キレイなせかい
「ねえ、お兄ちゃん。どうして人が殺されるとニュースになったり新聞の記事になったりするの?」
僕の妹は道の真ん中で横たわっている死体をぴょんと飛び越えて言った。
「そうだなあ。殺されることが珍しいからかな?いや、人を殺しちゃいけないからかな。
人が人を殺してはいけないって教える為に、多少大袈裟にもテレビや新聞で人が殺されました、酷いねって伝えるんだと思うよ」
カフェテラスで机に突っ伏したまま動かない人たちを横目に答える。
僕と同じ学校の制服を着た女の子がピクリともせず背もたれに仰け反るようにして空を仰いでいた。
「えー、でも毎日毎日人が殺されたニュースやってるよ?
毎日毎日やってるんだからもうやらなくてもいいとおもうんだけどなー」
確かに。
僕の全く知らない人が僕の全く関係のない人を殺した情報を知ったところで何になるというんだろう
事件に対しても、悲しいです。心が痛みます。犯人が許せない。とよく言う人がいるが、本当に心の底から思っているのだろうか。
数時間後にはきれいさっぱり忘れているだろう。その人の葬式がされても絶対に行かないだろうに。
「ということはだよお兄ちゃん。今、由季とお兄ちゃんはものすごーく、ものすごーーーく大変な、
大大大ニュースになるようなできごとに そうぐうしているんだねー!だってこんなに人が死んでるんだか・・・おっとっとぉとと、」
眼を輝かせ、街の景色をキョロキョロとみていた由季が躓く。
「おっと。ほら、しっかり前向いて歩きな」
由季が倒れている大柄な男に脚を引っ掛け転びそうになるのを支える。
「えへへへ、ありがとう。
なんか気になるものがいっぱいあってね!あそこって何を売ってるお店なのかなあ、30分5000円って、一体どんな30分が買えるんだろう・・・ねえ?お兄ちゃん。知ってる?」
さっきからずっとこんな感じで、興奮状態の由季の質問責めにあっている。
大ニュースどころか、人類史上、もしかすると地球史上最大かと思う大事件が起こっているというのに、僕の妹の興味はキャバクラの看板に移っていた。
無理もない。
今、この終わってしまった世界が由季にとっては初めての世界なのだ。
見るもの全てが新しく、言い方を変えれば今この状態が由季にとっての世界。
「あ!あれって、映画館だよね!ねえお兄ちゃん行こうよー!」
由季が少し先に見える建物を指差す。痣だらけの細く、白い腕が目に入った。
「由季、落ち着いて。ちょっとお兄ちゃん疲れちゃったから、飲み物買いにコンビニ行きたいんだ」
ほとんど外に出られず、監禁生活を送っていた僕の妹。
学校にも行けず、僕と頭のおかしな母親としか関わってこなかった10歳の女の子。
「コンビニ!!行くー!」
そう言うとパタパタと近づいて僕の腕を掴み、にっこりと笑った。
「じゃあ ゆき・・・コーラ飲んでみたい!えへへ」
ーーーーー終わった世界
正確には 終わり『かけている』世界
つい30分前のこと、
僕達を残して、世界中の人が死んだ。
電源が切れたかのように、次々と人が倒れていった。
働いている人、働かない人、頭が良い人、悪い人。
人を殺す人、悲しいニュースに心を痛める人、絶対に許せないと言っていたニュースのコメンテーター。
色んな人がいなくなった。
そして
僕と妹に暴力を振るっていた母親も死んだ。
ーーーーー僕にとっての最高の世界が生まれた。
「うわー!コンビニだー!カラフルだね!色んなものあるね!
すずしー!この機械何?お兄ちゃん」
もしかすると僕達以外にも生き残っている人がいるかもしれない。
もしくは、僕じゃない人が僕の立場になったらその人はどう思っているんだろう。
きっと悪く思う人もいるだろう。
絶望し、何もかもが終わればいいと思うかもしれない。
「すごーい!コーラっていっぱい種類があるんだね!どれにしようかなあ・・・」
正義感や危機感に囚われ、元の世界に戻そうとするかもしれない。
けど僕は絶望なんてしない、ましてや元に戻そうとなんて絶対にしない。
生まれ変わったこっちの世界が良い、悪い筈がない。
「ねえねえお兄ちゃん。ゆきね、お化粧してみたいの。
映画館の次は、お化粧する道具買いに行きたいなー!」
大人がいない世界。母親がいない世界。僕たちに危害を加える人がいない世界。
そんな世界を望んでいたんだ。
大好きな由季がこんなに嬉しそうにしているんだから。
たくさん楽しいことをしよう、思い出を作ろう。
ここには僕と妹。
なんてステキなんだ。