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帰還

10/13

 アクアマ陵前の大通りは、魔物の残骸を売り買いする店が所狭しと立ち並び、どの店舗でも土塊と重りを秤にかける姿があった。

 ヴァイの提案で荷物を換金してから帰ろうということになり、ヒカル達はヴァイの知る店に向かった。

 ヒカルは、立ち並ぶ店の間、人一人がギリギリ通れるような狭い通路の先の、薄暗い雰囲気の店に案内された。所狭しと怪しい壺が置かれ、棚には謎の塊が水に浸かったガラス瓶が並んでいる。ヴァイは、店の奥に声をかけた。


「爺さん、いるかい?」


 すると、奥に吊り下がっている乾燥した薬草の間を分けて、一人の老人が現れた。

 一目で気難しそうだとわかる、険しい顔をしている。


「何だ……王家のクソガキか」

「なんだよつれないなぁ。今日は折角良い獲物が獲れたってのに」

「見せてみろ」


 老人は椅子に座り、蝋燭に火を灯し、ヴァイの差し出した袋から土のかけらをひとつかみ取り、それから蝋燭のあかりでじっくりと土を眺めた。


「土人形の端切れか。質は悪くないが……今は在庫が多いからな。

……一袋銀貨10枚ってとこだ」


 老人は秤に土を乗せ、重さに合った金貨を取り出した。

 無愛想な老人の態度に、ヒカルは不安になってヴァイに耳打ちする。


「ねぇ……僕達、下に見られて買い叩かれてない?」

「心配すんな。10年かけて探した、相手が子供でもまともに相手してくれる唯一の良心的なお店なんだよ」

「そう……」


 ヴァイが言うのなら、とヒカルは追及をやめた。

 土を銀貨20枚で換金してから、ヒカルは手に入れた金貨と指輪を取り出した。

 老人は懐から指先ぐらいの大きさの虫眼鏡を取り出し、金貨の表面や指輪の宝石にくっつけて凝視した。それから、老人は、金貨と指輪の重さを測る。


「……この金貨は本物のようだ。質もいい。買い取ろう。

ファイア金貨200枚ってところか」

「おおー!」

「すごーい!」

「すご……いの?」

「金貨100枚あれば、1年は働かなくても食える」

「つまり……思ってた2倍!?」

「こんな品を得られたのは確かに幸運だ。

だが、こっちはそうでもないようだな」


 老人は机の上に、雑に指輪を放り出した。


「宝石はガラス、台座は銀メッキの鉄。刻印無し、製造年や製造者も不明。ガラスの中に魔法陣が掘ってあるが、効果は解鍵のみ。作りも荒くて美品じゃない。

ガキの作ったオモチャだろうな」


「ぇえー、こんなに綺麗なのに」


 ロアが残念そうに言ったが、老人は既に指輪への興味を失っていた。


「銅貨1枚すら価値はない。持ち帰るんだな」


 ヒカル達は、老人に丁寧にお礼を言い、金貨袋と指輪を手に帰路を歩く。


「ガラスの中に魔法陣が……って話だったけど、つまり、この指輪で解錠の魔法が使えるってこと?」

「“迷宮”の最後で俺が開けた扉あったろ。血縁じゃないヤツは、魔力をかざす代わりに、そういう魔道具を使って開けるんだ。

豪華な宝箱の鍵だったら良いんだろうけど、どこの鍵かもわからないし、金銭的価値が無いって言われてもしょうがないな……」

「そっかぁ……じゃあ、本当にただ綺麗なだけの鍵ってことなんだ」

「ま、それも面白いじゃん。

何を開くかわからない鍵。浪漫だろ?」

「……そうだね」


 ヒカルは指輪をかざして見る。道端に立つ街灯の明かりに照らされて、ガラスは魅力的にかがやいた。その輝きに、ヒカルは何故買い取られなかったのか、わからなくなった。


「……物の価値って、なんなんだろう」

「必要か、必要でないか、だろ」

「そこは浪漫がない言い方をするんだね」

「浪漫だけじゃ、生きてけないからな」

「ただの土くれでも、そこそこの値段になったのに」

「必要とする人がそこそこいるからな。

……その指輪はヒカルが持ってなよ。一番価値を見出してる奴が持ってるのがいい」

「……ありがとう」


 ヒカルは左手の人差し指に指輪をはめた。


「……ところで、今回の収穫の金貨はどうしようか」


 老人から手渡された金貨は、10枚ずつ袋分けされている。

 ヒカルは金貨1枚が“ニホン”でいくらになるのか想像して、無性にヒヤヒヤする。


「流石にこれ持ち歩いて歩くわけにもいかないし……寮の金庫で保管かなぁ……」

「いや、そうじゃないでしょ。

これ、どうやって分けるのか?って聞いてるんだよ、ヒカル君は」


 ヒカルは、えっ、そういう話?と思ったが、口を挟む前にヴァイが言った。


「倒したのはヒカルだし、配分は任せる」

「ええっ」

「ロアもそれでいいか?」

「それでいいか、って、私なにもしてないし」

「だそうだ」

「じゃ……じゃあ、200枚あるから……」


 ヒカルは慌てて頭の中で200を3つに分けようとしたが、すぐに割り切れないことに気づいた。


「各60枚で……残った20枚は、みんなで使えるお金にしよう」

「計算早いなぁ。算学得意なのか」

「まぁ……これぐらいは」

「なんだか貰いすぎぐらいな気がするけど、貰える物は貰っておくよ。ありがとう」

「金貨60枚か……とんでもないな。

残りの20枚で、素材袋とか買おうか?倉庫を借りるのもよさそうだ」


 いつも頼りにしてばかりな割に少なすぎる、などと言われたらどうしようかとヒカルは不安だったが、2人が喜んでいる様子を見てほっとした。


「留守番してたラックへのお土産にしてもいいかもね」

「ああ、それは良い案だ。

だけど、流石に日が暮れちまったから買うのは今度にするか。次に出かけた時何か奢ってやるのもいいかも……

………?」


 ヴァイは途中で黙り、立ちすくんだ。視線の先には、孤児院『竜の尾』がある。

 孤児院の塀の向こうから、黒煙が立ち上っていた。

 3人は尋常でない様子を感じ取り、慌てて駆け出した。

 孤児院の庭はあちこち黒焦げができていて、芝生の地面はでこぼこに穴が開いている。

 ラックの姿は見えなかったが、叫び声が聞こえた。


「危ない!上だ!」

「…っ!?」


 ヴァイがヒカルの襟首を引っ張ると、ヒカルが立っていた地面に何かがものすごい勢いで墜落した。

 それは、ヒカルの身長ほどの大きさの枝の魔物だった。


「何が……!?」

「燃えろっ!

ファイヤー!」


 戸惑うヒカルを庇うように、ヴァイが炎の魔法を放った。しかし、枝は勢いよく空へと飛び上がり、炎を避ける。


「アイビー・ネット!」


 ロアが呪文を叫び、1つの種を投げつける。種は空中で花火のように弾け、投網のようにネットを広げた。

 しかし、枝は、まるで怪物の腕のように枝先を広げると、1本1本の枝葉を爪のようにして、ネットを切り刻む。


「!」


 ヴァイは枝を観察し、険しい表情になる。枝の表面には、赤い返り血が多く付着していた。


「ヒカル、合図をしたら地面を凍らせてくれ!」

「わ、わかった!」


 ヴァイは駆け出し、枝が飛ばす木片の弾丸を避けながら走り、枝に接近する。


「レッドスカイ!」


 ヴァイが空に手を伸ばすと、枝の上空に無数の火の玉が集まり、灼熱のプレートが現れる。


「ヒカル、今だ!」

「アイス・フロア!」


 氷の床が現れるのを確認してから、ヴァイは灼熱のプレートを落下させる。

 枝は空と地面に逃げ場を失い、ヒカル達のいる孤児院の正門へと飛ぶ。


「そう来ると思ったよ!

ウォール!」


 ロアが呪文を唱えると、地面から厚い土の壁が伸び、枝の魔物は壁の中にめり込んだ。

 ロアは腰に据えた介錯用の短剣を取り出し、枝に切先を立てる。

 刃をめり込ませようとロアが力を入れるが、枝の魔物はロアごと弾き飛ばし、土壁の中から脱出した。

 枝の魔物は宙を飛び、次の獲物を吟味し始める。

 しかし、途中でピタリと動きが止まった。枝の魔物の丁度真ん中に、1本の短剣が刺さっていた。力を失った枝は、ぼとりと地面に落ちる。


「これは何事ですか!?」


 孤児院の玄関ドアから、サジバが庭の惨状を見て言った。

 ヒカルは残った枝を見て、それが、昼間自分が折った枝だということに気づいた。根本の方に接着剤でべたべたにくっついた添木やツタの残骸が見えたからだ。

 その時、ある程度大きさのある生き物の死骸は魔物になる、ということをヒカルは思い出した。

 自分がこの惨劇を作り上げた、というショックに戸惑いながら、ヒカルはヴァイの姿を探した。

 ヴァイは庭園の隅にいた。隣にはラックが座り込んでいる。ラックの制服には血液のしみがついている。


「ラック、大丈夫か?」

「僕に怪我はない……だけど、彼が」


 ラックの隣に倒れている少年は、昼間ヒカルに氷の魔法を誤射した少年だった。口から血を流し、手足がピクピク痙攣している。腹に大きな怪我をしているようで、服が赤黒く染まっていた。

 ラックは彼なりに回復させようとしたが、技量が足りずにうまくいかなかったようだった。

 ヴァイは患部を確認し、唇を噛む。


「出血が酷いな……応急手当てはするけど、これは医者に見せるしかない。内臓が潰れている」

「そんな……!」


 ヒカルは、途方もない罪悪感に駆られた。

 魔法の練習をしなければよかったか。枝を折ったことを素直に謝っていればよかったか。カラレスを追って“迷宮”に行かなければよかったか。さまざまな後悔がヒカルの脳裏を過ぎる。

 そこへ、庭園の被害を見ていたサジバが通りかかった。


「申し訳ありませんでした」


 そう言って頭を下げたのはロアだった。


「さっき、枝を折ってしまったのに、直せば大丈夫だと思って……」

「ああ、原因はあなたたちだったですか。

悪意が無いのなら許すけど……知らないことは罪ですよ。ちゃんと庭木の弁償はしてもらいますからね」

「そのことなんですが、彼が……」


 ロアは怪我をした少年の姿をサジバに見せた。

 サジバは一瞬目を丸くし、そのあと目を伏せる。


「……残念ですね。

彼は優秀な個体ではありませんでしたから、この辺りが潮時でしょう」


「……は?」


 ヒカルは耳を疑った。


「何……何言ってるんだよ!?まだ、まだ息があるんだろ!?」

「はぁ」


 サジバは眉をひそめた。


「私が彼の医療費を払います。

これを。金貨20枚が入っています」


 ロアは懐から金貨が入った袋を2つ取り出した。ロアへのわけ前としてヒカルが渡した袋だ。

 サジバは袋を受け取り、逆さまにして手のひらの上に金貨を晒した。


「これだから、価値のわからない子供に大金を持たせるのは罪なのです。

金貨20枚で庭園の修理費と同額程度でしょうに」

「じゃあ、僕がーー」

「いいえ、結構です。

彼は廃棄処分となる運命。その処分を代行すると言うなら、身柄ごと差し上げましょう」


 サジバは淡々と言って、踵を返して孤児院の中へと帰っていく。庭の端に集まって隠れていた子供達が、そろそろと出てきて、遠巻きに怪我をした同胞を見た後、特に助けもせずに孤児院へ帰っていった。

 ヒカルは、後悔と疑問、怒りと恐怖の感情が混ざりあって、どう反応すればいいかわからず立ち竦んだ。


「この世界は……狂っている」


 サジバの当たり前の行動は、ヒカルの目には決して受け入れ難いものに映った。


「異世界の常識なんてそんなものよ。

さあ、せっかく身柄を貰えたんだから、早く医者に見せに行かないと!」


 ロアがヒカルの腕を引っ張り、少年の元へと連れて行く。少年は、ヴァイによって介抱されていて、今は昏睡状態のようだ。ヴァイは血塗れの手を腹の傷口に当てている。


「どう、町医者でも直せそう?」

「……難しい。

内臓が3つ潰れていて2つは完全に失われている。太い血管が裂けている。血管はどうにか治せたけれど、血を失い過ぎている。

……それに、こいつは子供だ。子供の臓器を治せる訓練をしている医者は少ない」

「じゃあ、学園の保健室に行くしかない」

「今から、どうやって行くって言うんだ?

学園にすぐ出発する便があるとは思えない。時間もかかる……それまで、体力が持つかどうか……」


 ヒカルは医療について詳しくなかったが、手遅れだということは十分に理解できる。


「なら、別の方法で帰るだけよ。

ラック君!」


 ロアは、落ちていた枝の魔物だったもの拾い上げ、刺さっていた短剣を引っこ抜き、枝をラックに放り投げる。


「3人乗りの空飛ぶ乗り物を作って。ラック君ならできる」

「わ……わかった」

「ロア……もしかしてお前、だいぶ馬鹿なこと考えてるな?」

「無駄口叩かないで、応急手当てを終わらせて。振動に耐えられるぐらいには」


 ラックが掲げた枝を強く握りしめると、枝の端が伸びだし、形を作り始める。


「ヒカル君!」

「は、はい!」

「これからヒカル君は空を飛ぶ魔法の動力源になってもらいます。だいぶしんどいと思う。それでも、彼を助けたいと思うなら、覚悟して、食いしばって」


 ロアはいつになく鋭い真剣な目でヒカルを見た。

 その剣幕に、ヒカルは頷く。


「ロアさん、準備できたよ!」

「こっちもどうにか!」


 ヒカルがラックの方を見ると、木製のペガサスのようなものが形作られていた。羽根や翼はどこか機械や鎧を思わせる意匠になっている。


「これは……!?」

「魔力を通して擬似的に魔物化させたもの……って言ってもわかんないよね。今度時間ある時に説明する。飛行の動力の基本は滑空だからコントロールはあんまり効かない。変なものに出逢わないことを祈って!」

「なら、まず山肌の牧場から洞窟を通って山脈の外周に出て」

「わかった」


 ヴァイは少年を自身の背に乗せ、おぶい紐のように固定しながら、ラックの説明を聞く。


「突貫で耐久も無いから気をつけるんだよ!」

「了解、了解っと」


 ヴァイは鳥の背に乗り、ヒカルに手を差しのべた。


「乗れ!行くぞ!」

「あ……ああ!」


 ヒカルは手を取り、ヴァイに続いた。とりあえず座席に座り、ヴァイの肩にしがみつく。


「出発!」


 ヴァイは手綱をピシリと鳴らした。

 途端、木製の頭から足の先まで、全ての関節が滑らかに動き始める。

 足が順繰りに動き、木製の馬は弾かれたように駆け出した。


「っし……跳ねろ、木偶(デク)馬!」


 ヴァイがパチンと手綱を鳴らすと、木製の鳥はぴょんと跳ね、牧場の柵を飛び越えた。

 草原を走る鳥は、山際にある洞窟へと突入する。色とりどりの鉱物が突き出る間を駆け抜け、巨大な湖を跳び越える。やがて洞窟の出口が見え始め、出口の暗闇の切れ目からは、ほのかにオレンジがかった夜空が垣間見えていた。


「飛び上がれ!」


 ヴァイが叫ぶと、木製の馬は洞窟外の崖のふちを蹴って、大きく跳び、ずっと閉じていた翼を伸ばした。

 木製の馬は風に乗り、大空を滑空し始める。


「よし……次は、左に旋回っと……」


 ヴァイの小気味いい手綱捌きで、木製の馬はゆっくりと左へ向く。

 ヒカルは急に気分が悪くなってきているのを感じた。乗り物酔いとは違う、風邪を引いた時のような強い倦怠感を覚える。


「もう少しの辛抱だ。パンが焼けるよりも早く済む」


 ヴァイは山の方を見て目を凝らした。淡い夕日に照らされた山肌の中に、輝く光の集まる場所がある。それは、日が暮れかけ、灯りをつけ始めた街の光だった。


「よし、繁華街が見える……ってことは、現在位置は山の東側で合ってるな」


 ヴァイは手綱をピシャリと鳴らし、木製の鳥を羽ばたかせ、落ちてきた高度を上げた。


 次第に体調が落ち着いてきたヒカルは、何気なしに、繁華街とは反対の、夕日が沈む方向を見た。

 地平線までずっと広大な森が続いていて、点々と街や村の灯が見える。王都があるような山脈はなく、繁華街から流れる川が一筋の帯のように続いている。

 しかし、その光景もすぐに殆ど見えなくなる。夕日が地平線の奥に完全に飲み込まれたからだ。


「……やべぇな」


 ヴァイは不安げに前方を見る。

 山の中に不自然に明るい光を持つ建物が見え、かろうじて学園の方角だけはわかった。しかし、夕日の反射で見えていた、地上の木々の姿が全く見えなくなり、高度がわかりにくくなっていた。

 ヴァイは念入りに鳥の高度を上げた。

 手綱を持つ手に脂汗が滲み、ヴァイは歯を食いしばって深く呼吸をした。


「……大丈夫?」

「平気……じゃ無ェけど……どうにかなる!」


 ヴァイは手綱を強く握りしめ、気合を入れ直した。

 王都に行く舟で通った川の上空まで来た時だった。

 べキ、という異音が、木製の鳥の翼の部分から聞こえた。


「クソッ……こっからまだあと半分はあるんだぞ!?」


 ヴァイは手綱を片手で持ち、自由になった手で異音のした部分に触れた。

 ヴァイがどうにか直そうと試みると、片手に薄ぼんやりと光が集まって、ヒビを光のかけらが埋めていった。


「よし、こんなところーー」


 2人がほっと一息ついたその時、空に不穏な羽ばたきの音が響いた。

 ヴァイがはっと頭上を見上げると、無数の青い目玉が視線を返した。それは、一つ目のコウモリの集団だった。

 暗闇で光ったヴァイの魔法に釣られて来襲したのだ。

 ヴァイは咄嗟の判断で鳥を傾ける。直後、一つ目コウモリの集団は小さく鋭いツメを振りかざしながら、すぐそばをすれ違った。


「気をつけろ!あいつらは魔力を吸い取る!」


 僅かにツメがかすっていた翼の先端は、まるで長年雨風に晒されたようにボロボロになっていた。


 これはすぐに倒さないといけないやつだ。


 ヒカルはこの状況で使えそうな魔法を思い出そうとする。しかし、アイス・フロアで凍らせる床は無く、ファイヤー・ボールなどの魔法は動く集団に向けて放つには不向きだ。

 どうしようか迷うヒカルに、ヴァイは一つの種子を渡した。


「本当は着地用だったんだけどな……

これを投げて動きを封じろ。呪文は『アイビー・ネット』。さっきロアが使ってたやつだ」


 ヒカルは不安だったが、ヴァイの気迫に押され覚悟を決めた。


「わかった」


 種子を手に持ち、ヒカルは後方を見る。まだ一つ目コウモリ達は鳥の後ろを飛び、追いかけてきていた。


「アイビー・ネット!」


 力の入れ方がわからない中、ヒカルは思いっきり種子を投げ、めいいっぱい叫んだ。

 すると、投げつけられた種子は宙で大きく広がり、コウモリの群れの大部分を巻き込んだ。


「やったか!?」


 しかし、ツタの網をくぐり抜けたコウモリが僅かに数匹残っていた。すし詰めになり飛行能力を失った同胞を見た一つ目コウモリ達は、怒り狂って鳥へと突撃を開始した。

 既にガタが来始めていた木製の馬は、眠気に抗う頭のように、ガクリ、ガクリと高度を落とす。

 脚がコウモリの攻撃を受けて壊れると、残骸は塵のように散った。


「クソッ、あとちょっとなのに……」


 学園の建物は目前まで迫っていた。距離は500メートルといったところだろうか。


「悪い、もうちょっとだけ魔力を使う!」

「頼む……!」


 ヒカルは言った途端、身体中の力が抜けるのを感じた。視界も朦朧とし始め、頭の中が締め付けられる感覚に襲われた。

 木製の馬は学園へ殆ど墜落するように飛んでいき、学園を囲む塀にぶつかってバラバラに砕け散った。

 魔力を使い果たしたヒカルは抵抗する力もないまま地面に放り出され、そこで意識を失った。

『魔物化魔法』

魔力を物体に注ぎ込み、擬似的な魔物を作り出す魔法。

熟練が必要だが物体を様々な形に変えることができる。ただし、常に魔力を通しておかなければ形を保てない。習得者は皆揃えて「水で像を作る感じ」と形容する。

一度形創られれば、作成者以外が魔力を通す事でも形状を保つことができる。

作中で作られた木製ペガサスは造形美・魔力拡張・耐久性・滑空能力と様々な機能を備えた超高性能ペガサスだったのだが、緊急事態故に特に褒められる事なく使い壊されてしまった。

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