路地裏で呼ぶ者
仲間に見放され、パーティーを追い出された俺はショックで2週間も寝込んでいた。
無気力状態で一日中部屋でゴロゴロして過ごしていたが、流石にこのままではいけないと思い、冒険者ギルドに足を運んでいる。
まだあの悪夢から完全に立ち直れた訳ではないが、切迫した事態があるからだ。
そう、金だ。
だが未だに次のパーティーを見つけられず、憂鬱な気分は次第に焦りに変わってきた。
「何度お断りすれば分かるんですかシトロンさん!
パーティーを組んで頂かないと依頼の斡旋は出来ません!」
ギルドの受付、初老の男が怒鳴ってくる。
「見つからないんだから仕方がないだろ!」
俺もムキになって声を荒げてしまった。
ギルドは依頼の斡旋の他に、冒険者同士がパーティーを組みやすいように紹介してくれる場所でもある。
しかしいくら待っても一向に俺の希望に沿うパーティーを紹介してくれない。
「あなたの指定が細かすぎるんですよ!
だいたいなんですかこの『唐揚げにレモンをかける派』って条件は!
他にもっと優先すべき条件があるでしょう!?」
戦闘技能の相性はもちろん大切な要素だ。
しかし唐揚げにレモンをかけるか否かの好みは重要だ。
それでパーティーを追い出された経験のあるものにしかわからないだろうが。
「いまの俺にはこれ以上に優先すべき条件は無いんだ!」
「とにかく、パーティーを組んでいない方には依頼を出せません!
あなたが何処で野垂れ死のうと勝手ですけど、依頼を失敗されるのはギルドの信用問題になるんですよ!」
結局今日も収穫はゼロだった。
俺がこうしている間にもきっとアルスたちは冒険の最前線で活躍していることだろう。
焦りと苛立ちで頭の中がいっぱいだ。
少しでもなにかやった気になりたくて、俺はカウンターに積まれているパーティー募集のチラシを一枚掴み取り、ギルドを後にした。
ギルドが面する大通りはこの街で一番大きい道で、行商の馬車も行き交う活気のある場所だ。
そんな賑わう通りをふらふらと肩を落として歩いていると、いっそうの喪失感を味わうことになる。
ふと、向かいから見知った顔が歩いて来ることに気がついた。
黒っぽいブラウスにウエストエプロンを着た女性だ、あちらも俺に気づいたようで声をかけてくる。
「あら、シトロンじゃない久しぶりね」
彼女はこの近くのバーで働いている。
俺も時々一人で飲みに行く店だ。
市場の方から品物が入った籠を持って歩いてきたところから察するに、店で使う食材を仕入れて着たのだろう。
「どうもですミモザさん、買い出しですか?」
「えぇ、お店のね。
最近来てくれないけど何かあったの?」
「実はパーティーを追い出されちゃいまして……。
次の所属先が見つかるまで倹約してたんですよ」
「追い出されたってあの温厚そうなアルスくんに?
そうとう無神経な事やらかしたんでしょ」
無神経だったかどうかは分からないが、顰蹙を買ってしまったのは事実だ。
弁明の余地はなく、愛想笑いでとぼけるしかなかった。
「悩みがあるなら相談に乗るわ。
お店に飲みに来てよ」
「金取るんですか」
「当然じゃない、まあせいぜい仲間探し頑張ってね」
愚痴の一つも聞いてほしかったが、世知辛いことに有料だそうだ。
この街には1年近く滞在しているが、暇があれば冒険に出掛けていたので相談できる相手もいない。
それが自分が孤立してしまっていると感じる一因だろう。
悪戯に笑うミモザさんは「それじゃあ」と手をひらひらさせて去ってしまった。
俺は特大のため息を一つついて通りをあてもなく足を進めた。
ふと美味そうな匂いに気付き、意識を空腹に支配される。
通りは片側がオープンテラスになっており、その脇には様々な露店が並んでいる。
肉料理を扱う屋台の前に無意識に足が吸い寄せられていた。
分厚い塊の肉を薄いパンのようなもので挟んだ料理が振る舞われている。
しばらく肉なんて食べてないので、口の中に満たされた唾液が今にも決壊しそうだ。
早速財布を開いて銀貨を数え始め、そこでスッと冷静になった。
俺は隣の甘味屋で腹持ちの良さそうなものを選んで買うと、露店の近くの席に腰掛けた。
袋から魚の金型で焼かれた菓子を取り出した。別に甘いものが特別好きというわけではないが、これは費用対効果も良くて気に入っている。
しかし、どうしても肉が諦められなかった俺は、肉の旨そうな空気を吸い込んでから、たい焼きを頬張った。
「肉が食いたい」
努力をしてみたものの、口に広がるのは肉の味ではなく、大豆を甘く煮詰めたものだ。
ギルドで貰ってきたメンバー募集中のリストを片手にぼーっと眺めていると、ふと目の前を冒険者の一団が通り過ぎた。
セクシーな鎧からバストが溢れそうな女剣士。
うっすらと割れた腹筋が健康的な女武闘家。
深いスリットから覗く太腿が眩しい女僧侶。
アダルトな雰囲気漂うお姉さま冒険者のパーティーを見て、無意識に目だけで追いかけてしまう。
何かの間違いであのパーティーに入れて貰えたらハーレムなのに、と妄想にふける。
ふと、最後尾に少女がついて歩いている事に気がついた。
前を歩く女性3人のヒップに見とれていなければ、テーブルの死角になって見逃してしまいそうなほど小柄だ。
緑のスカートが淡いブロンドヘアによく似合っている。
それだけ見るとどこかのお嬢様のような格好だが彼女もきっと冒険者だろう。
足元の露出を減らしたストッキングに頑丈で歩きやすそうなレザーのブーツ、自身の体が隠れてしまうほど大きな鞄と、駆け出しの冒険者らしい格好だ。
目立った武器を携帯していないので生産加工系の職業なのだろうか。
「あんな小さな娘でも冒険者なんだな…俺も頑張らないと」
そう自分を勇気づけながら一団を見送っていると、急に足を止めた少女が振り返った。
前を歩いていた3人と比べると色気と呼べるものは皆目無い。幼女と呼んでも差し支えない体型だが、なぜか目が釘付けになる。
可愛い。
エメラルド色の瞳がじっと見つめてくる。
俺の顔になにかついているのか?
知り合い?いや、こんな子知らないぞ?
いやらしい視線を送っていたことに気付かれたのか?
パーティー無所属の俺は無職同然だ。
衛兵に突き出されたら録に弁明の機会も与えられず投獄されるだろう。
何か納得のいく言い訳を考えているとが考えがまとまるより先に、自分のパーティーに置いて行かれていることに気づいた少女は慌てて仲間の元に駆けていった。
ほっとした俺は食べかけのたい焼きを口に放り込んんで席を立った。
思わぬアクシデントで調子が狂ったが、気を取り直して冒険仲間を探しにいくことにした。
今日は酒場のある繁華街の方に行ってみることにする。
あの事件以来アルス達と顔を合わせるのが気まずくて、繁華街には立ち寄らないようにしていたが、この時間ならあいつらは依頼を請けて街の外に出ているだろう。
昼間は俺みたいにパーティーからあぶれた奴が屯しているかもしれない。
行ってみる価値はありそうだ。
角を曲がって路地に入る。
左右を背の高い建物で囲まれた昼間でも薄暗い通りだ。
ここを抜けると手っ取り早く繁華街に抜けられるのだ。
「わたくしとパーティーを組んでいただけないでしょうか」
突然背後から声をかけられて驚いたが願ってもない申し出だ。
俺は慌てて足を止めて振り返った。
しかしそこには静寂しか無かった。
誰も居なかったのである。
どうやらパーティーが一向に見つからないのでついに幻聴を聞いてしまったようだ。
俺は再び繁華街に向けて歩き出したが、ある噂話を思い出してしまった。
この街には”路地裏で呼ぶ者”という怪異現象があるという。
俺はこの手の話があまり得意ではないのだが、面白がってシャルドネが聞かせてくるのだ。
誰も居ない路地裏を一人で歩いていると、その人が今最も望んでいる言葉で呼び止める姿のない悪魔だそうだ。
3回振り返ってしまうと、その者は魂を奪われてしまうという子供騙しな話。
俺は欠片も微塵も全く信じていないが、何故このタイミングで思い出してしまったのかと後悔する。
頭からこの記憶を追い出そうとするが、忘れようと意識するほど脳にこびりつく。
繁華街へ逃れようとする足は自然と速くなっていた。
そこで気づいてしまったのだ、背後をついてくる足音に。
こつり、こつり、と小さな足音だがたしかに聞こえる。
俺が足を止めると足音も止まる。
恐る恐る背後を振り返るがやはり誰もいない。
気のせいだと自分に言い聞かせて再び繁華街に向けて歩き出そうとした瞬間、今度こそはっきり聞こえたのだ。
「わたくしとパーティーを組んでいただけないでしょうか」
聞き間違いでは無かった。
次振り返ったら3回目だ。
俺は死ぬのか。
逃げ出してしまいたかったが、あの高飛車エルフに負けたようで我慢ならない。
俺は勇気を出して振り返り、そして愕然とした。
そこにはやはり何も居なかったのだ。
「こっちです」
服の裾を掴んで引っ張られる感触。
俺は慌てて視線を落とすと、そこにはエメラルド色の瞳がこちらを見上げていた。