アクアマ陵
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カラレスは接着剤の樽を片付けようとしたが、火事場の馬鹿力で持ってきた接着剤の樽は、1人で持つには重い様子だった。
転がして持ち帰ろうとすると、側面に溢れた接着剤が半乾きのままくっついていた。
困って立ちすくむカラレスを見て、ラックが前に出た。樽の天辺を軽くつつくと、樽はふわりと宙に浮かんだ。
「おおー」
「さすがラック。やっぱこういう細かい操作はお前だよなぁ」
「どこに持っていけばいいのかな?」
「あー……えーと……その……
申し訳ないのであるが……それは……」
珍しく、カラレスの歯切れが悪くなる。
ヒカルは言った。
「早く片付けないと、大人に見つかってしまうよ。
接着剤の樽が何で外に持ち出されているのか、悟られたらまずいんじゃないかな……」
「う……うむむ……。
……こっちである!」
カラレスは駆けだし、屋敷の裏手の方に向かった。
屋敷の裏手は壊れた木箱や作りかけのテーブルのような瓦礫が沢山積まれている。整えられた庭園とは大違いで、まるでゴミ捨て場か気難しい木工職人の家のようだった。
カラレスはその瓦礫の間を慣れた様子ですり抜け、隅にあった地下室への蓋を開ける。
一瞬戸惑う様子を見せるが、カラレスはすぐに一行を地下室に招き入れた。
「接着剤はあそこが定位置である」
地下室の隅に、円形に固着した接着剤の跡がついた床があった。ラックは円形に合わせるように樽を置いた。
「ここは……」
「こ、ここは、ダチュラの開発部屋である」
地下室の壁際には、瓦礫以上製品未満の、作りかけの何かが無数に積まれている。中央には大きなテーブルがあり、テーブルの上には木釘や針金のようなものや道具と一緒に山のように羊皮紙が積まれていた。
「……それは違うんじゃないかな。
モウセゴ財団の“カデン”の開発者は、カラレスさんじゃないんですか?」
「それは……」
カラレスが口籠もるのを見て、ヒカルはロアやラックにアイコンタクトをする。
「……特許を持ってるのは、ダチュラさんってことになってるはずだよ」
ラックが答えた。
「それはおかしいんじゃないか?
ダチュラさんは技術についての理解なんて全然無かった。
表面的な知識ならあったみたいだけど……当人も言っていたじゃないか。
“テーヴェ”には、熟練した創作者なら絵が映るって。ダチュラさんはそんなもの写せない。つまりあの人は“創作者”じゃないってことだ」
ヒカルにとって、答えは明らかだった。
ヒカルは机の上にあった羊皮紙の1枚を取る。ヒカルに文字は読めなかったが、それには、見覚えのある魚の骨のようなものが書かれているのがわかった。
「本当は、カラレスさんが開発していたんじゃないんですか。
ダチュラは、立場を利用してそれを搾取していた。違いますか?」
「いいや、それは違う」
ヒカルの言葉を、ラックが遮る。
「……言っただろう。“羽化”を迎えていない人間に人権は無い。
カラレスさんが開発者であっても、特許権を主張する権利なんて無い……その権利はこの孤児院の最終責任者のダチュラさんのものになる。
それがこの国……いや、この世界の法だ」
「そんなのって……!」
そんなのアリかよ、という叫びを、ヒカルは飲み込んだ。
これがこの世界の法なら、それは納得しなければならない。
ヒカルの思いをさておき、ラックは気楽な様子で言う。
「しかし、驚きですね。あんなすごい絡繰を作り上げているのが、まさかカラレスさんだったなんて」
カラレスは、嬉しげに笑った。
「吾輩は……魔法が苦手なのである。1番簡単だと言う炎の魔法でさえ、満足に操れない。
それでも、他のみんなみたいに生活できれば、と思って作り始めたのである。
吾輩の傑作はこれ、“レイゾーコ”なのである!」
そう言って、隅に置かれた木製の箱を叩いた。
ヒカル達が街中で出会った、アイスクリーム屋が持っていたのと同じものだ。
「内に凍らせた氷を入れておけば、1日中の温度を低くしておけるのである。ダチュラはこれが飛ぶように売れたと褒めてくれたのである」
「……カラレスさん。
カラレスさんは……それで、本当に幸せなんですか?」
まだ“ニホン”での価値観が抜けきらないヒカルには、どうしてもカラレスとダチュラの関係は、搾取される側とする側にしか見えなかった。
カラレスは諦めた笑顔を浮かべる。
「『竜の尾の生』ということわざがある。
さっき、庭木に巻きつけたツタ植物があったであろう?“竜の尾”という言葉は、あの植物の種類の名である。トゲトゲしていて色鮮やかなツタが、添木無しに地面に転がっている姿が、正にだらんと垂れたドラゴンの尾にそっくりな所から来ている。
添木が無ければ地面を這いつくばり、やがて傷付き枯れてしまう。そこから転じて、『依存しなければ生きていけないもの』を意味することわざになったのである……と記憶している。コトバの方の知識は曖昧のため、記憶違いやも知れんが」
ヒカルは、この孤児院の名前が『竜の尾』だったことを思い出した。
「見放されれば、生きていけない。そんなこと、もうずっと前から理解しているのである。
特に、吾輩の例であれば、開発の実績はダチュラ達しか認知していない。
したがって、吾輩の世間的評価は『魔術の才の無い子供』だ。一度追い出されれば、他の孤児院でさえも受け入れてくれやしないであろう。
吾輩には、ここに居場所があるというだけで幸福なのである」
カラレスの言葉を聞いたヒカルは、何を言っても無駄だと理解した。
カラレスは、現状を諦めている。そして、諦めざるを得ない理由がある。なら、何を言っても仕方ない。
当人が納得していて、幸せなら、それでいいじゃないか。
「あ、吾輩が開発者だということは一応内緒なのであるから、留意しておくことを願う」
カラレスはそう言って、一同の地下室からの退場を促した。
一行が庭園に戻ってくると、孤児院の門に人だかりができていた。人だかりの中の1人の女性、職員のサジバがこちらに気が付き、大声で呼ぶ。
「カラレス!早く来なさい!」
「は、はい!ただ今!」
門には、4人の大人の男と数人の子供達が立っていた。ヒカルはその中に先日カラレスに暴行を働いていた男の姿を見つける。
「これから迷宮アクアマ陵への探索を始めるために、わざわざあなたを迎えに来てくださったそうですよ。カラレス、感謝なさい」
「あ、りがとうなのである……」
「まぁまぁ、急に決まったことですし。
今日は急に“魔物”が大量発生したんだが、その魔物の荷物運びを任せたくてね。
カラレスちゃん、頑張ってくれるかな?」
「が……頑張る……のである……」
「うんうん。
今日うまくやったら、この前の失敗はなかったことにしてあげるからね」
リーダー格の男はカラレスの頭をよしよしと撫でた。
ヒカルの背筋に悪寒が走った。
「それじゃあ、これ」
リーダー格の男は小銭の音が鳴る小袋を寮母のサジバに手渡し、代わりにサジバから一枚の羊皮紙を受け取った。
「そういうことであるので……吾輩はちょっと出かけてくるのである」
「……あの人たちと行って、大丈夫なの?
しかも、迷宮とか……魔物の大量発生とか聞こえたけど、危険なんじゃ」
「おい!早く来やがれってんだよ!」
「うわぁっ!!」
前にカラレスをいじめていた男が、カラレスの髪を掴んで引っ張った。
「痛い、痛いのである……!」
カラレスは別れの挨拶もそこそこに、男達に連れられて行ってしまう。
「ヴァイ、アクアマ陵って何?」
「首都サピロス北東にある、国内最大の“迷宮”だ。
……俺が崖から落っこちて、出られなくなった迷宮でもある」
「魔物の大量発生とか言ってたけど大丈夫なの?」
「年層によるとしか言えねぇ。
上層100年ぐらいなら魔法が使えなくても身体が動くなら生き延びられる」
「……今からでも、追いかけられないかな」
「今からアクアマ陵に行くのかい!?」
ラックは驚いた様子でヒカルを見た。
「アクアマ陵は迷子になったら二度と出られないって有名なんだよ!?
それに、今は“炎の大祭”が近い。魔物の大量発生以外にも、異変が起きているに違いない。
初めて、しかも日が暮れ始めてから行くような場所じゃないって」
「じゃあラックはここで留守番してりゃいいじゃねぇか。
俺とヒカルとロアで行ってくる。俺もロアも何度か行ったことあるし、ちょっと様子見に行くぐらいなら大したことないよ」
「う……うーん……そうかな……
が、頑張ってね!」
ラックは不安げに答え、ヒカル達一行を見送った。
カラレス達の後を追いかけ南に向かうと、道は人気の少ない住宅街から、人がごった返す宿場町へと変わっていった。
道の先には湖が見えた。カラレスや他の子供を連れた男達が、湖の岸に停まっていた舟に乗りこむのが見える。
「あれは巡回船だ。この時間帯なら次発がすぐ出るはず」
ヴァイはそう言うといち早く次の便を見つけ、乗り込んだ。
舟には多くの人々が乗り込み、ヒカルはまるで通勤ラッシュのようだと感じた。
「この辺りはアクアマ陵の恩恵で発展しているんだ」
ロアがそう言うそばから、巨大な猪の骸が乗った舟が通りすがった。
「特に今は、“炎の大祭”が近いから良い獲物が多いみたいだね」
「さっきから気になってたけど、その“大祭”と“迷宮”って何か関係あるの?」
先日ラックから聞かされた時は、単に地元のお祭りなのだとヒカルは思っていた。
「んー……
なんていうか……何十年かに1度、迷宮の活動が活発になるんだ。んで、魔物が沢山出たり、強くなったりする」
ふわっとして要領の得ない説明をするヴァイに、ロアは天を仰いだ。
「まったくもう!ヴァイは一応王子なんだからそれぐらいわかっててよね」
「だって俺興味ないし……」
「さすがにこれは国の神事だからね……?
普通の子が祭の由来知らないのはまぁわかるけど、ヴァイはわかってなきゃダメだと思うよ……」
ロアは怪訝な顔でヴァイを見た。
「生き物の成長には魔力が関わっているっていうことは、ヴァイはわかってるよね?」
「ああ、それは知ってる。魔力を多く与えると植物は早く成長する……ツタロープとかでよく使われる技術だ」
「じゃあ、土地によって保有している魔力の量が違うってこともわかるね?」
「魔力の少ない土地は砂漠になるってやつだっけ?」
「そう。この国は保有している魔力が豊かな国なんだよね。
で、土地の中の魔力が、何年かに一度変動して、例年より多くなることがあるの。この土地の場合は40年に一度、ぐらいかな。
だから、その年は穀物の実りが良くなるんだ。それを祝うのが“炎の大祭”だったの」
「簡単に言うと……収穫祭みたいなものかな?」
ヒカルの言葉にロアは頷いた。
「その通り。特に実りある年を祝い神に感謝するお祭りが元だったの。
けど、土地の魔力の増大は他にも影響を与えた。その筆頭が、“迷宮”だった」
「あ、そこは説明できる。
“迷宮”に漂う魔力が増えると、中の環境が変化する……具体的に言えば、弱い魔物が著しく増えるんだ。バランスの取れてたピラミッドが崩れることで、最終的には“固有種”クラスの魔物が複数発生したりする」
「“迷宮”絡みになると急に賢くなるよねキミは……
あとは、“迷宮”って年々道が増えたりするんだけど、その変化がより顕著に現れるようになるんだ。一晩で階層が1つ増えてたりとか、道が3つ増えてたりとか。
技術や戦闘魔法が発達して、農業だけじゃなく“迷宮”も産業として盛り上がってくると、活発化した“迷宮”に対しても祝おうってことになったんだ」
「なるほど」
ヒカルが異文化に関心していると、舟は人の多い港に停まった。
「よし、到着だ」
人でごった返す大通りを進んでいくと、山際に煉瓦造りの大きな建物があった。荘厳な装飾が宮殿を連想させる。造形は“学園”に似ていたが、それよりずっと立派な建物に見える。
「ここがアクアマ陵か……」
カラレスのいる一行を見失わないよう、ヒカル達はより距離を詰めて後を追った。
アクアマ陵
作中より2717年前に存在した、アクアマ国の王が眠る王墓。政変によってアクアマ王から王妃、第一王子から第十三王子、第一王女から第三王女まで一度に亡くなり、彼らを悼むため作られた王墓であると伝えられている。
中央にアクアマ王の墓に続く竪穴があり、時計回りにに第一から第十二王子までの墓に繋がる竪穴が作られている。更に3時、9時、21時の外側に第一〜第三王女の墓に続く竪穴があり、15時の方向に第十三王子の墓に繋がる竪穴がある。
第十三王子については、唯一生き埋めにされた、唯一生き残った、第四王女と間違われた、など記述が曖昧であり、墓の位置のイレギュラーさと合わせて様々な解釈が為されている。




