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庭園

7/13

「『転生秘法』!

ヒカルさんは『転生秘法』が使えるのであるか!」


 放課後、ヒカルたちは孤児院に行き、カラレスとの談笑を楽しむ中、ヒカルが不意に『転生秘法』について口走ると、カラレスは目を丸くして驚いた。

 ヒカルの隣でロアも驚いている。


「それは、どんな魔法だったのであるか?

述べよ、述べよ」


 台詞は「述べよ」と言っているが、言い回しのニュアンスとしては「教えてください」と平伏するかのような勢いだった。

 食いつきっぷりは、“ニホン”の話を話した時と同じぐらいに良い。古びたペンを握りしめ、一句一語たりとも聞き逃すまいとしている。


「まだ、全然使いこなせてないけど……重力が上下逆になる魔法みたいだ」

「なんと……それは、新種の『転生秘法』の可能性が考えられるのではないだろうか?」

「新種?」

「一般に『転生秘法』は3種であるというのが通説である。

吾輩の専門ではないため詳しくは解らぬが……過去発見された秘法は『キヤベテ』『ヘイル』『グリップ』の3つに分けられるという」

「正確には、『キャヴティ』、『ペイン』、『グリップ』……かな」


 ロアが補足した。


「なんと、ロアさんも詳しいのであるか」

「名前を聞いたことぐらいはあるよ」

「なるほどなるほど……」

「あの……それって、どんな魔法なんですか?」


 ヒカルは3種の『転生秘法』についてとても興味が湧いた。


「広く知られている『グリップ』は、ありとあらゆるものを“掴む”ことができるという。

ファイヤ建国の王子の友人が持っていたという事で有名だ」

「なっ……あの『グリップ』と同じ魔法なのか!?」


 ヴァイは心底驚いた様子だった。


「『グリップ』は有名だけど、『転生秘法』とはあんまり知られてないよね」

「だって、『グリップ』は昔話にも出てくるだろ」

「あらゆるものを“掴む”ってどういうこと……?」


 ヒカルはまだよくわかっていなかった。


「昔話でよく聞くのは……『空の雲を掴んだ』とか、『大海の巨大魚を掴み上げた』とかかな」

「それってすごいこと?」

「空の雲を掴むんだぜ?そんな限界圏より外に魔法を扱うなんて、奇跡みたいなもんだよ」

「げんかいけん…?」


 ヒカルはさらに首をかしげた。そこで、ラックがわかりやすい解説を始めた。


「魔法は、術者から離れると発動が難しくなるんだ。一般人は手の届く範囲ぐらいまでしか魔法が発動できない。これを俗に限界圏だとか言ったりしている。

この前、座学で習っていなかったかい?」


 ヒカルがよくよく思い出すと、オオトカゲのことなどを担任のヤマから学んだ時に聞いた記憶があるような気がした。

 あの時は覚える事が多くて取りこぼしたものが多いな、とヒカルは思った。


「火の玉を投げ合ったりしてたけど……?」

「力の及ぶ範囲で魔力が燃えている塊を飛ばしているだけであって、限界圏を超えたら燃え尽きるだけだよ。

ヴァイや君が規格外なんだ」

「そうだったんだ……」

「『空の雲を掴んだ』っていう逸話がすごいのは、どう考えても限界を突破した所まで魔法が届いた、ってことなのさ。

不可能なことを可能にした人間は、キミの世界でも英雄扱いだっただろう?

話によれば、海を峡谷のように割った人間がいるそうじゃないか。

おおよそ、そんな感じの捉え方をしてもらえるといい」


 なるほどな、とヒカルはなんとなく理解し始めた。


「つまり……その『グリップ』は、遠くのものを掴める、という魔法?」

「おおよそ、そのようなものと考えられる。

なにぶん2000年前の話である故、昔話で伝え聞くしか無いのであるが」

「ロアは知ってるんじゃないのか?」


 ヴァイはロアに視線をやった。

 そこでヒカルはロアが6000年生きていると言っていたことを思い出した。


「あー……。

まぁ、そんな感じだった……と思うよ?」

「本当であるか!?」

「でも、あんまり昔のことで、伝聞とごっちゃになっててよく覚えてないんだ。ごめんね」

「そうであるか……残念である」

「他の2種はどんな魔法なのかわかりますか?」


 ヒカルの質問に、ロアが答えた。


「『キャヴティ』は『からっぽ』にする魔法だったらしいってのはわかってる」

「からっぽ?」

「記述があるのが大昔の文献で、そもそもが紛失してたり、ぼかして書かれてたりして、よくわかってないの。

『ペイン』はあらゆるものを斬るって言われてる。

でも、これぐらいなら普通の魔法でもできるから何で『転生秘法』として伝わってるのかはよくわかってないよ」


 あんまり参考にならなかったな、とヒカルは落胆した。一方で、カラレスは楽しそうに紙に様々なものを書き殴っている。

 ヒカルは何が書かれているのか気になって覗き込んだが、見慣れない外国の文字で書かれていたため、読む事ができなかった。

 手元を覗き込むヒカルに気付いて、カラレスは言った。


「今の話を書き留めているのである!

ダチュラとは違って、みんな真面目に話してくれるから非常に助かるのである」

「いつもはダチュラさんに教えてもらうんだ?」

「そうなのである。ダチュラが図書館に行って、先方の論文を写本にしたり、内容を覚えて帰ってきてもらっているのである。だが……あまり大きな声で言えた話ではないのであるが、ダチュラはいつもいつも写し間違えたりするのである。だから、大事な情報が間違っていたりして大変なのである。“転生秘法”も、このかたはじめてちゃんとした名前を知ったのである」


 ヒカルは話を聞いて疑問を抱いた。


「なら、自分で図書館に行って調べればいいんじゃないかな?」

「そ……それは、できないのである」


 カラレスは一瞬驚いた後、少し悲しそうな表情をにじませた。


「そういえば、読んだことがある。“地球”の“ニホン”などの国では、図書館はだれでも使える施設なのであると」


 カラレスの言葉には羨望のような響きがあった。

 ロアが捕捉説明をする。


「この世界じゃ、図書館に子供は入れないのが普通なんだ。

確か、子供も入れる図書館は“学園”の図書館だけだったっけ」


 ヒカルは、ふーん、と特に何の感情も覚えなかった。

 ヴァイが思いついたかのように言った。


「そういやヒカルはまだ行ったことなかったっけ。

今度行こうぜ」

「何で?」


 沢山のことに詳しいロアや“ニホン”に好奇心を持つラックとカラレスではなく、戦闘が好きなヴァイが図書館に誘ったことを、ヒカルは不思議に思った。


「あそこめっちゃ便利なんだよ。ダンジョンの地図とか、魔物図鑑とかあってさ」

「ああ……なるほど」

「なるほどって……もしかして俺そんなに本読まなそうに見える?」

「まぁヴァイは脳筋そうに見えるもんね」

「ちょっと!」


 ラックの言葉にヴァイは憤慨したが、言った当人は聞く耳も持たない。


「美術の本とか、それこそ“地球”の“ニホン”とか“アメリカ”とかの歴史書とかもあるよね。ヒカル君も一度行ってみると楽しいかもしれないよ」


 ロアが、いいことを閃いた!といった様子で言った。


「そうだ、時間ならたくさんあるし、異世界の本の写本とか作ろうか?」

「うーん……」


 ロアの提案に、カラレスはどこか曇った表情を一瞬だけ見せた。


「それよりも、吾輩はヒカルさんの『転生秘法』が見てみたいのである!」

「全然使いこなせていないよ」

「お庭で練習すれば良いのである。

魔法の練習は、孤児院の皆もよくやっているのである」

「あの外でやってるやつか」


 ヒカル達のいる食堂から見える窓外では、10にも満たない少年や少女達が、炎や氷を片手に必死になって庭を駆け回っている。

 ヒカルはそれが魔法の練習だったことは初めて知った。


「庭木を枯らすととても怒られるのであるが、ヒカルさんの話通りならきっと大丈夫である」

「いいんじゃないかな。『大樹の魔法も双葉から』って言うし、何事も練習あるのみだよ」


 ラックの言葉に、ヒカルも頷いた。

 ヒカル自身、『転生秘法』をコントロールしたいという欲が出てきていた。


 孤児院の建物の外は、“地球”で言うところの西洋風の庭園のようになっている。広い敷地の半分は芝で覆われ、隅や道に沿って生垣が茂っている。植物もよく見るとヒカルの知っているものとは似て異なるもののようで、バラそっくりなツタ植物は、まるで点滅するイルミネーションのように花を開いたり閉じたりする。

 しかし、そんな幻想的な庭園は、あちこちが焼け焦げていた。

 孤児院に住む少年少女達は、先程ヒカルとヴァイがやったような魔法での訓練を行なっていた。その中で飛び交う魔法の流れ弾が、木々や芝を痛めつけているのだ。

 ヴァイはその光景を間近に見て言った。


「これ……監督の先生とかいるの?」

「監督……?そのような存在は認められないのである。ダチュラも、シディも、大人は仕事が忙しいのである。

みんな、自由に魔法の練習をして、迷宮で役に立てるように修練を積んでいるのである」

「そっか……」

「ヴァイ、どうかした?」

「いや、なんでもない」


 ヴァイは言ってから、落ちていた拳大の石を拾い、ヒカルに投げて寄越した。


「まずはこの石に発動させる所からだな」


 ヒカルは石を地面に置いたあと、おもむろに手を上げた。


「杖は使わないのであるか?」

「発動できた時は使ってなかったよな」

「よくわからないけど……杖がどうこうとかいう感じじゃないと思う」

「素手の形式なのであるか……非常に興味深い」


 ヒカルは石に意識を集中する。


「……『グラビティ』!」


 石は芝の上で左右に震え、それからゆっくりと浮かび上がった。


「おおー……

…あれ?」


 一瞬、一同は感嘆したが、すぐに疑問に変わる。


「これは……浮遊の魔法だな」

「魔法としては『フライ』ってところかな」

「『転生秘法』ではないであるが、非常に便利な魔法である。ヒカルさんは魔法の才がある方なのであるな!」


 みんなに褒められヒカルは嬉しかったけれど、意図した魔法が使えないことにもどかしさが残った。


「重力を逆にする前に、石を浮かばせようとしてしまうから、うまく発動できないのかな……」

「魔法研究ではよく聞く話であるな。

瓶の中の物を壊そうとして、瓶ごと壊してしまう事例が代表例であろうか」

「特に『転生秘法』なんて、何百年かけても習得できないとか普通だし……」

「ロアさんは本当に様々な事象を知っているのであるな」

「ただ長生きなだけだよ」


 その時、ヴァイがハッと閃いた。


「逆さ吊りになったら、うまく発動できるんじゃないか?」

「逆さ吊り?」

「重力に集中するなら、逆さ吊りになるのが1番重力を感じられると思わないか?」

「いい発想である!

んじゃ、ちょっと待ってるのである」


 カラレスは手早く近くに植わっていた木から、巻きついていたバラのような植物を剥ぎ取った。

 バラが全て取られると、葉1つついていない真っ白な枝が現れる。


「そんなに葉を取っちゃって大丈夫?」


 ヒカルは、さっきカラレスが『庭木を枯らすと怒られる』と言っていたことを思い出した。


「大丈夫である。

この花は枯れ木に巻きついて咲く花で、この木は元々枯れ木なのである」


 カラレスは5メートルほどの高さの木を叩いて言った。カラレスがツタを取った所以外の木全体がバラに似た植物に覆われていて、元の木自体の葉は見当たらない。

 枯れていると知ると、木肌の白さが骨の白さのように見える、とヒカルは思った。


「枯れているけどしっかりしていて丈夫なのである。安心していいのである」


 枝はヒカルの身長より高い場所にあったため、ラックが魔法で作った氷の足場を使ってヒカルは枝の上によじ登った。

 鉄棒の要領で膝をかけ、宙にぶら下がる。

 ヒカルは一気に頭の方に血が集まる、独特の感覚を覚える。

 ヴァイはヒカルからよく見える位置に、石を置いた。


「『グラ……ビ、ティ』ッ!」


 ヒカルは歯を噛みしめ、呪文を唱えた。

 だが、石は地面を転がるだけだった。しばらく粘ったが、石を浮かばせる以上の魔法は発動できそうにもなかった。

 ロアが心配そうに声をかける。


「うーん……そろそろ一度降りたら?

逆さのままだと気分悪くなっちゃうよ」

「そうだね……」


 ロアの言う通り、ヒカルの気分は慣れない逆さ吊りでどんどん悪くなっていた。


 ヒカルが降りるため上体を起こそうと枝を手で掴んだ時だった。

 近くで模擬戦をしていた少年の手元が狂い、放った氷の魔法が、運悪くヒカルの乗っていた枝の付け根に直撃した。

 ヒカルに怪我はなかったが、メキメキメキ、と嫌な音が鳴る。氷の刃はまるでノコギリのように枝の根本の半分を抉っていた。


「えっ?」


 ヒカルやギャラリーが反応するよりも早く、ベキッという音を立て、枝は折れた。

 身長よりも長い距離の落下は、ヒカルには5秒ぐらいの出来事に感じられた。

 そしてその一瞬、ヒカルの目は、自分と反対方向の空に落ちていく石を確かに見た。

 ドスッという鈍い音がし、続いてヒカルの頭に鈍痛が襲った。


「ぃでっ」

「ヒカル!大丈夫か!」


 落ちた下にあったのが芝だったことも幸いし、目に見えた怪我は無かった。

 少年はヒカルの元に駆け寄り、謝った。


「ご、ごめんなさい…!」

「いや……いいよ、大丈夫だから」

「でも、その、ごめんなさい……」

「そんなに謝らなくていいって」

「吾輩にも、無茶な提案をした責任がある…」


 カラレスは申し訳なさそうに言った。


「ちょっと頭にコブができたぐらいだから、大丈夫だよ」

「うう……ごめんなさい……」


 ヒカルは自分と一緒に落ちてきた枝を拾う。

 そして、カラレスの言葉を思い出した。

 庭を荒らせば怒られる。


「ど……どうしようこれ……」

「やっべ……」


 ヴァイが「やっちまった」というような顔をしていて、ヒカルもこれが不味い状況だということを更に強く認識する。


「魔法でくっつけられないかな?」

「生きてる木なら治癒の魔法でいけるかもだけど、これ枯れ木だからな……

ラック、こういうの詳しいか?」

「植物は描く専門だし、庭園芸術なんて特に専門外だ……

ロアの知恵袋にはなんかない?」

「ぇえ、私……?

こういう趣味の世界は詳しくないよ……」

「カラレスさんは?」

「吾輩は魔法を研究する事専門である……」


 ヒカルは、その場にいる誰もがこの木を直すことができないということを悟った。

 ヒカルはカラレスに尋ねた。


「接着剤みたいなものある?」

「吾輩の工作室に!」


 カラレスは弾かれたように屋敷の方へと駆け出して行った。

 その間に、ヒカルは落ちた枝の断面と木にできた断面をくっつけ、元の角度を探る。


「持ってきたのである!」


 カラレスは樽を両手で抱えていた。

 樽の片面を開けてから並々と入っているノリの水面にハケをつける。


「これを如何にするのであるか」

「枝をノリでくっつけて、あのツタで縛れば誤魔化せるんじゃないかな」

「なるほど!やってみるのである」


 カラレスは慣れた手つきで枝の断面にノリをつけた。

 ノリ付けされた枝を、ヒカルは元の木にくっつける。そこに、ヴァイが落ちていた小枝の束を差し出した。


「これで添木をすればくっつきやすくなると思う」

「あ、あと、木釘を打っておくのはどうかな」


 ラックは落ちていた小枝から釘を削り出していた。


「2人ともありがとう」

「ヒカル君、これも使えないかな」


 ロアは木の根本から細く生えたツタを差し出した。毛糸ほどの太さのツタは、元々絡まっているバラに似た植物とは別種だが、同じような色をしているため、あまり目立たない。

 軽く持って引っ張ってみても、ピンと張る様子は毛糸よりも丈夫に見える。


「ロープにして使う種類だから強度は大丈夫なはず!」

「助かります」


 木の幹に巻き付け他のツタと同じように誤魔化し、問題の折れた枝のところまで伝わせた後は、まるで糸巻きのようにぐるぐる巻きにする。

 たくさんの補強を受けた枝は、少し不格好ながらも自立した。


「よし」


 ヒカルはその枝に、そっと元あったツル植物を巻き付けた。

 遠くから見れば元の木と遜色無く、他の木々と比べても違いがわからない。


「これで怒られる心配は無いのである!

ヒカルさんはすごいのである!」

「いや、それほどでも……」

「いいや、いいや、すごいのである!」


 ただの悪知恵を働かせただけで褒められるのはヒカルには妙な感覚だったが、不思議と悪い気はしなかった。

『転生秘法』

転生者のみが扱えると言われている魔法。

『魔法』『世界魔法』を部分的に無効化することができる。無効化する範囲は種類ごとにバラつきがあるが、基本的に起きる現象が超常的であることが共通している。

発見例が極端に少ない上、術者1人につき1種類しか扱えないため、研究が進んでいない。

歴史上で公になっているのは『空:キャヴティ』『苦:ペイン』『握:グリップ』の3種。

ヒカルの『転生秘法』が正式に規定された場合、『重:グラビティ』と呼称される。

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