些細なこだわり
パーティーを組みたいと申し出る少女と共に、繁華街のレストランにきていた。
少女が「立ち話もなんなので」と誘うので店に入った訳だ。
彼女が選んだレストランは自分もよく知っている、夜は酒場として営業している店だ。
よりにもよって俺がパーティーを追放されたあの店だった。
「本当にご馳走になっていいのか?」
「はい、わたくしもお腹ぺこぺこなので」
こんな子供に奢ってもらうのは気が引けたが、肉の誘惑には勝てなかった。
昼にここに来たのは初めてだったが、ほとんど満席になるほど客が入っている。
酒場にしては料理が美味しいと思っていたが、昼間の繁盛を見て納得した。
ラウンジを見回して席を探すが、一番端の4人掛けのテーブルしか空いていない。
そこはあの時と同じテーブルだったので目眩がする。
しかし突っ立っていても不審に思われるだけなので席につくことにした。
俺は腰に差した2本の刀を隣の椅子に置いて、通路側の席に座った。
彼女は対面、奥の椅子を両手で引っ張ってテーブルから出すと、そこにリュックを下ろした。
同じ動作で通路側の椅子を引っ張ってお尻を乗せる。
たぶん足が届いていないのだろう。
机の縁を掴んで体を捩り、ようやく椅子に腰掛けた。
椅子に座るという1動作も、彼女の体格では幾つかの工程が必要なようだ。
名前くらいは聞いていたのだが、改めて自己紹介をしておくことにした。
「俺はシトロン、ジョブはサムライだ。よろしく」
「わたくしはアルケミストのケルシー=モールスミスと申します」
ふと彼女の尖った耳に目がいく。
視線が気になったようで少女ははにかんだような苦笑いをする。
「わかっちゃいますか?わたくし、ハーフなんです」
「前のパーティーにもエルフ族がいたんだ。
耳が少し尖ってるからもしかしてと思ってね」
「本当はママ……母のように背の高い長耳のエルフになれたら良かったのですが、中途半端で不恰好ですよね」
そう言いながら少女は手で耳を覆って隠してしまった。
彼女はエルフにしては短い自分の耳をコンプレックスに感じているようだ。
エルフの長い耳は美しさの象徴と聞いたことがある。
しかし、ちょこんと控えめに自己主張するその耳が彼女の幼い容姿にはよく似合っていると思った。
「俺は短い耳も可愛いと思うけど」
「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいです」
彼女は耳を覆っていた手を膝に乗せて、口の端しを本のわずかに持ち上げた。
「さっきは別の人たちとパーティーを組んでたと思うけど、俺と組んで大丈夫なのか?」
冒険者は複数のパーティーに同時に所属することは出来ない。
名義貸しなどをされるとギルドが正確にパーティーの実力を測ることが難しくなる等、様々な問題があるからだ。
「はい、脱退の許可を頂きました。
元々わたくし戦闘でお役に立てることはあまり多くないので、ご厚意でパーティーに入れて貰っていただけなんです」
なるほどアイテムでサポートするタイプの職業なのか。
大きなリュックに合点がいった。
戦闘向きではない小柄な体格には適した職業だと思った。
少女の身なりを観察していると、彼女ははっとした様子で発言の訂正をはじめた。
「あっ…!
お役に立てることは多くありませんが、お力になれるように一生懸命がんばります。
現地でアイテムを調合したり出来ます。
鑑定も出来ます。荷物も持ちます。少しなら料理も……。
どうかパーティーを組んでいただけないでしょうか」
ゆっくりしたペースだが、途中で遮ってはいけないような真剣さの伝わる喋り方だ。
謎の低姿勢でこちらの方が恐縮してしまいそうになる。
自分とパーティーを組みたいと思ってくれている事は素直に嬉しかったが、それが何故なのか検討もつかなかった。
それを聞いてみようと思ったところでウェイトレスが注文を取りに来た。
「お子さまランチを一つお願いします」
「じゃぁ俺は日替わりランチプレートで」
やっぱりお子さまランチなんだな、と思った。
気遣いも出来て大人っぽい言動だが、子供らしい所もあって少し安心した。
「よく勘違いされますが、わたくし子供ではございません。
お子様ランチを頼んだのは量が丁度よいからです」
一瞬自分の考えが読まれたのかとも思ったが、これまでにも度々子供扱いされた経験があるのだろう、念の為といった素振りだった。
冒険者として自立しているつもりでいる本人にとったら、年齢だけを見て子供扱いを受けるのはよく思わないはずだ。
俺も彼女くらいの年のときはそうだったから分かる。
「それで……パーティーのお話なのですが、いかがでしょうか?
わたくしは”渡り”ですが、この街にいる間だけでもお願い出来ませんか?」
冒険者はギルドからの依頼を請け負って生計を立てる人々で、一つの街を拠点として活動する者もいれば、様々な町を旅しながら依頼をこなす者もいる。
彼女の言う”渡り”というのは後者のスタイルだ。
「俺は今のところ居心地の良いこの街を離れるつもりはないかな。
でも何故ケルシーちゃんは冒険者に?」
彼女のように幼くして冒険者になるのにはきっと理由があるはずだ。
もし仮にパーティーを組むことになるなら、そこは知っておかなければならないと思った。
ケルシーでいいです、と彼女は呼び方を訂正してから身の上話を始めた。
「わたくしこの年になるまでずっと、生まれ育った村で暮らしていました。
でも、このまま村の中で一生を終えるのかと思うと寂しくなってしまいまして…。
少しでも外の世界に触れてみたかったんです」
たしかに渡りの冒険者なら世界中を見て回ることが出来る。
この年と言うには若すぎるだろと思うが、前向きでしっかりした目標を持った娘だと思った。
もちろん、本当は人に話したくない辛い生い立ちがあって、当たり障りのない言葉を並べただけかもしれないが、彼女はそういう誤魔化しをするタイプではない印象をうけた。
「でもよく両親が許してくれたな」
「はい、父は最後まで大反対でした。
でも長女のわたくしを過保護に、箱入り娘に育ててしまったことを後悔していたようです。
今では両親も下の子達もみんな、わたくしの送る手紙を楽しみにしてるんですよ」
家族のことを話すケルシーはとても楽しそうだった。
そうこうしているうちに料理が運ばれてきたので、食べながら話を続ける事にした。
「シトロン様は何故冒険者に?」
「よくある理由さ。
孤児院を出て食べていくために選んだだけだよ」
学も録に無い孤児で、取り柄は丈夫な体をくらいだった。
農奴や兵士になるという選択肢もあったが、自由気ままな冒険者の方が性に合うと思っただけだ。
「サムライっていうのは珍しいジョブですよね?」
孤児院育ちについて、同情したり突っ込んで聞いてくるだろうかと心配したが杞憂だった。
俺みたいな境遇の奴は本当に多いし、特に不幸とも思っていない。
踏み込んで聞いてこなかったということは、彼女は冒険者として多少のキャリアはある事がわかる。
「それこそもっと単純な理由だよ。
新米の頃出会った冒険者のオッサンが使っていた刀が格好良くってさ。
四六時中風呂でもトイレの中でも付き纏って、頼み込んでようやく弟子にしてもらったんだ」
「あはは、男の子はそのくらいやんちゃなほうが良いですよ」
自分より年下からそんなからかわれ方をするとは思っていなかったので、ドキッとした。
普段の立ち振舞もそうだが、時々妙に色っぽい娘だ。
正直なところ二人パーティーを組むなら、相手はサポートではなく戦闘系のジョブが好ましい。
だが健気なこの子の誘いを断るのが心苦しいし、彼女の放つ不思議な魅力に惹かれているのも確かだ。
さらに言えば底をつきそうな生活費の事もあるし、誰でも良いからパーティーを組んで依頼を請けるべきなんだが……。
考えあぐねていた俺は原点に立ち返ることにした。
最優先の条件は『唐揚げにレモンをかける派』であるということ。
”些細なこだわり”と思われるかもしれない。
この子はとてもいい娘だ。
優しそうだし、きっと仲良くできるだろう。
でも前のパーティーだって仲が悪かった訳じゃない。
アルスもハーコットもシャルドネもみんないい奴だった。
そんな仲間を引き裂くほどの力が、”些細なこだわり”にはあるんだ。
俺とケルシー、お互い頼んだメニューは違うが、どちらも唐揚げとレモンが更に乗っている。
やってやる、と意を決した俺はレモンを手にとると豪快に搾る。
しかし目線の先に唐揚げはない。
少女としっかり目を合わせたまま唐揚げにレモンをかけた。
この娘がどっち派なのかを見定めなくてはならない。
俺はかけたぞ、唐揚げにレモンを。
こちらの覚悟は行動で示した。
さあ、どうする幼女よ!
彼女は自分の皿の隅を一瞥した。
今のでレモンの存在を認識したはずだ。
スープを飲んでいた彼女は手を止めてスプーンを置いた。
絞るのか!?レモンを!?俺の真の仲間になってくれるのか!?
少女の左手がプレートの隅に伸びて、期待に胸が高鳴る。
俺はレモンを掴んでくれと心の中で叫んでいた。
しかし、願いも虚しく彼女が手に取ったのはフォークだった。
唐揚げをフォークで突き刺す少女。
あまりの落胆で、串刺しにされた唐揚げが自分の心臓なんじゃないかと錯覚するほどだった。
もちろん少女は悪くない。
俺が勝手に期待して勝手に失望しただけの事だ。
俺はただぼんやりと皿の中央に運ばれる唐揚げを見ていた。
ナイフの追い討ちで真っ二つに解体される唐揚げを見て、涙で視界が滲みそうになる。
唐揚げにも涙の滴がポツポツと落ちている。
いや、断じてそれは涙ではなかった。
レモンの爽やかな香りで心にかかった靄が晴れていく。
そうか、彼女の小さな口では唐揚げを一口で頬張れなかったんだ。
見間違いではない、顔をあげると少女は小さく細い指でレモンを搾っていた。
しかもちゃんと皮を下に向けている。
唐揚げの一片が少女の口に運ばれていく。
俺は唐揚げを頬張った少女の唇に見惚れていた。
感動で胸が一杯になり、もぐもぐと咀嚼する彼女を見守った。
半分に切って口に入れても少し膨らんだ頬。
あれだけよく噛んでも、飲み込むときに少し顎を上げる仕草。
まるで小動物のような一挙一動を、ずっと眺めていたくなる。
俺と目が合った彼女は少し視線を泳がせると、頬を赤らめて言った。
「あんまりじっと見られていると、少し恥ずかしいです」
彼女に指摘されてようやく、自分が口も半開きで見惚れていたことに気がついた。
慌てて咳払いをして誤魔化そうと試みるが余計こっ恥ずかしい。
でも俺の気持ちはようやく固まった。
「ケルシー、一緒にパーティーを組んでくれないか」
俺から逆に誘われると思っていなかったようで、彼女は少し驚いた様子だった。
ナイフとフォークを皿に置いて手を膝に置き、姿勢を正した彼女は弓なりに目を細めた。
「はい、よろしくおねがいします」