ある王家の日常
戦争がない国・・・。
そんな国は存在しない。
必ずと言っていいほど国・・・と言うより人間は戦争を繰り返してきた。
世界で戦争を繰り返して領土を拡げた帝国・・・帝都アルファリオンは武力でもって、大陸を支配してきた。
だが、ある国だけは武力をもってしても支配することは出来なかった。
その国はフリーデン。
フリーデンは奇妙なことに自国、独自の力で帝国に対抗してきた。
この国も過去には、内戦・外戦を繰り返していたが、外戦・・・ある戦争をきっかけに落ち着きを取り戻した。
それは外戦での戦いであった。
・・・。
いや、異種民族との戦いと言った方が良いだろう。
それはゴブリン等と呼ばれる亜人であった。
その時に戦いで勝利に導いたのがリリアント家であった。
当時の当主であったカリム・リリアントは不思議な力を使うことができた。
その不思議な力とは所謂、魔法の事だ。
本来、魔法とは亜人であるエルフと呼ばれる森に住む者達が扱うことが出来るものだ。
だが、稀に人間である者が魔法の素、魔力を持って産まれることがある。
その確率は極めて低く、両親のどちらかがエルフでないと持つことはないとまで言われるくらい低いのだ。
特異体質であった、カリムは魔法を駆使して亜人たちとの戦いに勝利をした。
その勝利を手にしたカリムは亜人達を奴隷などにすることなく平和条約を結ばせ幕を閉じたのだ。
その後は、互いに相互関係を密にしつつ助力関係を気付きあげてきた。
カリムの力は代を経るに連れて大きくなっていった。
その為、現当主のシェーン・リリアントは当主達の中で初の召喚魔法を使えた。
そのお陰か帝国とは今でも力では拮抗していたのだ。
最近では、対抗する力を強めるためにフリーデンのある一室で魔法の研究をするものが現れ、魔法の研究が進められていた。
「ここをこうして・・・ここの紋様をこれに変えて・・・」
今日もその部屋では一人の者が研究をしていた。
「これをアレにしたら、失敗したから・・・ここをコレに変えて・・・・・・」
研究するにあたって、言っていることは研究者だが身にまとっている衣装は貴族が着るような豪華なドレスであった。
コンコン・・・。
誰かが部屋のドアをノックする。
「陛下、お茶をもって参りました」
ドアの向こう側で侍女と思われる女性の声が聞こえた。
そう、今、魔法の研究を行っているのは国のトップにして唯一の召喚魔法を扱えるシェーン・リリアント本人なのだ。
「ココをこうしたら、こうなるから・・・・・・だけどココが干渉して失敗に終わるかも」
シェーンは侍女の言葉を聞こえていないのか無我夢中に目の前の術式を考察していた。
その為、部屋の床面には一面中に不規則な術式が描かれていた。
ガチャっとあからさまにドアが開くと一人の侍女が礼をして入る。
「失礼致します」
侍女が主の返答を待つことなく部屋に銀の台車ごと入る。
シェーンも流石に気がついたのか扉の方を見る。
「あら、もう場所が分かっちゃったのかしら・・・マリア」
「それはもう、私が配属してから陛下は毎回この時間にはこの部屋に居てましたので」
マリアと呼ばれた彼女は呆れたような顔をすると今までのことを思い出すかのように伝える。
マリアことマリアンヌ・フェルカはシェーンが街を散歩している時に偶然に拾ったものなのだ。
その時の話はまた何れ話題に出るだろう。
☆
マリアは台車に乗せていたポットのカップを手に持つと空気を含ませるように紅茶を入れていく。
「陛下、少し休憩を入れられてはいかがでしょうか?」
「それもそうね・・・」
シェーンはマリアの言葉に頷くと台車の近くに椅子を持ってきて座る。
そして、紅茶の香りを楽しむようにゆっくりと
「それで・・・、進捗はどうかしら?」
お茶を楽しみながらシェーンはマリアに尋ねた。
「陛下のお考え通り、帝国も魔法に手を出しつつある状況です。そして、その中で奴隷となった亜人の者達が連れてこられているとの情報を受けています」
「そう・・・。それじゃあ、早く魔法陣を完成させなきゃね」
シェーンはそう呟くと食器を台車に置いた。
そして、台車を見つめる。台車に使われている素材は主に銀である。
「ねえ、マリア」
「なんでしょうか、陛下?」
「この台車って何台もあるのかしら?」
「それってどういう・・・・・・」
マリアはどういう用途で使用するのか理解出来ていなかったのかシェーンを見つめながら聞く。
「ちょっと、素材に困っていたけど台車さえあればなんとかなりそうだから」
シェーンはそう言いがら台車を触り、確認をしていた。
「あまり台数はありませんが、大丈夫ですよ。基本は台車は使用しませんので」
「そう、それだったら今回に限ったことではないけど、いつもの用意してくれるかしら?」
にこやかに微笑みながらシェーンは言った。
「陛下の仰せのままに」
マリアはそう言うと静かにドアを開けると退室した。
あまりの身のこなしにシェーンはうんうんっと何故か自分事のように頷いていた。
「さてっと、マリアが持ってきてくれる前にこっちも完成させないとね・・・」
そう呟きながら、チョークを手に魔法陣を描いていく。
☆
マリアが部屋を退室して二十分くらいだろうか。
シェーンはいそいそと部屋の中で動き回っていた。
魔法のこととなると集中力はあるのだが政治になるとからっきしになるため、大体のことは宰相が取り仕切っていた。
そのお陰かシェーン曰く「あの人のお陰で魔法の研究に集中出来る」っと豪語していた。
「陛下、お持ち致しました」
「待っていたぞ♪早速、それをそこに置いてくれ」
「かしこまりました」
マリアはシェーンの指さす場所、机の上に木箱を置く。
「陛下・・・研究は程々になさってください」
「努力はします」
マリアは少し呆れながらシェーンに言う。
シェーンは作業をしながら小さくなりながら答えた。
その様はまるで親に怒られる子供の様だった。
「それじゃあ、始めるわよ・・・・・・」
全ての配置が終わったのか魔法陣の外側で額の汗を拭うシェーン。
そして右手をかざし目を閉じた。
「我が呼び掛けに応えよ。彷徨えし異界の扉よ我が前に出よ・・・・・・」
シェーンは静かにはっきりと言葉を・・・魔法の呪文を唱える。
マリアはその言葉を聞きながら、シェーンを見守った。
魔法陣はシェーンの言葉に反応するかのように光を色鮮やかに変える。
「幾千、幾万の世界を繋ぎし路よ扉をもって繋げ・・・世界を繋げ我が前に姿を見せん!」
言葉を言い終わると同時に眩いばかりの光が部屋中を満たす。
☆
少し時間が経ち、光が落ち着いて来ると部屋には何処からか発生していた煙立ち込めていた。
「痛た・・・」
煙の中心から誰かの声がしたため、マリアはシェーンを守るように前へ出た。
「陛下、後ろへ!」
「大丈夫だろう・・・」
だが、シェーンは物怖じすること無く煙の中心部へ近づく。
マリアはシェーンを守るようにして付いていく。
「そこに誰かいるのか?」
「っ!?」
シェーンは煙の中心部へ呼びかけるが反応は示さなかった。
むしろ、誰かがいることに驚いて警戒をしたのかもしれなかった。
部屋は密閉のためなかなか煙がなくなることはなかったが、煙の中から人影らしい姿が見えた。
「陛下、あまりお近づきなさらないでください!」
マリアは注意を重ねるように言う。
「そんな事いっても、こうも煙が多いと困るのよね・・・」
シェーンはそう言いながらさらに近づく。
「それにしても、今回も失敗かしら・・・」
そして頭を掻きながらため息をつく。
「誰が失敗だって?」
「あら、聞こえてたの!?」
シェーンは声の主に少しだけ期待しつつ近付く。
煙の人影は徐々に色濃くなる。
「陛下、もう少しで窓を開けられますので」
「えぇ、わかったわ」
マリアはシェーンに向かって声を掛けると二つ返事で返答するが今のシェーンにはあまり気にしていなかった。
「ねぇ、あなた・・・異世界人?」
「はぁ?」
シェーンに聞こえてきた声はなんとも意味がわからないと言いたげな声をしているが何処か高い。
その為、その者が女性であることははっきりする。
煙が邪魔でまだ姿ははっきりとは見えない。
だが、シルエット越しでも髪が長いことはわかった。
「だから、貴女は異世界の人間なのかって聴いてるの」
「意味がわからんのやけど?」
言い方は関西弁のような感じだがシェーンには粗野な感じだったように聞こえた。
「それじゃあ、質問を変えましょう・・・貴女は何処からきたのかしら」
シェーンは自分が呼び寄せた人間かどうか問いただす為に質問を変える。
「それはこっちのセリフ・・・ここは何処?」
女性は質問に質問で返した。
そして、聞いてすぐに空気が入ってくるような感覚がした。
ガチャ―――。
マリアが開けた窓の音が聞こえた。
それと同時に煙が早いペースで無くなっていく。
そして、煙が少なくなったところで女性が姿を表した。
「陛下、無事でしょうか?」
マリアがいそいそとシェーンに近づきながら問い掛ける。
「大丈夫よ・・・」
「こっちの質問を無視するな・・・!」
女性は、少し苛立ちを見せながら言う。
「それは、貴女もそうじゃなくて?」
「それは、そうやけど・・・」
シェーンの言葉に女性はバツが悪そうに顔を顰めた。
「陛下、どう致しましょうか?」
少し沈黙の時間があったがすぐにマリアが言葉を入れた。
「そうね・・・とりあえず、お茶を入れてくれる」
「かしこまりました」
マリアはシェーンの言葉に頷くと静かに部屋を退出する。
シェーンはそんなマリアの行動を見送るとすぐに魔法陣の中心で胡座をかいて座っている女性に向き合う。
「私はシェーン・リリアント。この国の王よ・・・貴女は?」
にっこりと微笑むと女性に問いかけた。
「うちは華鈴・・・立花 華鈴」
「タチバナ・カリン・・・?変な名前ね・・・」
「何やと・・・うちからしたら、アンタの方が変な名前をしてるで」
華鈴はそういうと、ゆっくりと立ち上がる。
「そんで、なんでうちがこんな所に居るんや?」
「それは、もちろん・・・私が呼んだからよ」
「呼んだって、魔法じゃあるまいし・・・」
「魔法で呼び出したんだけど?現に下に陣があるでしょ」
シェーンは少し呆れながら華鈴の下に描かれている魔法陣を指さす。
「言っておくけど、うちは何も出来んよ」
「そんなのわかりきっているわ・・・だからこそ、貴女にはこの世界の勉強をして貰うわ」
「うげー・・・呼び出されて、勉強させる宣言って無いわー」
華鈴は、シェーンの言葉に嫌な顔を浮かべながら後ろに腕を持って行きもたれ掛かるような体制をとった。
「それでも学んで貰わなきゃ貴女、今後、地獄を見るわよ」
「地獄って、勉強の時点で地獄なんですけど」
「諦めてやりなさい」
シェーンはきっぱりと切り捨てるように言う。
華鈴はそれを言われても尚、無いわーっと嘆いていた。
嘆いてすぐ、出入口のドアが静かに開き、侍女が入室した。
「陛下、お茶をお持ち致しました」
「今度は、マリアじゃないのね・・・」
「メイド長でしたら、何やら仕事が出来たとのことで別の仕事をしていますよ」
マリアではない別の侍女が答えるとシェーンはそう、と呟くと近くの椅子に腰掛けた。
「カリン・・・貴女も座ったらどうかしら?」
「遠慮しておきます。地面の方が落ち着くし」
華鈴は胡座をかいて座り、答えた。
すると侍女は華鈴の態度が気に入らなかったのか怒った顔をしながら華鈴に近づいた。
「陛下の前でなんという・・・」
「よしなさい、アルメリア」
そして、アルメリアと呼ばれる侍女に言い聞かせるように言う。
「しかし、陛下・・・」
「アルメリア・・・」
「かしこまりました・・・・・・」
アルメリアは不承不承に頷くとゆっくりと陛下の元へ戻っていく。
「それはそうと、うちになんの勉強をしろと・・・。自慢じゃないけど、成績は良くないぞ」
華鈴は胸を張りながら言う。
「そういうことは胸を張るものではないものよ・・・・・・まぁ、勝手に呼び出した私が言うのもアレだけど・・・取り敢えず、貴女には私の娘と一緒にこの国のこと他国の事を知り、そして己の力を高めて欲しいのよ」
優雅に紅茶を楽しみながら説明をした。
「質問いいか?」
華鈴は理解出来ていなかったのか手を挙げてシェーンに尋ねた。
「ええ、答えられる範囲であれば」
「アンタは今、呼び出したと言ったけど、うち以外に居ないのか?うちが巻き込まれに言った口だけど他に何人か居るはずだと思うのだけど・・・」
「それについては、私にもわからないわ。何せ、今回が初めての成功だもの・・・」
シェーンは理解不能な問題発言をすると華鈴は頭を搔く。
「それは面倒なことになってなきゃいいな」
「私もそう願うわ・・・」
華鈴の言葉にシェーンも頷いたが表情は、苦く引きつっていた。
「それともうひとつ・・・うちの性別が変わってしまっているのは、召喚された代償かなにかか?」
「それもよく分かっていないわ・・・さっきも言ったけど今回が初めての成功だからね・・・・・・だけど、貴女は本来、男性ではなく女性だった可能性も否めないわ」
シェーンはそう言うと席を立った。
「カリン・・・ここでは話は纏まらないわ、少し場所を変えないかしら・・・・・・」
「そちらに任せるよ・・・号に入っては郷に従えって言うし」
華鈴はそういうとその場で立ち上がりシェーンに近づく。
そして、カップに入っていた華鈴分の紅茶を飲み干し、シェーンと共に研究室を出た。
今思うと、よく、狭い研究室で人を呼び出そうと思ったものだっと後に華鈴は心で思うのであった。
だが、決して口にすることはなかった。