Z組学生寮
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夕暮れ時になり、シュウは高等部の陵に戻り、ヒカル達はZ組専用の寮に戻った。学園の敷地の端、教員寮の隣にあるZ組寮からは、夕飯の良い匂いが漂っていた。
一階の台所で寮監が夕飯の支度を済ませていた。
「今日の夜ご飯は甘イモの塩辛煮ですよ」
「やったぁ!早く食おうぜヒカル」
甘イモの塩辛煮はカボチャの煮物のような味だった。
「寮監の作るご飯はいつも美味いなぁ」
「ははは、恐縮だね。
ちゃんと野菜も食べるんだよ」
「はぁーい」
しょうがないなぁ、と言ってヴァイはサラダも口にする。
「山菜とは……苦味が強いものである……」
同じようにサラダを口にしたカラレスは、口元をゆがめ、渋い顔をした。
「吾輩は不得手の味である……」
「孤児院では出なかったの?」
「食した記憶は無いのである……」
「あの辺は交易盛んだし、八百屋とかで取り扱ってるのは畑の野菜が多いんじゃないかな」
「なるほどね」
カラレスはどうにか一口分飲み込んだが、まだ三口分は残っている皿を見て悲しげな表情を見せる。
どうするのだろう、とヒカルが見守っていると、悟りを開いたかのような表情で残りの山菜も口の中に押し込んだ。
「お、偉い」
「……」
涙目を浮かべているカラレスを見ると、言動がトンチキなだけで中身は普通の子供なんだなとヒカルは思う。
中身が普通じゃない転校生の価値観が横から正面衝突したばかりで、余計にそんな風に思った。
当の中身が普通じゃない転校生は、すまし顔で山菜サラダを食べている。
「……なんか、姉上が増えたみたいでやだな……」
イチゴを見たヴァイは、ぼそりとそんなことを呟いた。
言われて、シトリとイチゴを見比べると、動き方が瓜二つであることにヒカルは気付く。
背筋がしゃんとしていて、きびきびとした動きをする所はまるで姉妹のようだった。
「なんだか、ヴァイよりも近縁感ある」
「勘弁してくれよ……」
思い返してみれば、やたらしゃんとしている所もかなり近いようにヒカルは思う。
「強いて言う違いは、思想と立場、ぐらい……?」
「……ファイア国の代表と、タイト国の代表みてぇなもんか。通りでいちいち苛立つのか……
はぁ……」
ヴァイはため息をついた。
段々とこの世界のことを知るにつれ、ヒカルはヴァイの絶望感が理解できるようになってきた。
「毎日無力さに苛まれる、って感じか」
カラレスはどうにか山菜を水で流し、飲み込んだ。
ヴァイはヒカルの言葉に静かに賛同した。
「……ああ」
ドタバタの中、どうにかカラレスとシュウは孤児院から助け出すことができた。けれど、同じような境遇の子供達は何万と存在する。
それを1人ずつ助けることなど、1人の人間には不可能だろう。たとえ王子であったとしても逆らっただけで民から暴力を振るわれる世界なら、尚更難しい。
鬱屈した社会についてヒカルは考え、ふと疑問を抱いた。
「王子なら、何で王を目指さないんだ。
制度から何から、決めるには1番の立場だろう?」
「俺も昔はそう思ってたんだけどな……」
ヴァイは目を伏せて答える。
「民に自らの都合を押し付ける王は、言葉の中身がどれだけ正しくとも、それはただの暴君でしかないんだ。
制度を決めるにはまず腐った民を変えなきゃいけない」
「そんな物なのか」
「だいたい、制度を企画するのは議会の“大人”達で、王にはそこまで権限がない。
国を象徴する立場であっても、民からの距離は“賢者”の方が近い」
「政治って……めんどくさいんだな」
「……まーな」
ヴァイは天を仰いだ。
「あーあ。早く“大人”にならないかな。そうなれば、全部解決なのに」
「そんな、空から金貨降ってこないかな、みたいに言わない言わない方がいいよ。
それに“子供”だって楽しいと思うし」
話に加わったのはロアだった。
「6000年“子供”やってた奴が言うと重みがあるな」
ヴァイは冗談めかして言う。
「ヴァイが出会った“大人”たちがロクでもないやつばっかだっただけで、優しい“大人”はいっぱいいるんだから!」
「ホントかね?」
「ちょっと信じられないなあ」
ヒカルとヴァイは自然と視線を合わせ、「だよなぁ」と声を被せる。
「もしもヒカルが先に“大人”になっても、嫌なヤツにはなるなよ」
「当たり前だよ!
……って、そうか、僕の方が先に“大人”になったりすることもあるのか」
地球人としては慣れない感覚だった。
「“大人”になったらみんなどんな感じになるのかなって想像するのも一興なんだよね。ヒカルはどんな“大人”になるのかな」
「“大人”になったら、か」
ヒカルは不思議と想像ができない。
ただ胸の内にもやもやしたものがあった。
「……僕は、“大人”にはなりたくないな」
もやもやを言葉にすると、それが一番近い感じがした。
「ええー、“子供”でいたってなんの利もないのに」
「ま、ヒカルがそう思うならそれでいいんじゃない。好きなだけ“子供”でいられる世界なんだしさ」
「ヤマは頭抱えそうだけどな」
「生徒の“羽化”もとい卒業が担任の役割だしね」
「6000年留年してるロアだけは言っちゃダメな台詞では?」
「えへへ」
ロアは苦笑いして誤魔化し、話を続ける。
「ともかく、どんな“大人”になるかとか、そういうことは嫌でも考えた方がいいよ」
「どうして?」
「いつ“大人”になるかわかんないからだよ。
めっちゃ嫌がってても急に“羽化”が来ることも珍しくないから」
「そっか……」
どんな“大人”になるか、か。
ヒカルは夕飯を咀嚼しながら考える。
今のところは、子供をいじめる大人にはならない、という所か。
その時、キッチンから寮監がトレイにカップを乗せてやってきた。カップの中には美味しそうなゼリーが入っている。
「食後の甘味ですよー」
「ゼリーだ!」
「やったぁ!」
ヒカルの考え事は目の前のゼリーに押し出されて消えてしまった。
「1人1個までだからね」
「はぁい」
「じゃあ、私は教員寮の方行ってくるから、あとよろしく!」
「いってらっしゃーい」
ゼリーは砂糖と知らない果実の味がした。
Z組学生寮
“Z組”の生徒の住む寮。それぞれの生徒に個室が与えられている。
学園の隅っこに押しやられるように存在し、やたらと部屋の壁が厚い。
ロア曰く、改築を繰り返した結果部屋の区画整理に失敗して異様に壁が厚くなったのこと。
二階部分は中央に仕切りの壁が存在し男子部屋と女子部屋が分けられている。




