孤児院:竜の尾
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「まぁ……
まぁなんという……
ありがとうございます、みなさん」
ロアが手短に、暴力を振るわれていた所を助けたと説明すると、女性は深々と礼をした。
女性の外見は30代ぐらい。清楚で小綺麗な服を着ている。
なんだか、嫌な感じのする人だ。
ヒカルは理由の無い不信感を抱いた。
「助けていただいた方々……それも王族の方に礼も無しというわけにはいきません。
どうか、もてなしを受けていただけませんか」
「どうする?」
ロアは3人を振り返って言った。
「僕は良いと思うよ。門限までまだまだ時間あるし。ヒカル君は?」
「僕は……」
ヒカルは少し考える。ヒカルは、どうにも、目の前の女性を信じる事ができなかった。
だが、深入りを恐れて帰るのは、少女を見捨てようとしたヴァイと同じではないだろうか、とも思う。
ヒカルは門の内側に足を踏み入れる。
それを見たロアとラックも後に続いた。
「ヴァイ君は?」
「……」
ヴァイは一瞬不本意そうな表情を浮かべたが、すぐに門をくぐった。
一行は案内されるままに孤児院の庭を歩く。
庭では、幼い子供達が皆木の棒片手に走り回っている。休み時間の校庭のようだが、あちこちで火花や閃光が迸っている。
ヒカルが興味津々な様子で見ているのに孤児院の女性が気付き、説明する。
「彼らはこの孤児院に住む家族達です。
まだ、“迷宮”に向かうには経験が浅い為、ああやって遊びを通じて魔法の練習をしているのですよ」
「そうなんですか」
屋敷に入ると、広大なホールに通される。正面は磨かれた石の階段で、頭上には豪華なシャンデリア、床には毛足の長い絨毯が引いてある。あちこちに、手を触れるのも憚られるような豪華な調度品が置かれている。
ヒカルは、想像していた孤児院のイメージからかけ離れた内装に驚きを隠せなかった。
ラックは1つの壺に駆け寄った。青い印章があしらわれた、個性的な美しい壺だ。
「もしかしてコレは、『アクアマの忘れ形見』では?」
「…あら、学園のラック君は流石は相変わらずの審美眼ですね」
階段の上からの声が答えた。
「ダチュラ・モウセゴ氏…!」
「実際に会うのはお久しぶり……10年ぶりぐらいだったかしら?」
毛皮の付いたマントに身を包んだ女性は、気品を帯びた動作で、カツ、カツと階段を降りる。外見は30代過ぎ。切れ長の目とくすんだ白い髪がキツめの印象を与えている。
ヒカルは、モウセゴからも嫌な雰囲気を感じた。
「シディ。出迎えありがとう。業務に戻って。
カラレス。汚れた服を着替えてきなさい」
サジバと呼ばれた、ヒカル達を案内した女性は深々と会釈し去っていった。カラレスも屋敷のどこかへ走って行った。
モウセゴはヒカル達の顔を見て言った。
「見慣れない顔が1人居るけど……新入りかしら」
「最近“異世界”から来た転入生です」
「ああ、“転生者”の。
立ち話も何ですし、食堂に案内するわ」
食堂も豪華絢爛な飾り立てがしてあり、人が横一列に20人座れるような長テーブルは繊細なレースのテーブルクロスがかかっている。
モウセゴがいくつかの椅子を示し、ヒカル達はそこに座った。
「おや……あれは、噂に聞く最新の“カデン”ではありませんか?」
ラックは、正面の壁にかけられた真っ黒な絵画を差して言った。
「ああ……そうですね。これは“テーヴェ”という“カデン”なの。
弾き語りの時に、素晴らしい絵を自動で描く“カデン”よ」
モウセゴは、“テーヴェ”の端から下がっているヒモを手に取った。すると、画面全体に鮮やかな赤色が広がった。
「私は音楽家や芸術家ではないからこのような絵しか出てこないけれど、熟練した創作者であれば花や鳥、時には風景でさえも映すそうよ」
会話をする中、食堂のドアが開き、1人の少女が入ってきた。
白い髪に青い目をしている、快活そうな女の子。さっきヒカルが大人から救出した少女、カラレスだ。
「お待たせしたのである、院長先生」
「ええ、待っていました、カラレス」
モウセゴ院長は、カラレスを食堂の椅子に座らせた。
「一体何があったというのでしょう」
「……。
吾輩が悪いのである。
“迷宮”からの帰路にて、魔獣の不意打ちを受けた吾輩は、ギヴァエルの戦果を……アクアマ陵2000年層の遺物を、奈落に落としてしまったのである…」
カラレスの口調は変だが、ふざけている態度ではなかった。モウセゴは手で口を覆う。
「まぁ、なんと可哀想な。それで“しつけ”を」
「……そうなのである」
しょんぼりと肩を落とすカラレスに、モウセゴはそっと頭を撫でた。
「ええ、私は、ダチュラは、わかっておりますとも。
カラレスが十分に反省したことなど、わかっております。
いいでしょう。今日はもう休みなさい」
「はい、院長先生」
カラレスはそう言って、食堂を後にした。それと入れ替わりに、菓子とティーポットを持ったサジバが食堂に入ってくる。
菓子は小さなクッキーで、粉砂糖がまぶされている。高級そうだ。
「残念なことだけれど、私は仕事があるのでここで失礼します。
何のお構いもできず、申し訳無いわ」
「いえいえ、おかまいなく……」
そう言って、モウセゴは食堂を後にした。
ラックとロアはおしゃべりをしながらお菓子を食べ始めた。
「……まさか、モウセゴ財団が孤児院を持ってたなんて」
「意外だよね。私も知らなかった」
「……ここは本当に孤児院なのか?
場所こそ北西部の田舎町だが、豪華絢爛な内装は貴族の屋敷そっくりだ」
ヴァイは疑いの目で室内を見回した。
「やっぱり、この孤児院は異質なのか?」
「モウセゴ財団がお金持ちっていうのもあるだろうけど……普通の孤児院はお金がないのが大半だよ。
親のいない子供なんてたくさんいるし、人を養うにはお金がかかるしね」
「大抵の孤児院は、“迷宮”に行く魔術師達に魔術の素養がある子供を貸し出す事で生計を得てる、って聞くけど……」
カラレスは大人に貸し出された先で失敗して、あんな目に遭ったのか。
ヒカルはカラレスの立場を徐々に理解する。
しかし、1つ疑問が生まれた。
「……お金があるのに、貸し出されなきゃいけないのか?」
「社会経験を積む為とダチュラは言っているのである」
ヒカルの問いに、カラレスが答えた。
カラレスはこっそりと食堂に戻ってきていた。
「吾輩はまだ“羽化”が訪れていない個体である。その原因は、社会経験が足りない為…というのが通説。故に、“迷宮”にて勤労奉仕を学ぶのである。
まぁ……ダチュラはお金が好き、という側面も考えられるのであるが」
「そうなんだ……」
「そのような話はさて置くとするのである」
カラレスはヒカルの目を見た。
「助けてくれて、ありがとうなのである」
ヒカルは真っ正面から受ける感謝に動揺し、たじろいだ。
「それに、ヴァイ王子も……肩代わりしてもらって、ありがとうなのである」
「……」
ヴァイは気まずそうに視線を外した。
「どうしても自分の言葉で言いたかった。だから、やってきたのである」
「さっき、“迷宮”で失敗したから怒られていた、って言っていたけど……それだけであんなに怒られるのか?」
ヒカルの問いをカラレスは冷めた目で否定した。
「今日は偶然悪しき事例があっただけである。
あの男は、毎日従者の子供の中から1人選び暴力を振るう。理由など何だっていいのである。
……吾輩が遺物を落としたのも、あの男に突き飛ばされたからに他ならない」
「なんだってそんなことを……」
「“大人”は“子供”とは違って常にストレスに苛まれる……そうあの男が言っていた。真偽を証明する方法は吾輩に無いが」
諦めた様子で感情もなく語るカラレスに、ヒカルは世界の闇を感じた。
「さて、そんなことはどうでもいいのである」
カラレスは、羊皮紙の束を取り出した。
「黒髪の汝は“転生者”であると、ダチュラが言ったのを聞いたのである。
よければ、話を伺いたいのである」
カラレスの様子は、行きの舟で散々見たラックの様子とそっくりだった。
「……この世界の人は、みんな“ニホン”に興味深々なの?」
「なるほど、汝がいた世界は“地球”なのであるか!
“地球”はいい世界である。私が最も憧れる場所であるよ!」
カラレスはまくし立てる。
「地下を走る鉄の蛇。空を飛ぶ舟。空気を走る“ワイーファ”!
ダチュラに頼んで様々な論文の写しを見せてもらったが、興味は尽きないものである!
なんという幸運!」
ヒカルの席の正面に、カラレスは座った。
「早速話を聞きたいのである。
まず、最後に覚えている年月日を教えていただけるだろうか」
「最後に覚えてる年月日……いつだったかな」
ヒカルは必死に思い返そうとしたが、どんな思い出も、まるで3日前に見た夢を思い出すかのように、ふわりと逃げてしまう。
隣でロアがじっとヒカルを見つめている。
「よく思い出せないな……
2000年のいつか、だったはず」
ヒカルは疑念無く言った。
ロアはヒカルの挙動を観察している。
「なるほど、2000年に突入したのであるか。
ところで、汝は“テーヴェ”というものを見た経験があるのか?」
「テー……テーヴェって、あの絵画では?」
ヒカルはさっきダチュラが示した“カデン”を示した。
「いいや、あんなのじゃないのである。
……やはり、発音が違うのか。
なんでも、中で絵が動く大きな箱なんだそうである。大きさは、だいたいこれぐらいの」
カラレスは身振り手振りで箱の大きさを説明してみせた。
「“ニホン”の人々はそれで情報を知ったり、娯楽に興じたりするそうなのである。心当たりは無いであろうか?」
「もしかして、“テレビ”のこと?」
「“テレビ”!そうか、“テレビ”というのか。
それの仕組みを是非知りたいのである」
「僕が知っている事なんて、そんなに無いよ」
「いいや、構わないのである。“転生者”から直に聞ける機会など、滅多に無いのであるから」
ヒカルは再び首をかしげ、仕組みを思い出す。
「テレビ局というものがあって、そこで番組を作って、それぞれのテレビに電波で流すんだ」
「なんと……番組とは、自分で作るものでは無いのか」
「うん。最新の事件や政治について放送する番組とか、おしゃべりの上手い人を集めた面白おかしい番組……演技の上手い人を集めて感動するドラマとか……色々あったな」
「なるほど、なるほど」
「興味深いね……続けて」
カラレスが必死に書き殴る他に、ラックも自前の羊皮紙の束に書き留めていた。ヴァイはそんな2人を呆れたように見ている。
「“デンパ”というのはどうやって送るのであるか?“ワイーファ”といい、“ニホン”の空はたくさんのものが飛んでいるようであるが、空間が重くなったりしないのであろうか」
「さぁ……ごめん、そこはわからないんだ」
「“デンキ”絡みの技術だと、この世界で再現するのは難しいかもしれないね」
「なんと、ラックさんは異世界の話がわかる御仁であったか」
カラレスはラックととても気が合うようだ。
「たしか……家の屋根にアンテナがあって、そこで電波を受けてるって聞いたけど」
「“アンテナ”…!?
是非、描いてみてはくれないだろうか!」
ヒカルが羊皮紙にアンテナを描くと、カラレスは絵を食い入るように見た。
「これが“アンテナ”……魚の骨のようであるな……」
「僕にも、僕にもみせて」
カラレスとラックの質問攻めは、食堂にやってきたサジバがカラレスを見つけるまで続いた。
「まぁ、カラレス!
モウセゴ様に、部屋にいるようにと言われたはずなのでは!?」
「ああっ、なんという悪運……」
「いいですかカラレス。大人の言う事は絶対なのですよ。
さっさと言うことを聞いて、部屋にお戻りなさい!」
カラレスはそそくさと羊皮紙をかき集め、名残惜しそうに部屋に戻っていった。
「申し訳ありません、満足なもてなしも出来ない上、お邪魔までしてしまって……」
「いえ、僕はとても楽しかったので、全く構いません」
「何ならもっと話してもいいぐらいだけど……流石にそろそろ門限近いし帰ろっか」
気がつけば、窓からさす日は傾きだしていた。
「……カラレスとの話を、楽しまれたということですか」
「うん。僕らとカラレスちゃんはもう友達って言っていいぐらいじゃない?」
「そうですか……」
ラックの言葉に、サジバは考え込んだ。品定めするかのようにヒカル達4人を見る。
「…いいでしょう。
孤児院は全ての“子供”の為にある施設。
カラレスのお友達であるなら、今後、当院の訪問を許可します」
「やったぁ!」
ラックは飛び上がって喜んだ。
「じゃあ、また明日来ます」
「ええ。カラレスもきっと待っているでしょう」
サジバは4人を入り口の門から見送った。
ふとヒカルが屋敷の方を見ると、屋敷の3階から、真っ白な髪の少女が手を振っていた。カラレスだ。
ラックは大きく手を振りかえし、ヒカルもそれに続いて控えめに手を振った。
一行は来た道を戻り、住宅街を抜け、街を通り、市場まで戻ってきた。
日が傾いた市は、“迷宮”から帰還した魔法使いや仕事を終えた一般人などが慌ただしく行き交い、昼間よりずっと混雑していた。
川もヒカル達が訪れた時より舟の数が多くなっていた。
ロアは荷物を下ろしている途中の舟の船頭に尋ねた。
「あの、すみません。
学園行きの舟は見かけませんでしたか?」
「ああ?学園行きの舟?
それならついさっき出て行ったばかりだ」
ヒカルは来た時にかかった時間を思い出す。
学園からこちらに来るまでの船旅は、それなりに時間がかかったはずだった。
「門限は大丈夫かな……」
「これぐらいは全然平気。のんびり待ってようよ」
「そう……だね」
ヒカルは少し複雑な心境だった。
帰り道、ヒカルはラックやロアと雑談をしていた。しかし、ヴァイは話に加わろうとしなかった。
ヒカル達は、市の喧騒を避け、川のほとりで舟を待った。
ラックとロアは他愛無い雑談を続けていたが、ヒカルはヴァイとの間にある沈黙の壁が気になってしかたなかった。
長時間待つと、沈黙の壁はより圧迫感を増幅させる。
ヴァイが何を考えているのか、ヒカルにはわからなかった。
ヒカルはこの世界について何も知らなかったが、自分がやったことは、カラレスを助けに行った事は間違いでは無かったと思っていた。だが、一方で、ヴァイが怒ったままなのは良くないとも思っていた。
自分が何も知らなかったのがいけないのなら、自分から謝るべきだ。
ヒカルは当然の事としてそう思ったが、どこかプライドが邪魔をして言い出す事ができなかった。自分が正しかったという感覚が抜けないのだ。
ヒカルは頭を横に振る。
でも、ヴァイとは友達でありたい。自分が折れて丸く収まるなら、それでいいじゃないか。
意を決し、ヒカルは口を開いた。
「あの」
「わ、悪かった!」
「ヒッ、すみません!」
急にヴァイが怒鳴るように良い、ヒカルは反射的に叫んでいた。
「その、俺が悪かった……」
ヴァイにはヒカルの反応が見えていないようで、決壊したように言葉を吐き出し始めた。
「俺…俺、格好悪いよな。
いつか、大人になれば、権力持てば、助けられるんだって……今は言い訳して……見ないフリしてさ。
苦しんでいる奴がいるってことを、考えないようにしてた。
何年も……何十年もそうだった」
ヴァイは、何十年もの間溜め込んだ、無念の思いを懺悔した。
「自分が実際踏みにじられるまで、わからなかった。
わからなかった…いいや、わからないフリをしていたんだ」
ヴァイは歯を噛みしめる。
「僕は……そんな、特別なことをした訳じゃ」
「ああ。当たり前のことを、当たり前にした。
俺は、そんなことも……何が当たり前なのかってことさえ、わからなくなってたんだ」
ヴァイはヒカルを見た。
「悪いのは俺だったのに……当たり散らして……本当、俺は最低だ」
「い……いいよ、そんな謝らなくて」
ヒカルはヴァイの懺悔を受け止めきれなくなった。
「ヒカルの言葉で、俺が何やってたのかやっとわかった。
……ありがとう」
「ど……どう、いたしまして?」
ヒカルは感謝の言葉をどう受け取ればいいのかわからず、すっとんきょうな声で答えた。
上擦ったヒカルの声に、ヴァイはつい笑ってしまった。
張り詰めていた空気が溶け、なんとなくなごやかな雰囲気になる。
その後の船待ちの時間は、ヒカルにとってとても楽しいものになった。ヴァイは胸のつかえが取れたようで、ずっと塞ぎ込んでいたのを取り戻すかのように話は盛り上がった。
だが、ふとした瞬間、ヒカルは気付いた。
ヴァイは、自分に感謝していたけれど……結局のところ、大人に踏みにじられたのは、ヴァイだ。自分は、何もしていない。
ヒカルはこれでいいのだろうかと思いつつも、ようやく機嫌が良くなったヴァイを見ると、打ち明けようとも思えなくなってしまった。
やがて、舟がやって来て、4人は街を去った。
孤児院
農村や町の子供を引き取る施設。
集めた孤児達に魔法を仕込み、探索者として名を上げさせるか、珍しい魔法を使える従者として探索者チームに売り飛ばすのが主な商い。
子供を荷物運びとして貸し出す副業も行っている。




