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王都

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 王都サピロス、特に西側の繁華街は、貿易が盛んな地域だ。

 道を台車が走っていくが、その荷台には半透明のウロコや何かの巨大な目などが山積みされている。ロア曰く、それらは“迷宮”で採られた素材の山なのだという。

 それらの荷物が流れていくのを見るだけでも楽しいが、川の側の広場では市が開かれていた。ヒカルの知らない果実や野菜、スパイス類が山のように積まれ、売られていく。


「そろそろ“炎の大祭”が近いから、人も物もいつもより多いね」

「大祭って何するの?」

「そうだねぇ……

職人さん達が、空に大きな魔法陣を描くんだ。

街の周りに山が見えるだろう。あの、王都を取り囲む山全体にかかるような、とても大きな魔法陣を描く。それが目玉かな」


 ヒカルは驚いた。

 現在いる王都の西側から東側は殆ど見えない。せいぜい、山があるようだ、と思う程度だ。

 どれだけ巨大な魔法陣だろうとヒカルは空を見上げ想像した。

 しかし、空を見上げる時間は長くはなかった。


「ヒカル、これ食おうぜ!」


 ヴァイがそう言って、ヒカルの肩を叩いた。

 ヒカルの目の前に差し出されたのは、冷たい氷の棒だ。ヒカルが見ていないうちに、近くの屋台で買ったらしい。

 ヴァイは食い気の方が優っているようだ。


「これって、アイス……!?」

「アイスクリームって言うらしい」

「“ニホン”にもあるんでしょう?

転生者から伝え聞いたものはどれもハイカラで素敵だよね。

店主さん、僕にも1つ」

「はいよ」


 ラックからお代を受け取った店主は屋台の下にある木箱を開け、ラックの分のアイスを取り出した。

 アイスを食べたそうにするヒカルを見て、ロアはハッと思い出す。


「あ、そうだ、ヒカルに渡さなきゃ」

「?」

「“迷宮”に行って手に入れたお金」


 素材の分や行方不明者の発見の報奨金は、それなりにずっしりとした手応えのある銅銭の袋になっていた。


「いくらですか?」

「1つ銅貨3枚だ」


 袋の中には少なくとも30枚以上の銅銭があった。ヒカルは、余裕で足りそうだということに安堵しつつ、銅貨を支払った。

 ヒカル達は、大通りの中でも人通りの少ない所に立ってアイスを齧った。“アイスクリーム”という名前で売られていたが、ヒカルの知る物だと氷菓に近い。甘いシロップを凍らせたタイプのアイスだ。


「この世界にも冷蔵庫ってあるんだね」

「そんなに珍しい物か?」

「魔法があるのに、わざわざ冷蔵庫を使ってるって意外っていうか」


 魔法で誰でも簡単に氷漬けできるのなら、冷蔵庫はいらないとヒカルは思った。


「誰もが氷の魔法を使えるワケじゃないからな。

それに、ずっと冷やしておけるだけの魔力を持つ魔法使いなんかそうそういない。

魔力は保管しておけないんだ」


 冷やしている間ずっと自転車で走って電力を作らなければならないようなものだろうか、とヒカルは理解する。

 ラックが説明を加える。


「あの手の冷蔵庫ってのは、冷気を保つための氷が入ってるだけで、魔法で動いてるワケではないんだ。毎日氷は交換しなきゃならない」

「魔法も、万能じゃ無いんだね」

「その点、“デンキ”と“カデン”っていうのはとってもロマンを感じるよ」


 ラックは少年の目で言う。


「エネルギーは外界から作り出して、使用者はスイッチを押すだけ!

すごい仕組みだと思うな……」

「電気なら、この世界でも作れると思うけど」


 ヒカルはうっすらと“ニホン”で受けた理科の授業を思い返す。確か、電気を作るなら、オレンジに金属を突っ込むことでできた気がする。

 しかし、ラックは首を横に振った。


「ううん。それは、この世界じゃできないんだ。

これまで多くの転生者が試していたけれど……どうも、君のいた世界の理と、この世界の理は違うらしくて」

「そうなんだ」


 魔法が存在するぐらいだ。“地球”での人智を超えたものがあってもおかしくないだろう。


 ヒカルはそう思い、深く考えるのをやめる。

 早くもアイスクリームを食べ終わったヴァイとラックは、手持ち無沙汰に話し始める。


「次はどこ行こっか?」

「まだ市にいてもいいんじゃない?物珍しいものはたくさんあるし……」


「ーーー!」


 その時、近くの路地の奥の方から、叫び声が響いてきた。


「今の、聞こえた?」

「……ああ」


 ヒカルはヴァイに確認する。意外にも、ヴァイの反応はあまり良くない。


「助けに行かないといけないんじゃ…?」

「ここは街中だ。魔物や魔獣の仕業じゃない」

「なら何の仕業だって言うんだ?

……人間?」

「……」


 ヴァイは都合悪そうに視線を泳がした。

 ヒカルはその様子に、自分の質問が正しい事……人間が人間を痛めつけているのだと知る。


「見逃すんですか?

一昨日は、人助けをしない人を責めたのに」


 ヴァイは一昨日、国の皆の為に力を振るわない人間を責めた。それなのに、今日は、暴力を振るう人間を見逃そうとしている。

 ヒカルにはその違いがわからなかった。

 ヒカルは、今すぐ助けるべきだと思った。

 ラックとロアはなんとか説得しようとしているけれど、理由をうまく説明出来ない様子だった。


「僕は行く」


 ヒカルは踵を返して、悲鳴の聞こえる方へと走り出した。ヴァイ達が慌てて追いかける足音がしばらく続いたが、やがて聞こえなくなる。

 ヒカルは、ヒカルが思っているよりもずっと早く走っていた。それはヒカルが無意識のうちに身体強化の魔法を使っていたからだが、当人は全く気付いていなかった。ヒカルの頭の中は、助けるべき悲鳴の主でいっぱいだった。


「何だその反抗的な目は!」

「ひぐぅっ…!」


 何度目かの裏路地の角を巡った後、ヒカルはついに悲鳴の主の元にたどり着いた。

 悲鳴の主は、路地の隅で頭を抱えてうずくまった少女だった。それを、2メートルはあろうかという大男が蹴り飛ばしている。


「やめろ!!」


 ヒカルは腹の底から叫んだ。何故かはわからないが、心の奥からの衝動がヒカルを動かしていた。

 大男は、ピクリと耳を動かし、ヒカルの方を睨んだ。


「あぁ?

何、つった?」

「聞こえないのか?やめろ、って言ってるんだ!」


 大男はヒカルの姿を一瞥し、呆れたように嗤う。


「ハッ、誰かと思えば、“学園”のガキじゃねぇか」

「子供を蹴っていい法律なんてない!その子から離れろ!!」

「おツムが足りてないみたいだな。子供を蹴っていけない法はねーんだよ。

こいつは俺の戦果を、“迷宮”の底に落として台無しやがったんだ。それをちゃんと“しつけ”なきゃ、ちゃんと人も育てないだろぉ!」


 大男はそう叫んで、もう一度子供を蹴る。子供は壁に叩きつけられ、言葉にもならない呻きが口から漏れた。


「だまれ……」

「あ?」

「だまれだまれだまれだまれだまれェッ!!」


 ヒカルは目にも止まらない速さで杖を抜き、グリップを握る。

 無数の火の玉が宙に現れ、ヒカルの激昂に呼応するように燃え盛る。

 火球は大男に迫る。

 だが。


「マジック・エンド!」


 火球は、大男の髭を焦がした所で消え去った。

 呪文を叫んだのは大男ではなかった。ヴァイの声だった。 


「どうして…!」


 ヒカルは咎めるように尋ねたが、逆にヴァイに鋭い視線で睨み返された。“迷宮”でも、こんなに怒ったヴァイは見なかった。

 ヒカルは訳がわからなかった。ヒカルは、正しい事をしたつもりだった。

 ヴァイはヒカルの前に立ち、大男を見上げた。


「落ちこぼれ王子か。ま、話のわかるヤツが居てくれて助かるよ。

そいつ、俺の“しつけ”を邪魔しようとしたんだ」


 大男が口を開くたび、ヒカルは大男の顔を殴りたい衝動に駆られる。だが、ロアとラックに羽交い締めされている為、動けなかった。


「それは……申し訳ありません。

彼は転生者で、まだこの世界の事をよく知っては…」

「御託はいいんだよッ!」


 大男は、大きな拳でヴァイの顔を殴り飛ばした。魔法の力の篭った拳での一撃で、ヴァイは大きく吹き飛ばされ、壁に頭をおもいっきりぶつける。


「ぐぁっ!」

「ヴァイ!」


 大男はそれでも飽き足らないようで、ヴァイの頭や腹を2、3度蹴りつける。

 ヒカルは見ている光景が信じられなかった。

 ヴァイはこの国の王子のはずだ。大男はどう見ても庶民にしか見えない。それなのに、大男は何の戸惑いもなくヴァイに暴力を振るっている。

 ヴァイが腹を抱えてうずくまった所を、大男は足でヴァイの頭を踏み押さえた。


「じゃあ、ヴァイ君。

異世界からのお友達に、この世界のルールってものを見せてあげようじゃないか」

「う……ぐ……」


 呻くヴァイを、大男は足の裏で踏みにじる。


「ほら、早くしろ」

「この……たびは……」

「声が小さい!」

「……ッ!

……このたびは…っ!

お手を煩わせて、申し訳、ありません!」


 ヒカルは目の前の光景を見て愕然とした。


 何だこれ。


「ご教授頂いた、“しつけ”に感謝し、忘れず、魂に刻みたいと、存じ、あげます」


 大男は満足そうな顔で足を上げる。


「わかればいいんだよ、わかれば。

お前もそうだからな」


 大男は、路地の隅で丸くなっていた少女を睨みつけた。少女はヒッ…と息を飲み、ヴァイと同じように額を地面につける。

 それから、大男はヒカルを見る。依然瞳に憎悪を燃やすヒカルを見て、口を歪ませる。だが、それ以上は何もしてこなかった。

 暴力を振るい終えて満足したのか、大男はフンと言うと、路地を歩いて行ってしまった。

 大男が居なくなるのを見計らい、ヴァイは身を起こした。


「ヴァイ…大丈夫?」

「別に、これぐらいすぐ治る。

そんなことより…!」


 ヴァイは怒りが収まらず、ヒカルの胸ぐらを掴んだ。


「何で街中で杖を抜いた!

何で人に魔法を使った!

そんなことすれば、怒りに触れるってわかるだろ!?」

「……さっきから、何なんだよお前は!」


 不燃焼の憎悪は、大男を肯定するヴァイにぶつけられる。

 ヒカルもヴァイのエリを掴んだ。


「あんなクズ、さっさと燃やしちまえば良かったんだ!

あの様子のどこに正当性がある!?

それを止めておいて、何が“賢者”になりたい、だ!結局お前も子供を見捨てる奴だったのか!?」


 すると、ヴァイの手の力がフッと弱まる。

 すかさずラックが2人の間に割って入った。


「まぁ、まぁまぁまぁ……落ち着いて、2人とも」

「……その……事情は存じ上げないが……吾輩のせいであることは理解した。

申し訳ないのである……」


 少女はロアに支えられ、立ち上がった。

 ロアは少女の頭に手をかざす。すると、身体にあった傷があっという間に消え去った。


「家はどこ?送って行くよ」

「かたじけないのである……」


 ロアは少女に示されるまま、路地を歩いて行った。

 路地裏には微妙な空気が漂う。

 ヴァイは黙っていたが、すぐにロアの後を追って歩き出した。

 ヴァイが家一軒分の距離を歩いた所で、ヒカルも少女の後を歩き出した。ラックもヒカルと並走する。


「……異世界から来た君には、理解できない話かもしれないけどさ」


 道中の沈黙に耐えかね、ラックが口を開いた。


「この世界では、“羽化”を迎えていない子供には…法的な人権が無いんだ」


 ヒカルを、衝撃と絶望が襲った。


「そんなの……アリかよ」

「……うん。

君の知ってるのに近い考え方だと……“ニホン”では、犬とか猫とかの動物は物として扱われているんだろう?それに近い感じかな。

人次第では大切に扱われる事もある。けれど、制度的には物と同じだ。多少暴力を振るったとしても、大した罪にはならない」

「何でそんな事になってるんだ?どう考えてもおかしいだろ!」

「この世界には、寿命ってものは無い。

ただ“羽化”の有無で、大人と子供が分けられているだけ。

だから……大人は、大人として生きる時間が長過ぎるんだ」


 ラックは当然のように言うが、その口調にはどこか悲しげな感情も混じっていた。


「子供として辛い目を見ていたとしても、“羽化”を経て、大人になった後の時間が長過ぎて……子供だった頃の事を、忘れてしまうんだ」

「そんなはず無い。あんな非道な事ができるのは、元から人の心なんかないからだ!」

「この世界の子供はね、みんなそう言うんだ」


 ヒカルの答えを予想していたかのように、ラックは即座に言う。


「みんな、そんな大人にはならないと言いながら成長していく。

その思いは、“羽化”してから10年ぐらいは続くかな。

けど、不老の長い長い時間の中で、段々と、近くの大人の倫理観に染まっていくんだ」


 ラックの瞳には、ある種の悟りのような、冷たいものがあった。

 ラックは視線を前を歩くヴァイに向ける。


「ヴァイは……王国のそういう面を、どうしても受け入れられないんだ。

だから、次期王になる事を最初から蹴り飛ばした。王は子供を救えないって、絶望しているんだ」

「なら……さっきはどうして、見捨てるような事を」

「……火口に水を注ぐようなものだからだ」

「……え?」

「焼け石に水、って言うんだっけ、“ニホン”では。

割り込みに行っても、さっきみたいに侮蔑されるのが関の山。彼女を根本から救う事は出来ない。加えて、この王都だけでも、彼女のような子供は何千人、いや何万人もいる。

救えなかったと嘆きはじめたら、きりがないんだ。

……それに、ああやって……人としての尊厳を根底から踏み潰されるのは、堪えるものだからね」

「それは……それでも……」


 それでも、民を救いたいと言ったのなら、助けに行くべきだ。筋が通らない。


 そんなヒカルの気持ちを察して、ラックは言う。


「……ヴァイも、最初はそうだった。

10年、いや、20年は、そうやって突っかかっていっていたかな。

けど、段々摩耗していってしまった。

彼の夢のキャンバスはとても広いけれど、塗る絵具が足りな過ぎた。

今は、『“賢者”にさえなれれば、その権力と自由な立ち位置でなんとかできる』と、縋っている」

「だからって、助けなくていい理由にはならない」


 悲鳴が聞こえたあの瞬間、少女の苦しみは確かに存在した。

 それは、見てみぬフリなんかしてはいけないものだ。

 そこで無関心を貫こうとしたら、その時点で、あの大人と同じ劣等なクズに成り下がる。

 気分で人助けをするのは暴力を振るうことと変わらない。


 ヒカルは煮え切らない感情のまま、前を歩くヴァイの背を見つめた。

 一行は、無言のまましばらく歩いた。

 路地裏を抜け、大通りを進み、住宅街に入る。すれ違う人々も減り、人も建物もまばらになっていく。

 先頭の少女は、他の住宅街から少し離れた屋敷の前で止まった。山に近く木々に隠されたように存在する屋敷はどこか不気味にも見える。

 大きな門のマークを見上げ、ラックは驚いた。


「モウセゴ財団のマーク……?」

「……モウセゴ財団?」

「“地球”に存在するという“カデン”の再現を再現した道具が爆発的な人気を集める、家具屋さんだよ。

たとえば……ああ、さっき見た冷蔵庫。

あれを作っているのも、モウセゴなんだ」

「じゃあここは、財団の人の家……?」

「ううん、違うみたいだ」


 ラックは、門の隣の塀にはめ込まれた、大理石を読む。


「“孤児院:竜の尾”、ってある」

「孤児院?」


 ヒカルが聞き返したのと丁度同時に門が開き、1人の女性が飛び出してきた。


「カラレス!

どうしたのですか?何があったのですか!?」


 女性は、ヒカル達と、カラレスと呼ばれた少女を交互に見て言った。

貨幣事情

世界的に鉱物資源が希少なため、“ニホン”と比べると硬貨は流通枚数が少ない。

ここ最近は金貨や銀貨の代わりの紙幣を流通させ始めているが、庶民の間では浸透していない。

現代も尚、商の場では物々交換の文化が続いている。物々交換に硬貨を混ぜることが多い。


金貨1枚≒1万円

銀貨1枚≒千円

銅貨1枚≒100円

白銭1枚≒10円

銀貨10枚=金貨1枚

銅貨10枚=銀貨1枚

白銭10枚=銅貨1枚


白銭とは、真鍮やニッケル、アルミなどの合成金属を加工したもの。

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