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命の価値

11/13

 ヒカルが目を覚ますと、そこは医務室だった。寮の部屋でないことにヒカルが困惑していると、気付いたロアが声をかけた。


「わ、ヒカル君、おはよう」

「おはよう……ございます……?」


 ヒカルが身体を起こそうとすると、頭に鈍い痛みが走った。


「あ、無理しないで。

魔力を使い過ぎると、身体に負担が出るから」


 ヒカルは頭に手を当て、ゆっくりと記憶を辿る。


「あの少年は……」

「大丈夫、一命は取り留めたよ」

「よかった……」


 ヒカルがほっと息を吐いた。窓の外を見ると、木々の向こうに青空が見える。帰還時は日暮れだったことを思い出し、ヒカルはロアに尋ねる。


「あれから何時間経った?」

「一晩明けたぐらい。

さっき終業のベルが鳴ったから、一晩明けたと言うには寝過ぎな感じはあるけど」


 ヒカルとロアが話していると、医務室の扉が開き、どこかうんざりした様子のヴァイが入ってくる。

 ヴァイはヒカルが目覚めたのに気づくと、すぐに表情を明るくした。


「目、覚めたか!

大丈夫か、身体痛めてないか?」

「特に痛くはないよ」

「そっか、よかった。

墜落した時受け止められなかったから、どっかたんこぶとか作ってたらどうしようかと」

「あ、私先生にヒカル君も目が覚めたって報告してくるね」


 ロアは急いで廊下を走っていった。


「墜落した時って……あの後墜落したの!?」


 最後の辺りは記憶が曖昧になっていて、ヒカルには墜落したという認識はなかった。


「ああ。俺も力尽きちゃってさ……本当、全員無事に済んでよかった」


 同じように力尽きた身にしてはヴァイが気楽に歩き回っているのに、ヒカルは疑問を抱いた。


「ヴァイは回復が早いんだな」

「俺は慣れてるから。気絶の仕方にもちょっとしたコツがあるんだよ。

ま、知らないに越したことないんだけどな?

俺たちは特に、魔力をカラにすると怒られるし」

「怒られるの?」

「初犯のヒカルは注意で済みそうだけど、俺はこってり怒られましたとも」

「それって、もしかして今怒られてきたばっかりだったりする?」


 医務室に入ってきたばかりの不機嫌なヴァイをヒカルは思い出した。

 ヴァイは、あからさまに大きなため息をついてみせる。


「ご明察。空を飛ぼうって提案したロアやラックも絞られたけど、なんか俺だけ念入りに絞られた」

「そっか…」


 それは慣れるほど気絶しているという日頃の行いからでは?とヒカルは思ったが、口には出さなかった。


「……ありがとな」

「えっ?」


 少しの沈黙の後、唐突にヴァイはそんなことを言い出した。


「ヒカルがいなかったら、俺はまた、救えない所だった」


 そのセリフはヒカルには余りにも重く聞こえ、何と返せばいいのかわからなくなってしまう。


「あんな状態の奴を助けられたのは、初めてだったんだ」

「初めてって……」


 魔法があるこの世界ではどんな怪我でも解決、という印象がヒカルにはあった。実際にヴァイが人を癒す所も何度か見た。それでも救えない人間がいると知って、ヒカルは戦慄する。


「どうして、この世界では、助けられない人間が医者をやってるんだ」

「……この世界じゃ、子供の命は軽いんだ」


 ヴァイは淡々と語って聞かせた。


「治癒の魔法の発達で、子供を作るのにリスクが殆どなくなった。そこまではまだ良かったのに、この世界では“大人”が力を持ち過ぎていた。

次第に倫理観が都合よく曲げられて、気づけば“子供”は使い捨ての駒みたいになっていたんだ」

「そんな馬鹿なことあるかよ……同じ人間じゃないか!」


 ヒカルは強い感情に引っ張られ、自分で思った以上の大声を出していた。


「同じ人間じゃないんだ。“大人”になるまでは俺たち子供は人間もどき、できそこない、なりそこないなんだ。

皮肉なことに、魔獣や魔物なんかと戦わなきゃいけないこの世界じゃ、使い捨てに出来る知性体がいるのは都合が良かったらしい。

“大人”だけ人権が確立されて、医者は“大人”の身体だけ把握してればいいものになった。

最悪救えなくたって、社会的責任とか無いからな」


 ヴァイの口調には、諦めの感情が多く混じっていた。ヒカルはふと、自分がカラレスを助けに行った時のヴァイの様子を思い出した。

 世界に対しての絶望と、無力な己に対しての絶望。

 それらがヴァイを苦しめているのだと、ヒカルは実感した。


「それでも……」


 ヒカルは言った。


「諦めたら、ダメなんだ。

納得したら、それでおしまいなんだ」


 何の理由があってかはわからないが、ヒカルは心の底からそう確信していた。

 珍しく力強いヒカルの言葉にヴァイは驚きつつも、勇気づけられたように感じた。


「……そうだな。

諦めなかったからこそ、あの少年も助けられた」

「あの少年……この後どうなるんだろう」


 無我夢中の余りその後のことについては何も考えていなかったことを、ヒカルは今更思い出した。ヴァイも同じことを考えていたようで、しまったという顔をしている。


「どうなるんだろう……」

「孤児院に戻す……わけにはいかないか……」


 元あったところに戻ればともヒカルは思ったが、孤児院のサジバのあんまりな言いようを思い出した。


「他の孤児院だって空きはないだろうし……かと言って1人で生きるには厳しい……

……なあ、ヒカル。“迷宮”で稼いだあの金だけどさ。学園の入学資金にしてもいいか?」

「そんなことができるの?」

「金貨50枚で寮代含めた学費一年分は優にある。ここで何年か学んで自給自足できるようになるまで時間稼げば後はどうにでもなるだろう。

学園は研究費がかさむとかで、日々火の車らしい。交渉する余地はあると思うぜ」

 

 ヒカルの体調も次第に良くなってきたので、2人は早速学園で一番偉い人、学園長の部屋に直訴しに行くことにした。

 コンコンとドアノブを叩くが、反応は無い。


「学園長なら、今は留守にしておりますよ。

父上に呼ばれて」


 ヴァイはまるで悪戯がバレた子供のようにびくりと肩を震わせた。

 声の主は、金髪碧目の凛とした少女、ヴァイの姉であるシトリだった。


「姉上……何をしに、ここまで」

「学園長に資料の届け物があった故に」


 そう言って、シトリはドア脇に置かれたカゴの中に持っていた大きな本を入れた。

 その様子をヴァイは苦々しげに見る。


「ああ……そういえば姉上は図書室員でしたね」

「そんなことはどうでもよいのです。

ヴァイ、あなたという人は、王族という自覚が無いのではありませんか。

転生者の力を借りて夜間飛行など、言語道断。

王都の人々が今回の騒ぎでどれだけ混乱しているのか、想像ができますか。

学園長はあなたの代わりに父上の前で謝罪の意を述べに行ったのです」


 まるで母親みたいだ、とヒカルは思い、不快感を抱く。


「知りませんね。子供の治療ができる医者が居ない街の混乱なんぞ、それこそどうでもいいことです」

「またそのような勝手な理屈を……これは歴史にも関わる重要な問題で」

「行こうぜヒカル!学園長の代わりにヤマ先生に相談しよう」

「あ、ああ!」


 シトリの止める声も聞かず、ヴァイとヒカルは駆け出した。広い校内を逃げ回り、追っ手を巻いたヴァイは、ヒカルがこれまで聞いた中で一番深いため息をつく。


「嫌になる女だよ全く……」

「……同感」

「だよな!そうだよな!

あいつはいつも正論しか言わねぇんだ。だから大人からはいい子ちゃん扱いされてる、ただの道化だよ」


 ヒカルはその言葉に共感を覚える。


「僕も似たような妹がいたから気持ちはわかる」

「おお、マジか。

こればっかりはラックはわかってくれなくてさ……あいつんちは男兄弟だけだし」

「子供なのに、殆ど小さい大人なんだよね、ああいうのって」

「わかるわかる。大人の倫理わかってる自分賢い、っていうの?馬鹿だとは思わねぇのかな……」

「そういうのがわからないから、子供のこともどうだっていいんだろうね」


 ヒカルの中ではヴァイの理屈がとても正しく見え、まだ会話を交わしたことのないシトリは既に軽蔑の対象にすらなっていた。

 そんな会話をする2人を、声が(たしな)めた。


「こらこら、人がいない所で悪口で盛り上がるのはどうかと思うぞ」

「ヤ……ヤマ先生!」


 いつの間にか2人はヤマの専用室前についており、2人の後ろにティーポットを持ったヤマが道を塞がれて立っていた。


「こんな所に何の用か、と聞きたい所だけど立ち話も何だ、中でお茶でもどうだい」


 ヴァイとヒカルは言われるがままに専用室に入り、ヤマが準備した椅子に座った。

 ヤマの専用室は、研究者の部屋にありがちなカオスな室内と形容するのが最も簡単だ。本が平積みされた上に書類が雑多に積まれ、所々に割れた結晶や折れた枝が差し込んであった。

 ヤマは2人の話を手短に聞く。


「ふーん、なるほど。あの少年を学園で……

悪くないんじゃないかな」

「本当ですか!」

「孤児院の人は所有権放棄するって言ってたんでしょ?」


 ヤマはガサガサと机の上の書類を探した。


「多分こんな感じの書類が孤児院にあると思うから貰ってきてよ」


 ヒカルは突き出された書類を見たが、少しも読めなかった。代わりにヴァイが読む。


「児童所有書、ですね」

「そう。これがある方が手続き楽だから取ってきてもらえると助かる」

「そういうことなら、俺行ってきます」

「僕も行ってもいいですか」

「ああ、構わないよ。

流石に、あまり派手なことはしないでもらえると助かる」


 そう言ってヤマはヒカルたちに目くばせした。


「なるほど、目立たずやれと」

「えっ、そういうこと!?」


 ヤマは口笛を吹いて紅茶を注ぎ直し、飲み干した。


「さて、そろそろ僕は午後の授業が始まる時間だ。

君たちは舟に乗るといい。早く行かないと、いらない書類として捨てられてしまうかもしれないからね」


 その時、専用室のドアが開いて、ロアが入ってきた。


「ヤマ先生!それにヒカル君にヴァイも!こんな所でお茶しばいてたんですか、探したんですよ!」

「ごめんごめん。

給湯室でお湯沸かしに出かけた時にすれ違ったみたいだね?」

「あとヴァイ。お姉さんがお冠の様子で探してたけど?」

「うんうん、日が暮れるまで探させておこうじゃないか。それはさておきロア、俺たちまた出かけるんだけど来る?」

「出かけるって、どこに」

「あの孤児院」

「……あー……書類もらいに行くのか……」


 わずかなやり取りで、ロアはすぐに目的を察した。


「しょーがないな……私もついていくよ」

「ヤマ先生は、次は地味に目立たずやれってさ」

「はぁい……反省してまーす」


 ヤマは口笛をわざとらしく吹きながら去っていった。


「……なんていうか、とてもずるい人だね」

「そうか?やる時はちゃんとしてる人だし、俺たちを信頼してくれてるいい先生だ」

「……そうかな?」


 ヒカルは責任を押し付けられているような感じを抱いたが、ヴァイがそう言うのならとマイナスな印象に目を瞑ることにした。


「さて、行こうぜ。舟が出ちまう」


 3度目の道中は既にヒカルにとって慣れた道になりつつあった。

 孤児院には、見覚えのある、ガラの悪い男達の姿があった。カラレスを連れて行った男達だ。子供達を返している道中のようで、出かけた時より子供の数は少ない。

 周囲にカラレスの姿はなかった。

 ヒカルが嫌な予感がして男達の会話を念入りに聞いていると、リーダー格の男は悪びれもない様子で言い出した。


「いやあ、悪いな。おたくの嬢ちゃん、動きが鈍くてさ。

崖から落ちて消えちまったわ」


 それを聞いたサジバは複雑そうな表情をしている。


「それでは、違約金10金貨を頂きましょうか」

「その件なんだが、ちょっと前……一昨日ぐらいだったかな?あの嬢ちゃん借りた時、大事な遺物を崖下に落とされたんだ。その代金が20金貨ばかしにはなる。

どうだい、その時の差額ということでチャラってことには」

「……まあいいでしょう」


 ヒカルにとっては信じられないことに、サジバは納得し、男達から書類を受け取り、孤児院に帰って行く。

 ヒカルが追いかけ、孤児院の建物内に入ると、サジバは書類の整理をしている所だった。


「今度は何の用ですか。

カラレスなら死にましたよ」

「何で納得してるんだよ!?」


 サジバの行動の全てが、ヒカルには訳がわからなかった。百歩譲って、孤児院を運営する大人達と子供の間に人情が無かったとしても、発明品を搾取しているカラレスをあっさり見捨てるのはおかしいとヒカルは考えた。

 そんなヒカルを、サジバは冷たい目で見た。


「頭がおかしいのですか?

ああ、まだ常識が身についていないようでしたね」

「人見捨てることの何が常識だ。それに、お前達にとってカラレスは大事な存在じゃなかったのか……?」

「……おや、“カデン”を発明してたのは彼女だと気付かれていたのですか。

お気遣いなく。あの子は十分な量の設計図とアイディアを遺していきました。モウセゴ財団が潰れる心配はないでしょう。

ところで、何の用でございますか?

ああ、一昨日運び出した彼の処分用の書類を取りにいらしたとか」


 より激昂して噛みつかんばかりの勢いのヒカルを、ロアが制して言った。


「はい。

ついでに、カラレスちゃんのものも頂けると嬉しいです。

この後、私達が探してきても構いませんよね」

「ええ。頭と胴体が無事なら連れ戻してきてくれるとありがたいわ。

よければ報奨金も払いますよ」


 そう言ってサジバは2枚の紙切れを手渡した。

 その様子に、ヒカルはふと理解した。サジバ……いや、このモウセゴ財団という集団全体が、子供の命の価値は紙切れ1枚程度にしか思っていないのだと。

 少し欠けても無くしても、反省するほどの物ではなく、多少便利な事が書かれていれば御の字程度の物なのだ、と。

医療事情

ヴァイは医者は子供の内臓なんて治せないと言うが、事実は若干異なっている。

一般的な町医者が医術を習得する際は、身寄りのない子供の身体を使って治験や練習などをするため、全ての医者が内臓について知識が無いわけではない。

ただし、習得時に上記の練習法を行うことを正当化するためか、町医者は子供への認知が歪んでおり、身寄りのない子供は医術の礎となるのが最も相応しいという思想に染まっている医者の割合が多い。

ヴァイは何年かに渡って町中の医者を抜き打ちで調べたが、その実態は子供を騙して内臓移植を行うような医者ばかりという結果に終わった。

町医者は子供の内臓を治せないのではなく、治さないのである。

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