道化に送るシンフォニー⑤
固まったままのルークスの手から、炎が消える。
予期していないことが起こったのは明白で、その腕にぎゅっと力が籠もったのを、私ははっきりと感じた。
「……所長! デュー!」
「ルークス!」
そのとき、破壊された扉から、皆が駆け込んでくるのが見えた。
メッシュとアスト、騎士団長……ランスとウイングもいる。
「――え!?」
「なっ……」
そこで、騎士団長とウイングの目が見開かれた。
ふたりは驚いたように足を止め、示し合わせたかのように口をぽかんと開ける。
彼らも、なにかに気が付いたようだ。
私はまだずっしりと重い頭を必死に働かせ、ルークスを見上げる。
……焦り、困惑……驚愕。
彼は感情がない交ぜになったような表情をしていて、不意にその唇からこぼれた言葉は、悲痛な響を伴っていた。
「なんで――親父……?」
親父。
確かに、そう聞こえた。
でもルークスのお父さんは、王立魔法研究所が襲われたとき、処刑されたんじゃ――?
「感動の再会にはちと場が悪いな。こんな形になってすまなかった。……よく頑張っているじゃないか、王立魔法研究所所長、ルークス」
答えたのはタルークさんだった。
彼は、ルークスとよく似た赤い髪を手櫛でささっといじると、片方だけの眼で、笑う。
「……え、いや……だって――」
ルークスが首を振ると、タルークさんは尚も続けた。
「『処刑されたんじゃないのか』だろう? この通り、実はされていない。私は大臣の協力を得ながら、ずっと……襲ってきた国の特定を命じられていたんだ」
「……そんな」
ルークスは混乱しているのか、私を抱き締めたまま、再び首を振った。
「……対外的に、死んだものとしなければ動きにくかったんだ。誰にも悟られるわけにはいかなくてね。お前のことはたまに遠くから見ていたぞ。成長したな」
「なら、教えてくれても……!」
「――タルーク。話はあとにしろ。先に結果を張り直す。物を退かすのを手伝え」
びくりとルークスの肩が跳ねる。
大臣が冷たい声で話に水を差し、ふんと鼻を鳴らしたのだ。
「力尽くで結界を破壊などと、よくもやってくれたものだな。雷使いひとり連れていかれたくらいで、そこまで冷静さを欠くとは……それでも三権者か? 恥を知るがよい」
「そうか? 私は感動したがな。ちゃんと制御はできていたし。『退け大臣!』には胸が躍った。グリモアに退けとは、さすが私の息子だな。それに……よく守りにきた。偉かったぞ」
タルークさんがにこにこしながらルークスを庇うが、大臣は顔をしかめただけ。
「う……」
ルークスはそこでようやく、私を抱き締めたままだったことに気が付いたようだ。
「……ご、ごめん……怪我、ない?」
そろそろと離れるルークスが、私から微妙に視線を外しながら呻く。
私は……そこで初めて、ほっと息を吐き出した。
それと同時に、とても悲しくもなった。
「……ルークス……私……」
「――なにかの記憶を読み取られたんだな? ……疲れてるだろ。待ってて、すぐに結界戻してくるから」
ルークスは目の前の水晶がなんなのか、正しく理解したらしい。
確かに体中がだるいけど……本当は、別のことを告げたかったんだ。
……ねえルークス、私は、一体なんなのかな?
問い掛けたい気持ちは呑み込んで……私は、頷いた。
******
魔力をたくさん使ったら、こんなふうになるんだな。
動くにはまだ怠かった私を残し、皆はそれぞれ疑問を口にせず結界を張り直すのに集中し始めた。
目を閉じて回復に努めていると、ふと、頬に触れる手。
「……平気か、デュー」
びっくりして目を開けると、ランスの姿。
彼は私の顔をまじまじと覗き込んで、ほっとしたように手を放す。
「ランス……」
「悪かったな。やっぱりルークスを止めておきゃよかった。……牢屋に入れられたって聞いて……。それに、無理矢理ここまで引っ張られてきたんだろ? それだって本当は、俺がルークスだけでも先に寄越しときゃ、もっとずっと早く来られたんだ」
「ううん。むしろ、手伝えなくてごめんね」
なにか理由があって遅くなったのだとランスの言葉から予想して、私は首を振った。
ランスがこんなに前面に心配する気持ちを言葉にしたこと、なかった気がするな。
それだけ心配をかけてしまったんだ。
ランスの気持ちが嬉かったけど……私は素直には喜べなかった。
これは、私が招いたことなのかもしれない。
そう思ったから。
「デュー」
「うん?」
「……騎士団と協力して、八面体を一体やってきた。すげーんだぜ、俺なんか、隊長のこと助けて――だっ!」
そこに、ルークスのゲンコツが落ちて……ランスは背中を丸め、頭を抱えた。
「ランス、さぼるのは許さないぞ。……皆だってデューと話したいんだからな」
「いってぇ……んだよルークス……! ふん、いの一番に抱擁した奴がなに言ってんだ!」
「うっ……! それはっ、その」
「……よし、デュー! 来いよ!」
「えっ、ひゃぁっ!」
ランスは急に私の腕を引くと、そのまま……嘘みたいに軽々と抱き上げた!
いや、本当に冗談でしょう! そんなに私、軽くない……!
ひゅうひゅうと頬を撫でる風を感じて――ああ、そっか、魔法で補助してるんだ!
「……ッ、……!」
ルークスが絶句しているのが視界を掠め……ううんっ、ぐるぐるとランスが回りだして、何回も右から左へと流れていく。
「ら、ら、ランスっ、や、やめ……!」
振り落とされそうで思わずランスに掴まると、ぴたりとその動きが止まる。
その瞬間、本当に小さな声で――ランスが囁いた。
「お前を助けたかったのは、ルークスだけじゃないんだからな」
きっと、私にしか聞こえなかったはずだ。
ランスはそのまま椅子へと私を降ろすと、ルークスに向かってにやりと笑う。
「ほら、さぼるのは許さないんだろ、所長殿? 戻ろうぜ」
「……あ、あぁ」
ルークスは思いっ切り顔をしかめ、すぐに眉尻を下げて私を見た。
いったいなんだったのか、ランスはまるで嵐のように去っていく。
でも、驚いたせいか、暗い気持ちが軽くなった気がした。
ただ……ランスには、ものすごく心配をかけてしまったんだなと改めて思う。
「……え、と……デュー」
すると、ルークスがおずおずと話しかけてきた。
「あ、はい……」
「……俺も抱き上げたほうがよかったのかな」
「い、いやいや、駄目だよ重いし! 腰が悪くなるから!」
それに、ルークスにまでそんなことされたら、どんな顔していいかわからないよ!
本当の気持ちは胸のなかだけに留め、慌てて応えると、ルークスはちょっとだけ不満そうな顔をした。
「デューひとりくらい、なんてことないはずだけど」
「私がなんてことあるから駄目だってば!」
思わず返し、私は慌てて首を振った。
うわぁ……いまの言葉がなんとなく妬いてくれたみたいで、ちょっとドキドキしてしまう。
私は頬が熱くなるのを感じながら、ルークスになんでもないふうを装って、笑った。
「ランスも心配してくれたんだね」
「ん……そうだな」
ルークスの眉がちょっとだけ寄ったのは、もしかしたら変な意味に取っちゃったのかな……なんて贅沢なことを思って。
自分がなんなのかわからないのに、こんな気持ちになれたことに、感謝した。
ようやく役者が揃いました!
もうしばらくお付き合いくださいませ。
ブックマーク、評価などなど感謝です。
いつもありがとうございます。




