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侵入

9/13

 アクアマ陵の入り口のゲートには、何人もの係員が立っていた。係員達は、“ニホン”に昔あった駅のように、通行者の入場証をチェックし、通す仕事をしていた。

 何人かが通過し入場証が貯まると、係員は側に控えた鳩に入場証の入ったカゴを持たせ、ゲート前の巨大な柱に向けて飛ばす。柱でカゴを受け取った係員は入場証を柱に括り付けている。

 多くの人数を捌く為、システマチックに洗練されているのだ。


「すげぇ……」


 ヒカルは都会に出てきた田舎者のように目を丸くして見上げた。


「初めて見るとやっぱすげぇよな。

でも、そろそろ行かねえと見失っちまう」

「そうだね、早く行こう」


 しかし、入場証を書くスペースは人でごった返していて、なかなか近寄れそうになかった。カラレスを連れた男達は定期券のようなカードを持っていて、すぐに入場の列に並んだ。


「どうしよう……」

「慌てんなって、心配いらない」


 ヴァイはパチンと指を鳴らした。

 すると、未記入の入場証と備え付けの羽根ペンがふわりと宙を浮き、ヴァイの元へと飛んできた。

 入場証が飛ぶ途中、羽根ペンがその表面をさらさらとなぞり、ヴァイの手元にやってくる時には既に全ての項目が記入済みだった。


「まぁ、ざっとこんな所かな」


 ヴァイは片手で羽根ペンを元の位置に投げ入れ、隠しきれないドヤ顔で言った。


「すごい」

「だろ?だろ?

石を浮かせる魔法を極めるとこういうことができるんだ」

「いいなぁ」


 ヴァイのおかげでスムーズに内側に入ると、いくつかの看板がヒカルの目に止まった。目に止まったが、読めない。


「あれは道しるべだ。【第一王子陵】とか【第三王女陵】とか書いてある。この迷宮の元は王墓だったからな。王の子供達の墓もあるんだ。

俺達の行く先は……【第十三王子陵】みたいだな」


 カラレスのいる一行が向かう方向を見てヴァイは言った。


「第十三王子って……そんなに沢山兄弟がいたの?」

「王族としては珍しいけど……それでも少ない方だと思う。俺は歴史には詳しくないんだ」


 ヴァイは助けを求める目でロアを見た。


「……当時は戦時下だったからね。

第九王子と第六王女までは戦争開始10年以内に亡くなったんだよ」

「そうだったんだ…」

「へぇ……」

「だからヴァイはこういう話をしげしげ聞かない!

だいぶ年月離れてるとはいえ、ご先祖様のことでしょうに!」

「お、居たぜ、魔物だ!」


 ヴァイの興味は王家の話よりも迷宮の魔物の方が向くようだった。

 前方に、人の首ほどの大きさの、うごめく土塊がある。カラレス達の行った後に飛び出して来たようで、過ぎ去ったカラレス達団体とヒカル達のどちらを襲おうかキョロキョロしている。


「てやっ!」


 ヴァイが杖を振り下ろすと、土塊は無数のカケラに変わり、動かなくなった。そこにトドメを刺す用の短剣を刺すと、何の変哲もない少量の土に変わった。

 ヴァイは懐から皮袋を取り出し、土を回収する。


「土なんて持って帰って意味あるの?」

「魔物の遺り物だから魔力が多いし、栄養も多い。粘土や肥料として汎用的に使えるから、毛皮よりも価値がある」

「そうなんだ……!」

「今回の目玉はこの土くれらしい。

ほら、さっき入り口前で貰った号外だ」


 ヴァイは数枚の紙の束をヒカルに渡した。その文字もヒカルには読めないが、一番目立つ紙面の真ん中にでかでかとまんじゅうのような物体が描かれているのは理解できる。


「これがさっきの魔物?」


 先程の魔物は表面はさほど整っていなく、まんじゅうより整形に失敗した団子の方に形状が近い。


「さっきのは分体。描かれているのは母体の方だ。土の塊が集まって魔物になっている、群生型の魔物だよ」

「へぇ……そんな魔物もいるんだ」

「覚えときゃいいのは、そういう魔物は、端を適当な大きさに切り取ってからナイフを刺すといいってことだ」


 ヴァイはそう言うと、歪に動く前方の土塊を示した。


「万物まずは唱えてみるべし!さ、やってみ」

「ああ!」


 土塊は先程ヴァイが倒したものより一回り大きい。


「ファイヤー・ボール!」

 

 ヒカルは前回魔物と戦った時と同じように、炎の玉をぶつける。しかし、土塊は微動だにしない。


「効果がないのか…!」


 ヒカルは、ヴァイが土塊をバラバラにしていて、炎の魔法は使っていなかったことを思い出した。

 ヒカルが次の魔法を使おうとする前に、土塊は体内から石を銃のような猛スピードで吐き出した。

 石はヒカルの額に当たり、皮膚と肉を少し抉った。


「イテッ!!」


 ただの土くれと思っていたヒカルには意外にも痛い一撃だった。


「このぉ……!」


 ヒカルはナイフを振り回し、片方の土塊に刃をぶつける。すると、土塊は切先が当たる瞬間、抜け殻を作り出し刃を弾いた。

 不意を突き、土塊の本体がヒカルの腹に直撃する。それは落石のような威力すらあった。


「ゴハッ!?」

「おい、大丈夫か?」

「う……なんとか……」


 ヒカルは立ち上がり、改めて土塊と対峙する。

 そして、ナイフを左手に持ち替えると、右手で拳を握りしめ、土塊に振り下ろした。

 意思を持つ粘土のように、土塊はヒカルの右腕に食らい付く。

 がっちりと土塊が腕を掴んだのを確認したヒカルは、土塊の中で手を開いた。


「チェインシールド!」


 ヴァイと戦った時の土壇場で編み出した、光の糸の盾が、ヒカルの腕の中で花開く。糸はまるで粘土を裂く糸のように土塊を微塵切りにした。

 魔力の宿れる限界よりも小さくなった土塊は、急速に体積と水気を失い、パラパラと崩れ落ちた。


「おおー!」

「良い発想じゃん!」


 観戦席で見守っていたヴァイとロアが歓声を上げる。


「すごい、こんなにあっさり倒しちゃうなんて。

戦い方にセンスあるよ」

「まったく、俺の出番が回復しかないじゃないか……

ほら、傷見せてみな」


 ヴァイがヒカルの額の血を拭うと、傷ごと消えて無くなっていた。


「それ、どうやってやるの?」

「どんなふうに怪我してるのかを見て……こう、『治れ〜〜!』ってやる」

「……ヴァイは簡単そうに言ってるけど、解剖学とかそれなりに嗜んでないと出来ない高等技術だからね」


 ヴァイが指差すと、ヒカルの腹にあった痛みも自然と消えていった。


「この魔法は真似しないで、なんかあったら俺を頼ってくれ。

骨がズレてくっついたら、改めて砕いてくっつけなきゃいけねぇからさ。痛いぜ」


 ヒカルが痛みを想像すると、自然と顔がしかめっ面になった。

 ヴァイは、床に散らばった土を集めながら言う。


「骨折とか火傷とかなら俺1人でもなんとかなるから」

「なんとかならないものもあるんだ」

「内臓が完全にダメになった時とかな。

かすり傷ならどうにかなるけど、心臓が丸ごと消えたら俺でも無理だ。くれぐれもそういう怪我はするなよ」

「わかった」

「解剖の授業聞くだけ聞いとくのも結構良いもんだぜ。覚えとくと“迷宮”探索の時めっちゃ便利だから」

「解剖学か……理科は苦手だったんだよな……

……ん?」


 ヒカルはふと、土の中に光る物を見つけた。金属のようで、その大半が土のかたまりの中に埋もれている。

 手で周囲を崩すと、1つの指輪が現れた。土で汚れているが、銀色の台座に薄青の宝石が乗っている指輪は、迷宮内の薄明かりに照らされて、なんとも魅力的に輝いている。


「うおおお、すっげー!魔物からの贈り物じゃん!」

「贈り物?」

「ここは王墓だって言ったろ?

人の入れる場所は結構発掘されちゃったりしてるんだけど、見つかってない隠し通路とかに財宝があったりするんだよね。それを、魔物が食べたりひっかけたりして、持ち歩いていることがあるんだ」


 ヴァイは言いながら、手に入れた土のかたまりをあちこち砕いて確認している。


「多分こいつはどこかの隠し財宝に突っ込んだに違いない……ほら!」


 ヴァイが差し出したのは、土に汚れた金貨だった。ロアは目を丸くする。


「旧アクアマ金貨……しかも、柄が火山と王家の刻印ってことは、初期の頃のレア物じゃん!」

「レア物なの!?」

「3000年以上前の貴重な金貨だよ。歴史的にも価値があるし……」


 ロアは指折り数えて暗算する。


「1年は働かずに生きれるかも!」

「そんなに!?」

「加えて、なんだか貴重そうな指輪だろ?

今日、俺たちなんか超ツイてるな!」


 ヒカルはうんうんと大きく頷いた。

 それから、本来の目的は金儲けでも冒険でもなかったことを思い出した。


「カラレス達は!?」

「あっ!

まだ、そんなに先には行ってないと思う!」


 ヒカル達は散らばった土のかけらをかき集め立ち上がる。ヒカルは金貨と指輪を大事に上着のポケットに仕舞い込んだ。

 急足でヒカル達は“迷宮”を進む。道が崩落してなくなっていたり、荘厳な装飾のついた壁が岩壁に飲み込まれていたりと、王墓より洞窟の性質が増えてくる。

 しばらく進むと、洞窟は広い空間に繋がった。すると、ヴァイは暗闇を指さした。


「あそこだ!」


 ヒカルには僅かながら魔法の火花や松明の明かりが見える程度だが、ヴァイは確信しているようだった。


「あそこって、どこ?」

「竪穴の向こう側だ。気軽に近付こうとするなよ、落ちるから」


 ヒカルが下を見ると、足元の石が暗闇の中に転がり落ちていった。

 竪穴の縁は巨大な螺旋階段になってるが、柵などは付けられていない。


「ひっ……」


 ヒカルは二、三歩後ずさった。

 少しも身じろぎせず、ヴァイは竪穴の下を覗き込んで言う。


「この竪穴を伝って、土塊のカケラが上がってきてんのか…」


 ヴァイは気軽に下を見るよう促す。

 竪穴の奥底では、手持ち花火のように絶え間なく色とりどりの光が弾けていた。時々、爆発音が地響きのように竪穴を揺らす。


「あれは何?」

「『第十三王子陵』の“固有種”土塊の母体と、母体と戦う“賢者”達だよ。

膨れた量だけを削れるように、うまく調整してる戦ってるんだ」

「ほっといちゃダメなの?」

「小さい個体ならいざ知らず、大きい個体は人間も食うしな……こういう非常時は適度に削っとかないと」

「ふうん……」


 ヒカルは注意をカラレス達の集団に戻した。

 螺旋階段を下り、少し近づいたこともあって、ヒカルでもカラレスの様子を見ることができようになった。

 カラレスを連れていった男たちが土塊と戦っていて、カラレスや他の子供達は隅で待機している。戦闘がひと段落つくと、子供達が残った土のかけらをかき集め、背負ったカゴに詰め込む。

 子供達は常に荷物持ちとしてこき使われているようだった。

 想像していたよりはまともな様子で、ヒカルは胸を撫でろした。


「意外と大丈夫そうだね。

敵もあの土塊なら簡単に倒せそうだし……ヴァイ?」


 ヴァイは暗闇の一点を見つめ、固まっている。


「どうしたの、ヴァイ?」

「わ……悪い、俺ちょっと行かなきゃ!」


 ヴァイは弾かれたように駆け出し、螺旋階段を上り始めた。

 入ってきた洞窟の所まで戻ると、そこから更に走り、別の洞窟の入り口に向かう。ヴァイは迷わずその洞窟内へと入っていく。


「ま、待ってよヴァイ!」


 ヒカルがヴァイを追いかけ洞窟を走って行くと、吊り橋のかかった渓谷に出た。谷底は光がないためにどれぐらい深いのか見当もつかなかった。天井や壁から水が流れ落ちていて、あちこちから水の音がする。

 ヴァイは吊り橋の手前で橋の上を歩く人物を見つめている。

 その人物は松明のように光る杖を持っていて、ヒカルにも姿を見ることができたが、ローブのフードを目深に被っており、顔はわからない。あっという間に吊り橋を渡り切ると、奥の洞窟へと姿を消す。


「今のは誰?」

「“賢者”の人だ。間違いない、あの人だ」


 ヴァイは確信した様子で言う。


「“賢者”の人って……もしかして、昔にヴァイが助けてもらった、っていう、あの人?」


 ヒカルの言葉に、ヴァイは頷いた。

 迷いなく後を追い吊り橋を渡り始めたヴァイの後を、ヒカルは恐る恐るついていった。ツタが絡みついてできている吊り橋は、歩く振動に合わせて不安定に揺れる。


「あれは……“炎の大祭”の直前だったから、俺がまだ10歳ぐらいの時か。もう40年も前になるけど……よく覚えてる。

ここの崖から落ちた俺を、あの光る杖を持った魔術師が助けてくれたんだ」

「他人の空似なんじゃないの?」

「いいや、違う。なんていうか……あの人だってわかるんだ」


 吊り橋を渡り切り、ヒカル達はローブ姿の魔術師が入っていった洞窟に足を踏み入れた。

 洞窟の中は狭い上に空気が澱んでいて、ヒカルは薄気味悪さを感じた。

 少し歩くと、奥に一枚の扉があった。鋼鉄製で、空気すら通さないほどがっちりと固定してある。当然のように、取手を回しても扉は開かなかった。


「おかしいな……ここまで一本道だから、あの人はここの先に入ったはずなのに」

「あ、これってさ、旧王家の紋章じゃない?」


 ロアは取手を飾りつける装飾の中に、火山と古代文字の記号を見つける。それは、さっきヒカル達が見つけた旧金貨に描かれていたものと全く同じだった。

 しかし、ロアは訝しんだ。


「でもこんな所に扉……?王墓の中でも『第十三王子陵』は端の方だし、ここは位置的には湖地下に当たるだろうから、王家関連の墓は無いはずだけど」

「ああ、そういや、王宮には地下室があったはずだ。俺は入れないからよくわかんないけど、そこと繋がってるんじゃないか?」

「へぇ……じゃあ、ここは隠し通路みたいな感じなのかな」


 王宮から“迷宮”に直結する隠し通路という存在に、ヒカルは少しワクワクした。ヴァイも同じようにワクワクしている。


「多分“賢者”のあの人は、王家からの極秘のミッションか何かがあったんだろうな」

「……でも、この扉には鍵穴も何もないような……」

「こういう隠し通路っていうのは、色々開け方があってな……1番王道なのはこういうのだ」


 ヴァイは小刀、トドメを刺すようのナイフではないものを取り出すと、その切先を親指の腹に押し当てた。赤い血の玉がぷっくりと浮き出る。

 鋼鉄の扉には覗き穴のように付けられたガラス玉があり、ヴァイはそこに血のついた親指を押し当てた。

 カチリと音が鳴り、扉が開く。


「特定の家系の魔力に反応するタイプの仕掛け扉だ」


 扉の奥は、洞窟内と打って変わって蒸し暑い。

 ヒカルはオーブンの中にいるような感覚に襲われる。


「この熱さ、間違いなく王宮の地下だな……」

「ヴァイ、もうこの辺でやめとかない?

多分この先ってヴァイでも入っちゃダメな領域だと思うんだけど」

「まぁまぁ、姉上みたいな固いこと言うなよ。

俺たちは、探索の途中、間違って迷い込んじまった。そうだろ?」

「そうだね!」


 ヒカルは即答した。まだ見ぬ道の先に、ワクワクが止まらなかったからだ。

 ロアは悩ましげにため息をついたが、何も言わずにヒカルとヴァイの後をついていく。

 熱気が最早熱風に変わる頃、ヒカル達は大きな空洞の天井付近に出た。

 見下ろすと、真っ赤に煮えたぎるマグマの見える火口と、それを取り囲むように備えられた祭壇が見えた。


「何あれ……?」

「俺にもわからん」

「“炎の大祭”で使う祭壇だよ、あれが」

「あれがそうなの?」

「どういうこと?教えてロアさん」

「現王と次の王位継承権を持つ者が、“炎の大祭”の時あそこで祈りを捧げるんだよ。

ここは聖域に指定されているから、見つからないうちに早く帰ったほうがいい。

……時間もそろそろやばいだろうし」


 ロアは見上げて言った。火口内部の洞窟に作られた祭壇の上に天井はなく、空を見ることができた。遠くに見える空は完全に暮れ、夜のとばりが迫っている。


「ほんとだ。

獲ったもの換金しなくちゃだし、ラックもだいぶ待たせちゃってるや」

「悪いな、付き合わせて」

「いいよ、僕も色々探索できて楽しかった」


 3人は慌てて元来た道を駆け戻り、“迷宮”を後にした。

土塊(つちくれ)

正式名称は『微生物集合魔体』。

土の中に住む微生物が集まった集合体であり、微塵切りにしなければ始末ができない事で厄介な相手として探索者達の間で悪名が高い。

『第十三王子陵』に住む固有種『クレイ』で有名。

食物連鎖の中では最底辺に位置しており、端をおやつにつままれていることが多いが、一度増殖が始まると生き物の群を丸ごと飲み込むなどの脅威となる。

深い知能は無いと考えられているが、体表を硬くし身代わりを作ったり、追い詰められた相手を執拗に狙うなど、何らかの意志を感じられる行動を取ることも多い。

死んだ微生物と生きた微生物がごちゃ混ぜになっているので実は魔獣と魔物どちらにも区別できず『集合魔体』という区別になっている。生命体そのものが小さ過ぎ、羽化や不死化どちらの特性も観測できないというのも理由の1つに挙げられる。

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