?」
ヒカルはすっかりイチゴに対する信頼を失っていたが、イチゴ側から人にいちゃもんをつけてくるのは珍しいとも感じた。
「はい。多くは伝わってはいませんが……
使われるたび術者を蝕むと」
「そんな魔法があるわけないじゃないか」
ヴァイは呆れて言う。
ヒカルは尋ねた。
「それはどこで知ったんだ?」
「主、パルフェクトスの偉業の書、“聖書”と呼ばれる教典に。
主が創りし世界を蝕む、悪魔の魔法として描かれています」
「悪魔の魔法かぁ……」
物騒な形容詞だなとヒカルは思う。
「悪魔とは、主から産まれ、同胞の御子を殺した上、主に呪いをかけた者です」
「悪魔いるんだ」
「はい。
主が呪われたことにより、主の子孫である我々も同じ呪いを受けています。
故に、3人の赤子の内1人は悪魔が宿っている。
それを払う為に“洗礼”が存在するのです」
ロクでもないものにもそれっぽい理由をつけるのは“大人”の十八番だものな、とヒカルは冷めた目で見る。
「少なくとも、人間が扱っていいものではない。私は祖国でそう習いました」
「怪しいもんだな」
ヴァイはやれやれと話を聞き流す。
「お前の国教が言ってることがまともだったためしがない。
例えそうだったとしても、ヒカルはちゃんとコントロールができてるんだ。初めて人間が転生秘法を扱えるようになった例になるかもしれないんだぜ」
「いや、興味深い事例である」
唐突にカラレスが話に割り込んだ。
「“転生秘法”についての資料は少ない。悪魔の魔法というのは、発動時の効果が世界魔法を凌ぐという異質さからか、はたまた何かの特徴の伝播か……」
楽しげに早口でまくしたて、カラレスは何かを閃いた。
「魔力の消費が通常の魔法より多い、という仮説は如何だろうか」
「じゃあヒカルは大丈夫だな!まだまだ鍛錬が必要だけど、魔力量は普通の人よりだいぶ多いし」
それでもイチゴは不安げな表情でヒカルを見ていた。
「本当は“洗礼”を受けることをお勧めしますが、ヒカルさんは祖国が好きでないようなので諦めましょう。
代わりに、“転生秘法”は積極的に使わない方が良い、と助言します」
ヒカルはイチゴについては話半分で信じることにした。
悪魔
パルフェクトス教において主神パルフェクトスから産まれたテメブリス、及びその呪いによって産まれる汚された人間についてを示す。
創世の章で三つ子の次男として主から産まれたテメブリスは、兄と姉を殺した上死体を弄んだため、主によって殺された。殺されたことを恨み、主を呪い、産まれる人間をか弱く愚かな獣にした。
その上、6人産めば2人、18人産めば6人の悪魔が混じり、正常な人間を害し、病ませ、憎悪を抱かせ、最後には殺してしまうようになった。
主はこれを憂い、産まれたばかりの者に力を授け、人間も悪魔も皆同じように成長させるようにした。この力を授けることを“洗礼”と呼ぶ。
悪魔の呪いとはどのような魔法・魔術かは明らかになっていない。
テメブリスの持つ神をも凌ぐ力によるものか、単純に口罵っただけなのか、様々な説が存在し、議論の的になっている。




