プロローグA
俺はシトロン。サムライだ。
それは刀一筋で技を極めて主君に仕える武人だが、生憎俺には仕えるべき相手はいない。
それでは孤独かというとそうではない。
俺にはパーティーを組んで共に旅する3人の冒険者、仲間がいた。
いつの日か最強の剣術家のみに与えられる"剣聖”の称号を手にすることを目標に、魔物の潜むダンジョンに挑むのだった。
今日も俺たちは無事に危険な依頼を成功させ、馴染みの酒場でテーブルを囲んでいた。
「冒険の成功を祝して!乾杯!!」
「「「かんぱーい!」」」
木製のジョッキをぶつけ合って喜びを共有する。
音頭を取っていたのはリーダーを務めるナイトのアルスだ。
攻撃寄で自己完結型のサムライと違い、ナイトは敵の攻撃を一手に引き受ける壁役だ。
持ち前の気さくな性格で、戦闘だけでなく精神面でもパーティーの支えになってくれる。
俺とアルスは酒を一気に呷って、空になったジョッキをテーブルに叩きつけた。
「アンタたち相変わらず品のない飲み方ね。
店員さーん!ワインもってきてー!」
アーチャーのシャルドネがまだ一口しか飲んでいないジョッキをアルスに押し付ける。
彼女は長い耳が特徴的な金髪のエルフ。
高飛車で口が悪いところがあるが、道ですれ違う男全員が振り返るほど容姿端麗だ。
エルフ族は長寿と知られているが、彼女に年齢のことについて聞けるほど俺は命知らずではない。
「シトロンさん、私のもお願いします」
ジョッキを手渡してきたのはルーンキャスターのハーコット。
ふわっとした桃色の髪で片目を隠した大人しい娘だ。
ローブの上からでも分かるほど胸が大きく、一度不可抗力で触れてしまった時は暫く指が埋もれるその感触が消えなかった。
ジョッキを受け取る時に少し指が触れてしまったようで、彼女は目を逸らして頬を赤らめている。
お酒が飲めない彼女は新しくジュースを頼んだようだ。可愛い。
彼女たちが俺たちに合わせて、最初の1杯だけエールを頼むのが打ち上げの恒例だ。
自然と話題は今日のクエストの感想になっていた。
「僕もあの数を長時間捌き切るのは難しかったけどね。
シトロンとシャルが危険な敵を優先して倒してくれると信じていたから出来た作戦さ」
「アンタたち二人が邪魔さえしなければあれくらい造作も無いわよ」
「相変わらず素直じゃないぜシャルは。
頼り甲斐が出てきたって言ってくれてもいいんだぜ」
「な、調子に乗ってるんじゃないわよこのバカ侍!」
「け、喧嘩しないでください……。
皆さん、とっても強くなって、頼もしいです」
「それを言うなら君もだよハーコット。
僕は騎士だから魔法の事は詳しくないけど、あの大火力を正確に敵に命中させるコントロールがどれ程凄い技術かくらいは分かるよ」
「そんな、私なんてまだまだ……。
シャルちゃんが射手を優先的に倒してくれるから、詠唱に集中できるだけです」
それに、オークコマンダーを一騎打ちで仕留めたシトロンくんの方が……」
「まぁ、バカ侍にしては良くやった方なんじゃないの」
「ダンジョンのヌシも一騎打ちで仕留めてしまうなんて、本当にいつかシトロンは剣聖になってしまうかもしれないな」
俺たちのパーティーは結成2年目でほぼ全員が若手、しかし実力はギルドでも一目置かれたいわゆる新進気鋭というやつだ。
結成当時は街の近くで安全な護衛クエストしかこなせなかったが、今では危険な賞金首モンスターもこれまで幾度となく仕留めており、この地方で俺たちの名前を知らない冒険者は居ない。
冒険者への依頼はギルドの仲介を利用するのが一般的だが、俺たちの噂を聞きつけた貴族や商人から直接指名される事も少なくなかった。
ギルドからも高い評価を受けており、近々最高峰であるSランクパーティーへの昇格が内定している。
そうすれば更に強敵と戦う機会も増えるはずだ、きっと剣聖の夢にも近づける。
そんなことより、と前置きしてアルスが耳打ちしてくる。
(どうなんだ?ハーコットに気持ちを伝えたのか?)
(まだだよ文句あるか!お前こそプレゼントはちゃんとシャルに手渡せたのかよ?)
先に話した相談というのはコレのことだ。
俺はハーコットを、アルスはシャルドネに密かに好意を抱いている。
女の趣味が被っていないのは幸いだが、こいつも俺も恋愛に関してはどうにも奥手だ。
「何男同士ヒソヒソ話してんの気持ち悪い」
俺達を余所目にシャルドネは悪態をつき、ハーコットは不思議そうな顔をしている。
そんないつもと変わらない時間を過ごしていると、ウェイトレスが一枚の皿を運んできた。
前もって注文しておいた今日のおすすめプレートだ。
山盛りの唐揚げから食欲を掻き立てる揚げたての香りが立ち込めた。
皿がテーブルに置かれるやいなや、俺は早速添えられているレモンを手にとる。
そして唐揚げの上を往復させて果汁を絞った。
「貴様ーッ!!
なに唐揚げにレモンかけてんだーーーッ!!」
突如アルスが怒鳴り声をあげた。
勢いよく立ち上がったので、椅子が後ろにぶっ飛んでいった。
普段の物腰の柔らかい態度からは想像も出来ないほどの剣幕。
「なにってお前……これから食べるために決まってるじゃねえか」
胸ぐらを捕まれたので俺も喧嘩腰になってしまう。
「アンタ正気なの!?
よりにもよって全部にかけちゃうなんて信じらんない!
サクサクの衣が台無しじゃない!」
シャルは唐揚げの皿を引ったくった。
彼女もまた眉間に深い皺を寄せて敵意を剥き出しにしている。
こんな顔を見せたのはオークに焼かれた村を見た時以来だ。
レモンをかけたことが気に入らなかったのは分かるが、なんで一方的になじられないといけないんだ。
「唐揚の旨さを引き立てるのがレモンじゃないか。
レモンに含まれる成分は肥満予防にもなって健康にいいんだぞ。
それともナニか?
コレは飾りのためだけに添えられてるっていうのか?」
そうだ、間違ってるのは奴らの方に違いない。
わざわざ添えられているレモンをかけないことこそが悪。
理論的で非の打ち所もない、思い付く限り最高の弁護だ。
「はぁ、このアホ侍なにもわかってないわ。
折角あつあつの唐揚げがレモンの汁で冷めちゃうじゃない。
それに美味しいものは健康には良くないって相場が決まってるの。
つまりレモンがかかっていない唐揚げのほうが美味いのよ」
「よく言ってくれたシャル。
いいかシトロン、貴様がやったことは唐揚げに対する冒涜!
決して許される所業ではない!」
そんな屁理屈みたいな理論でレモンを否定されてたまるか。
このエルフはちょっと顔がいいからって我が儘を押し通せると思っているのか。
アルスも気があるからって贔屓してるんじゃないだろうな。
怒りをぶちまけそうになったが冷静になる。
2対1で感情論になったらこちらが更に不利だ。
とりあえず数的不利をなんとかしたかった俺は、ハーコットに助けを求めた。
「ハーコットはどう思う?レモンをかけた唐揚げの方が好きだよな!?」
「ガツンと言ってやりなさいハーコット!」
「君の忌憚のない意見を聞かせてくれ」
お互いに自らの正義を疑わない3人に気圧されたハーコットはおずおずと口を開いた。
「あの……その……レモンは皮を下に向け絞らないと……」
「マジで?絞る向きとかあったとは……それは失礼した。
だがレモンをかけること自体には賛成してくれているんだな?」
普段あまり自己主張しないハーコットが数で劣勢に立たされている俺に加勢してくれることが嬉しい。
共感できるものが多いと間に運命めいたものを感じてしまう。
やっぱり俺にはお前しかいない。好きだ。
「これで2対2だ、多数決で決着をつける気なら残念だったな!」
「いえ……自分でかけたい……というか、……その……ごめんなさい!
シトロンさんが手で絞ったのは生理的に無理ですっ!」
終わった。
手が当たったときに目を逸らしてたのは照れているのではなく本気で嫌がっていたのだ。
密かに思いを寄せていた相手から真正面から拒絶されて俺の心が粉砕された。
これ以上は何も言い返すことができなかった。
「そうよ、ばっちいじゃない!
かけるんなら自分が食べるやつにだけにしなさいよ!
こんな無神経な奴に命を預けるなんて無理だわ!」
苦難の冒険を共にした仲間たちから向けられるのは軽蔑の眼差。
「すまんなシトロン、そういうことだ。
明日からは別のパーティーを探してくれるか?
貴様とは気が合うと思っていたんだがな……」
こうして俺はパーティーを追放された。
レモン1/4個分の果汁に含まれるビタミンCで俺は全てを失ったのだ。