校内探検
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「まずはどこから見よっか」
「食堂から一番近い所からでいいんじゃないか?」
食堂を出た一行は、まず最も近い教室に向かう。
「地下一階の食堂の上は、初等部の教室棟なんだ」
教室には、あいうえお表のような異世界の文字を並べたポスターが貼ってある。
ヒカルは文字表の上一段だけは読むことができたが、それだけしか読めない事に嫌気と恥を覚えて別の所を見た。
教室の後方には、魔物由来の素材の山が置かれていた。
「校外学習でガネット隧道に行った名残じゃないかな」
「初等部から迷宮に行くなんて……危なくないか?」
「引率がついてるし、幼い頃から場に慣れることは重要だからね。楽しい行事って認識から始めた方が長続きしやすいし」
教室には殆ど生徒は残っていない。2、3人の生徒が食堂から持ってきた昼ごはんに興じているだけだった。
年齢層は10歳前後に見える。
「初等部って何歳から入れるの?」
「金のある貴族の子供なら5〜6歳から、一般枠は8歳ぐらいからかな。
12歳までは初等部で、13を迎える年に中等部に移る。16から19までが高等部の期間だ」
「“ニホン”での区切りとそんなに変わらないんだ」
「ちょっと前は初等部と高等部しか無かったんだけど、“転生者”から異世界の教育方針の話が聞けて、それで分け方変わったんだったっけ」
「ロア、その“ちょっと前”っていつのことだよ……」
「僕が産まれた頃はもう三分割式だったよ?」
ラックは怪訝そうに言う。
確かラックは300歳過ぎだったはずだとヒカルは思い出した。
「いつだったっけ、千年とか二千年ぐらい前かな」
「“ちょっと前”の規模がおかしい」
「千年とか誤差だよ誤差」
「誤差……?」
「そう、誤差。歳をとるごとに、1日とか1年とかどんどん短くなっていくじゃん。
あれがみんなの100倍ある感じ」
ヴァイやラックは至極納得した顔になる。ヒカルも少しだけなら感覚がわかる気がした。
カラレスとシュウはピンとこない様子だ。
「オレはみなさんの半分も歳をとっていないのでまだわかんないかな……」
「シュウって何歳?」
「オレは16です」
「あと2年もすればわかるようになる、これはマジだ。
1年ぐらい前に買ったつもりの新作小説が発売10周年迎えてたりとかな……」
「中古で買った……とかそういうんじゃなくて?」
「いつかわかる日が来る」
ヒカルは17だったが、ヴァイの挙げた具体例に心当たりがあった。
歳を取る事自体はこの世界でも変わらないんだな、と認識する。
「カラレスはいくつ?
“Z組”配属ってことは20歳は越してるはずだけど」
「吾輩の年齢は、いまだ解明されていない謎である。
間違いなく“羽化”の適正年齢を過ぎている事は判明しているが、正確な出生年はダチュラすら把握していない」
「この辺りの国ではそんな事例が存在するのですね」
イチゴは心底驚いた様子だ。
「貧民街を彷徨っていたのを、ダチュラに拾われたのが始まりであったか。
今となっては正確な記憶が存在しない。
長きに渡って孤児院内で読書に耽っていた為、孤児院に所属していた期間を記憶していない」
「カラレス姉さんは工作にハマると他の何も目に入らなくなるからなぁ」
孤児院裏の工作室に籠るカラレスの姿は、ヒカルにも簡単に想像できた。
「あ、じゃあ次は工作室行くか?
渡り廊下挟んだ先は実習棟だ」
「是非拝見したいのである!」
昼時を過ぎた実習棟は人の気配があまりなく、不気味な静けさがあった。
「なんだかお化けが出てきそうだね」
「おばけ……?
魔物は学園には出ないよ」
ヒカル以外の6人はピンとこないようで、ヒカルを不思議そうに見た。
そんな中、1人合点がいった!という顔をした者がいる。ラックだ。
「それって、“ニホン”によくある“怪談”ってやつのこと?」
「“カイダン”……?」
「“ニホン”に魔物はいない。いないけれど、そういう化け物が存在する、って想像を働かせる文化があるんだ。想像から産み出された怪物の話が、“怪談”として纏められているんだよ」
「へぇー」
ラックは力強く説明した。その姿は日本文化に親しみある外国人のようだとヒカルは思った。
「学校だと特に、“学校の七不思議”というものがあったかな。学校にまつわる7つの怖い話のことだ。
例えば、音楽室に飾ってある肖像画が、夜な夜な動くとか」
「音楽室に肖像画?誰の?
校長のとか?」
この世界ではそもそも肖像画を飾る習慣が無く、話はうまく伝わらないようだった。
ヒカルは解説を続ける。
「音楽室には、ベートーヴェンとかの昔の作曲家の肖像画が飾ってあって、妙な威圧感があるんだ。それが、夜になると目が動く……とても気味が悪くて怖い話として伝わっている」
「ベートーヴェンは聞いたことがある。あとバッハ?だったかな。昔から異世界の大作曲家として定番だよね」
ロアはベートーヴェンを知っているようだった。ラックは少し驚いた様子だ。
「よく知ってましたね、ロア」
「少し音楽齧ったことあって、そこで知った」
ヴァイは今も怖い話として納得していない。
「そもそも、何で音楽室に肖像画を飾るんだ?」
「それはよく知らない。音楽関係だからか、なんとなく飾ってあって……
何で飾られてるのかわからない所も不気味さの1つなのかもしれない」
「ふーん……不気味なのはわかったけど、動く肖像画が何で怖いんだ?叩き斬ればいいだろ」
こういうところがヴァイの戦闘狂と呼ばれる由縁なのだろうとヒカルは思った。ラックも反論する。
「異世界には魔物は無いって言ったじゃないか。
魔物も魔法もないのに、動く。これが怖さの本質なんだよ。
ヴァイだって、相手の魔法限界範囲外から魔法が飛んできたら怖いだろ?」
「ああ、そういう感じか」
戦闘での恐怖とはまた違うんじゃないかとヒカルは思ったが、納得しているなら付け足さなくてもいいかとも思って放置する。
雑談に花を咲かせていると、工作室に到着した。
一見すると、“ニホン”の工作室とほとんど変わりない。電気ノコギリが足踏み式だったり、本格的な炉が隅に据えてあるのが明確な違いであろうか。
「おお……!
この炉は、魔法と燃料両式型!
鉄や溶石での細工が可能な温度まで加熱が可能な型!」
カラレスは炉に張り付いて隅まで眺めている。
「ダチュラに購入を勧めたのであるが、煙の処理が不可能である事と燃料費を理由に却下されたのである……」
カラレスは一行を振り向いて尋ねる。
「次の炉の点火の予定は何時であるか?」
「んー、いつなんだろ。あんまり使われてる印象ないなぁ」
「鍛治の講師が来る時だから、まだあと1〜2年ぐらいはないんじゃないかな」
「そうか……それまでに製作案をまとめる予定を立てよう」
ヒカルにはカラレスがなんとなく楽しそうだということだけしかわからなかったが、楽しそうならそれでいいかなと思った。
カラレスが一通り工作室を見て満足してから、一行は次の目的地へ向かった。
異世界の怪談事情
魔法や魔物といった、いわば死の存在が日常の近くにあるため、怪談やお化け屋敷など、恐怖を楽しむという文化があまり定着しない。
怖い話と言われて一般人が思い浮かべるのは『童話:渡鳥と羽根』などの童話の罰パートに当たる部分が主。
『童話:渡り鳥と羽根』
あらすじ
とある村に流れ着いた渡鳥を、村人が丁重にもてなすと、渡鳥はお礼に羽根を手渡した。村人が羽根を振ると、村中の人が大きな多幸感に包まれ、村に活気がみなぎった。
それを妬んだ隣の村が渡鳥を奪い、身体中の羽根をむしり取ると、隣の村全員は死よりも恐ろしい苦痛に襲われ、狂い死にしてしまった。
“渡り鳥”が流れの旅人やみなしごだったり、隣村の住人が改心して苦痛から解放される、などの細かな差異は地域によってあるものの、タイト国南からファイア国全土に知名度が高い民話。
“ニホン”では『花咲か爺さん』などによく見られる、理想的な者とそうでない者の対比構造を強調するタイプ。




