頼れる相棒
昼食後、ケルシーと正式にパーティーを組むことになったので、再び冒険者ギルドに戻ってきていた。
ケルシーは先に受付でパーティー脱退の手続きをしている。
「ケルシーさん、本当に脱退して大丈夫かい?
女性だけのパーティーは珍しいから、もう一度同じ条件で探すのは難しいんですよ?」
「はい、大丈夫です」
ケルシーはパーティー脱退の書類にサインをする。
カウンターに背が届かないので、靴を脱いで椅子の上に膝立ちしている。
「それで次に組むのはこの人ねぇ…」
ギルドの受付が俺のことを横目で睨んでくる。
朝に一悶着合ったせいでいい印象を持たれていないのは分かるが、あからさまに文句がありますといった態度だ。
「そう言えばどっちがリーダーするか決めてなかったな」
「リーダーはシトロン様がよろしいかと」
そう言いながらケルシーが渡してきたパーティー結成届けには、既に構成員の項に彼女のサインがされていた。
どうやら俺がリーダーなのは決定事項なようで、議論の余地も無かったらしい。
俺はペンを受けとって空白のままのリーダーの欄にサインをした。
ケルシーのサインは貴金属に施される彫刻のように繊細で、とても子供が書いたとは思えないほど綺麗な文字だつた。
普段ほとんど字を書くことのない俺のサインが余計に強調されている。
パーティー結成書を提出すると受付は予め背後の書類棚から取ってきていた資料を精査し、結成届を受理した判を押した。
「個々人の能力と実績を加味した上で審査しましたところ、お二人のパーティーはCランク等級からのスタートです。
お二人ともベテランですので諸注意は省かせてもらいます。
依頼はあちらの掲示板から選んでください」
冒険者になって初めてパーティーを組んだときは長々とギルドの制度を説明された記憶がある。
俺もケルシーも経験者ということで説明は随分あっさりしたものだった。
しかし、これで晴れてギルド登録パーティーとなり、依頼を受けることができる。
ケルシーが靴を履きリュックを背負っている間に、俺は彼女が足場にしていた椅子を片付ける。
「ありがとうございました。さあ向かいましょうご主人様」
「ちょっと待て、今ご主人様って言ったか」
「はい。シトロン様がリーダーなので、今日からわたくしのご主人様です」
その理屈がイコールで繋がるのか甚だ疑問だ。
パーティーは代表者を選ぶが、構成員との間には主従関係は必ずしもない。
対等な協力関係でご主人様なんて呼び方はおかしい気がする。
箱入り娘だったとのことなので、その辺りの感覚がずれているのかもしれない。
まあご主人様と呼ばれるのは悪い気はしないし、本人が満足しているならいいか。
掲示板にはクエストの目的地・危険度・報酬など必要な項目が記された依頼書が貼り付けられている。
この中から好きなものを選んでクエストを受託するシステムだ。
掲示板は3つあり、それぞれのA・B・Cの3つのランクに分けられていた。
俺たちはその中、Cランクの掲示板の前に立った。
「Cランクの依頼は思ってたより少ないですね」
ケルシーも俺と同じ感想だった。
アルス達と組んでいるときは専らAランクの依頼にしか興味がなかったので、Cランクの依頼がこんなに少ないことは知らなかった。
両腕を広げたくらいの大きな掲示板だか、貼り出されている依頼は四枚だけだった。
一通り目を通すがどれもピンとこない依頼だった。
Cランクは安全な場所での依頼なので当然報酬も少ないのだが、熟練冒険者にとっても余暇で小金稼ぎをするのに丁度いいのだろう。
この時間になっても残っているものは、報酬が低かったり目的地が遠かったりするものだ。
「明日また出直すか?」
「ご主人様、あれは如何でしょうか」
掲示板の隅、俺の頭の高さにある依頼状をケルシーは背伸びして指差す。
この下の方から聞こえてくる声にもちょっとは慣れてきた。
依頼書を掲示板から剥がし、ケルシーにもよく見えるように屈んで詳細を読む。
「水道橋のスライム退治か…。
少し遠いけど他と比べると報酬もそこそこ高めだな」
「スライムなら二人でも倒せるんじゃないでしょうか」
依頼書を彼女が覗き込んだのでめちゃくちゃ顔が接近した。
横顔だが、近くで見ると本当に可愛い。
顔が子供らしく丸みを帯びているので見過ごしがちだが、目や鼻や唇どのパーツをとっても人形のように綺麗だ。
彼女が少し髪をかきあげる仕草をすると、ふわっと焼き菓子のような甘い匂いがする。
「…駄目ですか?」
彼女の不安そうな声で、はっと意識が戻される。
「ああ、ごめんスライムだったな」
スライムは人工物の近くに自然発生する流体生物で、新人の冒険者達でも討伐できる魔物だ。
発生場所によっては強い毒性や酸をもつこともあるので、決して侮っていい相手ではないのだが。
しかし俺が躊躇っているのは別のごく個人的な理由だ。
適当に理由をつけて断ることも出来たが、この瞳に見られていると何故だか真摯に向き合わなければならない気がする。
「そうだな…、ケルシーは鑑定も出来るんだっけ?」
「はい、専門ではございませんので美術品は分かりませんが」
俺は2本挿した刀のうち一本を帯から外しケルシーに手渡した。
ケルシーは鞄の横ポケットから取り出した白い手袋をはめて受け取る。
別にそんなに高価な刀ではないが、その気遣いは素直に嬉しかった。
彼女は鞘から少しだけ抜いた刀身をじっと見つめる。
暫く観察した後刀を鞘に戻し、見識を披露しはじめる。
「数年前に地底に沈んでしまったという東の国の剣、刀ですね。
実物は初めて見ました。
とても攻撃力の高い武器のようです。
制作時期はごめんなさい、わかりませんでした。
でも、ご主人様は何年も愛用されているのではないでしょうか」
「そんなことまで分かるのか?」
「はい、わたくし実は父が鍛冶屋なのです。
この刀からは日頃から丁寧にメンテナンスされていることがわかります。
でもいくつかの打ち合ったような痕跡や、細かな傷がございます。
一度補修に出してみてもいいかもしれません」
彼女の観察眼に素直に感心した。
「補修も考えてるんだけど、あいにく取り扱える職人がいないんだ。
武器の属性もわかるかい?」
彼女は「属性ですか?」と聞き返しながら刀を少し鞘から抜いて調べる。
「斬ることに特化した武器のようですね。…あっ」
彼女は俺が言おうとしていたことに気づいたようだ。
「そうなんだ。
スライムって真っ二つにしても切断面が綺麗すぎると一瞬でくっついてしまうだろう?
戒律で刀以外の武器を持つことを禁じられているサムライにとっては天敵なんだよ」
子供の割には察しが良いと思った。
それにこれはモンスターの特性を知っていないと出てこない結論だと思う。
これまでを見ただけでも彼女の冒険者としての経験は確かなものなようだ。
彼女はごく短い時間だけ考えを巡らせ、提案してくる。
「この刃の付いていないところで叩いてみてはどうでしょうか」
「それは【峰打ち】という技だね。
打撃攻撃だからスライムにも有効なのと同時に致命傷を与えないための攻撃なんだ。
だからとどめを刺すことが出来ない」
「おサムライ様は不器用なのですね」
「面目ない。
だからこの依頼を二人でやるのは難しいと思う」
パーティーを組んで初っぱなで頼りない姿を見せたくなかった。
相手がケルシーのような年下の女の子なら尚更だ。
「出来ないことをおしえてくれるのは嬉しいです。
弱味を見せるのは誰だって怖いですから、それはきっと信頼の裏返しです」
責められるか呆れられるかだと思ったが、何故かケルシーは嬉しそうに微笑んでいた。
「ご主人様がいとも簡単に手に取ったその依頼状。
わたくしには背伸びしても届かないものなのです。
ご主人様にはご主人様の、わたくしにはわたくしの。
出来ることと出来ないことがございます」
目を覚まさせられた気分だった。
二人で出来る依頼を探しているつもりで、俺は彼女を端から戦力として考えていなかった。
「い、いいのか?
素手で戦えとか言わないのか?」
「言いませんそんなこと。
こだわりを持つことは大切なんです」
ケルシーは笑い、「それに」と続ける
「わたくしこう見えて結構力持ちなんです。
ご主人様が弱らせてくれた相手なら、ハンマーで倒しちゃいます」
ケルシーは細い腕で力こぶをつくるよう仕草をしてアピールをする。
それが妙に可笑しくて笑いを堪えられなかった。
「なんで笑うんですか!
むー、信じてませんね…?」
彼女は頬をぷくっと膨らませて抗議する。
「ごめんごめん、頼りにしてるよケルシー」