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転生秘法:グラビティ

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 ヒカルは、迫る剣撃を防壁で止めた。数日前土壇場で使った時は、オオトカゲのビームを防ぎきれなかった魔法だったが、今回はしっかりと刃を防いでいた。

 ヴァイはすぐさま後ろに跳ぶ。刃がついたままの杖を振り、無数の炎の球を呼び出した。

 ヒカルが呼び出す炎の球よりも何倍も大きい炎の球だ。車大の大きさの炎の玉が、隕石のように落下してくる。

 炎の球が地面に落ちるたび爆発が起こり、石の破片や炎のカケラが飛び散った。

 ヒカルは炎の球の着弾点を避けながら、反撃の機会を狙う。

 これまでの生徒達は、大規模な魔法を使ってもすぐ息切れしてしまい、攻勢を戻すことは簡単だった。しかし、ヴァイの魔法は途切れるどころか弱まる素振りも見えない。


「逃げてるばかりじゃ追い詰められるだけだぜ!」


 逃げ回るうち中庭の隅に追い立てられていたことに、ヒカルは初めて気が付いた。

 真正面から炎の球が迫る。

 ヒカルは再度防壁を作り攻撃を受け止めたが、防壁を広げたまま動くことが出来ず、一方的に攻撃を受け続ける形になってしまった。

 他に魔法を繰り出そうとすると、防壁の展開が疎かになってしまう。しかし、避けて逃げられる場所もない。

 背後には壁、正面には炎の海。八方塞がりだった。


 どうしようもない。


 ヒカルは自身の手札が攻撃用の魔法に偏っていることを悟った。

 防壁はある程度大きな魔法でも広い範囲を防げるが、一方で展開しながら動く事や、同時に違う魔法を使うことが出来なくなる。3〜4人を一度に守るといった用途なら便利だが、術者1人に使うには些か過剰で使い勝手が悪い。


 もしこれが、持ち運べる盾のような物だったらよかったのに。


 ヒカルは、はっと閃いた。


 これまでも土壇場で色々魔法を使って来た。なら、持ち運べる盾もなんとかなるはずだ。


 丁度、視界にヴァイの持つ杖があった。魔法で作り出した光る刃が先から伸びた杖だ。

 ヒカルは炎の球の隕石が防壁の外側で爆ぜた直後、防壁の魔法をやめる。

 魔法が成功すると信じ、ヒカルは炎の降る中ヴァイに向かって駆ける。

 突然懐に向かって来たヒカルに、ヴァイはわずかにうろたえたが、すぐさま手に持った杖を剣のように持ち直した。

 ヴァイはリーチの中に飛び込んできたヒカルに刃を振り下ろした。

 ヴァイはこれで投了だと思い、カルサを見た。しかし、教師は真剣な眼差しでヒカルとヴァイの様子を見ている。「止め」の合図を出すそぶりは見えない。


 これ以上やったら、死傷が出るんじゃないか?


 ヒカルの身を案じたヴァイは一瞬固まった。

 その時、ゴワン、と、鉄のお盆を叩いたような音がした。

 ヒカルの杖を、細い光の帯が蚕のまゆのように包んでいて、それがヴァイの持つ刃を食い止めていたのだった。


「なーーー」


 驚くヴァイを、ヒカルは蹴り飛ばした。振り上げた脚が顎に当たり、ヴァイは口から血を流してのけぞった。

 それでもヴァイは倒れない。杖を振り、第二撃を叩き込む。


「強いとはわかってたけど、ここまでとは思わなかったぜ」

「それはどうも」

「でも、まだ訓練が足りないみたいだな!」


 ヴァイは言うが早いか、火の玉を呼び出し爆発させた。負荷に耐え切れなかったのか、即興で作った盾は壊れて消える。

 隙を逃さず、ヴァイは無防備になったヒカルに斬りかかる。

 ヒカルは思わず跳び退き、攻撃を避けた。だが、それは罠だった。

 攻撃を見切って油断したヒカルの首にヴァイの腕が回った。絞め技で頸動脈を圧迫する。


「がっ……!?」

「大事な事を教えてやる。

この世界の人間は、“地球”にいる人間よりタフらしい。

魔法を使うのに身体が丈夫じゃないといけないし、魔物を倒せるぐらいには強くなきゃいけない。

そのために人間は、身体強化の魔法を編み出した。身体に通う魔力を弄ることで、力を何倍にも高める魔法だ」


 ヒカルは薄くなる意識をかろうじて保ち、ヴァイの話を聞いた。

 ヴァイが本気を出せば、人の首すら簡単にへし折れるだろうことを理解した。

 この状況を脱出するには、どうするべきかを必死に考える。


 左腕を何かの魔法で切断出来れば抜け出せる。けれど、何を使えばいいのかわからない!


 パニックで考えがまとまらず、形にならなかった魔力がヒカルの周囲で火花として弾けた。

 ヒカルは生き物としての反射で、必死にヴァイの腕を掴んだ。


 そうだ、ヴァイのように握力を強めれば、骨を折ることもできるはず……


 ヒカルはどうにか閃くことができたが、そこで時間切れだった。

 身体に力が入らず、ヴァイの左手を掴んだ手も離れて、杖も取り落としてしまった。

 頭からスッと血が引く感覚がした。


 …こんなことが、あった気がする。


 ヒカルは、一瞬、既視感を覚えた。

 何に既視感があるのかは、わからなかった。

 ただ、風の音が聞こえた。


「……ッ!」


 途端、ヒカルは、天地が逆転する感覚を覚えた。三半規管が異常を叫び、髪が逆立ち、胃の中身がひっくり返り、血が頭に登る。

 ヒカルは目を開いた。

 目の前にいたはずのヴァイは居なくなっていた。

 代わりに、乱戦でボロボロになった地面のカケラが、空へ勢いよく飛び上がっていた。

 空には、無数の土や石、岩などが浮かんでいた。その中に、米粒のように小さくヴァイの姿が見える。ヴァイは地上に戻れずどんどん上昇している。既に学園の建物より高い所まで飛んでいた。

 ヴァイは空を飛ぶ魔法が使えることは知っていたが、様子がおかしい。明らかに自分で制御しているようには見られない。


「えっ……?」


 ヒカルは困惑する。

 こんな魔法を使おうとは思っていなかったため、止め方がわからないのだ。

 強く止まれと念じても、何も起こらない。

 動揺している間にも、ヴァイはガス風船のように飛んでいく。


「ヒカル、お前はそのままでいろ!下手に別のことを考えるな!」


 ヒカルが困り果てたその時、カルサが割り込んできた。

 カルサは生徒の持っていた長杖を手に、空を見上げた。懐から数個の植物の種を取り出して地面に植え、長杖で地を叩くと勢いよくツタが空へと伸びだした。カルサは伸びるツタを足場に、あっという間に空に登って行った。ツタは土塊などの瓦礫を取り込みながら、ヴァイが浮かぶ方に向かって成長を続けている。

 カルサが救出に行ったことは理解したが、それでもヒカルは不安げに空を見上げた。


 どうにかしなければ。


 ヒカルは、心の底から思った。

 しかし、それが、カルサの言う「別のことを考える」ということだった。

 「どうにかしなければ」とヒカルが思った瞬間、空を飛んでいた瓦礫が突如として地を目指し落下を始めた。

 当然、ヴァイも真っ逆さまに落下を始める。


「……!」


 ヒカルは息をのみ、パニックに陥って立ち竦んだ。その隣を拳大の石や土塊がバラバラと落ちた。

 カルサはツタから飛び降り、手に持った杖に足をかける。すると、杖はトンボのような動きで宙を飛び、落下する瓦礫を縫うように避けた。それからカルサは落下していくヴァイに向かって急降下し、その背中に手を伸ばした。

 カルサの服の袖口から、植物のツタが伸び、ヴァイの胴に巻きついてしっかりと身体を掴んだ。

 カルサはヴァイを地面に下ろしヒカルの無事も確認してから、何事もなかったかのように講義を始めた。


「各々承知のように、魔法の使用には精神力を必要とする。それは、どれほど魔力を持つものであってもパニックに陥れば無力であるということでもある。

熟練の魔術師というのは、どのような魔法でも使い熟す者ではない。どのような状況でも魔法を使い熟す者だ。故に、最終的な勝敗を分けるのは精神力の差と言える」


 カルサは言いながらデコボコになった地面を長杖でなぞり、学園の中庭の芝生を再生させた。


「それと、ヒカル。

戦況によって魔法を“作ろう”とするのはあまり推奨できない戦い方だ。

魔法は言葉によって縛ることで安定した力を発揮する。使い慣れていない魔法はその縛りが緩い。

術者のコントロールから外れた魔法はどうなるか予測がつかない。

少なくとも10年は使い慣れた魔法でない限り、詠唱をすることを勧める」

「は……はい」


 怒られるかとヒカルは身構えたが、カルサはすぐ次の話に移る。


「あと、ヴァイ。

魔法使いを追い詰める時は、一瞬で締めなければならない。今のように思わぬ反撃を喰らう事があるからな。

これは本当に注意すべき事項なので各々よく練習しておくこと」


 カルサは最後に練習用の木人を使った絞め落としの手本を見せ、生徒達にも真似をさせた。

 生徒達が疲れ果てた頃に授業終了の鐘が鳴り、解散となった。

 途端、ヴァイが駆け寄ってきた。


「ヒカル、最後にやったアレ、どんな魔法なんだ?

もっかいやってみせてよ」

「もう一回……?」


 ヒカルは杖を掲げ、そのまま動きを止めた。


「……あれ?」

「どうした?」


 ヒカルは、どうやって魔法を発動させたのかわからなくなっていた。


「そもそも……アレって、なんていう魔法だったんだろう」

「そこからかよ。

宙に浮く魔法だろ?とりあえず浮くこと考えてみるとか」

「なるほど」


 ヒカルは足元にあった小石を拾い、それが空に飛んで行く様子を想像した。


「呪文を唱えるとやりやすいぜ」

「そっか。

えーと……えーと……『フライ』!」


 小石はふわふわと浮かんだが、ヒカルはその様子に違和感を抱いた。


 この魔法ではない。


 次に、自分自身に向けて浮かべと念じ、呪文を唱えてみる。

 すると、身体は5センチほど地面を離れたが、それにもヒカルは違和感を覚えた。

 違和感を抱いたのはヴァイも同じだった。


「おー、すっげぇ……お前飲み込み早いな……飛行魔法はそこそこ難しいんだけどな……

けど、さっきのとはなんか違うな?」

「何だろう……何が違うんだろう?

なんとなく、体感なんだけど、そもそも『フライ』ではない気がする」

「術者が言うならそうなんだろうな……。となると、威力……かな?ちょっと俺にやってみてくれないか?空にかっ飛ばす感じで」

「大丈夫?さっきみたいに降りて来られなくなったりとかしない?」

「平気平気。さっきはちょっとパニクっただけ。

俺は空を飛ぶ魔法が使えるんだからな。

身体だって丈夫だし、いざとなれば地面を柔らかくする魔法だって知ってる」


 ヴァイは余裕な様子だった。


「地面を柔らかくって……それ墜落前提じゃない?」

「何事にも備えあることが重要なんだよ」

「そんなものかな……?」

「まぁまぁ。とりあえず、1、2、3で飛ばしてみてくれ」

「……わかった」


 ヒカルは杖を構えた。


「1」

「2」

「3」

「『ジャンプ』!」


 ヴァイの身体は、何かに打ち上げられるかのように空に飛んでいった。

 ある程度飛んでから、ヴァイはゆっくりと降りてきた。

 ヴァイは不思議そうな顔をしている。


「なんか……これじゃないな?」

「やっぱりか」

「今のは、何かに飛ばされるみたいな感じだった。これぐらいだったら俺にも抗える。

そうだ……そういえば、あの時は、なんだか魔法がうまく使えなかったような気がする。

無理矢理飛ばされて行くような、そんな感じ」


 2人が首を傾げたその時、カルサが話しかけた。


「……残って何をしているかと思えば、こんなことをしていたのか」

「カルサ先生」


 カルサはやれやれといった様子で2人を見た。


「あの魔法はあまり使わない方がいい。私はそう思う」

「何か知ってるんですか!?」

「魔法定義に詳しくないからなんとも言えないが、あれは『転生秘法』と呼ばれる種の魔法だろう」

「てんせい…ひほう?」


 ヴァイは首をかしげた。


「なんですかそれ」

「『転生者』が1つだけ生まれつき持っているという魔法だ。

この魔法は、他の魔法の干渉を受けない魔法と言われている。

先ほどの発動時、飛行魔法が使えなくなっていた。そんな特殊な環境を生じさせる魔法は少ない」

「他の魔法の干渉を受けない……!?

それって、戦闘でめっちゃ有利じゃないですか。なんで詳しく教えてくれなかったんですか?」


 カルサは呆れて言った。


「『転生者』と戦う機会なんて無いに等しい。加えて、この魔法は発動やコントロールが難しいと言われている。歴代の『転生者』の中でも、使いこなしている者は数えるほどしかいないと伝え聞く。

魔獣も魔物も使ってこない、そんな代物をあえて説明する必要も無い。

魔法不可の環境での戦闘ならそれ専用のカリキュラムを立てる。この授業は“魔法術演習”だからな」

「合理主義者だな先生は……」

「……しかし、強力な『転生秘法』が、何の名もなく存在するのは不都合だな。

不意に発動してしまうのは頂けない。早急に名前を付けるべきだと思うのだが」


 カルサはヒカルを見据えて言った。


「名前……ですか?」

「呪文名をつけたほうが管理がしやすくなるというのは、全ての魔法に共通している。呪文を設定すれば、コントロールも楽になるかもしれない」

「名前……」


 ヒカルは考え込んだ。

 ヴァイも腕を組み考える。


「あれはどんな状況だったかな……

腹の中がスッとする感じがあって、ただ飛んでくとは何かが違うんだよな。

なんていうかこう……上下逆になったみたいだった」

「……重力?」


 ヒカルは直感で正解を感じた。


「そうそう、重力が逆になった感じ」

「僕だけは飛んでいかなかったけど……あの時、逆さ吊りにされたみたいに感じた。

まるで、空と地面が逆になったみたいに。

重力の魔法……グラビティ、がいいと思う」

「術者の君がそう言うのなら正しいのだろうね」

「呪文名があれば扱えるようになってるかな?」


 カルサは少し不安げな表情をしたが、ヒカルは気にせず杖を握った。


「よし……集中して……

3……2……1……『グラビティ』!」


 しかし、特に何も起こらなかった。


「やはり……か。

何、気を落とすことはない。先程言ったように、『転生秘法』は扱うのが難しいとされている。

扱えずとも問題無いだろう」

「そんなものでしょうか」

「どうしても使いたいと言うなら、がむしゃらにチャレンジすれば良いだろうが……

先程のように、周囲に影響を与えることがあることは注意すべきだ。

お前の『転生秘法』はどうも広範囲に影響があるタイプのようらしい」

「そうですか……ありがとうございます」

「ただ、覚えておきなさい。

奇策だけに頼り過ぎると、正面切って戦う時の手札が足りなくなりがちだ。

君はまだ魔法を学び始めたばかりだろう。魔法の使い方をより体得する為にも、基礎的な魔法の修練は努めるべきだ」

「カルサ先生って本当そればっかりだよなぁ」


 ヴァイは呆れて言った。


「『色んな魔法を使う時、一番役立つのは基礎の魔法だ』って言って、ちっせえ火の玉作る練習が授業課題だったことが何回もあったんだぜ?」

「だが、力にはなったろう?」

「まあ……力にならなかったワケじゃないけどさぁ」

「肝に命じておけ。魔法1つマスターしているかしていないかで戦況は変わる。魔法での戦闘とはそういうものだ」


 カルサはいいな、と確認するかのように2人の顔を見た後、用が済んだ様子で立ち去った。


「1人転生者に1つしかない魔法かぁ……すごくかっこいいな!」

「そうかな……」

「そんな魔法があるなんて、50年生きてて初めて知ったよ」

「1つしかない、って割には地味な気がするけど」

「全然地味じゃないと思うけどな……

お前以外出来ないんだぜ?」

「まぁ僕自身も習得できてないんだけどね」

「それはこれからやればいいんだ」


 ヴァイは力強く言う。

 それから、ふと何かに気づいた。


「……お前しか使えない魔法なのに、カルサ先生は鍛えるなって言うんだな」

「?」

「いや、意外だなって思って。

カルサ先生なら、『お前しか使えない魔法というのは、即ち相手に対して完全に初見の技を与えられるということだ。ならば、これを鍛えて不意打ちを与えれば簡単に抑える事ができる。ヴァイのように』って言うだろ?」


 ヴァイはカルサの声真似をして言った。


「だろ?って言われても……僕は今日あの先生に初めて会ったからわからないや」


 ヒカルにはヴァイの指摘はピンとこなかった。ただ、ヴァイの言いたいことも少しわかる気がした。

『世界魔法』

世界が常時具現化させている魔法などのこと。

“ニホン”で言う万有引力の法則や、天気などの自然的な現象、その現象を起こす魔法などが雑多に括られている。『世界魔法』に分類されているが魔法的な働きが全く存在しない現象もある。

『魔法』では上書きできない現象が主に対象として挙がる。(雲は魔法の風で吹き飛ばすことができない、海水や湖の中で炎の魔法は使えない、時の流れを止めることはできない、重力に逆らうことはできない、など)

神威魔法などとも呼ばれ、宗教と密接した捉え方をされることが多い。

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