異国からの転校生
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食堂に向かって長い廊下を歩いていると、一行は道中で担任のヤマの姿を見つけた。
「ヤマ先生もお昼食べに行く所かな?」
「さぁ、どうだろう……」
ヒカルが適当な相槌を返していると、隣でヴァイが首を傾げた。
「あの隣の女生徒……見覚えないな」
「女生徒……?」
見れば、ヤマの隣に長い黒髪の女生徒が立っていた。
「たしかに、見かけない顔だね」
ラックもヴァイに賛同する。
ヒカルは疑問に思った。
「学園の全員知ってるの?」
「名前まで完璧にってワケじゃないけど、見た目ぐらいは。
言っても生徒200人ぐらいだし、凄くはないと思うよ」
「ヴァイもラックも、加えて私も見覚え無いってことは、新入生じゃない?」
「新入生!
最近多いよね、ヒカル君といいカラレス君といい……シュウ君もそうだし」
「早速調査開始である!」
いち早く駆け出したのはカラレスだった。
「教授!
そちらの方が何者であるか、という項目は重要な課題である。概要を述べよ」
「おおっと、カラレス君……ヒカル君達もいるのか。まいったな」
「まいった?」
「いや、明日の朝のホームルームでみんなに話すつもりだったんだけどね。
今でもいいか。
彼女は“Z組”7人目のクラスメイトだ」
長い黒髪の少女はにこりと笑い、深々とおじぎをする。
「イチゴと申します。よろしくお願いしますね」
ヒカルはイチゴの動作に僅かな違和感を抱いたが、それを明確に言語化できなかった。
一方でヴァイは顔をしかめる。
「ヤマ先生、もしかして彼女は」
「君の思っている通りだ、ヴァイ君。
彼女の出身はタイト国。タイト学園からの転校生になる」
「タイト国……?」
聞き覚え無い固有名詞だ、とヒカルは思った。
「おや、ご存知ありませんか」
「彼は最近来たばかりの“転生者”、ヒカル君だ。
まだ知らないことも多くてね」
「ご紹介頂きなによりです」
「他のクラスメイトは……」
「王族や有名人については紹介不要ですよ。
青髪の彼はファイア国王子ヴァイ、姉のシトリも在籍しているという話も聞いています。白髪の彼はラック、紫髪の彼女はかの有名な“万年留年”ロアさんですね」
ロアは照れ臭そうに頭を掻いた。
「えへへ、有名人です」
「白髪の一つ結びの彼女と、その隣の少年は……?」
「吾輩達についての概要であるか?
吾輩の名はカラレス!隣はシュウである」
「そうですか。よろしくお願いしますね」
イチゴはにっこり微笑んで言う。
その動作に、ヒカルはやはり何かの違和感を覚えた。
「吾輩達は昼食を取る目的の為食堂に向かう道中なのであるが、ヤマとイチゴも同行するのが良いのではないかと考える」
「先生達も一緒にお昼食べませんか、とのことです」
シュウがカラレスの言葉を翻訳した。
ヤマは申し訳なさそうに言う。
「ごめん、僕は用があるんだ」
「私は構いませんよ」
「僥倖である!食事は多数の人で取るのが最も望ましいのである」
「嬉しいって」
「そうですか、それでは参りましょう」
にこにことした表情を崩さずカラレスについていくイチゴに、やはりヒカルは何かの違和感を覚えた。
一方、ヴァイは渋い顔をして成り行きを見守っていた。
昼時の食堂は混んでいた。
7人がまとまって座れる席は隅にしかなく、それもすぐに取られてしまいそうな人混みだ。
「誰か席取りに残る必要があるな……」
「では、私が残りましょう」
颯爽と名乗りをあげたのはイチゴだった。
「僕も残るよ」
イチゴが名乗ったのを見て、ヒカルも続いた。
7人分の座席は1人より2人で確保した方がいいと考えた為もある。
「了解。じゃあ、イチゴとヒカルは食べたいもの言ってよ、持ってくるから」
「私にはパンとサラダ、山羊乳をお願いします」
「僕はサンドイッチと水を」
5人のクラスメイト達は7人分の食事を受け取りに向かった。
人が減った所で、ヒカルは話を切り出した。
「タイト国について興味があって」
ヒカルの本命はイチゴについて知ることだ。彼女を取り巻く若干の違和感、それをはっきりさせておきたかった。
しかし、一般常識であろう国についてを大人数の前で聞くのは抵抗があった。
「構いませんよ。
タイト国は、ファイア国より北方に存在する国です」
流れるようにイチゴは説明を始めた。
「ここからの距離は飛行船で3日ほどかかるでしょうか。
土地の魔力は多く領地も広いですが、寒冷な気候と凶悪な魔物が多く発生する土地柄、ファイア国に比べるとあまり発展はしていません。
目立つ産業は水産業、畜産業、観光業です。
現在建国から2109年経過しており、第15代目の国王ディアン・ロイド・タイトが政を行なっています」
話の内容は特に気にかかるものはなかったが、それ以上にまるで機械の自動再生かアナウンサーの読み上げのようなイチゴの様子がヒカルの注意を引いた。
「あの、それって全部覚えてるんですか?」
「はい」
「記憶力良いんですね」
「タイト国民の間では当たり前の能力です」
「……そうなんですか」
もし自分がタイト国民だったら、落ちこぼれてしまいそうだとヒカルは思った。
「タイト国で特筆すべき点は、まず犯罪の低さが挙げられます。
建国以来2109年の間、犯罪は1件しか起こっていません」
「1件!?」
ヒカルは疑いの目でイチゴを見る。
どんなに発展した国でも、何千年もの間犯罪が1件なんて信じられるものではなかった。しかし、イチゴは嘘をついているようには見えない。
「はい。
国立魔法研究所が襲撃された事件ですね。
黒鋭剣歴1827年ですから、今から282年前のことになります。
犯罪者の集団が国立魔法研究所を襲撃し、研究中だった国家機密物を強奪。13人が死亡、27人が重軽傷を負った、痛ましい事件でした」
「それは……なんというか、大事件ですね」
「犯罪者集団は現在も逃走を続けており、毎年多くの予算が追跡に充てられています」
「282年も!?……でも、盗られたの国家機密の物なら仕方ない……のかな」
「一般人には機密物としか明示されていませんが、国立魔法研究所の機密物ですから相当な危険物かと想像されています」
研究中の毒物が盗まれてしまった、みたいなものだろうかとヒカルは想像し、パニックは免れないだろうなとも思う。
「なら、当時はさぞ世論が荒れたでしょうね」
「戸締りへの警戒は強くなりましたが、さほど騒ぎはしませんでした。
民は国は全力で犯罪者を追うと信頼していますから」
異世界の倫理観というのはそんなものなのだろうか、という疑問がヒカルの中で浮かんだ。しかし、先日受けたカルチャーショックを思い直すと、まだそういうこともあるのだろうと思う。
「他の国では無いことですが、タイト国の国民は皆国教である『パルフェクトス教』の信徒ですので、国を全力で信頼しているのです」
「『パルフェクトス教』だから信頼……?
因果関係がよくわからないな……」
「『パルフェクトス教』とは、主神パルフェクトスの教えを信じ、恩みに感謝し、導きに従うことを教えにしている、いわゆる宗教です。
歴代国王は主により選ばれた者のため、国王の意思は主の意思なのです」
信仰とは自分には馴染みのないものだ、とヒカルは思う。
「ヒカル、タイト国民の話はまともに受け入れない方がいいぞ」
その時、食事を持ってきたヴァイが話に割り込んだ。
ヴァイの突き放した言い方にヒカルは動揺すると同時に既視感を持つ。
先日、大人にいわれない暴力を振るわれていたカラレスを見なかったことにしようと言っていたのと近い態度だ。
ヴァイはヒカルとイチゴに頼まれた食事を渡すが、表情は浮かばない。
ヒカルは尋ねる。
「どうしてそんなことを言うんだ?」
「……。
タイト国民は、生まれてすぐ国教で“洗脳”されるからだ」
「洗脳!?」
ヒカルは驚いてイチゴを見た。
イチゴはピクリとも動揺しない。
「他国の人にはなかなか受け入れてもらえませんが、これも幸福の1つの形であると考えます。
タイト国の国民は伝統として出生後50日の間にパルフェクトス教の教会に行き、“洗礼”を受けます。
すると、安定した感情や勤勉さ、信仰の心を、未熟な精神に宿すことができるのです」
「よくできた国教だよ。自由意志が作られる前に愛国心と常識を植え付け、“洗脳”を是としながら成長する」
ヒカルは話を聞いていると目眩がしてきた。
「そんな、人権ってものはないのか!?」
「前に言ったろ、赤子に……“羽化”を迎えてない子供に人権も意思もない。
社会が子供を殺す愛しき我が国か、自由意思を最初から摘む宗教独裁国家か……どちらの地獄が良いんだか」
ヴァイは皮肉めいた口調で言い、苛立った様子で二股のフォークで山菜サラダを突き刺した。
「タイト国民に自分の意思というものはない。
国家が“洗脳”で植えた“常識”の元に動くだけだ」
そこまで言わなくても、とヒカルは思った。しかし、イチゴは、タイト国の“常識”は、ヒカルの想像の斜め上を行く。
「それの何がおかしいのでしょう。
タイトの国民は皆“常識”の元、互いを慈しみ、競い、国を育て、幸福な生活を送っています。
貴国は年間10万体の子供を意図的に死に追いやっているという調査結果が出ていますが、タイト国は病死を除いての死亡数は0体です。
また、タイト国民の99%が15〜18歳の間に“羽化”を終わらせますが、ファイア国民は6割にも満たないという調査結果が出ています。
自身で“常識”を育てるより、効率的な生の在り方ではありませんか」
ヒカルはだんだん頭が痛くなってきた。
「その効率化の先にあるのが自我の唾棄か。
イチゴ、お前は何番だ?」
「私の正式名称は15935・9901・672・タイトです。
イチゴとは愛称です。本名を全て名乗ると長いので」
ヒカルは“ニホン”にいた頃読んだ小説でディストピアと呼ばれていたものを連想した。
ヴァイは呆れた様子でヒカルに言う。
「どんなタイト国民でも、番号以外全く同じやり取りになる。男も女も、大人も子供も皆一様にこうだ。
皆、タイト国のためなら喜んで命も捨てるだろう。自発的な愛国心からじゃなく、“洗脳”されて植え付けられた意思からだ」
「お言葉ですが。
産まれた時点で思想の自由が無い点は、人類普遍の問題ではないでしょうか。
産まれた時点で母国語を選べないように。貴国であれば両親の思想を選べないように。
であるなら、タイト国民の在り方も自然なものかと考えます」
ヒカルは胃が痛くなってきた気がして、早めにサンドイッチを一口齧った。
「なになに、なんか難しい話してるね」
遅れて戻ってきたラックが話に飛び入り参加した。
「ヴァイさんが、何故人は産まれながら幸福の形を選べないのか、というお題で話をしようと」
そんな軽い話だったかな、とヒカルは困惑する。
「幸福の形かぁ……
……なんとなく、どういう話の流れだったのかはわかったよ」
げっそりしたヒカルの顔と不甲斐なさそうなヴァイの顔を見て、ラックは苦笑いして言った。
一緒に戻ってきたカラレスやロア、シュウも食べながら話に加わる。
「幸福の形……についてが議題であるか?
吾輩は皆と学ぶことが現在極めて重要なことである!」
「みんなと学んでいるのがとても楽しいそうです。
気持ちわかるなぁ。
オレも、好きなこと学びだしてから楽しいなって思うようになったから」
「ふーん。シュウは何学んでる時楽しい?」
ロアはシュウに尋ねた。
「オレは武道を学んでいるのが一番楽しいなと思います。
孤児院では魔法を教わったけど、オレ、魔法はてんでダメで……」
ヒカルは、魔法の練習中にシュウの魔法が暴発して枝を折ったことを思い出した。
「ダチュラの采配が悪手と評するしかあるまい。
シュウは間違いなく剣の技の才がある。されど、経営に差し支えると魔法を教えたのである」
「剣士より魔法使いの方が高級取りになるのは重々聞かされたけどなぁ……やっぱり得手不得手ってのはあるんだよ」
「シュウもパルフェクトス教に入信すれば如何でしょう。“洗礼”を受ければファイア国の並の魔法使いより強い魔法使いになれます」
「ええっ、そんなものあるの!」
怪しいセールスのキャッチコピーに飛びつくようにシュウは身を乗り出した。そこにヴァイが声を張り上げて割り込む。
「なあ、シュウは剣の技を鍛えるのが好きなんだよな?
俺で良ければ、鍛錬付き合うぜ。魔法の扱い方についても手伝えると思う」
ヴァイの提案に、シュウは嬉しそうな表情を見せる。
「じゃあ、“洗礼”やってヴァイさんに鍛えて貰えばもっと強く」
「たしか“洗礼”はタイト国でしかできないんじゃなかったかな」
ヴァイは速攻で言葉を挟んだ。
「はい。
飛行船で3日かかるので……“洗礼”は簡単には受けれません」
「そっか……それは残念」
「特訓なら、午後からでもできるぜ」
「うわあ、嬉しいなぁ」
シュウは純粋な笑顔でパンを齧っている。
「剣の方を魔法より先に鍛えたいよな?」
「はい」
「だったら、場所は中庭より第三武道場の方がいいな」
「……だいさんぶどうじょう?」
シュウは何処のことかさっぱりわからない、という顔をした。ヒカルも同じ顔をする。
ロアは理由にいち早く気づいた。
「もしかして、2人共まだ学園内をよく知らないんじゃない?」
「それは大変だ!」
ラックが驚きの声を上げる。
「鍛錬とかそういうのの前に、ちゃんと学園を一通り回って、何がどこにあるのか知っといた方がいいよ。
いつ迷子になるのか、わかったものじゃない」
「迷子になったら鍛錬も何もないか……」
「イチゴさんも、“常識”には学園の施設は入ってないでしょ」
「それは確かにそうですが」
「見回っておいた方がいいよ。迷子になって数日見つからないなんてザラにあるから」
ロアはまるで見てきたかのように言った。
「でも、そういうのって学校側から開催するものじゃないの?」
ヒカルの疑問を、ロアは否定した。
「新学年が来た時はみんなで学園内を回る臨時授業があるけど、それ以外無いから転入生は迷子になりがちなんだよ」
「迷子になるのは困るな……」
学園はヒカルが“ニホン”で見たどの建物より大きく複雑な構造をしている。普段はロアやヴァイ、ヤマなどについて回っているからいいものの、1人になった途端に現在地もわからくなりそうだった。
「よおし、今日の午後の予定は、学園内見回り旅、新規3名様ご招待!に決定!」
ロアが高らかに宣言し、ヒカル達の午後の予定が決定した。
タイト国
パルフェクトス教を国教として讃える、この世界最大の宗教国家。
ヴァイは皆一概に同じことを答えると言ったが、実際は保守派や革命派など思想は個体によって差が存在する。
1人の王と選挙で選ばれた10人の政治家が政治を執り行っており、政治家のうち6人は保守派、1人はは革命派、3人は穏健派である。
産まれてすぐ“洗礼”を行う伝統や国民全員が自国第一主義であることなどが他国の反感を買っているため、外交は余り得意としていない。
子供に対する扱いは世界の中でも珍しく丁重で、10歳を迎えた子供に靴と仮面を与えて祝う伝統行事が存在するので有名。




